*ヤンガス(パルミドの酒場にて)*
「ご馳走してくれるって?」
「ああ。行こうぜ、パルミドヘ」
「いいけど……。あんたが奢るなんて薄気味悪いね」
俺だって奢りたくねえ。だがゲルダの家で顔を突き合わせてるのもだんだん怖くなってきた。まだ三日目だってのに情けねえ話だが。ゴールドがかかろうが、ほかの人間の気配があったほうが気が楽ってもんだ。
俺たちは日暮れとともに酒場へ入った。なじみの奴がゲルダの姿に姿勢を正す。かわいそうな獲物を見るような目を俺に向けるのはやめてくれ。
「……だから、なんでそこまで恩を売るんだい?」
ゲルダのやつ、酒に弱いくせにやたら飲みやがってクダを巻き始めた。
「だからそれは、命を助けてもらって……」
「んなこと100回聞いたって言ったろ? ……そのなんだかいうピエロをやっつけてなんになるってんだよ、あんたがそんな儲からない仕事に命かける理由がわからないね。死んだらホモ? とか言って……」
「うるせえ、ホモじゃねえ、本望だ! だから俺はエイトの兄貴のため……」
「うるせえだと? 兄貴のためだぁ? どこがホモじゃないんだよ!」
俺とゲルダは一晩中言い争った。俺は、生まれて初めての徹夜を体験した。
*ゼシカ(アルバート家にて)*
「ゼシカ、お墓参りに行くのね?」
「そうよ」
あ~あ、ばれちゃった。お母さんうるさいから一人で行きたかったのに。お母さんは、ではわたくしも参りましょう、と言ってお花を準備し始めた。
お母さんと一緒にアルバート家のお墓に行くのは、サーベルト兄さんのお葬式以来。
歩きなれた小道、雑草がきれいに抜かれている。アルバート家がどれほどこのリーザスで愛されているかわかる。
「……ゼシカ、あなたまで失ったらと思うと、お母さんは何も手につかないわ……」
……だから、そのことは昨日さんざん話したでしょう?
木漏れ日がアルバート家のお墓にキラキラと降り注ぐ。
お父さん……あたしが小さい頃死んじゃって……顔も覚えていないけど。サーベルト兄さんがいてくれたから……。サーベルト兄さんのことを思うとまだ涙が出てくる。お母さんを盗み見ると、お母さんも目元にハンカチを当てていた。
「お母さんはね、ゼシカ。あなたの好きなようにさせようと決めました。……でも、最悪のことを考えないわけにはいかないのよ。そして、回避できるものなら、そうしてほしい。エイトさんもそういうつもりであなたを帰したんでしょう? よく考えてちょうだい。あなたまで天に召されてしまったら……」
お墓の前で泣かないでよ……。あたしは、お母さんが一人ぼっちで再びここに立つことを想像した。すごく胸が痛い……。でも、信念を曲げたくはない……。
*ククール(ドニの酒場にて)*
「……ククール坊っちゃん?」
「うん、聞いてるよ」
酒場のおばちゃんは、仕事をほっぽらかしてオレの隣に座り、ずっと泣いている。
まるめたハンカチはもう3枚目だ。
「くれぐれもね、無理しないで下さいよ。坊っちゃんが旅に出てからのドニは火が消えたようだったよ……。まあ、坊っちゃんはこうして顔を出してくれるけどね……」
「けど?」
……兄貴か。
「オレがドニに出入りしてちゃ、あいつは来ねえか。おばちゃん、なんか話聞いてる? ……元気なのかな。今」
「ああ、マルチェロ坊っちゃんは……随分と偉くなってね。活躍してる噂は聞くから、お元気だと思うよ」
「騎士団の奴らはここへは来ないの?」
「来るさ。マルチェロ坊っちゃんがどこぞへ出張だ、なんて時にはぞろぞろ来てね。飲んだくれてさ。行儀が悪いったらありゃしないよ。だんだんひどくなる気がするよ。ククール坊っちゃんがいかに行儀よかったか……」
おいおい、オレは確か騎士団始まって以来の問題児じゃなかったか? ひでえもんだな。
「そうよ、ククール! 早く帰ってきて。あたしなんてこの前ひどい目にあったんだから。騎士団のスケベ野郎……」
酒場のお姉ちゃんたちまで集まってきて口々に言う。
「おかしいわよ。マイエラ修道院は。あのおっかない団長さん、ククールがいないからツケ払いに来ることもないじゃない? だから騎士団の人たち、ホント行儀悪いんだもの」
「そうなんだよ。マルチェロ坊っちゃんが目を光らせてくれてるときは良かったんだけどね……。ツケでいいからいつでも来て下さいよ、ククール坊っちゃん!」
なんだよ、妙なことになってるな。
でもオレはまだ帰るわけにいかない。兄貴がドルマゲスを倒すまでは帰ってくるなって言ったから。
いや、それより……。オレはお姉ちゃんたちの胸の谷間を眺めても、短いスカートの中を想像しても、ちっとも楽しくなかった。流し目に答えてやる気にもならない。
日暮れ前だったが、オレは酒場を出た。
「ククール、駄目なの?」
一番イケてるお姉ちゃんが誘ってくる。
「悪いな、ハニー。オディロ院長の仇が近くにいてね。今はそんな気分じゃないんだ」
オレは酒場の向かいの宿に泊まっている。お姉ちゃんがついてきたが、オレがキスの一つもしてやらないから怒って帰っちまった。
いいんだ。全然惜しくない。少し前のオレなら、2、3人引きつれて乱交してたかも知れない。もうすぐ死ぬかも知れないってときに、平常心でいられるか? だが、今は違う。やけになって現実逃避するつもりはない。
シャワーを浴びる。鏡に映るオレの目は、しっかりしているか? 判断力は鈍っていないか? 死を目前にして、驚くほど気持ちが静まっている。迷いはない。
オレは一番会いたいヤツの顔を思い浮かべて抜いた。オレの心は決まってんだ。
*エイト・トロデ・ミーティア(マイエラ地方にて)*
ドルマゲスの足跡をなぞって、今日はマイエラに来ている。ゼシカの家で朝食を御馳走になり、出足が遅くなった。念のため修道院跡地にも行ってみたから、もう日暮れが近い。
マイエラ修道院は、特に変化なかった。オディロ院長様のお墓に花を置き、騎士団員や修道士の人に話を聞いたけれど、マルチェロさんの居所は分からない。
「マルチェロ団長を信じて着いて行こうと心に決めました……」
小柄な騎士団員の言葉を聞いて、僕は複雑な気持ちになった。もう、みんなオディロ院長様のこと忘れちゃったのかな……。マルチェロさんはマイエラ修道院の人たちからの信頼は厚いみたいだ。そのことに少しほっとしている。でも一体どこに行っちゃったんだろう……。
「ドルマゲスの足跡を追っても何も意味がないのかもしれません」
僕は修道院を出て、王に申し上げた。
「……意味がなくはないと思うが。それより、ちょっとドニでも行って、酒とつまみを調達してくれんか? ジャンキーなものも時々食したくなるのでの。わしはこのあたりで待っておる」
ドニ……。もう日が暮れかけている。修道院の松明が目に眩しい。この時間なら、もしかしてククールに会えるかも……なんて、ちょっぴりの期待。でも何だろう、今は会っちゃいけないような気持ちがする。何を話していいのかわからない……。でもやっぱり、一目、姿だけでも見たい……。
うじうじした気分のまま、僕はドニに向かった。王のお酒の調達を言い訳にしている自分が情けない。一つ深呼吸して、酒場の扉に手をかけた。
初めてここへ来た時のことを思い出す。
初めてククールを見たとき、そして初めて話したとき……。
随分昔のことみたいだ。一緒に戦うことになるなんて。まさか、君を好きになるなんて……。
酒場にククールの姿はなかった。もうどこかで女の人と……。そう思うと僕の胸はキューっと締め付けられる。自由行動、なんて言った自分に腹も立てたりして。
「……でしょ? おかしいわよね、ククールってば」
「一人で閉じ籠っちゃうなんて、どうしちゃったのかしらね……。キスもしてくれないのよ」
酒場のお姉さんたちがククールの噂をしている。いるんだね、ドニに。一人で宿にいるって……。ホッとしている僕は本当にイヤなヤツだ。ククールは誰のものでもないのに。
テイクアウトの食事を待つ間、噂話に耳を傾けるなんて、僕は女々しい。でも、知りたい……。
「……そういえば、ククールってちゃんとキスしてくれないわよね。手とかおでこばっか」
「そうそう」
「あら、あんたたち知らないの? ククールは寝てくれるけど、よっぽどのことがない限りちゃんとしたキスしないわよ。ディープキスなんてムリ」
「どうして?」
「ほら、ククールって修道院でアレでしょ、夜の祈祷。肉体と精神は分離できるってよく言ってたわ。でもキスはダメなんだって」
「へえ! じゃ、ククールにキスしてもらえたら……」
「相当脈ありよ」
「本命?」
みんなでキャーキャー言ってる。そうか、ククールってキスしてくれないのか。僕は気を失ったククールにこっそりキスしたことを思い出した。あの柔らかい唇……。ドキドキして倒れそうだ。もう、全部放り投げてククールに会いに行きたい。すぐそばにいるんだから! 会って、「どうした? 寂しくなったのか?」なんて冗談言ってもらいたい。そしたら「寂しかった」って言う。君はきっと笑ってくれる……。
……バカみたいだ。自分が里帰りを言いだしたのに、きっと一番気持ちの整理がつかないのは僕なんだ。僕だけが個人的な感情を押さえられなくてもやもやして。こんなじゃドルマゲスどころか、途中で息絶えてしまうだろう。でも、ククールが好きすぎて優先順位がつけられない。会えばごちゃごちゃつっかかっていやな事言っちゃうし、こうして会っていないときは苦しくて涙が出そうになる。
テイクアウトの食事ができ上がる。僕は振り返らずにドニを後にする。この一週間、一番成長できないのは僕かも知れない。
面倒な一週間になっています。次は四日目です。アルバート家のお墓は、家と離れている設定です。