「なんだこりゃ! すげえなあ!」
暗黒魔城に降り立った俺たち。思わずこんなことを言ったのは俺だ。
城は、外から見るよりずっと大きく、おどろおどろしかった。
「いやだわ。薄暗いわね」
嬢ちゃんが眉をひそめる。
「気味わりいなあ。旧修道院跡地みてえ……」
ククールはひょろ長え背を縮め、足は爪先立ちだ。盗っ人みてえだな。
「ククール、ブーツの紐はどう?」
エイトの兄貴が雰囲気を明るくする。
ククールのブーツの紐は、自称「危険探知ヒモ」だからな。初めて闇の遺跡に行った時、大活躍だったアレだ。
「あー、今は大丈夫だ。行ってみようぜ。目標、地図な」
ククールはエイトの兄貴にウインクしやがる。嬢ちゃんはクスクス笑い。
うん、まあまあいい感じだ。
ゴルドから舞い上がったこの城。暗黒神の住む城ってことで、俺たちは「暗黒魔城」と呼んでいる。
このでっけえ城が、あのゴルドの地下に眠っていたなんて、普通じゃねえ。よくもまあ、その上でお参りなんてできてたもんだ。
エイトの兄貴に聞くと、暗黒神を封印するために、賢者が聖地ゴルドを作ったということだ。建築家のリーザスが女神像を彫って。住まいと肉体をゴルドへ封じ、ラプソーンの魂は例の杖に閉じ込め、別の場所、つまりトロデーンに置いた。なんでまたトロデーンだったのかはわからねえが、そこは考えても仕方ねえな。城を破壊せず、封印したこともわからねえのに。だいたい、昔の賢い人たちの考えることなぞ、俺の理解を超えている。
「ヤン、どうしたの? 考えことしてると転ぶよ。暗いんだから気をつけてよ」
「わかりやした、兄貴」
ああ、なんて優しさだ。こんな恐ろしいところでも、エイトの兄貴はいたわることをお忘れにならない。
俺はちょっとぼんやりしながら、城について考えた。
「城っつっても、こんな城には住みたくねえでがすね、エイトの兄貴? トロデーンが元に戻ったら、あっしを招待してくだせえ」
「うん。もちろんだよ。そのときは王にヤンの大好きなお酒とお料理をお願いするよ。一緒に宴会しようね」
兄貴は振り返ってそんなことをおっしゃる……。なんてお優しいかただ。ですが、ちゃんと前を向いてくだせえ。段差でこけちまいやすよ……。
「なあ、リーダー、トロデーンてのは、どんな酒が自慢なんだ?」
おっと、ククールのくせにいい質問だ。
「うーん、僕はお酒あんまり飲めないから、味はわかんないけど、トロデーンはお水がいいし、果物もよくとれるから、ぶどう酒と……麦から作るスコッチが多いかな」
「麦っすか? ビールあります?」
俺はなんだかんだ言って、炭酸シュワシュワのビールが好物だ。
「あるよ、もちろん。特別な地ビールもあるんだ。トロデーン王室お墨付きのね」
そりゃすげえ。
「王さまの顔のラベルつきだったりしてね!」
おい、嬢ちゃん、そりゃビールが不味くなる。
「あはは、すごいなゼシカ。当たりだよ。王の肖像画がラベルなんだ」
ちょっと兄貴、それは本当でがすか? ククールもマジかよ~と悪態をつく。
「あら、いいじゃないの。本当の王さまの顔は今と違うんだから」
そらそうだ。馬姫さまがあれだけの器量よしだから、おっさんも意外といい男なのかもしれねえな。
エイトの兄貴が微妙な笑みをこぼしなさったが、俺たちはゲラゲラと盛り上がっている。
そんな調子であちこち探索しながらずんずん進んでいると、すげえ数の樽に出くわした。
「お宝か? 魔物潜んでねえ?」
ククールはびっちり並んだ樽を眺めてそう言った。
確かに怪しい。今までの宝箱率は2割5分。魔物が潜んでいる確率はもっと低いが……。ここは暗黒魔城。魔物率が高いかも知れねえ……。
「ええと、ここへ来てまた3回しか戦ってないわよね? まだみんなの体力もあるし。目印がわりに樽壊しちゃいましょうよ。今回は入り口付近の探索だから」
おお、嬢ちゃんが建設的な意見を言う。うん、随分しっかりしてきた。女戦士が板についてる。
「そうだね、じゃあ、僕が割るから、みんなはあたりに警戒してね」
「合点でがす!」
兄貴が樽をガンガン壊しなさっているのを眺めながら思った。俺は、この旅を通してみんなの成長を目の当たりにしてきたんだな。
嬢ちゃんはさっきも思ったとおり、わがままな金持ちの令嬢から女戦士へ……。ククールはにやけたイカサマ野郎から、にやけたスケベ野郎へ……。あれ、あんまり変わってねえか。
いや、それはさておき、何よりもエイトの兄貴がしっかりとこのパーティーを引っ張っていなさる。
思えば旅の始まりは、まるでピクニックのようだった……。あちこちで寄り道され、船酔いなさり……酔いやすいのはお変わりないが、防衛して下さるようになったし。
いつの間に漢から勇者へと……。
「……ゲ、……トゲ! おい!」
誰かが背中を蹴りやがる。
「誰だ!」
「ヤンガスってば、どこよ?」
ひょっと顔を上げると3人がニヤニヤして俺を見ていた。
「ヤン、やみの衣にもぐらないでって言ったじゃない? 姿が見えなくなっちゃうんだから」
そうだ、いけねえ。俺が装備しているやみの衣は、透明マントもびっくりの姿消し効果がある。
「トゲトゲ、てめえ、暗いのが怖えんだろ?」
「う、うるせー」
ゲラゲラと笑い声が上がる。そうだよ、俺は暗いのが嫌えなんだ。
「あはは……ヤンは変わらないね……」
兄貴?
……そうだ。俺はちっとも変わらねえ。成長してねえのか……。トウがたってるから仕方ねえな。みんなティーンエイジャーだからな。俺一人でオッサンか。いや、ククールがそろそろティーンは卒業だな。だとしても俺がオッサンなのにはちげえねえ。
「ヤン、君が変わらずに僕を支えてくれるから、安心して進めるんだよ。僕を後ろからしっかりまもっ……」
「兄貴っ!」
俺は耐えられずに泣いた。男泣きに泣いた。
「あらあらヤンガスったら、甘えちゃって」
嬢ちゃんがなんか言ったみてえだが、俺は嬉しくって涙が止まらなかった。
「あっしは、エイトの兄貴を全力でお守りします!!!」
「ヤン、そんな大きな声出さないで、魔物が!」
俺の声は、魔城内部に盛大に反響し、それにつられてあまたの魔物の咆哮がこだました。
「きゃあ、なによ、すごくない?」
悪りぃ悪りぃ。
念のため、背中のオノを確認する。いくら様子見だって、うっかりしていられねえ。
樽はまあまあのお宝があった。魔物は潜んでなかったが、俺が起こした(?)魔物の叫び声がうるさいので一旦戻ることに。
俺たちは再び入り口に立った。エイトの兄貴がふうっと息をつきながら肩をぐるぐる回しなさる。ああ、あの肩を揉んで差し上げたい……。
「兄貴、樽の数、いくつありやした? お一人で割るのは大変だったでがしょう。お手伝いしないで申し訳ありやせん」
「いいんだよ、どこから敵がくるかわかんないんだし」
「そうだな、うちのリーダー様はいつなんどきでも、宝箱と言わず箪笥と言わず、手をツッコミなさるからよ! ホントに宝探しが大好きだぜ」
「でも、開けたこと忘れちゃって、何度も同じ箪笥開けるから注意されたことなかった?」
「えへへ……」
そう。エイトの兄貴は方向音痴でいらっしゃる。特に建物の内部の位置関係にお弱い。だから同じ部屋に何度もお邪魔し、箪笥を開けまくることになる。『旅のかた、お土産は一個ずつですよ』なんて、何度言われたことか。さっきの樽が魔法の力で復活してしまったら、兄貴は空っぽの樽をまたガンガン壊しなさるんだろうか……。なさるんだろうな。
そんなことを考えていたら、ククールの野郎が叫ぶ。どこで叫んでやがるんだ。
「リーダー、あったぜ、地図!」
よっしゃ、でかした。
エイトの兄貴も嬉しそうだ。嬢ちゃんはほっと胸を撫で下ろす。
「初めに左に行ってればよかったんだね」
「仕方ねえべ。右へ行きたがったトゲトゲがジャンケンで勝ったんだから」
「すいやせん、兄貴」
そう、城に入ると、まず正面に階段があったんだが、通れない。左右に通路があったから、どっちから行こうか迷ったんだ。俺は右と言い、ククールは左と言った。兄貴と嬢ちゃんはどっちでもいいということで、俺とククールがジャンケン。で、俺が勝ったというわけだ。
「いいじゃない。あの真ん中の階段も通れるように仕掛けをセットできたんだし。とにかく早く出ましょうよ」
そうだな。俺たちは一目散に外へ出た。
「あー、怖かったぜ」
「ホントね」
「兄貴、とりあえず、どっか帰りやしょう」
「うん、ゼシカのうち!」
「リーダー、アホか。リーザスって言えよ、リーザス!」
俺たちは再び神鳥のたましいで飛んで戻った。
ゼシカのおふくろさんは、俺たちがゲラゲラ笑いながらすぐに戻って来たもんだから、初めびっくりしていたが、一緒に笑いながら「お帰りなさい」と言った。
お帰りなさい……か。そういや、ゲルダに会ってねえな。いや、あいつはお帰りなさいなんて言わねえ。「また来やがったのかい、このうすらトンカチ」とか言うんだ。ふう……。
俺たちは、食卓に山積みにされたゼシカのおふくろさん手作りの焼き菓子をほおばりながら、地図を確認して対策を練った。
その晩。
「のう、ヤンガスよ」
珍しくおっさんが俺一人を呼び出した。
「エイトの様子はどうじゃった?」
「魔城の中でか?」
おっさんは静かに頷いた。
「お元気だったぜ。パーティーの雰囲気もよかったし、いつになく明るかった」
それは本当だ。
「そうか」
「……まるで、旅を始めた頃のように、足取り軽く探索なさってたぜ」
今日は軽い偵察だけだったし、始めから地図だけが目的だったからな。
「出掛ける前は随分緊張していたようじゃったが……」
そう言われりゃそうだな。
「リーダーがあんまり緊張してちゃ、その緊張が俺たちに移ると配慮されたんだろう。終始にこやかにされていた。いや、もちろん戦いのときはキレがあってお強かったぜ」
「そうか。ならばよいが」
おっさんは、何を心配してたのかわからねえが、俺の言葉にぱっと顔をほころばせ、懐からもぞもぞと酒の瓶を取りだし、飲むぞ、と言った。
久しぶりだ。おっさんとサシで飲むのは。
俺たちは明け方までバカ話をしながら、飲みまくった。
明日も魔城に行くのに、こんなに緊張感がなくていいんだろうか……。
マルチェロ戦をひきずるゼシカでしたが、元気に魔城へ行けました。
次も暗黒魔城攻略です。ラプソーンにはしばらく会えません。マルチェロ戦をひきずるもう2名がいるのでまだうだうだと話が続きます。