「あら、ゼシカ、一人? あとのお三人さんは?」
パルミドの闇商人のおじさんと闇取引をしたあと、自由行動にしたあたしたち。
さっきまでヤンガスとあたしはゲルダさんちにいた。ヤンガスはそのままゲルダさんちに一泊する。王さまと姫さまは先にアルバート家に来ている。エイトとククールは……知らない。
「うん、それぞれ休憩。明日うちに集合なの」
休憩……。そう、休憩。
あたしはベルガラックのわがまま兄妹と関わって、なんかちょっとホームシック気味。……なんてね。本当は今、エイトとククールとは一緒にいられない。あの二人が何してるかなんてちょっと想像したくないし。
今朝、ヤンガスがゲルダさんちに行くのに無理矢理くっついて行って、女同士話した……。ゲルダさんに、あたしはまだまだお嬢ちゃんだって言われた。
毎日つらい戦いをしながら旅を続けてるんだから、この家を出たときに比べたら成長してるはずなんだけど。
あたしは、お母さんとフィナンシェを焼きながら、ゲルダさんと話したことを思い返していた。
* * * * *
「なんだい? また来たのかい。何の用だ? キャプテンクロウの宝をとったあたしにたかろうってのかい?」
ゲルダさんは、ヤンガスを見るなりそう言った。相変わらずだけど、目は怒ってない。ツンデレなのよね、きっと。早く帰ってあげようっと。
「……あんた、ゼシカだっけね? あんたにやれるモノはもうないよ」
「いえ、そういうんじゃなくて。ゲルダさん、忙しいのにごめんなさい。あの、あたし、むさい男の人たちとずっと一緒だから、たまにはお姉さんと話したいな……って」
なぜだか、最後は涙声になってしまった。ゲルダさんはあたしを上から下まで眺めた。
「……。そうだ、ヤンガス、うちに泊まりたいなら馬の世話をしな。蹄鉄を換えたばかりなんだ。2時間ほど流してきな」
ゲルダさんはそう言って、返事も聞かずにヤンガスを追い出した。
「座んな」
あたしを食卓テーブルにつかせると、ゲルダさんはやたら濃い紅茶を作ってくれた。そしてブランデーをどぼどぼ入れた。あたしの分にはジャムも入れて。なんかスゴい香り……甘くてお酒がむわっとして……。でも、なんだかホッとする。
「あんた、ヒナンセとかいう菓子を作れるんだって?」
ヒナンセ……?
「ええ。フィナンシェ……」
「何だっていいよ。これに作り方書いとくれ……」
ああ、そうだ。ヤンガスの大好物なのよね。
あたしはお母さん特製フィナンシェのレシピを思い出しながら、材料と分量、作り方を細かく書いた。
ゲルダさんは「なんだよ、アーモンドの粉? あんな高いモノ……」とか「塩なしバターをそんなに?」とか「ああ、卵は手に入りにくいんだよな……」とか呟きながら、あたしが書き終わるのを待った。
「で……あんた、オトコにフラれてがっかりするような女になっちまったのかい?」
!!!
やだ、ゲルダさんてばいきなりの図星……。
あたしはダガーナイフでグサリと突かれた気分になった。
胸が……まだ……痛い。
あたしが黙っていると、ゲルダさんはめんどくさそうに足を組み直し、ブランデー入り紅茶を一口飲んだ。
「そのオトコに見る目がなかったと思って諦めるんだね。あんたまだ15だろ? そんな時にうっかりいいオトコに出会ったら、あんたの一生は台無しだ」
「ええっ? どうして?」
ゲルダさんは、フンと鼻をならし、デミタスカップをくいっとあおった。
「よく考えてみな。あんたは何かやらなきゃならないことがあるんだろ? オトコにうつつを抜かして、本業をなまけちゃいけない」
「本業……?」
あたしの本業?
「ああ、盗賊になりたい訳じゃないんだろ? わかってるさ。ただ、そうだとしても同じだ」
あたしが黙っていると、ゲルダさんは紅茶を足し、さっきの倍くらいのブランデーを入れながら、話を続けた。
「……女の盗賊は少ない。大抵、修行の途中でカタギのオトコに惚れちまうんだ。あたしの所へ相談しに来るムスメはみんなそうだ」
……。
「……で、そういうムスメにはあたしは足を洗えって言う。オトコのことで迷ってるようじゃ、一人前にはなれないからね。中にはいるよ、オトコを捨てても自分の信じる道を生きられるヤツは。あんたと同じ目をしてる……そういうムスメにはオトコなんて捨てちまえって言うんだ」
自分の信じる道……。
「……ゲルダさんは、ヤンガスを捨てたの?」
そう尋ねると、ゲルダさんはカップにブランデーを足した。
「……あいつ、いつまでもくっついて来やがって、目障りなんだ。あんたたちと旅に出たから、もうここへは来ないと思ってセイセイしてたのに。前よりちょくちょく来やがって……。まあ、役には立つから利用価値があるってことで家に上げてやってるが……」
ゲルダさんは吐き捨てるようにそう言って、ブランデーと紅茶が半分ずつ混ざりあった飲み物をゴクンと飲んだ。
「ふうっ。……あたしのことはいいよ。で、あんた、どっち? 銀髪か? オチビさんか?」
やだ、ゲルダさんてば……。
あたしはゲルダさんのデミタスカップに向けていた視線をそっとゲルダさんに移した。ゲルダさんはあたしを横目でちらりと見ると、言った。
「銀髪だろ? ……まあ、二人ともいいヤツだけど、どっちにしても苦労するのは目に見えてる。あいつらは、なんだか解らないが、抱えてるものが大きすぎる。おまけに相手に助けてもらおうなんて思っちゃいないから、理解してやろうなんて考えないことだね。適当に遊ぶ分にはいいだろうが、あんたはそんなことできない」
あたしもゲルダさんにならってお茶をゴクンと飲んだ。
「……あんたみたいな芯のしっかりした子はなかなかいない。あのパーティーでやっていけるのはさすがだ。腕も上がったんだろ? いいムチも持ってる。あんた、もっと修行しな。もっと強くなる。オトコなんて待たせときゃいいんだ」
待たせる……。
「あたしにそんな……」
「何言ってんだよ? あんたを見りゃわかる。あたしの若い頃にそっくりだ。その男気」
……男気?
なんかしっくりこないけど、随分誉められたみたい……。
ゲルダさんはまたブランデーをどぼどぼ足した。あたしのカップにも。
「若きゃいいってもんでもないさ……。歳くえば分別もつく。まっ、若いうちはもっと悩むことだね。あたしゃ若気の至りって言葉が大好きだ。箱に入ってたっていつか外に出なきゃならない。出たら出たで傷つくことばかり。だけど、それからやっといい女になれるってもんさ。あんたはまだ箱から出たばっかりのお嬢ちゃんだ。あんたを待ってるオトコは必ずいる。それに気づくまでは自分をしっかり磨くことだね」
ゲルダさんは、すっかり紅茶入りブランデーになった自分のカップをあおり、ばったりとテーブルに突っ伏した。
次は別行動しているエイトさんとククールの様子です。