「相変わらず人が多いわね……」
「え、ええ。そうね、ゼ…ジェシー?」
あたしたちは、サヴェッラにきていた。
危険だとわかっていたけれど、まず法皇様の崩御が本当か確かめなきゃいけないわ。それに、ゴルドだってマイエラだって同じくらい危険なはず。マルチェロが法皇様を手にかけたのなら、かえってサヴェッラが一番安全かもね。犯人が事件現場にいつまでもいるはずないもの。それでも、一応の用心をしながらの探索。ちょっとドキドキするわ。気のせいか、騎士団の連中がいつもより多い気がするの。目付きも悪いし。
「ねえ、ジェシー?」
「なに? エイミ」
偽名で呼び合おうと言ったのはエイト。
「スースーする」
エイトはスカートの裾をちょっとあげてみせた。
「……仕方ないでしょ? スカートってそういうものよ」
「なんかさ、無防備……よね」
「なにが?」
「あっ、その……あそこが……」
「ちょっ……」
エイトがさっきからもじもじしてるのはそのせいね。
真っ赤になりながら『あそこ』とか言わないで欲しいわ。ほら、すれ違う人が変な目で見ている。っていうか、純情そうなエイトの姿に、かなりの人が振り返っていく。さっさと情報集めしないと、本気でナンパされちゃうわ。エイトが……。
「やっぱり、法皇様は崩御されたんだわね……」
エイトの妙な女の子言葉に、またみんなが振り向く。ちょっとおどおどした感じがまたかわいいのよね……。いえ、そんなこと思ってる場合じゃない。
法皇様が崩御されたのは事実。ご遺体は法皇様の部屋に安置されているそう。自由にお別れを言いに行けるようだけれど、それはちょっと危険すぎるんじゃないかということで遠慮することに。屋敷の使用人には話を聞いて回った。
訪れた一般人にそれとなく話を聞いても死因はわからなかった。法皇の館の使用人の中には、あれは事故じゃない、法皇様の胸に刺された跡があるのを見たなんて言う人がいる。
「まずいことになってるわね」
「そうだ……いえ、そうですわね?」
「ちょっと、そんなに気にしなくていいのに。逆に変よ?」
妙な女の子ことばを棒読みで口にするエイトをちょっと小突いた。
ごめんネ、と肩をすくめるエイトったら、なんてかわいいの! ククールが襲いたくなる気持ちがわかるわ。ってそういう場合じゃないわよね。
……煉獄島の看守の話から、あたしたちは次期法皇はマルチェロなんじゃないかと予感していた。サヴェッラで人々の噂を聞くにつけ、その線がますます濃厚になった。あいつが法皇様に何をしたか真相は灰色だけど、法皇様が崩御されたのは事実。関係がないわけない。……それに、あの杖。あたしが自分の目で見たわけじゃないことを人の話だけで判断するのはいやだけど、今回はマルチェロが持っていると確信できる。
あたしは杖のことを考えた。
……トロデーンに封印後、初めて触れたのはドルマゲス。ドルマゲスを倒した後、何も知らず、あたしが手にした。その瞬間は何も感じなかった。ただ、杖の物理的な重さより、強い魔力のようなものを秘めていると感じた。それは、あたしとは関係ない次元の力だと思った。
でも、あの遺跡の島を出るころには、なんだか心地いい、頼りがいのある「杖」であると思った。
「杖」として地面につけば、長さの割に、軽くてつきやすい。足場の悪いところでもしっかりと支えになった。
ただ、あのときは、トロデ王さまとミーティア姫さまのお姿が元に戻らないことがショックで、そして、あのなんともいえない喪失感に、杖に魂が宿っているなんて考えもしなかった。あたしにとってあの「杖」は、ただの「杖」だった。
ドルマゲスを倒しても、何も変わらなかった現実。いえ、あたしの生きる目的は、ドルマゲスの消失とともに失った。一瞬で。あの杖は、短い時間でそのことを知った。なぜ、杖の力があたしを蝕んだのか、今になってようやくわかる気がするわ。
だとすると……だとすると……あの杖を手にしている人が……杖に翻弄されるはず……マルチェロが。
「ジェシー、大丈夫? 考え込んじゃってるけど……」
「えっ? ええ。ごめんなさい。……ねえ、杖ってどうなったと思う?」
「杖? そうよね……」
エイトが黙り込む。
あたしたちは法皇の館を出て大聖堂に入り、目立たない位置に並んで座った。
訪れる人は、おのおの、祈ったり、見物したり。
巡礼半分、観光半分てとこかしらね。
あまりきょろきょろもできないわ。サヴェッラの聖堂騎士団員が巡回をしているから。
「普通に考えたら、あの人が持っているよ……わね」
「そうね。それが普通よね」
普通に考えたら、そう。誰もがそう考える。あの場で最も地位の高い人、そして、あの杖の存在を知っている、あの人。マイエラ修道院で実物を見ているんですもの。あれはドルマゲスの杖であり、トロデーンに封印されていた杖であり……それだけで、あの人なら誰にも聞かずに、あたしたちが持っている情報と大して変わりない、正しい情報を得ているはずだわ。今、賞賛以外でその名を口にするのは危険なあの人。
七人の賢者を殺し、杖はきっと喜んでいる。でも、なぜ何も起きていないのか。
杖はマルチェロに何かしようとしているのか、それとも、今までしてきたように、持つ者に何かをさせようとしているのか。
なぜ沈黙しているのか。
「取り上げなきゃ。なんとしても。あたしのように……」
「ジェシー……」
エイトに手を握られて、あたしは震えていることに気付いた。
「あの人を探さなきゃ……」
「ええ」
大聖堂を出て、再び情報収集に向かう。
あたしとエイトが、指名手配犯だということは、一般の人には知られていないようだった。教会関係者は、どのくらいあたしたちを警戒しているのかわからなかったけれど、聖堂騎士団員ほどではないようね。
あたしたちは不審に思われないように、教会関係者らしき人たちにも話を聞いて歩いた。するとマルチェロの法皇就任の話が聞けた。
「ゴルドで就任式か。ゴルドに行くのは危険ね。もう少しあの人の様子がわからないかしら」
「そう……ね。ジェシー、マイエラに行ってみよ……みましょうよ」
新法皇の就任式が近いうちにゴルドで行われることを知ったあたしたち。
でも、ゴルドへ行く前に、もう少し情報が欲しかった。
ヤツのネジロ、マイエラへ飛ぶ。
気をつけなきゃいけない。もしかしたら帰っているかもしれないし。
「むっ? 赤毛の女……二人? おい、凶悪な4人組は女二人いたか?」
マイエラ修道院では、入場者チェックをしていた。
「いえ、女は赤毛一人です」
「そうか。ならば違うな。よし、入れ」
ふう、危ない危ない。
「まあ、マルチェロ院長の治めるわが修道院にのこのこ現れるなぞ、死にに来るようなものだしな!」
「はは。しかりだな」
騎士団員の大声が背中に聞こえる。あたしたちは知らん顔をしながら礼拝堂に入った。
うまく入れたとはいえ、やっぱり緊張する。気のせいか、観光客は少なく、話しかけるのもためらわれる。エイトったらなぜか内また歩きで、あたしの後ろに隠れ気味。
おどおどしてたら怪しいわよ……いくらみんな目つきが悪いからって……。
中庭へ入ろうとすると、エイトが立ち止まってしまった。
「……エイミ、大丈夫? どうしましょう、やっぱりゴルドへ行ってみる?」
「う……、ええ。就任式準備でお忙しいだろうでしょうから、うろうろ出てこないだろうかも知れないし……」
「待って。エイミ、わかったわ」
あたしはエイトの妙な女の子言葉を遮った。あまりにも言葉がヘンすぎる。……それに、なぜか、悪寒がするの。
あたしは声をひそめた。
「ね、エイミ、あたしたち、見張られてない?」
「ジェシーもそう思う?」
「エイミも?」
「う、ええ。……実はサヴェッラから」
「本当に?」
「ね、一度帰ろ……りましょう」
エイトは、あたしの手をぐいぐい引っ張り、修道院を出るとすぐに三角谷にルーラした。
「お帰りなさい、兄貴、嬢ちゃん。どうでがした?」
「うん、みんなに話したい。バーに集まろう」
あたしたちの帰りを、ヤンガスが首を長くして待っていた。
バーには王さまがお酒も飲まずに待っていてくれた。ラジュさんも心配してくれて、同席する。
「あれ、ククールは?」
「それが、見当たらねえんでがすよ」
「何だって?」
エイトが大きな声を出す。
「まさか……。ね、ゼシカ、別の服貸して?」
「えっ? いいけど……」
エイト、まさか探しに行くんじゃ……。
エイトは、あたしたちがあっけにとられているのも目に入らない様子で、あたしの装備、買ったばかりの水の羽衣に着替えた。
「兄貴! まるで海の女神でがす!」
あらあら、ヤンガス、鼻血が出てるわ。……でも、ホント。よく似合う。
「これなら、さっきと別人に見える?」
「かわいいですね……ちょっと失礼、髪を……」
ラジュさんがエイトの髪に触れた。すると、癖のあった茶髪が、まっすぐになった。
「わあ、すごい! エイトじゃないみたい!」
「そ、そう?」
エイトは鏡をのぞきこみ、はにかむ。かわいいわ……反則よ!
「ただし、日が落ちると魔法は解けてしまいます。明るいうちにお帰りなさいね」
「ラジュさん、ありがとうございます」
エイトはそう言うと、青空に消えて行った。
「なんじゃなんじゃ、せわしない奴よのう、エイトは。全く困ったもんじゃ」
「え? あ、そうよね。サヴェッラでの報告をするつもりだったのに……」
「まあいいじゃねえか、それより、あの兄貴のお可愛らしさ! 水色もよくお似合いで……」
ヤンガスったら、でれでれしすぎよ。確かに可愛かったけど……。なんか、本題からそれてるわよね、あたしたち。
まあ、いつものことじゃろ、と言わんばかりの表情を見せ、王さまはカクテル「ピュアギガンテス」を注文した。
日暮れ前、神妙な顔つきで、二人の美女が三角谷に戻ってくるまで、短い時間だったけど、あたしたちは飲みまくった。ククールの女装の様子をラジュさんに聞きながら。
ホント、ククールってバカね。
女装したエイトさんとククールは何をしていたのかは次の()つきのほうでどうぞ。大したことないのですが、お二人での行動なので別にしました。その次はマルチェロ戦です。