*ヤンガス(ゲルダのアジトにて)*
「ゲルダ……、おい、生きてるか?」
パルミドの酒場からゲルダをひっかついで、アジトに戻っている。
ゲルダは青い顔をしていたが、しばらく眠った今は穏やかな表情だ。どっかの世界に菩薩って神様みてえのがいるが、そんな顔だった。ゲルダは薄く目を開け、じっと天井を見つめている。
規則的な波の音が俺の気持ちを落ち着かせていた。
「どうしても、行きてえんだ」
俺はもう何百ぺんも繰り返してきた言葉を、また言った。
「……勝手にしな」
「あと二日、泊めてくれ。馬小屋でいい」
「当たり前だ。……水、飲みたい」
俺は冷たい水を汲みに外の井戸へ向かった。
アジトを出ると、波の音が大きく聞こえる。風が強い。今の俺には追い風に感じた。
*ゼシカ(アルバート家にて)*
今朝はなんとなく早く起きて、部屋の片づけをしている。「万が一」のことがあったとき、この部屋に入るお母さんをがっかりさせないため。いつでも帰って来られるようにしておいたんだって、お母さんに思ってもらいたい。飾り物の埃を取り、服もきれいに整える。無心で片付けていたら、少し落ち着いてきた。あたしは戦う道を選んでいる。大丈夫、後悔はない。
ノックの音が。
「ゼシカ? 手が空いてる?」
「お母さん? 空いてるわよ」
「お昼前だけれど、お茶にしましょう。久しぶりにフィナンシェを焼いたわ」
あたしが一番好きな焼き菓子……。
テーブルには数種類のフィナンシェが並べられていた。お茶の用意もできている。
「……明日、もう一度焼いてくれる? あたしも手伝うから。みんなに食べさせてあげたいの。疲れたとき、甘いもの欲しくなるのよね」
お母さんは丁寧に時間を計ってお茶を入れてくれる。この香り、あたしの好きなアールグレイ……。
「王様も呼んでくるわ」
あたしは馬小屋に向かった。
*クール・エイト(リーザスにて)*
「眠い……」
オレとエイトはアルバート家から漂う紅茶のいい香りに誘われて、ふらふらと歩いていた。
夕べは結局一睡もせず、エイトと意地の張り合いだった。
……ったく、何を躊躇していやがるんだ。オレは。
「ククール? それにエイト!」
「おお、美しいお嬢さん。私たちは善良な旅人です……眠気覚ましに一杯のお茶を恵んで下さい……」
ちょうど家から出てきたゼシカにばったり会い、オレたちはおっさんと並んでお茶にありついた。
「アローザ殿、最高じゃ。その辺の菓子職人などよりずっと美味じゃよ」
「まあ、ありがたきお言葉」
おっさんは麗しのマダムアローザに見とれてデレデレしている。隣のエイトといえば、うつらうつら船を漕いでやがった。
オレも眠い……。
「ククール……?」
ん? ここはどこだ? オレは広い野っぱらに横たわっていた。真っ青な視界のはしっこを、ひょいと赤いバンダナのしっぽがかすめる。
「あったけえな……」
うん、と言って、エイトも横になった。
「ゼシカやおっさんは?」
「いないよ。……僕もククールも寝ちゃって、王に追い出された」
そうか。おっさんにね。
「まだ眠いか?」
「ちょっと。ククールは?」
「いや、大丈夫だ。な、あと二日だろ。……お前、今日どうするんだ?」
「ククールはどうするつもりなの? 行くあて……あるの?」
「なんもねえよ。このままここでゴロゴロしててもいいけどな」
お前と……。
「風邪ひくよ…」
「そうかもな」
近くの木にチュンチュンと小鳥が集まっている。
のどかだな。闇の遺跡にあのドルマゲスが潜んでいるなんて信じられないくらいだ。
エイトを見やると、こちらに向けていた顔を、空へ向けた。
「……僕、行きたいところがあるんだ」
「うん?」
「……ゴルドとサヴェッラ。……ククール、怒らないで!」
起き上がったオレを制してエイトが言う。
「どうしても、マルチェロさんに会いたいんだよ。会って話したい。無視されたら、それはそれでいい。このままじゃ、僕の気持ちがおさまらない。……それだけなんだ」
「……」
「じゃあね。明後日、会えるのを……ちょっ! ククール!」
オレは立ち上がりかけたエイトの腕をつかんで押し倒した。びっくりしてまんまるくなった黒目がちな瞳が潤んでいる。オレは顔を近づけていった。
「やっ……ククール」
エイトの困った顔。……オレ、やっぱりこいつが大切だ。好きなんだろうな。思い切り。
「……お前、ドライアイか?」
「ちがうよ……」
ちょっと見つめると、すぐうるうるしやがる。
くそっ!
木々が風を受けてさわさわと歌う。その歌声はオレの心を鼓舞する。
「オレも行く」
「えっ?」
「お前と、どこまでも」
エイトが目を閉じたから、キスした。乾いた、小さな唇。エイトはキスが初めての女のようにじっと動かなかった。
*エイト・ククール(ゴルド→サヴェッラ→サザンビーク)*
ゴルドは相変わらず人が多くて、騎士団の見張りは適当だった。やっぱりマルチェロさんの姿はない。
「昨日は、ごめん。一人になりたかった。そうすれば……何かわかる気がして。昨日実は一人でマイエラ地方にいたんだ」
「そうか。……なんかわかったか?」
「君に会いたいってことだけ。たった二日会わなかっただけなのに」
「……ずっと一緒だったからな」
「うん」
僕たちはゴルドを一回りして、サヴェッラにルーラした。
「いねえな、あいつ」
「うん」
ずっと考えていた……僕はマルチェロさんに何が言いたいんだろう。ククールの無事をお祈りしてくださいとか? ……違う、聞きたいんだ。「ククールのことは任せた」って言われたいんだ、きっと。マイエラで「ククールをどうぞよろしく」と言ったとき、本当に厄介払いみたいに見えたけど、無関心を装って、本当の気持ちを隠しているに決まってる。もしかしたら今頃は後悔しているかもしれない。ククールに対するマルチェロさんの気持ちが知りたい。ほんのちょっとでもいい。
ククールのほうは「オレには関係ない」っていつも言うけど、全然そうじゃない。ククールはいつまでもマルチェロさんを忘れない。でも、今は……。
「おい、大丈夫か? ふらついてるぞ。高所恐怖症か?」
「違うよ。……ここにもいないね。どこ行っちゃったんだろう」
「ニノのじじいとなんか悪巧みしてんだろ? あいつ出世したいんだよ」
「何のために?」
「知らね。昔から、何でも挑戦するのが好きでね。不可能はないと思ってんだよ」
「ただ威張ってるだけじゃないんだね。実力もあるんだ。……かっこいいし」
「まっ、オレのがかっこいいけどな」
だろ?と言ってウインクする。僕はドキドキした。
「なあ、もうどっかで泊まらねえ? 眠くてしゃーない。やっぱ、徹夜はこたえるな」
「それもそうだね。えっと、ベルガラックがいいよね?」
「いや、サザンビークにしよう。あそこの酒、まだ飲んでねえし」
サザンビークの酒場は、ベルガラックに比べると暗くて重い雰囲気が漂っていた。あまり景気がよくないとは聞いていたけど……。でもパルミドみたいに見るからに悪そうな客はいなかった。みんな落ち着いている。そんな中、ククールはかなり目立っていて、注目の的だ。
「腹減ったな。何があるんだろう」
メニューを見るククール。それを見つめる僕。僕はこうしてククールと二人きりになれたことがまだ信じられなかった。恋人同士みたいだ……。ククールは運ばれた白ワインのテイスティングをする。こういうの似合うんだよね……。スマートで、クールで……。僕みたいな山出しとは大違いだよ。
「どうした? 今日は軽めがいいだろ?」
「えっ? あっ、僕あんまり飲めないから、ククールの好きでいいよ」
ククールはそうか、と言って、綺麗なお城のラベルの白ワインを注文した。
「眠いよな……」
「うん」
ワインはおいしかったけど、夕べの徹夜が響いていて、すぐにクラクラきた。せっかく二人きりで過ごせるっていうのに……。僕は眠いのを懸命にこらえながら、ぼうっとククールを観察していた。
この後二人でお泊りします。大したことはありませんが気になる方は()つきのほうへどうぞ。