「やっぱりキツいね」
暗黒魔城で3体で襲ってきた魔物を倒したところで、僕はヤンにベホマをかけた。
「地下の回廊まではなんとか来られるようになったな。この先に暗黒神がいるんだろう。地図では……この回廊も何層かに分かれている。ずいぶん地下まで潜るんだな」
ククールは地図をにらんで言う。
3人での行動は、ゼシカが杖に操られていたときと同じ状況だ。
あの時もキツかった。僕たちは4人で一つのパーティーなんだって改めて実感したのを覚えてる。
「僕ら3人で回廊の最後まで行かれるようになったら、ゼシカを入れる」
「おい、待てよリーダー。ゼシカなしじゃ無理だって」
ククールの言葉に、ヤンもうなずいた。でも駄目なんだ。今のままじゃ。
「いいんだ。僕がもっと強くなればいいんだから。……ゼシカの回復はククールに任せて、僕はヤンの回復をする。ククールは魔力があるけど、僕が一撃を決めるにはもっと強くなくちゃいけないんだ」
「エイトの兄貴? お言葉を返すようですが、兄貴はかなり強くおなりですぜ。ヤリも極めなすった」
ヤンはそう言って握りこぶしをつくって見せた。ありがとう、僕を信じてくれて。でも、まだまだなんだよ……。
ゼシカなしでの戦いが5回目を迎えた。三角谷に拠点を移してから、もう一週間が経っている。僕らはまだ回廊の途中で引き返すことを続けている。
進めない。僕たちを阻む魔物の群れ……。
目の前には5体の魔物。苦戦を強いられていた。
「兄貴!」
ああ、やられた。先に攻撃されちゃった。
「おいトゲトゲ! よそ見するな!」
ククールの声だ。大丈夫、敵はあと2体、かなり弱っているはず。
「くそう、兄貴の仇だ!」
ヤンのオノがふり下ろされる。
ククールのかえん切りも決まり、倒せたみたいだ。
「兄貴……兄貴」
ヤンが僕を呼んでる。泣かないでよ……。大丈夫。
「やべえ、今リーダーを蘇生してももうオレの力も尽きそうだ。リレミトすっぞ」
ごめん、ククール。意識が遠のいてくよ……あとはよろしく……。
風が冷たい。
ひんやりした……水?
「あれ……ここは……」
痛っ。背中打ってるな。
「お目覚めか? リーダー」
「ククール?」
ここは不思議な泉だった。
僕はククールに抱かれて、泉に浸かっている。
「わっ! ククール、君までびしょ濡れじゃないか! 降ろしてよ!」
「ばっ……暴れるな!」
僕を押さえようとするククールにしがみつくと、「みんな見てる」と小声でたしなめられた。
見ると、姿が戻った姫の心配そうな緑色の瞳がこちらを向いていた。
僕は精一杯の笑顔を姫に向けた。
「姫、ご心配おかけしてすみません。すぐよくなりますから……」
「エイト、無理しないで下さいね。あなたの命は何物にも変えられないのですから」
姫はまた馬の姿になっていく。その姿を見守った王が口を開いた。
「エイト、三角谷に戻るか?」
「はい。ですが、すみません……背中を打ってしまい、痛みがとれないので、ここで少し休みます」
今すぐには動けそうにない。
それに、一人になりたかった。
「大丈夫でがすか、兄貴? やらけえ布団の上の方がよくねえですか?」
「ありがとう、ヤン。……でも、もう少しここにいたいんだ」
「わかった。ここなら安全だ。痛みがひいたら……一人で帰れるな」
ククールはそう言って、そっと僕を水辺に降ろした。
「うん。ありがとう。明日朝には三角谷に戻るよ……」
みんな行ってしまった。
一人だ。
ドルマゲス戦の前みたいだ。
あのときは、なんとなくバラバラな気持ちのみんなを一たん離して、それぞれ考えてもらって、また集まった。もちろん僕自身の気持ちの整理もあった。
今は、違う。
僕が……僕だけが……恐れている。この旅の終わりを……。
みんな暗黒神に立ち向かうことを恐れていないのに、僕だけが……。
暗黒神を恐れているふりをして、旅の終わりを遅らせようとしているんだ……。
僕は何も見たくなくて、目を閉じ続けていた。泉の横、柔らかい草の上に寝そべっている。ククール、ちゃんと居心地いい場所に僕を降ろしてくれたんだね。
嫌な態度とってる僕に、ククールは優しい。
あれから、マルチェロさんの話をしないククール……。
この前、「オレを信じられないのか」って怒られて、サザンビークで愛し合った。
あの時も優しかった。
泣いている僕を、本当に慈しむように、抱いてくれた。
行為そのものは激しかったけど、触れる指先……包み込む手のひら……愛してるとささやく唇……全てが優しくて……涙が止まらなかった。
「なぜ泣くんだ」って何回も聞かれた。答えられなかった。だって、勝手に涙が出るんだ。
「信じろ」って何回も言われた。僕はうなずくことしかできなかった。
ククールを信じてるよ。
僕が僕自身を信じられなくなっているんだ。
マルチェロさんに勝ったあと……君は全力であの人を助けた。
何も変わっちゃいない、君とマルチェロさんの絆。
あの人は去った。
ククールは僕といるのに。
愛してる、信じろって何度も言われちゃうほど、僕がふらふらしてること、君にはわかるんだよね。
ああ、もう! 僕は……。
僕にはトロデーンがある。守らなきゃいけない場所がある。
トロデーンのみんな……王も姫も、僕は愛している。
僕の個人的な感情なんて、後回しにしなきゃいけない。
姫だって、国同士の約束を果たすために、あんなチャゴスと結婚しなきゃならないんだ。
姫……姫は多分……僕に対する感情を押さえている。一国の王女が、ヒラ兵士なんかとどうかなっちゃいけないって。
でも、僕がヒラ兵士じゃなくて、王族の身分だとしたら、姫はチャゴス王子との結婚を断ることができるんだろうか。サザンビークとの結婚の約束は次世代に任せるということにでもして……。
僕が姫と結婚できたら……。
そうすればククールは……。
僕が姫と結婚できなくても、阻止することはできるかもしれない。王だって、チャゴス王子を見てがっかりしてる。第一、姫が真剣に嫌がっている。破談の可能性がないとは言えないんだ。
サザンビークと戦争になるかもしれないな……。
それは最悪で最高のシナリオなんじゃ……。
ぼんやりといろんなことを考えていた。
少しうとうとまどろんでいると、不意に気配を感じ、飛び起きる。
「誰だ!」
槍を構える。……急に起き上がったら、頭がクラクラきた。
「さすが、勇者どのじゃのう」
「オディロいんちょ……じゃなくて、賢者さま?」
現れたのは、不思議な泉の賢者さまだった。姫の本当の姿を見抜いた人だ。
「お一人で悩んでらっしゃるな。まあ、槍を収め、お座りなされよ」
賢者さまはそう言って僕の隣に座る。僕は賢者さまの言う通りにした。
「お仲間はお前さんを待っておろう」
「はい」
「早く元気になりなされ」
賢者さまは僕の背に手を当てた。すると、痛みの残っていた部分が軽くなった。
「あれ……痛みが……なくなりました。じゃあ、帰ります」
「待たれよ」
「わっ!」
賢者さまは、立ち上がりかけた僕のチュニックの裾を思い切り引っ張る。そのおかげでよろめいて転んでしまった。
「まあまあ、もう少し元気になってから」
「はあ……」
賢者さまの近くにいると、思考を全部読み取られているようで怖い……。
「怖いことなどない」
うわっ! それもお見通し?
「お前さんは優しいのう。竜のようじゃ」
「竜ですか」
「竜は優しくて、愚かじゃ」
「愚かなのですか……じゃあ僕も……」
「お前さん、竜神の王に似ておる」
「竜神の王ですか? あの伝説の……」
「守りたいものがありすぎて、身を滅ぼしてしまった」
「守りたいものがありすぎて……?」
「今のお前さんと一緒じゃよ。国を守りたい、仲間を守りたい、愛する者全てを守りたい……」
「僕にはそんな力はありません」
「ほっほっほっ。あるぞあるぞ! ただ、意気地無しの愚か者なだけじゃ」
「お、愚か者かもしれませんが、意気地無しじゃありません!」
僕は思わず立ち上がった。しかしまたチュニックの裾を思い切り引っ張られて転んだ。
「怒るでない。よいか、お前さんは意気地無しの欲張りじゃ。全てをよい方向に向けようとしておる」
「……いけませんか?」
「マルチェロを倒して、良かったか?」
「核心を付きますね」
これには良かったと答えるしかない。マルチェロさんが杖と共にある以上、取り上げなきゃならなかったんだ。暗黒の力を倒さなきゃならないんだから。
「お前さん、決心が鈍ったようじゃ。前に会った時よりも」
「……」
「他人のことは分からん。どんなに推し量ったところで、分からんものだ。言っていることが常に本心とは限らぬし」
「僕は、卑怯者なんでしょうか。人の気持ちを都合よく解釈して……」
「卑怯ではない。愚かなのじゃ。じゃが、暗黒の神を倒すまでは、しがらみを気にせず、自分の思いを通すがよい。そのつもりじゃったろう? 今は先のことまで考えて行動する時期ではない。暗黒の神を倒すのは、そんなに容易くはない」
「……」
「お前さんは、まだ若い。考える時間はまだある。……命を捨てるような計画を立てるでないぞ……迎えがきたようじゃ」
迎え?
泉に向かって、ククールが歩いて来る。
……また涙が……。
「よお、復活したか? おっさんたちまた飲んでるから、いいトコ行こうぜ。それから、次回はゼシカも一緒に攻略だ。いい加減に仲間に入れろって怒ってるぜ」
ククールは僕の腕を掴むと、サザンビークに飛んだ。
いちゃつく二人の様子は()つきのほうでどうぞ。大した描写はありませんがお嫌いなかたは飛ばしてください。
次はゼシカを入れて魔城へ行こうという話になります。