「行こうか……」
いつになく無表情な兄貴がおっしゃった。
腰は大丈夫なんですかい? エイトの兄貴……。
暗黒魔城を訪れたおとついの晩、俺はトロデのおっさんと飲み明かした。嬢ちゃんはさっさと部屋へ引き上げ、エイトの兄貴とククールはおしのびですっきりしにお出かけになったようだった。
明け方に戻った二人は、すっきりっつーより、へとへとだった。…そんなに激しく……。
俺は猛々しい兄貴のご様子を妄想し、ちょっとチビりそうだった。戦いのときのあの激しさで……。ああっ……。
そんなこんなで、寝不足の二人に二日酔いの俺は、その日を寝て終わらせちまった。翌日……つまり今日は、朝早くから嬢ちゃんにたたき起こされ、日中いっぱい地図を眺めながら作戦会議。そして今に至る。
見れば見るほどわからねえ暗黒魔城の地図。まあ、初回に地図を見つけただけでももうけもんだ。エイトの兄貴は立ち上がり、また少し攻略してみようとおっしゃったところだ。
魔城はふわふわと注に浮いていやがる。こんなのが落ちてきた日にゃ、大陸が潰れちまうぜ。だから海の上にある夜に、俺たちは魔城攻略に望む。
魔物が強いのなんのって……。
兄貴は回復重視の戦法だ。確実な蘇生呪文の使えるククールを特に守らせる。
で、ククールの野郎のMPが底をついたんで、再びリーザスに戻ってきた。
「なかなかキツいわね」
深夜の食卓で、普段あまり弱音をはかない嬢ちゃんがため息をついた。
「あそこまで複雑とはな」
瀕死になりかけたククールが言う。まだ顔色が青っぽい。
まだ調子が戻ってねえようだな。
「のうエイト、ここまで来たんじゃ。焦らず行こう。あの城は相当厳しい」
おっ、トロデのおっさんが珍しく兄貴をいたわる。
「はい。しかし、見通しがあるとはいえ、僕たちの絶対的な力が足りません。レベルアップできるとはいえ、あの魔城は厳しいです」
エイトの兄貴は、憂いを秘めた黒い瞳を真っ直ぐに地図へ向けなさる。視線が厳しい。
「僕がもっと強ければ……」
エイトの兄貴は椅子から立ち上がってぽつりと呟きなさった。
「何言ってるの? エイトは十分強いわよ」
嬢ちゃんが力強く立ち上がる。
嬢ちゃんの言う通りだ。このところの兄貴はメチャメチャ強い。俺もブンブンと首を縦に振った。
「そうでがすよ。ゴルドでだって……」
やべっ! うっかりだ。ククールの兄さんのことは禁句だ!
あんな電波野郎でも、ククールにとっちゃ血を分けたきょうだい。ああ、気が利かねえな、俺。
そっとククールを見ると、奴は腕を組んだままいつものポーカーフェイスを保っていた。ふう。
「ねえ……マルチェロさん、どこにいるんだろう。もし会えたら、僕らのパーティーに入隊してくれないかな」
は? 何とおっしゃいました?
「ちょっ……何言ってんの? エイトったら。あたし嫌よあんな……」
「あんな? 嬢ちゃん、あんな何だ?」
嬢ちゃんはもぞもぞと口を動かしてごまかす。あんなM字ハゲとでも言いそうな勢いだったぜ。
「マルチェロさんだって、暗黒神には恨みあるでしょ? もし、一緒に戦えたら、すごい戦力だよ。頭のいい人だし、あんな迷路もすぐわかりそうじゃない? あとグランドクロスしてくれたらさ……」
そりゃ、あいつは強え。俺たち4人がかりでやっと膝をつかせたんだから。
「ドルマゲスも生きてたら、戦力になったかなあ。三人に分かれるし、恐竜みたいのに変身もできるし……」
兄貴のそんな冗談に場が少し和む。
「いやあ、兄貴、ドルマゲスはダメでがすよ。杖がなきゃあいつはヘタレ道化師。チンケな野望だけ持って、実現する力は持ってねえでがす」
「ヤンガス、たまにはいいこと言うわね」
「ヤンの言うとおりかもしれないな。杖に勝ったのはマルチェロさんとゼシカだけだし」
「エイト、違うわよ。あたしはみんなのおかげで生き残っただけ」
あはは、としばらくぶりに笑いが起きる。
「じゃあまた明日。もしダメなら明後日。作戦も変えながら行こう。……もし、マルチェロさんを見かけたら、全力で入隊をお願いしようね」
エイトの兄貴はすっかり笑顔になり、おやすみ、と可愛くおっしゃって寝室に行かれた。
大丈夫だ。俺たちなら。
だが魔城の攻略は遅々として進まない。複雑な造り、そして強い魔物。
俺たちパーティーに疲労感が表れてきた。今までにないことだ。
魔城とリーザスの嬢ちゃんの実家の往復が何日も続く。いつも希望的見解をおっしゃる兄貴が、口を閉ざしがちになってきた。
一撃でククールを瀕死にさせられたある晩のこと。今回の魔城攻略は早目に諦めて俺たちはリーザスに戻ろうとしていた。
「ラジュさんのところへ行こう」
珍しく、兄貴がリーザスから離れるとおっしゃった。
もちろん異論を唱える者はおらず、兄貴が嬢ちゃんの実家に連絡することにし、三角谷へ飛んだ。
久しぶりの三角谷。人の喧騒のないのもいいもんだ。別の意味で落ち着く。
「イライラしてるのう……」
トロデのおっさんと俺はさっそくバーで飲んでいる。
「兄貴がか?」
エイトの兄貴は今、回復の遅れているククールに付き添っている。
嬢ちゃんはニンフのラジュと一緒だ。
「ゼシカの実家にいかなかったのは、マダムと顔を合わせづらいからじゃろう」
「そうか? 俺たちの成果があがらなくたって、いつも変わらずに休ませてくれるじゃねえか」
俺の言葉に、おっさんは「だからこそ、じゃ」と言って酒をあおった。
なんでい、訳がわからねえ。
俺が怪訝な顔をしているもんだから、おっさんは俺に酌をしながら話し出した。
「わからん奴だな。ゼシカのことじゃよ。わしらは客だから、マダムも嫌な顔をするわけにいかぬ。じゃがゼシカは娘じゃ。相当言われておるじゃろう。こんな戦いは止めろと。わしはエイトにゼシカを外せと言った。一回だけでもよいと。エイトもそれには賛同した。おそらく、次回はゼシカをここに置いて行く」
そうか、だから三角谷に来たんだな。ラジュとはかなり親しくなった嬢ちゃんだ。実家で待つよりいいんだろう。
「兄貴、そこまでお考えで……。しかし、厳しいぜ? 嬢ちゃんなしじゃ」
「だから、ククールを死なせる訳にはいかんのじゃ。回復にどうしても力をつかうククールは、自分の身の守りがおろそかになる。あやつが瀕死になったらエイトがお前さんを回復するから、攻撃が手薄になる」
今日、早く上がったのはそのためか。
「じゃあ、相当厳しい戦いになるな」
「じゃろうな」
おっさんはふうとため息をついておかわりを注文した。
「しかし、嬢ちゃんは納得するかね」
「させるじゃろう。エイトなら」
まあ、そうしていただくしかないんだが……。
俺たちは無言で杯を重ねた。
三角谷へ来て2日目。ククールがすっかり回復したのを確認なさり、エイトの兄貴は嬢ちゃんに休憩を言い渡した。
嫌だと駄々をこねるかと思ったが、「わかった。死なないでね」とだけ言い、再び魔城へ向かう俺たちを見送った。
次も魔城攻略です。