「仕掛けがやっかいだな」
「この暗さ、どうにかならないかしら……」
声をひそめて、僕たちは少しずつ進んだ。
不思議なほど、焦りがない。それは覚悟が決まったから。
一度、離れて良かった。何が大切かが改めてわかったから。
後ろのヤンも、ゼシカも前回ここへ来た時に比べて、格段に落ち着いている。
そしてククール……。ククールはいつも優しい。みんなの命を大事にしてくれる。
……そのククールの命を、僕は任されたんだ。マルチェロさんにじゃない、ククールがそう言ったんだ。もう恐れなくていい。
迷路を抜け、ついにドルマゲスのいる場所まで来た。
宙に浮かぶ大きな球の中に奴はいた。
揺れているようにも、震えているようにも見える球体の内側で、ドルマゲスはまるで子供が怖い夢を見ているように頼りなく見えた。
「なにあれ、キモくない?」
「ゼシカの言う通りだ。保護膜か?」
僕たちの気配を感じたのか、ドルマゲスがゆっくりと目を開けた…。
「何故じゃ! 姫もわしも……」
トロデ王の嘆きが、闇の遺跡にこだまする。その姿は魔物のまま。外で待っている姫もおそらくは……。
──つらい闘いだった。僕の剣は、三体に分身していた本体に致命傷を与えた。ゼシカが防御の盾を放り出し、炎の攻撃をドルマゲスに浴びせた。ドルマゲスは姿を変え、更に激しい攻撃で僕たちに襲い掛かった。
ヤンが気合をため、捨て身の攻撃を繰り返す。僕はゼシカに防御させ、ヤンに続いた。世界樹の葉が尽き、蘇生呪文の使えるククールが危なくなる。ゼシカの絶叫の中、僕は最後の力をふりしぼった。ククールが自分の身を捨ててまで、僕を回復させてくれた──。
僕らはドルマゲスを倒した。倒したのに……。
「エイト、とりあえず、サザンビークへ参ろう……」
僕は王と姫に付き添い、ヤンがククールの棺を牽いた。そして、ドルマゲスの消えた跡に残っていた杖をゼシカが持つ。
もうどうしていいかわからなかった。ヤンさえも無言。この雰囲気を癒してくれるククールが、今動けない。僕らは無言でサザンビークに向かった。
疲れた。
教会でククールを蘇生してもらい、僕たちはぐっすりと眠った。
眠りたいだけ眠った。
* * * * *
「て、てえへんでがすよ、兄貴っ! ゼシカの嬢ちゃんがいねえでげす! 朝起きたらベッドはもぬけのからで、荷物も見当たらねえんでげすよっ!」
ゼシカが? 疲れきった頭をフル回転させて、僕は考えた。どういうこと? 荷物がないって……。聞けば、あの杖もないという。とにかく王に伝えようと、僕たちはサザンビーク城下へ出た。
「嫌な予感がするな。なあ、おっさん? あの杖はもともとトロデーンのものだろう?」
「そうじゃが、なぜゼシカがあの杖も持って行ったのかわからん。もともと、門外不出、やたらに触ってはならんものなのじゃ。強い魔法があるとされていたが……。ああ、それよりなにより、ゼシカの身が心配じゃ! アローザ殿にも顔向けできん! 早くゼシカを探すのじゃ!」
僕らはゼシカが行ったらしい北へ向かって急いだ。
キラーパンサーにも来てもらって、リブルアーチへ向かう。姫を気遣うことも忘れ、走った。
* * * * *
「あれ? ここは……?」
僕は広い原っぱに横たわっていた。音のする方を見れば、ヤンとククールが魔物と闘っている。どうして僕は……。
棺おけなのかな。……でもどこも痛くないし、瀕死って感じもしない。
ヤンとククールの二人は、6匹のオークと闘っていた。苦戦してるみたいだ。
大変、僕も行かなきゃ……。でも立てない。おまけに二人の姿がどんどん遠ざかっていく。
「待って! ヤン、ククール! ククール!」
僕は声を限りに叫ぶ。でも聞こえないみたいだ。二人はこっちを向くこともなく戦い続けている。その間にも二人との距離は離れて行く一方だ。……違う、二人が離れて行くんじゃない。僕が遠ざかっているんだ。
前に進みたいのに、誰かが後ろに引っ張る。ものすごい力で。僕は振り返った。僕の邪魔をするのは誰?
「エイト! どこへ行くのですか? あなたの帰るところはトロデーンですよ?」
姫? 姫だったの? 僕を引っ張るのは……。でもまだ呪いが解けていない。馬の姿のままで僕を見つめている。
「いいんじゃ、このままで。エイト、この杖をやろう。この杖を使って世界をトロデーンの物にするのじゃ。お前ならできる。さあ、エイト! 杖を持て!」
王が僕にあの杖を突きつける。嫌だ……あの杖は、駄目だ、触っちゃいけない! でも王は、持て! と言って僕の手を取った。
「うわーっ!!」
あんなの、あんなの王じゃない!
「落ち着け!」
僕は手を振り払った。助けなきゃ、ヤンを、ククールを!
「……大丈夫か? リーダー」
目の前にいた人は、僕の手首をしっかり握っていた。
「ククール……?」
僕は思わず抱きついた。
「ああ、よしよし。もう大丈夫だな、さあ、離れて。じゃないとトゲトゲに殺されちまう」
えっ?
「エイトの兄貴、大丈夫でがすか? 随分うなされてやした」
「ヤン、ヤンこそ大丈夫? オークと戦ってたでしょ? あれ、でも夢だったのかな……僕、ヤンとククールがどっか遠くに行っちゃう夢見てて。すごく悲しかった」
「兄貴、あっしは一生、兄貴に尽くします。どこへも行きゃしませんぜ。安心して下せえ」
ヤンはポロポロと涙を流しながら言う。……でも僕は何が起こったのかわからない。そして、ここはどこ?
「目が覚めたかのう?」
優しい声がする。
「オディロ院長?」
「バカ、違うッチ」
魔物のドラキーが、僕の頭上を飛び回っていた。
「……あ、賢者さま? じゃあ、ここって……」
「ああ。トロデのおっさんが泉に行きたいって言ってな。オレがルーラしたんだが、そのあとお前、急に倒れちまって。慌ててここへ運んだんだ」
そうだったのか。
「キラパン酔いじゃろう。お前さん、急ぎ過ぎた」
「お前さ、戦いかたも乱暴で、全然回復しねえから、オレの回復も間に合わなくてさ。魔力がガンガン減って」
「兄貴、全滅しかけやしたよ……」
そんな……僕、全然記憶ない。
「みんな、ごめんね……」
賢者さまが温かいお茶をいれてきて下さった。
「事情は聞いたが、焦ってはならん。どうしてよいか、わしには見当つかないのじゃが、トロデ王も姫君も、もうしばらく我慢せねばならぬようじゃな。まずは、ゼシカから杖を取り上げるのじゃ」
僕の調子が戻るまで、もう少し西の大陸にに滞在することにした。リブルアーチへも行きやすいし、明るい雰囲気が僕らの沈んだ気持ちを和らげてくれるだろうってことで。場所は……ラパンハウス。
「かーっ! なんだかんだ言っても、戦いの後の酒はうまい!」
「トゲトゲ、飲みすぎだろ? ゼシカのことを考えると、勝利の美酒も最高とは言えないが、とにかく、ドルマゲスを倒したんだ。オレは自由の身だ!」
ククールもヤンも、王も、ラパンさんを交えてお酒をカパカパ呑んでいる。僕は、お酒のにおいだけで酔っちゃいそうだった。
「なあ、リーダー? 風に当たりたいんだが、引率してくれねえか?」
「いいよ」
王とヤンがイビキをかきはじめるのを待っていたかのように、ククールが外へ誘った。
外にいた一頭のキラーパンサーがククールに牙を向けたけど、僕と目が合うと、キュンと言っておとなしくなった。今夜も月が明るい。
並んで草むらに寝そべる。
「月が見てる……」
ククールに言われて、月を見つめてみる。でも、なんにも知らないみたいな顔だよ?
ドルマゲスを倒したのに、お城の呪いはとけなかった。おまけにゼシカがあんなことになっちゃって、なんだか事態は悪いほうへ進んでいるみたい。そんな不安をよそに、月は誰の上にも等しく光を投げかける。きっと、ドルマゲスの上にも注いでいたんだろうな。あの人、いつも月の中に消えていったよね。
「……何を見てるのかな?」
「何でもさ」
「……」
僕と月の間にククールが割り込んできた。
「お前を隠す。月にさらわれちまいそうだ」
「何言って……」
その後の言葉は、ククールに遮られた。
「エイト、忘れてないよな?」
「……ドルマゲスを倒したら……」
「そういう気分でもない…か?」
サザンビークでのこと、もう忘れることなんてできない。思い出すと身体が熱くなる……。でも、そういう気分になっちゃ駄目だよね……。ククールの瞳は冷たく悲しげな光を隠したまま、僕をじっと見つめる。
僕は返事の代わりにククールの首に腕を回した。ククールはしっかりと唇を合わせてくれる。僕を瞬時に昂らせる、熱い吐息……。
「エイト……欲しい……」
ククールの舌が僕の口の中で暴れまわる。お互いの中心が熱を持っているのが服越しにもはっきりと伝わった。でも、そこに触れることはしない。わかりすぎるほどわかってる……。今は二人きりになんてなれない。まるでとなり同士の牢獄で悶えているみたいだ。それでも、擦り付けるように自然に腰が動いてしまう……。そんな僕の高ぶりにこたえるように、僕にククールの物をあててきた。……僕だって欲しいよ。今すぐにでも……。
角度を変えて合わせられる唇。舌が絡み合い、唾液を吸い上げる水音が辺りに漂う。その合間に聞こえる、懸命に抑えた呼吸の音。キラパンが、フグゥーッのような声を上げて僕たちの秘め事を遠くから覗いている。
「ククール、くるし……」
「エイト……」
ククールは一瞬だけ息継ぎをさせてくれた。そして、さっきよりもっと乱暴に僕の口の中を荒らす。
「……ああ……ククール、ダメ。我慢できなくなっちゃうよ……」
僕は体を入れ替え、ククールの上になった。
月光を集め神秘的な光を放つサファイアの瞳。吸い込まれそう……。
僕はそのままククールの胸に顔をうずめた。
「……ククール……これ以上ムリ。どうにかなっちゃいそう」
「オレも。……今はガマンだな」
しばらく抱き合った後、ククールは僕を起こし、ちゅっ、と挨拶みたいなキスをした。
いつまでもこうして二人でいたい……。でも、僕にはやらなきゃいけないことがある。ドルマゲスを倒したら、一番にやろうと思っていた大切なこと。
「ねえ、行こうよ。報告しに」
「……」
「ドルマゲスを倒しましたって」
「……ああ。だがな、オレはもうあそこには戻らないぜ。あんな……」
僕だって……マルチェロさんに君を渡したくない。
「今から行こう」
僕は立ち上がり、ククールに手をさしのべた。月光を受けたククールの端正な顔は、血の気がなく、彫刻のようだった。キラパンの寂しげな鳴き声が辺りの静寂を更に深める。ククールと僕はしっかり手を握って、マイエラ修道院にルーラした。
……あの人はいなかった。まだゴルドかサヴェッラらしい。
「明日、行こう。夜じゃなく、堂々と、昼間に」
ドルマゲスを倒したんだ。僕は自信を持ってあの人の前に立てるだろう。きっと……。
ゼシカを追い、リブルアーチへ向かわなければいけませんが、すぐには行きません。