ククール!
ククール!
お願いだ!
早まらないで!
僕の心臓は早鐘を打ち続けた。
ククールは、僕を探しに行ったんじゃない。マルチェロさんを探しに行ったんだ。
ああ、僕の神様、ククールを守りたいんです。彼は今、何処にいるんですか!
さっきサヴェッラからマイエラに移動するとき、美しい銀髪をなびかせ、薄桃色のローブ……賢者のローブをまとった、背の高い女性の姿を見た気がしたんだ。ゴルドの女神像が人の形をとったら、あんな感じなんだろうって……。目立たないように気を使ってたみたいだけど、かえって不自然で。マイエラでは、その人は建物外の川沿いに立ち、院長の館を見上げていたんだ。
ククール!
今、君は……?
僕は、ゴルドへ飛んだ。
サヴェッラにもマイエラにもいなかったんだ……マルチェロさんは。だから……ゴルドにいる。間違いない。
ゴルドは普段より人が多かった。新法皇就任式前で、騎士団の人たちも忙しそう。
僕は、観光客を装い、宿屋なんかをのぞきながら情報を集めた。
サヴェッラと違い、ゴルドは新法皇の話題で持ちきりだった。新法皇がマルチェロさんだからというわけではなく、ただ単に、おめでたいことへの期待感にあふれていた。騎士団員も「凶悪な4人組」捜索より、就任式準備のほうに意識が向いているようだ。
就任式の具体的な日程はわからないけれど、あんまり時間がないことは事実だ。
もう少し情報が欲しい。僕たちはあと何日くらい準備期間があるのか……。
これは、神殿に入らなきゃいけないかな……。
「うわっ!」
突然、首筋のツボを押された。
僕は力が抜けて、しゃがみこんでしまった。同時に、聞き覚えのある声、ずいぶん裏返してるけど……が聞こえた。
「エイミス? エイミスではなくて? 如何されましたの? あたくし、あたくしよ、セシリアよ」
……セシリアって……。ククールのお母さんの名前でしょ。僕はエイミスか。了解。
「セシリア様……まあ、このような所で……。ちょっと目眩が……」
「まあ、それはいけませんわ。座りましょう。さあ、あちらへ……」
ククールは僕を人の少ない方へ導いた。
「おい、一人で来たのか? 無理すんなよ!」
ククールは僕と並んで座り、ひそひそとささやく。
肩に置かれた手から伝わる、ククールのぬくもり。
「大丈夫。さっきと違う服だから。……それより、セシリア様ったらひどいわ……ツボ……」
「おお、悪かった悪かった。そういやお前、血の流れが滞ってるぞ?」
「そういう問題?」
「ああ、まあ、いいから、まずはずらかるぞ」
僕たちは、神鳥のたましいの力で飛び、不思議な遺跡にやって来た。
ふーっ、と思わずため息がもれる。
ククールは、ったく、無理しやがって、と言いながらドレスの胸を緩める。
「エイト、そのドレスもよく似合う……」
「うん……変じゃない? この髪……」
ククールはまっすぐになった僕の髪に、うなじから指を入れる。
ゆっくりと、ていねいに髪をすく。時折ふわりと首筋にククールの指が触れ、僕の身体の芯に熱が生まれる。
「いつものお前のほうが好きだ。でも、これもいいな……」
正面からまともに顔をのぞきこまれ、恥ずかしくなる。
サファイアの瞳は、僕の顔がまっすぐに映り込んでいる。
僕の瞳には同じようにククールがまっすぐに映っているんだよね。
「……ククールは女神さまみたいだ」
「ああ。オレ、女装には慣れてるからな」
ククールはそう言うと、いつもみたいに髪を後ろで束ねた。
「愛してる……エイト」
ククールの手が僕の後頭部をしっかり抑え、唇を寄せてくる。
でも僕は、それを制した。
ククールは、「なぜ?」という顔をする。
代わりに僕はククールを抱きしめる。
ククールはびっくりしたみたいだけど、そのままじっとしていた。
今、まともにククールの顔を見て話せない。
これから僕たちがしようとしてることについて……。
僕はククールを抱きしめる手にぎゅっと力を入れた。
「僕は君を愛してる。だから、どんな結果に……」
「エイト! わかってる! アイツが、アイツが法皇様を……だからオレが……」
「駄目だ!」
ククールが顔を上げかける。僕は構わずにククールの頭を抱えこんだ。
何も言わないで。僕の話を聞いて。
僕は決めたんだよ。
「……人は幸せになるために生きてるんだ。僕は、暗黒神によみがえって欲しくない。きっと幸せな世界ではなくなるから。だから、絶対に、杖を、取り返さなきゃいけない」
ククールは今度は身動き一つしなかった。
いいんだ。僕が決着をつけるんだ。誰にも邪魔されたくない。僕の全てをかけて杖を取り返す。あの人から。だから、ククール、君一人で立ち向かおうとしないで。
「負けないよ、僕は」
手負いになろうが、瀕死になろうが構わない。こんなに力がみなぎったことはないよ。僕はククールを守るために戦う。ククールに手を出させちゃいけないんだ。
身体の芯に生まれていた熱は、もう僕の全身に行きわたり、しっかりとククールを包んでいる。
愛してるよ、ククール。
僕を信じて。
僕に、君を守らせて。
手のひらが熱くなってくる。
それでも構わず、僕はククールを抱きしめ続けた。
お互いのぬくもりが、相手に伝わって、僕は一体感を感じていた。
ククールの熱は、僕に更なる強さを与えてくれる。
どのくらい、そうして黙って抱きしめていただろう。
ククールがそっと僕から離れて言った。
「お前にばかりそんなことやらせられねえよ。アイツを止めなきゃいけねえ。アイツを暗黒神の手先にさせとくわけいかねえ。オレが目を覚まさせてやるさ。キツいの見舞ってやろうぜ」
「そうだね」
笑顔のククールには、そう言うしかなかった。
ククール……。わかってる。君のその虚勢、今は尊重するよ。
……君は、君の『お兄さん』には勝てない。
だって、君のトラウマは「優しい笑顔の兄貴」なんだから。
本当のマルチェロさんは、慈愛に満ちた優しい人……なんだろうね。でもククール、大人になった今までに、あの人が何をしてきたか、君は考えたことがある? いくつも君には思い当たることがあるはずだよ。
それに、正に今、法皇様を殺害して、自ら法皇になろうとしてる。百歩譲って、それが杖のせいだとしても、僕たちを投獄したことまでチャラにするつもり?
僕は許さない。ククールを苦しめるあの人を。絶対、僕の手で膝をつかせてやるんだ。
僕はククールを押し倒して唇を奪った。
それからぎゅっと抱きしめて、ククールの胸の鼓動を聞いた。
愛してる。
愛してるんだよ、ククール。
君を悲しませるあの人に、僕は勝ってみせるから。
僕は迷うことはない。
「……ハタからみたらおかしな光景だな。女二人が股間膨らませてよ……」
「ククール!」
もうっ!
僕は真剣なのにっ!
「はは、悪かったよ。さ、帰ろうぜ。みんなが心配する」
「……うん」
もう一度深く口付け、僕たちは三角谷に向かい飛び立つ。ルーラを使えば一瞬なんだけど、もう少し二人でいたかった。
「エイト、ありがとうな」
「?」
「オレを探しに来てくれたんだろ?」
青空の中、ククールは、まるで風の精みたいだった。
僕は、ククールがこのままどこか遠くへ行ってしまうような不安にさいなまれた。だから、繋いでいた手をしっかり握り直した。
女装を書きたいだけの話でした。