「ごめんなさい、レティス……」
あたしたちは、謝ることしかできなかった。
レティスは苦悩の表情を浮かべたまま、ゲモンの消えた場所を見つめている。
母の顔……。目の前で子を失った苦痛を、あたしはわかってあげられない。
息子を失った、お母さんのこと……。
「ゼシカ……」
エイトが肩を抱いてくれる。
エイトはいつだってわかってくれている。
気にかけてくれる。あたしのことを。
「いえ……。みなさんにお願いしたのは私です……」
レティス?
「私自身、ゲモンと戦う勇気がなかったのです。私の力がゲモンに及ばないとは思いません。ただ、もしかして怒りにまかせてゲモンが卵を壊すかもしれない、または、私の攻撃が卵にあたるかもしれないという不安が先に立ち、どうしてもゲモンと戦うことができなかったのです」
レティスは大粒の涙をこぼす。
「私は……私は、あなたがたにゲモンと戦わせ、その隙に卵を取り返そうとしたのです。……私は卑怯です。卵を奪われた時から、運命は呪われてしまった。神の鳥と呼ばれ、私は暗黒の神を封じる方へ気持ちが向いてしまった。我が子を守れなかった……。つらい思いをさせてしまってごめんなさい。ああ、あなたがたは、私の赤ちゃんのために泣いてくれるのですね……さあ、もとのところへ戻りましょう」
レティスがそう言ったとき、卵の消えたあたりが金色に輝きだした。
『…かあさま…かあさま、待ってください……生まれてくることもできず、こんな姿でお話しすることになってごめんなさい。ぼくは消えてしまったけれど、ぼくを懸命に助けてくれようとしたみなさんの力と、かあさまの愛があれば、ぼくは存在し続けられます…ぼくのたましいが、みなさんの力になって生きられます!』
小さな声がして、キラキラの中から輝く小さな金色の鳥がふわりと浮きあがった!
「おお! 魂が形となって現れた! 奇跡の力!」
金色の光はレティスの周りを楽しそうに飛びまわる。
「赤ちゃんが、お母さんに甘えているみたい」
「うん、そうだね。ゼシカの言うとおりだ。……なんかさ……いいなあ」
エイトがそっと目頭を押さえる。ククールも目が潤んで。
「おおーっ! 感動でがす! あっしたちのしたことは、まるっきり無駄じゃなかったってことでがすよ、兄貴ッ!」
ヤンガスったら、涙&鼻水で顔がべちゃべちゃ。
光がレティスの目の前で止まった。
『……かあさま、ぼく、この人たちの力になりたい。かあさまと一緒にいたいけれど、今、この人たちに必要な力をぼくは持っています。だから……』
「もちろんですとも。お行きなさい。あなたがどこにいようとも、正しき道のために力を尽くす人とともにあることを、私は知ることになるでしょう」
生まれてくることのできなかったレティスの赤ちゃんのたましいは結晶となり、あたしたちとともに旅することになった。
「その魂の結晶というべき石をつかえば、あなたたち人間でも鳥の姿になって、空を飛ぶことができるでしょう」
レティスはそう言い、あたしたちを光の世界へ連れて行った。
「どうすんだ、これ」
「うん、どうすれば、っていうか、このあと、どこへ行けば?」
「でがすね。たましいがあっても、なにをどうすりゃいいのかわからねえでげす」
あたしたちは闇のレティシアの村に戻り、長老さんの家にまたお邪魔している。レティスがなぜ村を襲っていたか、報告しにね。長老さんはあたしたちの話に何度も深くうなずいた。で、これからのこと。
「ねえ、どうしよう、どうしたらいいと思う? ゼシカ」
えー?
わかんないわよ、あたしだって。
男3人が困ったような顔を向ける。
レティスに会えと言った長老さんも、策が浮かばず、なにか用事に没頭しているふりしてるし。
こういうとき、賢さレベルが一番高いあたしに頼ってくるのよね。
ククールだって、かなりレベル高いのに、意外と決断力ないのよ。
うーん。
男どもはあたしが何か言うのを待っている。
普段は我慢がきかないくせに、こういうときだけはだんまりに強いのよね。やんなっちゃう。
「とにかく、飛べばいいんじゃない?」
レティスの赤ちゃんは、『空が飛べる』って言ったし。
「ね、とりあえず、行ける所に行ってみましょうよ。……そういえば、小高い丘の上に宝箱があったわよね」
「よっしゃ、お宝!」
お宝、と聞いて、ヤンガスの顔がぱっとほころぶ。
ククールも、「しゃあねえなあ」なんて言いながら立ち上がった。
みんなで村を出て、なんとなしにレティスの止まり木へ。
とりあえず、ここまで出て来たはいいけれど。ああ、またククールとヤンガスと、顔を見合わせて。
「れ、レティスは、レティシア以外には行かねえのか?」
「知るかよ、そんなこと。なあ、ゼシカ」
だから、あたしに振らないでよ。
ああ、あたしたち3人の挙動不審がエイトにばれちゃうじゃない……。
なぜって……。
エイトが……。
「ねえみんな、高いところは平気? 僕は大丈夫だよ。ただ……」
「……」
「……」
「……」
エイト以外、一斉に下を向いた。
ほらきた。
また並び順が……。
レティシアに続く光の道の時から始まってこれで4回目。
2回目は鳥の影を追うとき。
3回目は闇の神鳥の巣。
また王さまが順番を決めてくれないかしら……。
暑いレティシア。うつむいていると首筋が焼けそう。まだ午前中だというのに汗が出るわ。
ヤンガスなんて、顔から汗をポタポタたらしちゃって。
……ククールは厚着の癖に涼しい顔してるわね。不思議だわ。
しばらくの沈黙。
「なあ……」
沈黙を破ったのは、王さまじゃなかった。みんな一斉に声の主を見る。
「もしかしたら、飛べるんじゃねえ? やってみようぜ。どこか行くこと考えずに、とりあえず、好きなように飛ぼう。それでやっぱりダメだったら、そのとき考えよう。着地地点はリーダーの降りやすい所でいい。……このレティシアか、砂漠あたりなら土地が広いからいいんじゃねえか? 願わくは、吹雪のオークニス以外で頼むぜ」
あらあら、ククールにしては建設的な意見じゃない?
ヤンガスも「おうっ」なんて拍手している。
……それよりも、ククールのこの言葉を聞いたエイトの笑顔ったら! なんてかわいいのかしら。砂の中から小さな宝物を見つけた子供のようだわ。
わかってる……。この二人が、もうそういうことになってるって。
あたしはククールをあきらめた。あきらめたっていうより、もともとちょっと憧れていただけだったみたいだけど。もうこの二人を見ても胸が痛まない。ゲルダさんに言われた通り、あたしはあたしでしっかりオンナを磨かなきゃ。……だから、困難な二人の愛を応援するわ。
ただ……。
「…カ? ゼシカ?」
「えっ? あっ、ごめんなさい。あたしもいいわよ、賛成」
「うん。僕、やってみるよ」
ふう、ちょっと他のこと考えちゃったわ。
でもね、あなたたち、いずれは考えなきゃいけないことがある。それがどれだけつらいことか……。
……ダメダメ、今は、この旅の間……呪いがとけるまでは、考えないようにしましょう……。あたしにどうこうできることじゃない。今は、黒犬レオパルドを追うことを考えよう。
エイトは飛ぶのが上手かった。神鳥の魂と自分の意識を同調させ、飛ぶ。あたしたちの姿は外から見たら鳥の姿になっているのかしらね。あたしたちはお互いが鳥のようには見えない。馬姫さまも王さまも含め、みんなでかたまって一つの大きな球体の中にいて飛んでいるような感覚。ゆったりと大空を舞うのは気持ちがよかった。さすがにモンスターもやってこないから、じっくり地上の観察もできたわ。
あたしたちは、飛ばなければ行かれない場所をいくつも訪れた。ヤンガスの最強のオノを初め、貴重な宝物も手に入った。
あたしの故郷リーザスにも、不思議な場所があった。そこには七賢者に関する記録が石碑となっていた。
お母さんも、多分、兄さんも知らなかった場所だと思う。きっとリーザス像は知っていて。
今回、あたしが訪れることになるなんて。誰が想像しただろう。石碑は語る、古の賢者のことを。オークニスやレティシアで見てきたものと通ずるところがある。リーザスに伝わる魔法戦士シャマルの血……。兄さん……。
「ゼシカ、大丈夫?」
「ええ、ありがとう……」
やだ、もう泣かないって決めたのに……。
「ゼシカ、いいんだよ。泣いても。僕は兄弟がいないから、ゼシカの気持ちはわからないけど、大切な人を失うって辛いよね。ゼシカ、このところずっと我慢してたでしょ、泣いていいよ」
エイト、エイト。あなたはいつもこうして励ましてくれる。そのままのあたしを認めてくれる。人の気持ちになって優しい言葉をかけてくれるのよね。ありがとう。あたし、まだまだ頑張れる。もっと強くなれる気がする。いろんなことを受け入れて、自分なりに乗り越えていける……。
あたしたちは、再び飛んだ。人けのない古い遺跡にも行った。
朽ち果てたような祭壇。なのに、エイトだけが強い力を感じる、って言う。
それからサヴェッラへ。どうしても法皇様の館へ通してもらえなかったあたしたち。じゃあ、飛んでっちゃおうってエイトが言うから。でもそこで法皇様とマルチェロの会話を聞くことになるなんてね……。
「ああいう人がそばにいて叱ってくれるなら、安心だ……」
ククールはそう言って視線を空へ向けた。
法皇様とマルチェロは、二人で仲良くおしゃべりという雰囲気じゃなかった。法皇様は落ち着いた声でマルチェロを諭しているように見えた。でも、当然というか、やっぱりというか、マルチェロは、自分に分の悪い話は華麗にスルーし、うまいことごまかしたみたいね。話の内容は、出世とかなんとか、ナマ臭い話だったけど、肝心のククールがああ言うものだから、あたしたちが口を挟むことじゃない。エイトも無言だった。
マルチェロの姿が見えなくなるまで、あたしたちはバラの植え込みに身を潜めた。
……別に隠れなくてもいいんだろうけど、トロデ王が隠れろって言うんだから仕方がない。
法皇様も館へ入り、あたしたちも少し時間を置いて、法皇様に謁見した。法皇様は人格者だった。エイトの能力を見抜き、期待を寄せているふうだった。
そのあとまた飛んで、今度は人間と魔物たちが共に暮らす、三角谷という場所を訪れた。
「ほーっ! 人間と魔物がのう! こりゃええわ! おい、エイト、わしも行くぞ!」
王さまが元気一杯であたしたちを先導する。さっそく入ったバーでは『ピュア・ギガンテス』というカクテルを振る舞われ、上機嫌。マスターからはこの三角谷の歴史を聞いた。暗黒神の話にも詳しかった。バーの外に石碑があると言うので、行くことに。でももっと飲みたい王さまが無理やりヤンガスを誘うものだから、二人をバーに残し、そこへ向かった。
「三角谷ってすごいね」
「そうね、あたしたちよりずっと暗黒神について詳しいわ」
「にしても、ここの住民はのんきなヤツばっかだな」
そんなおしゃべりをしながらあちこち見て回る。
「あれかな、石碑? 壁画??」
少し先に窪地があり、巨大なギガンテスと一緒に綺麗なニンフの姿があった。あれがラジュさんね。
ニンフって、人間と見た目が良く似ている。耳に特徴があって、神秘的な雰囲気がある。
ラジュさんと挨拶をかわし、壁面を見ていると……あら?
ククールがラジュさんを口説いてる……のはいつものこと。珍しいのは、エイトが真っ赤になって止めてるの。
どうしたのかしら。焼きもち? ククールが誰を口説いてても笑って見てるだけなのに。ラジュさんが人間じゃないからかしら。不思議ね。
「っ! もう、わかったよエイト、離せよ、ジョークだろ?」
なぬっ? 『エイト』? ククールが『エイト』って?
……ははーん。そういうことね。二人だけのときは……。
「ああっ、ゼシカ! あの、別に僕は、ただ、ククールが……」
「はいはい、何も聞こえませんでしたよ、『エイト』さん!」
「わっ?」
ばーか。ククールが口を押さえてる。アホらし。
「あたし先に戻るから、暗黒大樹の葉っていうのをもらってきてよ!」
黒犬レオパルドを追うため、暗黒の力の行方が分かる暗黒大樹の葉というものをラジュさんがくれるという。宝探しは二人にまかせよう。アホらしくて一緒にいられないわよ!
あたしはお熱い二人をほっぽって、バーで飲んだくれてる王様とヤンガスのところへ向かった。飲み過ぎないように見張らなきゃね。空中の酔っ払いなんて勘弁だわ。
と、バーへ行く通りで、ラジュさんに声をかけられた。
「えっ? あたしと?」
「はい。ゼシカさん。久しぶりのお客様ですし、女性同士、いろいろお話を……」
三角谷を訪れる人っていないみたい。そうよね、飛ばなきゃこられないもの。だからここの人たちはあたしたちと話がしたいのね。王さまとヤンガスはマスターと随分盛り上がってるみたいだし。あたしは「もちろんです」って、久しぶりに女同士の話に花を咲かせた。
その間のエイトとククール?
知らないわ。神鳥のたましいで、どこか行っちゃったんですもの。まあ、2、3時間くらいで戻って来るでしょ。
エイトさんとククールはちょっとちゃいちゃしてきます。お嫌いなかたは飛ばしてください。その次から新章に入ります。