光の道
エイトの兄貴にもらったキメラの翼を、青空に放った。
行き先は、リーザス。
昨日はなんて一日だったんだろう。亡霊海賊のところでこてんぱんにのされたゲルダを心配して顔を出してやったのに、ゲルダのヤツときた日にゃ、昼間っからへべれけに酔っぱらいやがって。結局、晩飯は野菜スープだし、朝飯はフルーツジュースだし。
まあ、あいつのとこにゃまたそのうち顔を出すさ。そんなことより、今は光の海図だ。空を飛ぶレオパルドを追うためのヒントを探しに、新しい世界を探す。
……兄貴。夕べはすっきりなされたんだろうか。ククールとどこへ行ったか知らないが、きっと、ゆっくり遊んでらしたんだろう……。
兄貴のそういうお世話をククールに任せているのがちょっと寂しい気もするんだが、遊び人のククールのほうが、いろいろいいコトやいいトコを知ってるんだろうから、ここは涙をのんで兄貴を託すしかねえ。
まあ、兄貴がよければそれで……おっといけねえ、「よければ」なんて、兄貴の昇天シーンを妄想しちまった。
そんないかがわしいことを頭に浮かべたまま嬢ちゃんの実家を訪ねると、すでに兄貴とククールは来ていた。マダム・アローザとお茶を飲んでいる。
「ヤン、お早う!」
「エイトの兄貴、お早うございます」
ああ、やっぱり。すっきりなさった顔をしておいでだ。充実した夜をお過ごしなさったんだな……。
気のせいか、腰をかばってらっしゃる。そんなに激しく……。ううっ、今日は兄貴を精一杯お守りしなければならないのに、俺の中心が疼きやがる。
「よお、トゲトゲ。姐さんは元気だったか?」
「まあな」
うるせえ、赤いの。お前は節操もなくぶちこみまくっていたんだろうが! どうせロクな穴じゃねえだろうよ。病にでもかかってしまえ!
「今、ゼシカが支度してるからもう少し待ってね。そうだ、またフィナンシェ頂いたよ」
エイトの兄貴は愛らしい笑顔を浮かべ、香ばしい香り漂うバスケットを上げなさった。
「みなさんが美味しいと言って下さるので、たくさん作りましたわ。いつも同じものでごめんなさいね」
「そんな! マダム、いつも変わらない美味しさに僕たちは癒されているんです。このフィナンシェが食べられることが幸せなんです。どんなことでも頑張れます」
恐縮していたマダムだが、エイトの兄貴にこんなふうに言われ、おまけに真剣な眼差しを向けられちゃあ、「まあ、うふふ」と照れるしかねえな。あんなに真剣に見つめられちゃ、女性なら……おっと。嬢ちゃんが来たぜ。
「あっ、ヤンガスお早う。ゲルダさん、大丈夫だった?」
「まあな」
ったく、どいつもこいつも、ゲルダ、ゲルダって言いやがる。俺とゲルダはセットじゃねえ! 俺とセットはエイトの兄貴なの!
「マダム、お世話になりました。また伺います」
みんな揃ったところで、兄貴が挨拶なさる。
「ええ、いつでもいらしてくださいね。くれぐれも無理なさらないでくださいね。ゼシカをよろしくお願いします。ゼシカ、あなたもみなさんのご迷惑にならないように、しっかり勤めを果たすのですよ」
「もう、お母さんたら、あたしは王さまのとこの兵隊じゃないわ。みんな仲間なの。上下はないのよ。エイトが一応リーダーだけどね」
マダムに見送られ、リーザスを後にした俺たちはいよいよ光の道をたどるために海へ。まずゴルドへ飛び、そこから南下するコースを選んだ。船酔いの激しいエイトの兄貴。俺がしっかりお支え致します!
……だが、お支えできない予感がしている。
「ああ~。またダメだ」
「……」
「……」
「……」
船酔い、ってのを初めて経験する予感もしている。
「ねえ、あたし……」
「……ゼシカ? 大丈夫か?」
さっきから目を閉じている嬢ちゃん。それをいたわるククールも、ついに樽に寄りかかった。
「ああっ! ごめん。あともうちょっとだから……あっ! 大王イカだよ! ヤン、ヤン? やっつけておいて!」
へいへい。
「カモメの声だわ……」
「……ああ。イカでも食ってるんだろ……」
嬢ちゃんとククールは、お互いに支えあって、天からのお迎えを待っているような悟った表情をしている。
太陽が中天を過ぎる。
リーザスを出たのは確か早朝……。
「ああ~。まただ……」
真上から照りつける太陽。容赦ない日差しに、俺はメットをはずし、汗をぬぐった。
兄貴のバンダナの内側も汗ばんでいらっしゃることだろう。
早く、早く楽にして差し上げ……いや、今は早く楽になりてえ!
ダンダンダンッ!
おっさんがやって来た。えらい剣幕だ。
「エイト! いいかげんにせい!」
おっさん!
言ってくれ、今日はガツンと言ってくれ!
「王、すみません。光の道に沿って進むって、思ったより舵取りが難しくて……」
すまなそうにおっしゃる兄貴。シュンとなさるかわいいお顔が、今はかすんでよく見えやせん……。
「だからあたしが舵取るって……」
嬢ちゃんは、兄貴の操舵を見て、はじめのころからそう言っていた。
だが、責任感の強い兄貴が「僕やるよ。頑張るから!」と張り切ってらっしゃるから、嬢ちゃんもそれ以上言えないでいた。
「リーダー、頼む。そうしてくれ」
「エイトの兄貴……お願いしやすよ」
ククールの野郎に賛成だ。もう、身体がもたねえ。
「そう? みんながそう言うんじゃ……残念だけど……。ゼシカ、頼むね。みんな、また僕、気持ち悪くなったらごめん」
エイトの兄貴、今はみんな条件一緒でがすよ……。
エイトの兄貴は、残念そうに舵から離れなさる。嬢ちゃんはふらふらしながら舵を掴む。このパーティーで一番舵取りが上手いのが嬢ちゃんだ。相当目がまわっているんだろうが、光の道の先を見据える嬢ちゃんの目力は衰えていない。さすがだ。
こうして俺たちの古代船は、50回目にしてようやく光の道を航行することができた。
「あ~あ! やっぱりいいね! 地に足がついてるってさ!」
「あ……。そうでがすね」
「……ぅだな」
「……ちょと座りたぃ……」
「ねえ、みんなどうしたの? ここがきっとレティシアだよ。丘の向こうに村があるみたいだよ。行ってみよう?」
「エイトの兄貴、すみません!」
俺は土下座した。
もう一歩も進めねえ。いや、立っていられねえ。
「ど、どうしたの? ヤン、ねえ、頭を上げてよ」
「……リーダー、オレからも頼む」
ククールは嬢ちゃんを支えながら、頭を下げる……と、そのまま転んじまった。
「わっ、ククール? ゼシカ? ちょっ……、どうしたの? 大丈夫? お腹痛いの?」
俺は地べたにぴったり土下座しているのに、鳴門の渦潮に飲まれている気分だ。もうクチもきけねえ。
「……ククール、ごめん、あたし、もう立てない」
「……おう。このままでいいぜ。オレも立てねえから」
そう言うククールと嬢ちゃんの様子を伺うと、ククールはうつ伏せに倒れ、そのククールの背中を枕にして嬢ちゃんも倒れている。
「みんな……。王、どうなってしまったんでしょう?」
「かーっ! エイト! お前さんわからんのか?」
「はい……」
「船酔いじゃよ! 光の道を何べんもやり直しおって!」
「ぇっ、あっ……そうか。……そうか……。みんな、ごめんね。いつも僕が船酔いするから」
「しゃーねえよ。酔うヤツは自分で操縦すりゃ酔わねえって決まってる。だから、そうしろって言ったのはオレだし」
「ククール、そんなこと言わないで! 僕が、僕が一発でキメてたらこんなことにならなかったんだ……」
「エイト、エイトのせいじゃないわ……だから、だからお願い……。少し、このままここで休みたい」
「リーダー、すまねえ。マジ目ェ回ってんだ……」
「あっしもでげす。情けねえ。今のままじゃ、兄貴をお守りするなんてできやせん。しばらくこのままで……」
心地いいとは言えない、塩を含んだ南国のぬるい風が、俺たちを優しくなでていく。
きっと、いいところなんだな。レティシアってのは。
だが、今は、そっとしておいてくれ……。
でっかい黒い影が頭上を越えて行った。
「巨大な鳥でもおるのかのう……。じゃが、このあたりには魔物の気配はない。今いる場所から動かなければ、しばらく大丈夫じゃろう。念のため、聖なる水を辺りにまいて、皆の体力が戻るのを待つとしよう」
おっさんの言葉に、エイトの兄貴は、悲しそうにうなずきなさった。そして、俺たちの外側に聖水をまきなさる。
それから、俺、嬢ちゃん、ククールの順に、ホイミをかけてくださった。ホイミで船酔いが治るわけでもないんだが、あったけえ感覚が全身をめぐる。兄貴の優しさでがすね、ありがとうこざいます。……ホイミをかけてくださって、中心が全く疼かねえのは、これがはじめてかもしれやせん。
船酔いの話でした。次はレティシアの村へ入ります。