「あたし、もう寝るわね」
テーブルの上の暗黒魔城の地図を片付けながら、ゼシカが言った。
予定通りに魔城の地図を手に入れられたのはよいが、城は複雑な造りをしており、いくら見ても何にもならなかった。数日間、地図とにらめっこをしていたわけだが、結局、攻略のための策はなく、回復重視で行くしかない、やるしかない、の言葉以外、何もなかった。
パタリとダイニングの扉が閉まる。ゼシカがいなくなった場所に、月明かりがぼんやりと差し込む。
空気が変わる。突然、時間の進み方が遅くなったかのようだ。ゼシカがダイニングを出る少し前、トロデのおっさんがヤンガスを飲みに誘いに来て、二人は馬小屋に行っている。だから今、このダイニングにはオレとエイトの二人だけ。
空気が重い。
他のメンバーがいるときは明るく振る舞うエイト。しかしオレだけの前では暗く、口を閉ざす。
それを責める気にもならないが。……オレもそうだから。だが、このままでいいわけねえ。オレはともかく、エイトはリーダーだ。不安を取り除いてやらなきゃな。
「おっさんとトゲトゲが一緒に飲むと長いぜ。明日は暗黒魔城に行けねえかもな」
オレはつとめて普段通りに言った。
「そうだね。……ククールも飲みに行ってくれば?」
エイトは目を合わせない。
「いや。オレには来るなって言ったからな」
それは本当だ。
「そう……。飲み足りない?」
エイトはぶどう酒の瓶を振った。
ぱちゃぱちゃと音がする。
「いらねえよ」
ふと目が合う。しかしエイトはあわててそらした。
オレはエイトを見つめたまま、立ち上がった。
「どこ行くの?」
エイトはオレのブーツの先を見る。
いい加減に目ェ合わせろよ……。
「酔いざましだ」
ちっとも酔っちゃないが、なんかムカついてきて、アルバート家を出た。
行き先はリーザス入り口の風車の下。
エイトは追ってくるだろうか……。
普通にしているオレに、誰も何も言わない。
……わかってんだよ。
ゴルドであいつを倒して……。
あいつは消えちまった……。
どこへ行っちまったんだか。
別に、もういいんだ。
兄貴のことなんて。
オレは風車を見上げた。
風はあるのに、風車は回っていない。風が弱いのか、風車が頑固なのか……。
ふう、とため息をひとつついたところで、足音が近づいてきた。
「どこか行くの?」
バーカ。お前を待ってたんだろう?
「……なんで……。なんで笑ってるの?」
オレ、笑ってるのか。
「お前が来てくれたから」
マジな目をエイトに向けた。
「……うん」
エイトはやっぱりオレのブーツの先を見ている。
風がエイトのバンダナのしっぽを揺らす。
ふるえているようにも見えるオレンジ色のしっぽの先は、今のエイトの心の中を代弁しているようだ。
いや、それとも、震えているのはオレのほうか。
なんだろうな。オレたち。
お互い不安なんてないような顔をして、恐ろしい敵に立ち向かおうとしている。
結局のところ、ラプソーンを倒しゃいい。やることはわかってんだよ。
何回話し合ったところで、目的は変わらねえ。
なのになんで足踏みをする?
怖いのか。
ラプソーンが。
違う、お前を失ってしまうことが怖い。
違う、お前がオレを置いて行ってしまうことが怖い。
失うことと、去られてしまうこと、同じようで違う。
だが、二人が離れてしまうことには変わりないだろう。
お前もわかっているんだろう?
でも、運命は変えられる。
オレたちが生きているかぎり。
オレがお前を愛していることは、変わらないんだから。
心配するな、心配するな。オレは、お前を支えたい。
ぐらつくな、大丈夫だから。
そう言ってやりたい。だが、雄弁に語るより、もっと直接伝えたい……。
「エイト、大丈夫か?」
「へっ?」
エイトの黒目がちな瞳が、やっとこっちを向いた。
理由なんてなんだってよかった。オレを見ろよ……。
「愛してる……」
オレはエイトを抱きしめた。
拒否るかと思ったが、エイトは無抵抗でオレの腕の中へきた。
「明日は行かれないね。暗黒魔城」
「おお。二日酔いのトゲトゲは使い物にならねえしな」
エイトは身じろぎもせず、じっとしている。
何度も抱きしめた身体。
穏やかな呼吸。
日向の匂い……。
「ククール、僕を……愛……してるの?」
「ああ。愛してる」
オレは腕に力を入れた。
キスしたい。
ところが、エイトはオレの腕をそっと払い、悲しそうな目で見上げた。
「月が……見てる……」
エイトが呟く。
見上げれば、風車の上に、丸い月。
オレは月の光から離れたくてルーラしようとした。
しかしエイトは「行かない。どこへも」と言ってオレからすっと離れた。そして黒目がちな瞳を一瞬俺に向けた。瞳はゆらりと揺れて、またオレのブーツの先を向く。
「待ってねククール。お願いだ」
「なんだ、どうしたんだよ、エイト」
エイトめ、何が言いたい?
「僕を……愛してるの?」
涙がオレのブーツに落ちた。
オレは無理やりエイトをひっつかみ、サザンビークへ飛んだ。
「ククール?」
「見せてやる……」
「え?」
「どれだけ愛してるか」
ククールがマルチェロを助けるあのイベント、エイトさんはどんな気持ちで見ていたんでしょうか。エイトさんの不安を取り除くために、手っ取り早くあんなことやこんなことをしにお出かけしたお二人の様子は()つきのほうでどうぞ。短いです。飛ばしても問題ありません。その次は翌日の話です。