「あたし、もう少しでみんなやチェルスを……」
いくら杖にあやつられてたからって、ずいぶんひどいことをしたんだわ……。
あたしは、エイトとククール、ヤンガスを相手にシャドーなる魔物を呼び出して戦ったらしい。できないはずのメラゾーマが炸裂し、随分みんなを困らせたらしいわ。結局あたしが負けて、杖の呪いは離れていったけれど、杖を拾ったハワードさんちの黒犬レオパルドがチェルスを殺した。
チェルス……。賢者はハワードさんではなく、チェルスだった。誰もがハワードさんを守らなければならないと思っていたみたいだけれど、杖にはわかっていた。ハワードさんがチェルスをひどい目に合わせていたのも、もしかしたら、チェルスを守るために、祖先クーパスの魂がさせていたことだったかもしれない。今となってはもう何もわからないけれど……。
「いいってことよ。それより、その賢者の末裔の話が本当なら、あの杖は一体あと何人殺すつもりなんだ?」
そう、あの暗黒の杖は、あたしに言った。暗黒の杖を封印した七賢者の末裔……。マスターライラス、サーベルト兄さん、オディロ院長、ギャリングさん、チェルス……。賢者が全て殺されてしまったら、暗黒の封印が解かれるって。そんなことは絶対にあってはならないわ。
「あと、二人……。二人だわ。急いで杖を……あの犬を追わなきゃ!」
あたしたちは、黒犬を探しに更に北へ行くことになった。目的地はオークニス。
あたしを助けながら杖を取り上げてくれた呪術師のハワードさんへのお礼もそこそこに(だってククールが早くしろって急かすから)出発した。
オークニスというところは、雪と氷におおわれた地域。寒いのはあまり好きじゃないけれど、行ってみたいとは思っていたのよね。白夜とか、オーロラとか、幻想的な自然現象って憧れちゃう。
トロデ王が馬車に結界を張っているから、馬車のまわりは少しましだけど。……にしても寒いわ。寒いうえに視界が悪くて歩きにくい。
「寒ッ! なんて寒さだ! トゲトゲ、お前寒くないのか?」
「寒いが、別にどうってことねえよ。前がよく見えねえのが気になるくれえで……」
「ヤンガス、チョー薄着だもんね。マジでめまいがするほど寒いけど、リーザスも結構寒いし、この吹雪を抜ければ大丈夫よね」
温かく湿気の多いマイエラ育ちのククールは一人で寒い寒いを連発する。
「エイトは? 平気なの?」
一人無言で先頭を行くエイト。今さっきのトンネルを抜けた直後から、なんだか様子がおかしい。
「……」
「兄貴?」
「……」
「どうした、リーダー?」
「……」
先頭を行くエイトには聞こえないのかしら。様子を伺おうにも、吹雪のせいでよくわからない。でも、普通に歩いているんだから大丈夫よね? でも吹雪はどんどん強くなるし、建物一つも見当たらない。だんだんあたしたちも口数が少なくなる。
「ええい! なぜこんな雪の中を進まねばならんのじゃ! いくら我が城に伝わる杖が暗黒の杖であったからとは言え……」
トロデ王さまが怒り出しちゃった。あたしも戻ったし、お母さんのフィナンシェを食べに、王さまは一度リーザスに行きたかったのに、エイトが先を急がせたから……。
「ううぅ、こりゃまたなんという寒さじゃ……。じゃがあの杖をなんとかせねば元の姿にもどれないのじゃからな。……う~っがまんがまん。……さあエイト、ボケボケしとらんで先に進むぞ!」
エイトは王さまの言葉に返事もせず、歩き続ける。ボケボケはしてないと思うけれど、エイトの様子が見えない。一本道だし、森に入ってしまったわけじゃない、とりあえず正しく進んではいるのよね?
「な、なんじゃこの吹雪は!? こんな中見知らぬ土地を進んでいったら本当に凍死してしまうぞ! どこか吹雪がおさまるまで休める場所があればよいのじゃが……」
そうよね、でも、視界はほとんど真っ白で、前も後ろもわからない。
「おい、おっさん、今立ち止まったら危険だぜ? コンパスの通り、とにかく進むしかない」
「なんでわしがこんな目に……まったく……ブツブツ」
ククールが声をかけるけれど、王さまは黒犬のせいだ、杖のせいだとブツブツ言い続ける。何かフォローしたいんだけど、顔が凍りついて口が動かなくなってきた。
「ブツクサうるせえなぁ! こっちだって寒さに気が立ってんだ! ちったあだまってろよ!」
あ~あ、ヤンガスがキレちゃった。
「な、何じゃとぉ! 別に何の迷惑がかかるわけでもなし、わしが何を言おうとわしの勝手じゃ! 他人にどうこう言われる筋合いはないわぃ!! あ~まったく腹の立つ。わしは先に行くぞっ!」
王さまもプリップリに怒って、あたしたちをおいて先に行ってしまった。
もう、みんな大人げないんだから。でもホントに遭難しちゃったら……。やだなあ、こんなところで凍りつくの……。あたしは一生懸命楽しいことを考えた。あったかいココアとか、あったかいシャワーとか、あったかい暖炉とか……。ああ、目の前にサーベルト兄さんが! とうとう幻覚だわ……もう頭がぼんやりしてきて、本当に凍死寸前かも。なんだか、ゴウゴウと変な音まで聞こえてくる。
「雪崩だ!」
「えっ?」
ククールが叫んであたしの腕をつかんだ。
ヤンガスが先頭のエイトを片手でがっちり抱えるのが見えた。もう片方の手であたしの腕をつかむ。
「嬢ちゃん、ククールの手を放すなよ!」
え? ククール、ククールがいない! 今確かにあたしの腕をつかんでくれたのに……。
*****
「全く、世話が焼けるのう……」
王さま?
ちょっと変わった香りに目が覚めた。あたし、眠ってた? 確か吹雪の中で雪崩が……。でもここはあったかい……。
「ここは?」
「メディ婦人の家じゃ。メディ殿の救助犬バフに助けられたんじゃ。来なさい」
王さまに着いていくと、リビングに通された。あたしを迎えてくれたのは、見るからに優しそうなご婦人。この人がメディさんね。彼女は薬師だそうで、辛い薬湯を作って下さった。ああ、あったかい。体がぽっぽとしてくる。ヤンガスもククールもカップを手にしていた。
「嬢ちゃん、気がついたな。俺たち、ラッキーだったぜ」
ラッキーって? エイトがいないじゃない。
「ね、エイトは?」
「まだ休んでる」
ククールが言うと、ヤンガスがじろりと睨んだ。
「あっそうだ、ねえククール? 雪崩の起こった時、あたしの腕をつかんだでしょ? どうして放したの?」
ヤンガスに睨まれたままのククールは、肩をすくめただけ。そんなククールの代わりに、メディさんが話し始めた。
「あそこは小さな崖になっておりましてね、お嬢さんの手を取ったままでは、全員転落だったのでしょう。だから、彼はとっさに放したのです」
「そのせいで、兄貴が……」
ヤンガスがぽろぽろと涙を流す。
「ちょっと、そのせいって? エイトがどうしたのよ?」
「犬が……犬が俺たちを見つけてくれたとき、嬢ちゃんはちょっと動ける状態じゃなかった。おまけにククールの野郎はいねえし」
「エイトがククールを探しに残ったのね?」
「嬢ちゃんを安全なところに連れて行って、俺も探しに行くつもりだったんだが……」
ふるふると震えるヤンガスの話を引き取り、メディさんが続ける。
「……お二人がここへきて、ヤンガスさんの話を聞きました。ヤンガスさんがお仲間を探しに行くとおっしゃりましたが、この吹雪です。旅のかたでは遭難してしまうかもしれません。ですからもう一度バフにエイトさんたちを探させました。……なかなか帰らないものでね、心配しましたよ。まあ、無事でしたから良かったです」
そう……。でも何だかしんみりした雰囲気……。
「……まさか……エイトに何か?」
「大丈夫だ」
「お前が言うことねえだろうが!」
「どうしたのよ、ヤンガス? 何をそんなに怒ってるの?」
ヤンガスはそっぽを向いたまま。ククールもだんまりを決め込む。
無言の部屋にはお湯の沸くしゅんしゅんという音だけ。
ねえ、本当に、エイトは大丈夫なの?
「ゥオッホン……」
王さま? わざとらしいわね。やっぱり何かあったんだわ。
「ちょっと新しいヌーク草を取ってこようかね……」
メディさんがそう言うと、「わしもちょっと姫の様子を見てくるわい」と言って、王さまも一緒に部屋を出た。
「ねえ、何があったのよ!」
「ああ、あのな……」
ククールを睨むと、言いにくそうに口を開いた。
「リーダーはオレを助けにきてくれたんだが……」
「ミイラとりがミイラってヤツだ……」
ヤンガスが憎々しげに言う。……どういうこと?
「……オレを見つけてさ、リーダー気が抜けちまったんだろう、ホッとした顔をしたまま、気を失っちゃって……」
「お前が自力で上ってくりゃ何も問題なかったんだ!」
ヤンガスの怒りはおさまりそうにない。
「……ねえ、そういえば、雪崩の前エイト変じゃなかった? 何も返事しなかったし……」
「そういや、そうだった。兄貴は寒がりじゃなかったはずだが、なぜ無言で……」
「でもちゃんと歩いてたわよね?」
「寝ながら歩いてたんだろ?」
「ンなワケねえ!」
ヤンガスが大声を出したところで、扉の開く音。エイトだわ。
「エイト! ねえ、大丈夫なの?」
やけにすっきりした笑顔のエイトが登場した。
「うん。あ~あ、よく寝た! みんなも無事で良かったよ!」
「良かった、顔色も戻ったな……」
「兄貴に触るな!」
ククールがエイトに近づこうとすると、舎弟ヤンガスがそれを遮る。
「ちょっと! マジでどうしたのよ?」
「なあに? ゼシカ、どうしたの?」
「どうしたのじゃないでしょ? エイト、何があったのよ? ククールになんか変なことされてない?」
「ええっ?」
エイトは真っ赤になり、ククールは真っ青になる。
「兄貴? や、やっぱりそうなんでがすか? 一体何をされたってんです? あられもない格好でお戻りになった時は、あっしは……」
ヤンガスがまた涙をポロポロ流す。ねえ、「やっぱり」ってどいういうこと!?
「えっ? あっ、あのね、僕、ほら、ククールを探しに行ったでしょ? ククールは赤いからすぐ見つかったんだけど、僕、つい先走っちゃって、ククールが……」
「まっ、待て! オレが言う。オレを見つけたリーダーは、先走って……だから、場所を変えて……横たえたリーダーを見たらオレも先走って……それで脱がせて……」
「違うよ、ククール! 先に僕が先走ったのはいいんだけど、場所を変えて……脱がせてくれて……なかなか動かないから焦って……それで君も先走ったんだよ」
「違うな、リーダー。オレはお前が横になるのと同時に先走ったんだ。だからすぐに脱がせて……」
「ちょっと! 何の話なのよ!」
あたしの剣幕に、エイトとククールがびくっとする。ヤンガスはあたしの横でふるふると身を震わせて。ヤンガスの震えはあたしの怒鳴り声にじゃないでしょうけど。
「だからね、ゼシカならわかるでしょ! 凍えかけたひとを温めるためには服を脱いで……」
「兄貴! やっぱりやられちまったんですか? あんな極寒の……青カンじゃねえ、氷カン?」
「ちょっとヤンガス、何言ってるのよ!」
「だって、先走ったって……」
「バカね、助からないかもって先走ったの。つまり、『思った』ってことよ。それに凍えた人を温めるにはまず濡れた服を脱がせるに決まってるでしょ? 安全な雪のくぼみとか、そうだ、崖だっていうんだから、洞窟みたいなところにいたのよ。火は危険だけど、ククールならバギできるんだし、服が乾くまで、道具袋の絹のローブかなんか被ってたのよ。男同士なんだし、人肌で温め合ってたからって……やだ、あたし何言ってるのかしら……とにかく、いくらなんでも寒すぎて、ち……」
「「「ち?」」」
「え? ……あの……」
すみません、ちぢんで……なんて言えません。一応15歳の女子なんで……。
「だ、だから、生命を維持する心臓を温めるために、仕方なく脱いでたんじゃないの? 二人とも兵士出身なんだし、そのくらいのこと……」
「ゼシカって、スゴいね。実は僕、寒すぎて冬眠状態でさ……。雪崩にも気づかなかったんだ。バフのくれたお酒で一旦目が覚めたんだけど、ククールを見つけたら先走……、ほっとしちゃって……」
エイトはえへへと照れ笑いをする。ククールは悟りを開いたような表情をし、ヤンガスはなるほど! と手を打つ。
あーあ、アホらし。あたしがいないと駄目ね、このパーティーは。
……ただ、最近どうも怪しいわ。この二人……。
トロデ王は実は結界師という設定をしています(お話にはほとんど関係ありません)。
遭難したエイトさんとククールに何があったのかは次の()つきのほうでどうぞ。飛ばしても問題ありません。その次はオークニスです。