「おい、お前たち! 心配したぞ! まずは安全な場所へ避難じゃ」
島の船着き場にトロデのおっさんが来ていた。ニノのおっさんの尊い犠牲のおかげで煉獄島から脱獄できた俺たち。とるものもとりあえず、ずらかることに。
で、俺たちは三角谷にいる。
三角谷までは、いくらククールの兄さんでもやって来られないだろう。そう考えたおっさんの案だった。
「お前たちの罪は、ニノという坊主にたぶらかされ、法皇様を殺そうとしたとなっておる。しかしその罪よりも、今は脱獄者であることで追われておる。しばらくはサヴェッラやゴルドヘ近寄らんほうがよい」
おっさんは3日間ここへ留まると言い、バーへ向かった。
嬢ちゃんはニンフのラジュと話し込んでいる。
ククールは一人、散歩に出たようだ。
エイトの兄貴は、ククールをそっとしておく心づもりなんだろう、奴の背中を見送りなさり、そして反対方向に散歩に出なさる。もちろん、俺もお供して。
ニンフとモンスターの暮らす平和な村、三角谷。豊富な水、深い森、穏やかな時間の流れ…。全て終わったら、エイトの兄貴と二人、ここでひっそりと暮らせたら……。
「ヤン、どう思う?」
エイトの兄貴は、美しい滝を背にし、まっすぐに俺の目をのぞきこみなさった。
ああ、二人きりになるなんて久しぶりだ……。エイトの兄貴の憂いを秘めた黒い瞳が、マイナスイオンを取り込んで、いつもの数万倍の癒しを俺に投げかけなさる……。俺はもう立っていられなくなって、いや、俺の中心に血液が80パーセントほど流れ落ちたもんで、ひっくり返る前に、自ら腰を下ろした。ふう。
……で、「どう思う?」ってお聞きになったんだっけ。なんのことだ?
この三角谷に骨をうずめようって話じゃなさそうだったが。
俺はない頭を懸命に使った。っと、そうか。
「脱獄がすぐに知れたことでげすか?」
「……うん。それもあるね。地下へ降りる籠が壊れちゃったから、上にいる監視の人がすぐサヴェッラへ知らせたんだろうね。それにしてもものすごく情報が早いね。誰が脱獄したかもわかっちゃったなんてさ」
「案外、ククールの兄さんが確かめに来たのかもしれやせんね」
「そうだね。まあ、あの人にしてみたら、僕たちよりニノ大司教の行方の方が重要な気がするけど」
「そうでがすね。ニノのおっさんがあっしたちを逃がしたことはすぐにわかるし、あの人が煉獄島に捕らわれている限り、おっさんに罪を全部なすりつけることができやす。ついでにあっしたちを実行部隊として指名手配すれば、自分の手を汚さずとも邪魔者は排除できるってことでがすね」
「うん。ヤン、冴えてるね。でさ、もう一つ……」
もう一つ……。「冴えてる」俺は一生懸命頭を使う。……そうか、ニノのおっさんがずっと気にしていたことだな。
「……法皇様の死の真相?」
「うん。今の杖の持ち主がマルチェロさんなら……」
「もし、次期法皇がマルチェロだってんなら、その可能性は大いにありやすね」
可能性なんかじゃねえ、ほぼほぼ確実だろう。
「うん。……確かめなきゃいけないね」
兄貴は憂いを瞳に閉じ込め、静かにおっしゃった。まだ心配事がおありのご様子だ。
「……ククールのことでがすか?」
「……うん。もうマルチェロさんとは関係ないって言うけど、……きょうだいなんだから……」
「捨て置くわけにゃいきませんね」
エイトの兄貴はぐっと唇を噛みしめ、滝を見上げなさる。今にも滝を登って行きそうなほどの力が全身にみなぎってなさる……しかし、すぐに肩をひゅんとすくめ、ゆっくりと滝壺へ視線を下げなさった。深い深い水底に答えを探すかのように……。
「偵察に行く」
三角谷3日目の朝、エイトの兄貴がおっしゃった。
バーで朝飯を食らっていた時だった。びっくりして茶をこぼしそうになる。
「待ってくだせえ、エイトの兄貴。危険でがすよ。ククールの兄さんに見つかったら……」
「うん。でもだからって、じっとしてるわけにもいかないよ。とにかく、情報集めてきて、それからまた考えよう」
「じゃがのうエイト、皆でぞろぞろ行くのは危険じゃ。煉獄島から脱獄した『凶悪な4人組』として話がまわっておる」
ククールの兄さんは、さすがというか、ぬかりなく全ての教会、騎士団に手配書をまわした。見つけ次第、殺せとも。報奨金と特別な引き立てがあるそうだ。全くなあ、本当の悪ってのは、こういうのを言うんだろうな。
だからと言って、逃げ回っていても埒があかねえから、エイトの兄貴のおっしゃることはわかる。どうしたって情報は必要だ。だが、トロデのおっさんの言うこともわかる……。みんなで行くこたぁねえ。
「エイトの兄貴、あっしが行きやす」
「駄目!」
「無理!」
おっさんと嬢ちゃんが声を揃えた。
なんでだよ!
「いいじゃねえか。ククールの兄さんに見つからなきゃいいんだろ?」
「ダメよ、ヤンガスじゃ教会では目立ちすぎるわ。どうやって情報集めんのよ!」
「そうじゃぞ! 山賊まがいのおぬしが教会でこそこそしていたら、盗みの下見に来たと思われるではないか」
「んなこと言ったら、誰が何処へ行ったっておんなじだぜ? それとも何か? 俺じゃ信用ならないのか?」
俺の剣幕に押され、おっさんと嬢ちゃんは黙り込んだ。
ったく、好きなこと言いやがって。
しばしの沈黙。
「……あたし、あたしが行くわ」
「女の子を行かせるわけにはいかねえよ」
バーの端でミネラルウォーターのグラスを見つめていたククールが、しばらくぶりに口を開いた。
一瞬の沈黙。
「オレが真相を……」
「駄目だ!」
ククールが言い終わるか終わらないうちに、エイトの兄貴が遮りなさる。
「僕が行くんだ」
兄貴……。
「兄貴、あっしがお供しやす」
「ありがとう、ヤン。でも……」
エイトの兄貴はみんなを一人ずつ見てからおっしゃった。
「ゼシカと行く」
「えっ? あたし? ええ、もちろんいいわよ」
「でも面がわれてやす。4人組の一人は女だって。ここはまだ男二人の方が……」
エイトの兄貴は、ちょっと目を伏せたあと、いたずらっ子のように黒目をキラキラさせ、びっくりするようなことをおっしゃった。
「……大丈夫。女の子二人で行くから」
「「「えーっ!」」」
エイトの兄貴は、嬢ちゃんの普段着に着替えなさった。髪のバンダナを細く折り畳み、カチューシャのようにしてらっしゃる。リボンのように結んだ先が、耳の近くでぴょこんと揺れて……かわいい。
細い首が少女らしい雰囲気をかもし出し、ボン・キュッ・ボンの嬢ちゃんよりずっと幼く見えます……。なんてお可愛らしい!
「リ……、リーダー? お前、胸パッド入れたのか?」
ククールが兄貴の胸元を指差す……てか、触るな!
「あっ、うん。だってゼシカの服、みんな胸が開いてるでしょ、これなら胸が隠れてるから……だけど、全然ないのも不自然だから、ゼシカの水着借りて、その中にぱふぱふ屋さんでもらったスライム詰めたん……あっ、やめてよククール……」
ククールに胸を揉まれながら真っ赤におなりになる兄貴……。
やめろ! いくらスライムとはいえ、今は兄貴の胸だ!!
「ね……ねえ……ばかっ……そこくすぐったい……やめて、ククール」
兄貴は、バーカウンターに押し付けられ、盛大に胸を揉まれていらっしゃる。
やめろ、ククール! だが、兄貴のちょっと困ったお顔がなんとも色っぽくて……。
お、俺、ククールを止めねば……。
「あっ……ホント、止めてククール。ドレスがシワになっちゃう……」
「……じゃあ脱げよ」
おーっ! いいぞ、ククール!
じゃねえ、何を考えているんだ、俺は!
「ちょっと、ククールの変態! やめなさいよ!」
「何言ってんだ、ゼシカ。リーダーの方が変態だ。かわいすぎる」
誰が変態かっ!
「そ、そうね、確かにかわいいわ。髪がくしゃくしゃなのも、すごく合ってるし……」
嬢ちゃんはそう言いながら、兄貴の乱れた髪や服を直した。
「ありがとうゼシカ。ね、これならばれないよね?」
スカートを翻し、くるりと一回りなさる……。
ククールじゃねえが、可愛いすぎます! 反則でがすよ、兄貴!
「ナ……ナ……ナ、ナンパされちまったら?」
俺は気が気じゃねえ。こんな可愛い、純情を絵に描いたような少女な兄貴を、痴漢だらけのゴルドへなんか送り出せねえ!
「大丈夫よ、あたしがエイトを守るわ!」
嬢ちゃんはそう言って、グリンガムのムチをビュンとやった。
おお、頼もしいぜ嬢ちゃん。嬢ちゃんがいれば少しは安心なんだが、装備にならない服を着てなさるから、身の守りが弱くなっちまう。あれ? ナンパは装備関係ねえな?
ククールは今度は兄貴のスカートの尻をなでる。油断も隙もねえ! いい加減にしやがれ!
「おい、剣は持てよ? いや、ブーメランがいいか?」
「うん、大丈夫だよ。フィールドにはなるべく出ないようにするから。でも、念のためまどろみの剣を持つよ。ククール、貸して」
「おう。……無理するなよ?」
「うん」
ククールは荷物の中からまどろみの剣を出し、兄貴のきせきの剣と交換した。
ああ、兄貴。細身の剣をしっかりと腰にした姿は、仇討に行く少女のように見えやすぜ……。なんて可憐で純情な……。
「それから……ゼシカ、リーダーに勝手なことさせないでくれよ。騎士団には気をつけろ、……それから……アイツには近寄るなよ」
「わかってるわよ!」
嬢ちゃんがプイッと横を向いた瞬間、ククールは、兄貴のスカートを豪快にまくった。
「やーっ! なにしてんのっ!」
兄貴は黄色い悲鳴を上げながら、すかさずククールに正拳突きをお見舞いなさった。それは見事にみぞおちに入り、身体を二つに折る赤いバカ野郎。
「ぐおっ……っ。よ、よし、これなら痴漢に会っても大丈夫だな」
「ちょっとククール、バカじゃないの? いえ、バカだわ!」
嬢ちゃんは怒り狂い、痺れ打ちを食らわせた。ざまあみろ。
「じゃ、行ってくるね」
「暗くならないうちに帰ってこいよ」
二人を見送ると、ククールはまた散歩に出ていった。
俺はしばらくその場にいて、兄貴と嬢ちゃんの消えたあたりを眺めていた……なぜなら、貧血状態で動けねえからさ。まくれたスカートの中、まっすぐに伸びたナマ足が頭から離れねえ……。
法皇様暗殺未遂&脱獄犯としてお尋ね者になってみました。次はマルチェロの動向を探りに行きます。