結局、兄貴には会えないまま、オレたちは西の大陸にもどり、北のリブルアーチへ向かった。途中の関所が壊されていたが、どうやらゼシカがやったらしい。石工の町、リブルアーチに着くや、住民に誘導されるようにある屋敷にお邪魔することになった。二階へ上がると、杖に呪われているゼシカがこの家の主と対峙していた。
ゼシカは杖の呪いなんだろう、真っ青な顔になっていた。オレたちの存在に気づくと、何だかわけのわからないことを言って消えた。
「ゼシカ? 今の、ゼシカなんだよね……? ま、まずいよね、あのままじゃ。どうしたらいいんだろう……」
エイトがオタオタしてやがる。まあ、仕方ねえ。今までずっと一緒に旅していた仲間が、杖にとりつかれておかしなことになっちまってるんだから。
それより、この濃~いおっさん……。
「むむむ、この結界を破るとは……。なかなかやるな!」
この屋敷の主でもある、妙ななりのおっさんは、上から目線で感服する。呪われしゼシカの力より、自分の方が優ってるとでも思うのか、余裕ぶっこいてやがった。この感じ悪いおっさんはハワードと言う名で、大呪術師だそうだ。「自称」だな、うん。胡散臭い。街の住民も無理やり言わされているに違いない。オレは、このテの威張った人間が大嫌いだ。だが、我らがゼシカを助けるためにはこのおっさんの力が必要だ。……多分。
で、またお使いだ。めんどくせえ旅だな、全く。ハワードのおっさんはクランスピネルという宝石を取りに行けとさ。オレたちはその宝石の持ち主に会いに、建築中のライドンの塔へ向かった。ライドンの塔というのは、石工のライドンが一人で建築している巨大な石の塔だそうだ。リブルアーチの町から一山超えたあたりにある。
「宝石さえ手に入れば、なんとかいう魔法がつかえるようになるんだよね」
「そうだな。早くとってきてやろうぜ」
めんどくせえが仕方ねえ。
「なんだってまた、宝石なんか必要なんでげすか?」
「う……ククール、そのへんどう? 僕、魔法のことよくわかんないんだ」
「そうだな……魔法は、実は科学的学問でもある。自然現象や、物質がもつ力を制御して使っているのがいわゆる「魔法」だ。例えば、ホイミなんかの回復術は、生物がもともと持っている自然治癒力を応用したものなんだ。誰にでも使える可能性があるわけだが、その力を引き出す能力は、個々に委ねられている。「難しい」と言われる魔法は、やっぱり術として発動する訓練を積まないと、誰にでもできるものじゃない。今回、宝石が必要だと言ったのは、人の力で発動する「魔法」のためじゃない。物質の力を利用した「魔法薬」のためだ」
「魔法薬?」
「ああ。なんていうか、聖水のすごいヤツ、と考えればいい。術が継続的に保てる魔法陣を利用し、ハワードのおっさんは、複雑な結界を張るための薬を作っているんだよ。結界は普通、魔除けみたいに使うが、ゼシカみたいに別の魂が入り込んでしまったときに、そいつを追い出す効果もある」
「そ、そうなんだ。難しいね……僕には理解できそうにないけど」
山道を登りながらオレはこんな話をしたが、エイトとヤンガスの二人にはさっぱりだったようだ。
「難しいことは抜きだ。ただ、あの杖は、取りついた者の魂を喰っているはず。時間が重要だろう。早ければ早いほうがいい」
「そうだよね、ドルマゲスなんて、アルゴングレートもびっくりの変貌を遂げちゃったよね。あ、ようやく塔だよ。鍵の剣を刺さなきゃ」
エイトに促され、オレは塔入口の鍵穴に石の剣を差した。鍵まで石で作られている。いくらなんでも凝り過ぎだろう。この塔は遠くからでもかなりの高さのあることがわかる。これを一人で造り続けるライドン、一体どんな人物なのか。相当な頑固職人であるに違いない。果たしてすんなり宝石を渡してくれるのか少し不安だ。
「すげえ! なんだこりゃ!」
ヤンガスが、あんぐりと口を開けている。いや、オレも驚いた。円柱の塔の内側は、側面に沿って階段がとぎれとぎれについていた。別の階段に行くには各階を行き来するためのシーソー板を使うようになっている。ちょっと見回した限りライドンの姿はない。おそらく上に登っていくしかないのだろう。だが、どうやって登りゃいいんだ?
「とりあえず、上に行くには、下に降りるの……???」
外から入ると塔の2階にいることになっている。考えなしに中央のシーソーに3回ほど乗り降りし、1階と2階をうろうろ。どうすりゃいいんだか、地図を見てもよくわからねえが、石像をどうにか動かしてシーソーを固定させて登るしかないようだ。エイトはすでに途方に暮れている。
「うっ……。ムリ……。ヤン……先頭変わって」
エイトは塔を見上げ、そう言うと一歩も動かなくなった。
まあ、エイトじゃ無理だ。普通のヤツでも目がまわりそうだもんな。
「じゃあ、あっし、ククール、兄貴の順で……」
「うん、もうどんな順でもいい……」
ヤンガスに先頭をまかせ、エイトはうつむいたまま歩き出した。
「強えな、石像」
かなり強力な魔物が多いこのライドンの塔。それでなくても面倒な仕掛けを攻略しながらなのだから、集中力が切れてくる。あ~もう、さっさとクランスピネルをかっぱらって帰りたい。
「おい、リーダー! 休むか?」
エイトがオレたちからずいぶん離れてしまった。ったく、足元がふらついてるな。オレでも少しめまいを感じるほどの複雑な塔だ。酔いやすいエイトならなおのこと。
「エイトの兄貴!」
ヤンガスが即座に駆け寄る。
「あっ、兄貴! あっしにつかっまってくだせえ! おい、ククール、お前が先頭を行け!」
「おう」
まあ、仕方ねえか。
無駄に複雑な造りの塔をどうにか登り(嫌な場所にある宝箱、それは欲しい)、5階あたりにきたところで、後ろから声がかかった。
「ククール、やっぱり、兄貴を頼む……」
振り返ると、ヤンガスがうずくまっている。その足元にはぽたぽたと血が……。
「どうした? 鼻血か?」
「面目ねえ……兄貴と密着していたらこのザマだ……」
あー、そういうことね。ったく、どんだけエイトが好きかよ?
オレはエイトを右腕につかまらせたが、エイトはへなへなになっていて、階段が上がれない。しょーがねーな。オレはエイトを背負った。
「世話の焼けるリーダーだな……」
「ごめ……ん、ククールぅ……」
耳元で囁くな! しかも吐息がやたら熱い……。こりゃ舎弟ヤンガスなら卒倒するぜ。
エイトは、さらに、一段一段上るのに合わせるように、うっ……ふぅん……っん……といやらしい、いや苦しげな喘ぎ声を……。くそっ! おっ勃っちまう!
オレがそんな状態になっているのも知らないで、背負ってやってからのエイトは見違えるように強くなった。魔物が現れるやオレの背中をするりと降りて、ヤリを振り回す。オレもヤンガスも出る幕がないくらいだった。
しかし、さあ上るぞ、となると、真っ青になってその場にへたりこむ。で、またオレが背負って……。
そんなこんなで、おっ勃ちそうになりながらも、どうにか塔のてっぺんにたどり着いた。やれやれ。
ライドンのおっさん(予想はしていたがまたおっさんだ)は、見かけは死ぬほど頑固ジジイだったが、話すと案外気難しくもなく、フツーのおっさんだった。これなら宝石ももらえるかも知れねえ。エイトが丁寧に説明する間も、真面目に聞いてくれている。うん、いい人だ。ハワードのおっさんが気味悪い人物だったから、余計いいオヤジに見える。だが……。
「ええっ! お持ちじゃないんですか? クランスピネル……」
なんてこった……。
エイトはへにゃりと座り込んでしまった。
塔のてっぺんで作業中のライドンのおっさんによると、クランスピネルはなんとリーザス塔にあるらしい。
「嬢ちゃんの故郷ってわけですかい。皮肉なもんでがすね」
なんだよ、苦労して上ってきたのに……。まあ、オレもヤンガスも役得だったが。
「僕、ちょっと休みたい……」
エイトはそう言ってふらふらと歩き出す。外を見ようと、積んである資材に登りはじめた。
「兄貴! そんなはしっこに行かねえで下せえ。落っこちちまいやすよ……」
「ヤン、大丈夫だよ。ちょっと風に当たりたい。ククール、引率して……」
いいぜ。オレはエイトのあとに続き、肩をしっかり抱いて一緒に外を眺めた。
「……美しい景色だね」
「ああ……」
突き抜けるような空の青。眼下に広がる秋色の大地。聞こえる風鳴り。
かなり高所だというのに、強風が入ってこない。うまく造ったもんだな、ライドンのおっさんは。
エイトの憂いを秘めた黒い瞳は、焦点が合わず、ぼんやりしている。そして至近距離にある乾いた唇……ああ、潤してやりたい。しかし、オレの頸動脈はヤンガスの殺気にロックオンされているので、スマートにエスコートするだけにとどめた。
オレの鎖骨にもたれるエイトは、しばらくするとはあん……のような吐息とともにこう言った。
「……ありがとう、ククール。すごく……気持ちよかった……」
オイ! ヤンガスが誤解するだろう? そういう言動は……。
「じゃあ、兄貴、そろそろ」
ほーら、さっそくお声がかかる。ご舎弟さんよ、よく見てやがるぜ。
「リレミトすっぞ。そのままリーザス行っていいな」
オレたちは、失意をかかえたまま、リーザスへ飛んだ。
……オレはリーザス塔でもエイトを背負っている。
「兄貴、大丈夫でがすか?」
ヤンガスの問いに、「うん、早くとってきちゃおう」と、少し楽しそうなのは気のせいか?
エイトはもうすっかりライドン酔いがさめているくせに、甘ったれてオレの背中にしがみつく。……あたってんですけど、大好きなあなたの、素敵なアレが……。
チクショー! 押し倒してえ! ……よく考えてみれば、ライドンの塔に入るのに、石のつるぎをグサリと射し込んだあのときから、……いや、ラパンハウスの外でチュウチュウしてたときから……いや、エイトの中で果てたあの瞬間から、また入りたくてしょうがねえ。オレのつるぎ!
と悶々としていたら、仕掛け扉が回る度にオレの首筋にキスしてきやがる。いい気なもんだ! こっちは理性を抑えてだな、煩悩をはやぶさ切りで発散してるっていうのに……。
しゃくにさわったから、真っ暗なところで落っことして、マジにキスしてやった。
「わあっ!」
エイトはびっくりして転んだ。すぐには立てない。ふふふ、このショックでお前のアレもすぐには勃つまい。
「エイトの兄貴! どうなさったんでがすか! ククール、てめえ!」
「なんだよ? またオレのせいかよ?」
エイトを見るとニヤニヤ笑ってやがる。……オレのせいか。
「……悪かったよ。ちょっと手が……」
「ちょっと手だァ?」
「ヤン、いいんだ、大丈夫。僕は大丈夫だから! ちょっと汗が」
「だっ、誰の汁でがすかっ?」
「落ち着けよ、トゲトゲ! 汁じゃねえ、オレの汗が」
「てめえ、汗かくようなことを!」
「かくに決まってんだろ! こんな換気の悪いトコで平熱高いリーダーをずっとおんぶしてんだからよ! ハアハアしちまうよ!」
「……そ、そうだな。悪かった。兄貴を頼んだぜ」
ヤンガスは前を向いて再び歩き出した。エイトは「てへっ」と笑みを向ける。……いつもオレが悪者じゃん。
そんなこんなでやっと最上階に到着だ。このリーザス塔、オレは初めて来たんだが、ライドンの塔ほどではないが、かなり複雑な塔だった。ゼシカ入隊前に来ていたというのだから、結構苦労したんだろう。
フロアの奥に進むと、リーザス像は静かにたたずみ、オレたちを迎えた。サーベルトがドルマゲスに殺られたのもこのリーザス像の前だという。クランスピネルは、このリーザス像の瞳だった。
「そういえば、初めてゼシカに会ったのはここだった。ここで宝石ドロボウに間違えられたね」
「そうでがすね。あの時ァ、サーベルトの亡霊が出てきて怖かったでげすよ」
へー、そんなことがあったのか。すると突然、リーザス像がぼうっと光りはじめ、アルバート家に賢者の血が伝えられたいきさつを話しはじめた。
「ひいっ! 像が喋った!」
ヤンガスがエイトの後ろに隠れる。リーザスの亡霊が話し終わると同時に、像の両目にはめられていた赤い宝石が外れた。エイトは丁寧に手にし、像に一礼する。
「ヤンって、幻とか幽霊とかに弱いよね。イシュマウリさんのおうちでは震えてたし、戦いのときなんてすぐ呪い攻撃にかかっちゃう」
「そうなんでげすよ、だから、あの青面の嬢ちゃんとまともに戦えるか、心配でげす」
「大丈夫だよ、さあ、行こう。僕たちなら、ゼシカを助けられる」
「そうでがすね!」
決意を新たにし、エイトをでれでれと見上げるヤンガス。ったく、おめでたい奴だ。いくら魔法の力があるったって、ドルマゲスの二の舞にならねえとも限らないんだぜ。
──大丈夫です……賢者の血、そしてゼシカの力を信じるのです……
像からそんな声がした気がした。エイトもヤンガスも気づかなかったようだが。まあいい。ゼシカの味方は大勢いる。ドルマゲスの二の舞だなんて、させやしねえ。
オレたちは、リブルアーチへ戻り、ハワードのおっさんに宝石を渡す。もう、このおっさんに託すしかない。そして準備を整え、呪われしゼシカと対決した。
次はゼシカ戦ですが、戦いの様子はありません。次はもうゼシカが復活しています。