*ヤンガス(ゲルダのアジトにて)*
「最後だ。明日、俺は行く」
ゲルダの作ったこってりした朝飯を食いながら言った。
静かな一日が始まった。
馬小屋の掃除をしていると、昼飯だとゲルダが呼びに来た。昼飯もこってり料理だ。
「あちこち傷んでるんだよ」
「何が? ……お前がか?」
「……家だ」
「……」
午後中、ゲルダの家の修繕をさせられたが、晩飯もごちそうしてくれるってんで俺は張り切った。ゲルダは最後の晩餐だと言いながら、またこってりした料理を作っている。料理の腕はいいんだが、俺はこってり料理以外食ったことがない。大勢いる手下に食わせてるのかと思ったらそうでもないし、だいたいゲルダはこってり料理は少ししか食わず、生野菜ばかり食っている。あと酒だ。
「今日は飲まないのかい?」
「いや……」
晩飯の時、酒のグラスを伏せたままの俺にゲルダは言った。良く考えたら、いくら腐れ縁とはいえ、よくも俺みたいのに飯を食わせてくれたものだ。俺は、明日のドルマゲス戦を前にし、ゲルダと水杯を交わした。ゲルダは、まあそういうことになるかもしれないね、と言い、杯を空けた。
*ゼシカ(アルバート家にて)*
「ゼシカ、もう少し優しく混ぜて頂戴。ほら、ボウルを押さえていますから」
あたしは無心でフィナンシェを作り続けた。みんなの好きなクルミをたくさん入れて。
*ククール・エイト(サザンビークにて)*
「あーあ、よく寝たな。ハラ減ったろ。朝飯行こうぜ」
一緒に寝ていたオレたちだったが、だんだん熱くなってきて、お互いを蹴るわなぐるわ。寝返りを打った拍子にエイトの肘がオレの顎に入り、すげえ痛かったからベッドからけり落としてやった。エイトはすぐに「ごめん、ごめん」と言ってオレの腕に戻ってきて、結局、仲良く朝までぐっすり。
朝食の時間にはまだ早いようで、客もまばらだった。メニューはコンソメのスープとカンパーニュ、サラダ。パンは固く、サラダ野菜は少なく、スープはぬるい……これなら修道院のほうがましだ。
「今日はどうするんだ? 行きたいところあるか?」
最後の一日だ。海辺の教会に行くのがいいか……。
「……もう行きたいところないんだ」
食後の薄いお茶を飲み干して、エイトはそう言った。
教会に行けば、終わりだ。オレたちはこのまま。エイトはきっとこのままの関係を望んでいる。エイトのヤツ、オレに告白したくせに、オレの気持ちを聞く気がない。勝手な野郎だ。明日死ぬかもしれないのに、気持ちを伝えないでいられるか。だから、オレはどうしてもエイトに確かめなきゃならない。
「どっかプラプラすっか?」
「ククールは行きたいところないの?」
「ない」
「……即答しないで考えてよ」
「じゃあ、ここにもう一泊するべ。……二人で」
「え? うん……」
「あ、おっさんに言わなきゃまずいか……」
「いや、みんな明日の集合までは自由だから。王にもキメラの翼渡してあるし」
「じゃ、決まりな。オレ、連泊の手続きしてくる」
* * * * *
僕たちはバザーを眺めて、橋の上のベンチでのんびり過ごした。サザンビークのバザーは、世界中からたくさんの人が訪れて賑やかだ。嘘みたいだ。明日、死ぬかもしれないのに。今は何もすることがない。ただ二人だけで過ごす時間……泣きたくなるくらい大切な……。
日中は少しフィールドに出て、二人で剣の稽古をした。僕とククールの剣は、流儀が違うからか、いつも激しいあたりになってしまう。それも楽しくて。ときどき草むらに寝そべって休憩した。他愛ない、いろんな話をした。時間を忘れて……。
陽が傾き出したため、稽古を終わらせ、再び城下へ入る。最後の晩餐だ。僕たちは喉の渇きを優先させ、酒場に入った。
「少しだけ飲もう」
「少しでいいの? 僕のことは気にしないで、飲んでよ」
夕べみたいになりたくないから、僕はミネラルウォーターを注文するよ。
「いや。なんか、そんな気がしない。今日は軽くしておく」
ククールはショートサイズのスパークリングワインを頼んだ。
明日のこと、考えているんだね。決して口に出さないけど、もう目の前に迫っている事実を先延ばしにはできない。
「辛口だが、飲みやすいぜ」
ちょっとくらい付き合えよ、と、ククールは僕のグラスに丁寧に注いだ。グラスを上げる。乾杯だ。
シャンパングラスの丸い泡を通して見るククールの瞳は星が瞬いているように見えた。クラクラする。こんな風に女の子を虜にしちゃうんだね。
「腹減ったろ?」
「……あんまり」
空腹なんだろうけど、食欲がない。ククールは、そうか、と言って木の実や果物、チーズを注文した。
「チーズ食え。空きっ腹で飲むな」
お待たせしました、と色っぽいお姉さんが必要以上にククールの顔を覗き込む。酒場の客はもちろん、男性の店員さんまでククールに流し目を寄越す。さすがククール、なんて冗談にならないくらいの注目度だ。昨日も来ていたから、みんなククールを覚えているんだろう。あからさまに誘ってくる玄人さんもいて、僕は落ち着かない。僕って嫉妬深いな。
「どうした、リーダー!」
「えっ?」
急に大きな声で喋らないで。今までちらちらとこっちを見ていた人たちが、一斉に目をそらした。ククールは店を見渡し、マスターを呼ぶ。
「悪いね、このワイン、残りを宿屋に持ち込めないかな。このつまみも。なっ?」
ククールは、マスターにかなりのゴールドとなんだかよくわからない宝石を渡した。
「出よう。落ち着かねえ」
ククールはスマートに愛想を振りまいて店を後にする。そしてまっすぐ宿屋に向かった。
「あら、お兄さん、もうお泊まり? サービスするから今からスイートにかえない? お連れの方にもちょうどいいコいるわよ」
まだ陽があるのにチェックインする僕たちを見て、きれいな女の人がすっと隣にやってきた。
「悪いな、彼女なんだよ。痴漢に会わねえように男装させてる。それでも痴漢に会うから厄介だ」
そう言いながらククールが僕の肩を抱くと、女の人は、あら、残念、と言ってすぐに消えた。
夕べと同じ部屋は綺麗に掃除されていた。
ククールはなんだか神妙な顔をしてベッドに座る。
「……さっきはごめんな。女だなんて言って。リーザスではホントのこと言って失敗したから……」
「……」
僕はなんて言っていいかわからなかった。だから黙ってお酒を注いだ。
「いくらも残ってなかったな」
「もう一本開けようか?」
ククールが渡したゴールドのおかげで、マスターはもう一本ワインを持たせてくれていた。さっきと違う、真紅のワイン。
ククールは、いや、と言って僕を見つめた。
それから、何の話をしたんだろう、たぶん他愛ない話だったんだと思う。
グラス一杯分しか残っていなかったスパークリングワイン。僕が注いだまま、口もつけずに置いていて、すっかり気泡が抜けている。
話が途切れがちになる。
そのたびにククールは笑顔を消して僕を見つめる。
すごくドキドキする。
気恥ずかしい、っていう感覚。ゆうべなんて一緒に寝たのに。シャワーも一緒に……。
「今日も洗ってやろうか?」
ククールがにやにやして言った。
「ばっ……」
ククールのバカ!
ククールは笑ってシャワー室に消えた。
どうしよう、動悸がおさまらないよ……。
ククールの次にシャワーを浴びて出てくると、いつもの赤い聖堂騎士団員の制服をきちんと身にまとったククールが椅子から立ち上がって僕の前にやってきた。
「どこか……行くの?」
「さあな……。お前もちゃんと服を着ろ」
なんで? もうゆっくり眠るだけなのに。わざわざ着るなんて。僕はククールに言われるまま、いつもの服を着た。黙って待っているククールの、あんまり見たことのない、真面目な表情……。二人でいて、こんなに不安な気持ちになったことはなかった。
身支度を整え、僕はククールと向かい合う。ククールは背が高いから、僕はククールの顔を見上げる。ククールは、冷たくも見える表情で僕の目を見る。笑っていないククールは、とても綺麗だ。本当に彫刻のようで怖いくらいだった。
「エイト、……確かめたい」
このあとのエイトさんとククールがどうしたかは次の()つきの話でどうぞ。お嫌いなかたは飛ばしてください。