疑惑・ヤンガス編
「ククールの兄さんに?」
「ああ、悪いなトゲトゲ。夕べちょっと修道院に行ったらよ、あいついなくてさ」
ラパンハウスで朝飯をごちそうになった俺たち。今日はさっそくゼシカの嬢ちゃんを探しに行くもんだと思っていたが、先にイヤミ兄さんに会いに行くんだと。
ったく、ククールの奴はどこまでブラコンなんだ?
「ヤン、すぐに済むからね? そのあと、リブルアーチに向かおう」
エイトの兄貴が承知なら、俺に文句言える筋合いはねえな。だが……最近、兄貴とククールが二人きりになることが多いような……。気のせいだといいが。
俺は、キラパンに喰われかけているククールを眺めながらぼんやりとそんなことを思った。
「わっ! おい、やめろ」
「あっ! あのキラパン」
兄貴が何やら真っ赤になってキラパンを止めに入りなさる。
「ねえ、大丈夫だから、僕は!」
エイトの兄貴、説得してわかる相手じゃねえでがすよ……。キラパンは牙を剥き出し、ククールに爪をたてる。
「悪かったよ、オレが。もうしません……マジでごめんなさい……」
「ね、もういいんだ。落ち着いて。でないと……」
エイトの兄貴が背中の剣に手をかけなさる。
「フンギャーオ!!」
ククールを押さえつけていたキラパンが慌てて兄貴の前にひれ伏した。
「何の騒ぎですかな!」
ラパンのおっさんだ。
朝から忙しそうなおっさんだが、さすが、キラパンの様子は気になるようだ。
俺がお手上げのポーズをして見せると、おっさんは兄貴の前で震えているキラパンに近づいた。
「おやおや、ククールさん、エイトさんに何かおイタしましたかね?」
「どどど…どういうことです?」
聞き捨てならねえ! 何があったんです? 兄貴!
「このパンサーは、『よくもエイトさんにヤキ入れたわね』のようなことを言っておるのだ」
なんですって? 夕べは二人でマイエラに行ったとは聞いてたが……。
「ククール、てめえ!」
俺の勢いに乗じて、周りのキラパンもガウガウ言いながら集まってくる。
「ちょっ、待ってくれよ! こいつら何言ってんだよ?」
ククールは腰が抜けちまったようで、地べたに這いつくばっている。
「ああ、『何があったんですか、ヤンガスさん、加勢します』と言っておる」
エイトの兄貴は、ククールを囲むキラパンを「サーッ」と脅かしなさった。
しかし、本気ではない、そんなかわいらしい脅しにキラパンはひるまねえ。
「大丈夫だって言ったでしょ、みんな! さあ、帰るんだ。でないと、次はかえん切りしちゃうよ!」
兄貴が背中の剣をすっと半分ほど出しなさると、ようやくキラパンたちはびっくり仰天して一目散に逃げ帰った。
「すみません。お騒がせしちゃって……」
兄貴はラパンのおっさんに平謝りなさる。ククールの奴め、悪いのはてめえだろうが!
しかし、兄貴が「もういいんだよ」と優しくおっしゃるんだからしかたねえ。
オレは背中の斧から手を放した。
俺たちはゴルドへやって来た。
「兄貴、やっぱり納得いきやせん!」
「なあ、いいじゃん、もう。しつこいんだよ、トゲトゲは!」
ククールにゃごちゃごちゃ言わせねえ。俺はやっぱりさっきの様子が気になっていた。
真っ赤におなりだった兄貴。ククールの野郎となんかあったんでがすか?
しかし、エイトの兄貴も「何でもないよ」とおっしゃる。
仕方ねえ、ここは兄貴の言葉を信じ、イヤミ兄さんを探さねえと。
ゴルドは相変わらずいろんな人間がお参りに来ていた。だが、ククールの兄さんはいねえ。
次に俺たちはサヴェッラに移動した。
「兄貴、正直におっしゃって下せえ」
「ホント、しつけえな、トゲトゲ!」
ああ、やっぱり気になる。忘れっぽいこの俺がつい気になるってんだから、解明しなきゃならねえはずだ。
「うるせえククール! キラパンの檻にぶちこむぞ?」
ククールは青くなって、そりゃ勘弁してくれ、と言う。だが夕べの真相はまだ闇の中。解るまでククールだけは許さねえ。大体、ドルマゲス討伐の前だって、ククールの野郎は兄貴を連れ回してなかったか? 怪しい……怪しすぎる。
俺はサヴェッラ大聖堂への階段を一段一段踏みしめながら考えた。考えたんだが、わからねえ。俺の兄貴……。なんだか急に大人びて……大人?
「あーっ!」
「なんだよ、急に! 驚くだろ?」
大人といやあ、そうだ、男におなりになったんだ! ドルマゲス討伐前のあの空白の一週間で! 討ち入り目前に気持ちの整理をするため、俺たちに里帰りを言い渡しなさった兄貴。だが兄貴には帰る場所がない。相討ちも覚悟だったドルマゲス戦だ、もやもやされている兄貴のことをククールの野郎が気を利かせて、思い出づくりに奔走したってことだな。
そうだ、そうしか考えられねえ。軽薄なククールなら、兄貴に合う女の5人や10人、あっと言う間に用意できるはず。そうか、夕べはマイエラへ行くついでにドニで遊んで来なさったんだな。きっとそうだ、ゼシカの嬢ちゃんがいるとあんまり羽目外せねえから、リブルアーチの前に、もう一発すっきりなさりに……。うん、それなら頷ける。ああ、ついに男に……。あっしも嬉しいでがす。そう思うと、急に足取り軽く、サヴェッラ大聖堂への階段も天国への階段。兄貴、とうとう到達されたのですね。
俺は霧がすっかり晴れた気分に……?
……いや、そうじゃねえ。本題からそれた。もちろん、兄貴が男におなりになったことは本題以上に本題だが、いやいや、そうじゃねえんだ。何か大切なことを忘れちゃいねえか。……俺はぶるぶると頭を振った。
そうだ。おイタの内容を聞かなきゃいけねえ。俺は立ち止まった。
「ヤン、どうしたんだろう。考えこんじゃって」
「大方、数えてた階段の段数がわからなくなっちまったんだろ?」
「ヤンはいちいち階段なんて数えないよ」
「じゃあ、階段占いでもしてたんだろうよ」
「階段占いってなあに?」
「知らねえ」
「適当だなあ、ククールは」
なんだかよく聞こえないが、二人の楽しそうなおしゃべりの声が近づいてくる。
「わっ!」
よそ見していたククールが俺の背中にぶつかって、4、5段落ちたようだ。
「いてえな……ったく」
俺は振り返ってククールを見下ろした。
「なんだよトゲトゲ。……わぁ、トゲトゲを見上げることなんてねえから珍しいなあ。大聖堂しょっちゃって、なかなかカッコいいぜ?」
なにを言っているんだ、赤いバカ野郎め!
「ククール、言え! 夕べ何があった?」
「まだそんなこと……わかったよ。実はな、」
「待って、僕が言うよ! あのね、ククールが、酔ったから外でって言うから、一緒に行って、月を眺めて、寝転がることになって……ククールが僕の上で……キラパンがマウンティングするみたいに……」
「だーっ! ダメダメ! リーダー。今日はゼシカがいないんだ。きちんとした文法で言わなきゃまたおかしなことになっちまう。オレが言う。いいか、トゲトゲ、真相はだな、オレが酔いざまししたいからリーダーに引率してもらった。ここまでいいな、そして、美しい月を見ていたら、変な声が……」
「ちょっ、変な声って! またヤンが誤解しちゃうよ」
「お、おう、そうだな。……変なキラパンの声が聞こえた。オレたちは一緒に草むらに倒れこみ……」
「あーっ! そういうのも誤解のモトでしょ?」
「そ、そうか。草かげでオレたちは……」
「もう、駄目! ククールが言うとみんないかがわしくなるんだから。……とにかく、僕は草の上で横たわり……月と僕との間には……ククールが……あれ?」
……俺はいつの間にか大聖堂の他にギャラリーもしょっていたらしい。エイトの兄貴とククールの声はどんどん大きくなっていたようで、15、6人位が集まってげらげら笑って見ている。
「お若いの。早い話が、思いがけずもつれて転んだ二人を、キラーパンサーが見ていた、というだけのことじゃよ」
悟りを開いたらしい婆さんが、俺に話しかける。それを聞いたギャラリーは、口々に「なんだ、つまんな~い」と言い、さあーっと引いて行った。
「ト、トゲトゲ、早い話、そういうことだぜ」
なんだ。早い話、そういうことか。
俺は、大聖堂を目指して再び階段を上った。
次こそリブルアーチへ行きます。