「あん……
待っ……て
あっ、お願い!
だめっ……いかないでっ!
あっ……いっちゃった……
もう一回……違うやり方なら……
いいよ、こう?
違っ……こうじゃないよね?
もう少し……強く?
もっと強く? ……こうがいいの?
どう? 今度こそどう……いきそう? あっ……だめ……」
エイトの兄貴!
マジ勘弁して下せえ!
朝っぱらから……。それも途中から攻めに……。
「ああっ! ヤン! 見てて、ちゃんと見てて! 飛ぶから!」
昇天! したわけじゃねえんでがすね?
「ねえ、ヤン、ちゃんと見ててくれた? すごく飛んだよね?」
「も、もちろんでがす。かなり上達しやしたね。最後の一投は力をためたまま風に乗れやしたよ。さすが、エイトの兄貴でげす」
「本当? ヤンがそう言ってくれるなら、少しは自惚れてもいいのかな?」
エイトの兄貴はバラ色に上気した顔を俺に向けまだ荒い呼吸のまま、良かった、とおっしゃった。ああっ、受け入れたい……?
いやいや、なんてことを考えてるんだ俺は!
さて、水晶玉のお使いも無事に済み、俺たちはドルマゲスを探しに他の町へ行かなければならないが、今のレベルでは命が危ないだけでなかなか進めない。まずは、装備品や武器の充実、そしてエイトの兄貴がご存分に力を発揮できるよう、武器の練習なんかをしながら進んでいくことに。
で、今日は俺の装備品がこのトラペッタからさほど遠くない草原の中にあるってんで探しに行く予定だったが、エイトの兄貴は昨日購入したブーメランの練習をなさりたいとおっしゃり、早朝から稽古をされている。器用になんでもこなす兄貴だが、ブーメランは例外だったようだ。
始めはどこへ飛んでいくかわからず、あっちこっちにぶつかり、地面に刺さり、木に刺さり、そのうち戻ってくるも投げた以上の勢いに兄貴も俺も逃げ回った。
少し休みやしょうと言っても、「あとちょっとでイキそう」と、額からすっと汗が流れ落ちるのも構わず、結局二時間ぶっ通しで投げておられた。そして激しい特訓の成果が、最後の一投「ヤン、ちゃんと見てて!」だった。
こんな状態がずっと続くかと思うと、俺の理性という名のブーメランは、戻ってくるだろうかと心配になる。
だめだだめだ! エイトの兄貴を立派な
「ヤン、どうしたの? 疲れちゃった? ごめんね、僕、まだ下手くそだよね」
「あ、いや、違うんでげす、あっ、汗が」
俺は誰の汗の話をしているのか分からなくなっている。
「あ~、ほんとだ。わっ、ちょっと汗くさいな。そうだ、ヤン、も一回滝に行かない?」
へ? 滝に? 装備品探すんじゃ?
「あそこ、ひんやりして気持ちよかったし、ザバンのおじさんに頼んで滝に打たれてみない? コリもほぐれそうだよ」
滝行でがすかあ? いくら
だがあの洞窟、ひんやりっていうよりジメジメで不快だった気がする。またあそこへ行くのは気が進まねえな……。
しかしエイトの兄貴は俺のことなど意に介さず、滝を目指して歩き始めなさった。まあ、いいか。兄貴の行きたいところは俺の行きたいところ……。
「ああっ、やだ。くさっ! 旅人の服欲しいな。洗い替えないと困るから、二着買おうかな」
エイトの兄貴、ちっとも臭かないでげすよ。”スズランのかをり”がするでげす。滝で洗っちまうなんてもったいねえ。……ちょっと待てよ、一緒に滝に打たれるってことは、一緒にシャワー室に入ることと同じ? 滝の洞窟貸し切り? ぜぜぜ、”全裸”でがすかー???
ああ、理性よ、たとえ戻ってこなくともっ!
と、その時。
「ちょっと、あんたたちお待ち!」
声のする方へ振り返ると、トラペッタ入口の橋からでっかいおばちゃんが叫んでいる。「待て」と言われたら逃げる癖がついている俺は、当然、逃げようとした。だがエイトの兄貴は「なんでしょうか~」なんてのんびり返事をなさる。
「なんでもへったくれもないよ。あんたたちに言いたいことがあるんだよ!」
おばちゃんは太い腰にこれまた太い腕をあて、仁王立ちだ。
逃げやしょう、と言う俺の言葉は行ったきり。エイトの兄貴は「はーい」と返事をして、でっかいおばちゃんの元へ向かわれた。
「あんたたちだろ? さっきからずっとなんか投げて遊んでたのは」
「はい、遊んでたわけじゃないんですけど……」
「なんだっていいよ、見とくれよ、これ」
おばちゃんは、大きなざるいっぱいの木の実と、気絶したメタッピーを俺たちの前に出した。
「あんたたちが投げてたものがうちの木に当たってね……」
おばちゃんが言うには、三日前に迷い込んできたメタッピーが木に住み着き、木の実を喰い散らかしていたんだそうだ。そこへ兄貴のブーメランが偶然にもメタッピーを直撃したってわけ。
「だからさ、助かったんだよ。あんたたちにお礼をしたくてね。朝ご飯は食べたのかい?」
はい、と答えるとおばちゃんは「急いでないなら昼ごはんでもご馳走したいんだけど」なんて言うじゃねえか。メシという言葉に俺は浮き足立った。
「いえ、ありがたいんですけど、行くところがありますんで」
エイトの兄貴はそう断りを入れなさった。がっかり……いや、メシよりも今は滝だ!
「そうかい? でも……」
おばちゃんはなかなか引き下がらねえ。
「えっと、じゃあ、水を浴びさせてください。汗かいちゃって」
「ああいいよ、そのくらい。お湯もつかっておくれ」
おばちゃんは、「助かります」と言う兄貴の肩をぽんぽん叩きながら、「あんた、近くで見るとかわいい顔してんだね。細っこいくせにどこにあんなバカ力があるんだい?」などと馴れ馴れしくしやがる……。背中流してあげようか、だと?
俺の睨みが効いたのか、おばちゃんはおとなしくさっきの木の実をむきはじめた。十個ほどむけた頃、兄貴はさっぱりと身支度を整えて浴室から出てこられた。
「じゃ、行こう」
「へい……」
メシも滝もなくなった俺は、足取り重く。
颯爽と風を切って先を行く兄貴の背中のブーメランを見つめながら歩いた。
兄貴が投げると、ブーメランは風を集め、風を操り、自らにその力をためて解き放つ。魔物らはあっけなく一掃され、仕事を終えた忠実なしもべは主の手に帰り、彼の背中を飾る……。
兵士の剣もお似合いになるが、ブーメランもなかなかですぜ。兄貴には燃えるような真っ赤なブーメランを背負わせて差し上げてえ……。
こんなことを考えながら、おばちゃんが持たせてくれた木の実をかじった。林檎に似たそいつは、固い桜ん坊のように酸っぱかった。もし理性に味があったらこんな味だろう。俺は心の中で理性の木の実、と命名した。俺の理性という名のブーメランはこいつになって戻ってきやがったんだな……。
このあと無事にヤンガスの装備品、ステテコパンツを入手するエイトさんたちです。次回は2話に出ました「変な小屋」に行きます。