暗黒魔城に行ってみよう!
「……カ? ゼシカ?」
誰……あたしを呼ぶのは……?
まぶたが重い……。
身体もなんだかだるい。
「……ゼシカ、いい加減に起きなさい……みなさんがもういらっしゃいますよ。身支度をきちんとなさい」
お母さん……?
ああ、そうだ。夕べゴルドでマルチェロと戦って……。
ゴルドが落ちて……。
暗黒神が復活して……城が空へ舞い上がった……。
あたしたちは疲労を抱え……エイトがリーザスへ行こうって……。
頭が痛い……。
あたしたち、勝ったのに。
マルチェロは一人、ゴルドを去った。
あたし……マルチェロを助けたかった。あの人は、何か苦悩を抱えている。自分に何かを課している。サーベルト兄さんの呪縛から解き放たれる前の、あたしに似ていた。
……思えば、暗黒の杖に取りつかれ、生きているのはあたしとマルチェロだけ。
杖は、あたしの弱いところに棲みついた。ドルマゲスを倒しても、サーベルト兄さんは戻らないとやっと自覚できたとき、杖は話しかけてきた。
「……サーベルトは死んだ。力を持たぬ継承者であった。賢者の力の半分はお前に流れている。……お前の力は母親により封印されていた。兄に勝ってはいけなかったのだ……。母親は、サーベルトが残ってくれればよかったのに、と一瞬以上思ったぞ。残ったお前より、失った息子が愛しいのだ……。悲しいなあ。悲しいなあ。同じ親の子にして、この扱い。……いっそ、全てをひれ伏せさせてみないか? お前ならできる。その力がある。サーベルトの数倍の力があるぞ……。私に屈したドルマゲスを倒したお前だ……お前の本当の力を見せつけるがよい!」
たまに思い出す。杖の言葉。
あいつは賢者をなきものにするために、みんなの弱みにつけこんだ……。そんなこともわからなかった。あたしに弱みなんてないと思ってた。あいつが言ったのは、サーベルト兄さんのことじゃなかった……。
お母さん!
あたしが死ねばよかったのに。
お母さんの拠り所はやっぱり兄さんなのよ……。
そう思うと……つらかった。いえ、自分では気にしないようにしていたつもりなのに、杖にああもはっきりと言われてしまってからずっと消えないでいる。兄さんの敵討ちをしたのに、今もお母さんがどこかよそよそしいような気さえしてしまうの。全て放棄したような姿……そんなふうにも見えて。
あたしはお母さんを信じられないでいる。お母さんはいつも優しいのに……。
マルチェロは、杖に何を言われたのかしら。何を思いながら、ゴルドを去ったのだろう……。
「よう、ハニー。朝から眠そうだな」
ククールってば……。
「疲れたよね。いろいろあったから……」
エイト……。
「うまそうな朝メシ……」
ヤンガスったら……。
「いつも世話になるのう」
「何をおっしゃいますか、王さま。こちらこそゼシカがお世話になっています。皆さんの足手まといになっていなければいいのですが……」
王さまだけは、変わらない。昨日一日のあの変化にも動じていない。
あたしたちはいつになくぎこちない雰囲気で食事を終えた。
ククールだけが妙に明るくて……。
「詮なきものよのう……」
あたしが馬小屋で姫さまの身体を拭いていると、王さまがやってきた。
「姫の姿はいつ戻るのか……」
ああ、王さまだって人の親。辛くないわけがない。
姫さまのたてがみを優しく撫でる王さま……。少しさみしそう。
慰めの言葉が出ない……。
早く元通りになってほしい。
「……ねえ、王さま? あの杖はどうなったのかしら?」
「杖か。……おそらく、あの騒ぎで、破壊されたじゃろう。万一、壊れずに残ったとしても、暗黒神の力は外に出たのじゃ、あれはもうただの杖にすぎん」
暗黒神の力は解き放たれた。
空に浮かぶ不気味な城。
あたしたちは、まだ戦わなきゃならない。暗黒神ラプソーンと……。
戦わなきゃならない……?
やらなきゃならない?
なんのために? トロデーンのため? 人類のため?
……ここまで来て、後戻りはできないのに。
姫さまを早く元の姿にしてあげたいのに。トロデーンを元の姿に……。
あたしが……?
何か、違った感情がわき起こる。マルチェロを倒してから……あの後ろ姿を見てから……。
マルチェロは、何を思ってあの場を去ったの?
ゴルドの大穴には、たくさんの人が落ちたというのに。助けもしないで……。
暗黒神が離れていったのなら、暗黒神を倒す力を出せばいいのに。騎士団をまとめて、暗黒魔城に乗り込めばいいのに……。
あたしは、頭ではそんなことばをつむぎながら、たどり着いていた本当の思いは全然違うところにあるって、わかっていた。マルチェロが去った意味も。……なんとなくだけど。
でも……。
「元気ねえな、嬢ちゃん」
「まだ疲れがとれねえんだろ? オレだってあちこち痛えよ」
昼食後のお茶を運んでいたら、ダイニングからククールとヤンガスの会話が聞こえてきた。
エイトは王さまを呼びに馬小屋へ行っている。
あたしは扉の外側で話が途切れるのを待った。
「あの城をどうにかしなきゃならねえんだよな。ラプなんとかは、あの中にいるんだろうから」
「だな。……なあ、トゲトゲ。リーダーに言うつもりなんだが……。もうゼシカを帰さねえ?」
なんですって?
「嬢ちゃんを? いや、嬢ちゃんがいねえとキツいぜ? 魔力ハンパねえんだし。あの城は俺たち4人が満タンで行ったって厳しいはずだ」
「……ああ。だから、だ。これ以上、レディを危ない目に会わせるわけには……」
「待って!」
あたしはたまらず、飛び込んだ。
「嬢ちゃん!?」
「ゼシカ……聞いてたのか……?」
「なんで? 帰れだなんて。なんでそんなこと! ここまできて」
「えっ? いや……」
あたしの剣幕にヤンガスがびっくりして立ち上がる。
「……僕もそう考えていた」
「エイト!」
王さまを連れて戻ってきたエイトまでがそう言った。
「どうして? あたしが足手まとい?」
「違う。それに、僕はその考えを改めたよ。ゼシカは僕たちのパーティーの大切なメンバーだ。覚悟はできてるはず」
エイト……。
「だからさ、外れてもらうんだ」
「ククール、まだ言う気? あたし、やるわ!」
「待て待て待て」
一触即発のあたしたちを、王さまがあわてて止める。
「まあ、待て。まずそのお茶を頂こう。まあ、座れ」
外では子どもたちの声。無言のあたしたちの間を軽やかに駆け抜ける。
お茶のカップがソーサーと触れあう音も絶え、子供たちも家に帰ったんだろうか、ダイニングは静まり返った。
あたしはいたたまれなくて、お茶のおかわりでも作って来ようかと立ち上がりかけた時だった。
「みんな、聞いて」
エイトがゆっくりと沈黙を破った。
「……ククールの言った通り、暗黒神ラプソーンの魔城攻略は困難を極めると思う。これがトロデーンだけのことなら、僕は今すぐにパーティーを解散する。この落とし前は僕一人でつける。でも、もうトロデーンだけの問題じゃない。ラプソーンは世界を支配しようとしているんだ。……僕たちがやるべきなんだ。だから、誰一人欠けちゃいけない」
エイトがこんな強い発言をするのは初めてかもしれない。
意思の強さが現れた黒い瞳は、誰の反論も許さないという光を放っていた。
「だから、ゼシカに少し休んで欲しいんだ。誰がどう見てもゼシカは休息が必要だよ。体力も気力も回復させてもらいたい」
エイトが何を言いたいのか、少しわかる気がした。
あたしは杖が怖い。
杖の近くへ行くと、取りつかれていたあの頃のことが嫌でも思い出される。
普通じゃいられない。
マルチェロと戦ったとき、身体が思うように動かなかった。封印がとけた暗黒神の力が、それまでよりずっと強くて。とにかく祝福の杖をふるうことしかできず、なんの術も使えなかった。
城が宙に浮くまで、重いイバラを背負わされているような感覚が続いていた。
休んだほうがいい。それはわかる。でも今は、動いていても一緒のような気がするの。
それなら、少しでも前に進みたい。
「ね、とりあえず行ってみましょうよ」
再び訪れていた沈黙に耐えられなくなり、言った。みんなの目があたしに向く。
「暗黒魔城、ずいぶん大きなお城じゃない。ラプソーンは玉座にいるはず。簡単にたどり着くとは思えないから、ちょっとだけ様子みましょうよ。満タンにして、まずは余裕で進めるところまで行って、帰って作戦練りましょう。ここでうだうだしてても仕方ないし」
三人の目が丸くなる。王さまは満足げにうなずいた。
「……そうだね。ゼシカの言う通りだ。外から様子見て、ほんのちょっとだけ行こう」
笑顔になったエイトはじゃあ、行こう、とみんなを促した。
「え? 今か?」
「そうだよ、ククール。戦いは多くても5回まで。無理に宝は取らない。できれば地図を手に入れること。ゼシカがちょっとでも嫌な気分になったら帰る。これでどう?」
うん、賛成。何もしないでここで考えてるよりずっといい。
「そうだな。まず目標は地図だな。気楽に行くか」
ククールが立ち上がった。あたしたちもそれに続く。
神鳥のたましいの力を借りて、あたしたちは暗黒魔城に飛んだ。
闇の遺跡のときのことを思い出すわ。あのとき、みんな焦ってて、不安で。
でも、幾多の困難を乗り越えてきたあたしたちには、もう随分自信がついてきた。力が及ぶか及ばないか、そういう見通しもつくようになっていた。
これからどうなるか、また新しい挑戦になるけれど、やっぱりあたしたちは進むしかない。……ダメね、あたしったら。一人の時はさっきのようにぐずぐずいろんなこと考えちゃって。みんなの顔を見れば、どんどん勇気が湧いてくるのにね。困ったときは仲間に話しかけるっていうのが冒険の鉄則だったわね。
暗黒魔城がどんどん近くなってくる。城は黒っぽい靄のような中にあり、いかにも魔物が棲んでそうな不気味な姿をしていた。ククールとヤンガスがいつもより近くで飛んでくれている。エイトはしっかり前を向いて。このパーティーのメンバーであることが、今は嬉しかった。リーザス村とポルトリンクしか知らなかった世間知らずのあたしでも、こんなことができるようになるなんて。みんなを信じて、自分も信じて、強くなっていくのね。
しばらくリーザスが拠点です。次は暗黒魔城へ入ってみます。