エイトさんはヤンガスを「ヤン」と呼びます。ヤンガスはゼシカを「嬢ちゃん」、ククールはエイトさんを「リーダー」、ヤンガスを「トゲトゲ」、ゼシカを時々「ハニー」と呼びます。
新たなお使い
「さあ、今後のことを考えようか……」
エイトがやれやれといった表情で言った。
あたしたちは、レティシアにいる。
気候も人々もあたたかいこの村。ともすれば、安息に満たされて、使命を忘れてしまいそう。
魔城でラプソーンを倒したあたしたち。
魔城も落ちて、あたしたちは完全に勝利したと思った。
それなのに、ラプソーンはまだいる。それも、赤ちゃんみたいだった身体がぐんぐん膨張し、おっさん顔で宙に浮いている。
あんなのありかよ、って、ククールじゃないけど言いたくもなる。
レティスは言った。
賢者の力を借りましょうと。
彼らの力は、オーブとなって存在しているはずだと。
そのオーブを探すために、あたしたちは「やまびこの笛」をレティスから預かった。力のこめられたオーブは笛の音に応えるという。
「この笛をピーヒャラピーヒャラ吹きながらそのなんだかわからん物を探すって訳だな? 街中と言わず、山でも谷でも、サヴェッラでも」
食事のときだった。ククールはあきれた様子でそんなことを言った。
「仕方がないよ。レティスがそう言うんだし」
エイトはさっきからずっとお皿の上のクレソンをつついている。
「レティスが、でがすね」
ヤンガスはぐいぐいお酒をあおる。もうだいぶできあがっているわね。
「あのプヨプヨ、闇の世界から魔物を送り出してるみたいだが、まだその時じゃねえのかな。オレならさっさと支配しちまうのに」
「また膜みたいのにはいってるよね。ドルマゲスみたい」
「保護膜だな。あいつ、あんな顔して意外とハコ入りだったんだなあ」
ははは、と、あきれ果てて笑うしかないあたしたち。
「疲れたよね、ゼシカ」
力なく笑ったあたしに、エイトは優しい。労るように声をかけてくれる。
燃え尽き症候群じゃないけれど、一気に気が抜けてしまった。
これ以上の力を、あたしたちは出せるの?
まだ……強くなれるの?
いえ。まだ強くならなきゃならないの?
治安のいいレティシア。
夜風に当たりたくて村へ出た。
おっとりと優しい人々。彼らの持つ独特の雰囲気は、あたしの心の隙間を埋める。
「ヒヒンッ……」
姫さまの声……。
あたしは声のした方へ向かった。
薄暗がりに静かに輝く白い身体。ああ、なんて気品があって美しいの。馬であることのお辛さを考えたら、あたしなんて比べものにならないほど自由。何を甘えたことを考えていたのかしら。
姫さま、と声をかけると、姫さまは可愛らしいお顔をすっと近づけてくださる。大きな瞳があたしを見る。何の迷いもない、澄んだ瞳。
「……ごめんなさい、ごめんなさい」
涙が後から後から出てくる。あたしは姫さまにすがって泣いた。姫さまのたてがみは柔らかくて気持ちよくて、背中は温かくて。
翌日、あたしはたくさんのせいすいとキメラの翼を持ち、姫さまと出かけた。
どうしても、話したかった。
「ゼシカさんありがとうございます。不思議な泉に連れてきて頂いて……」
「姫さま!」
人の姿に戻る姫さま。その理知的な唇から、次々と言葉が溢れた。竪琴の音色のように優しく、心地よく響く。
「ゼシカさん、昨日泣いてらしたでしょう? ……どうか、謝らないでくださいな。
ミーティアは辛くなどありません。エイトやみなさんと一緒にいられるのですから。ゼシカさんこそ、恐ろしい魔物といつも戦って、お怪我もされて。それなのにミーティアは何もして差し上げられません。本当にごめんなさい。
最後最後と覚悟して挑まれているのに、なかなか終わりの見えないこの戦い、みなさんのほうがどれほどお辛いか……。
ゼシカさん、全部終わったらお城に遊びに来て下さいね。リーザスにも伺いたいです。お母様のフィナンシェもいただきたいの。それから、ユリマちゃんやゲルダさん、アスカンタのキラさんにもお会いしたい……ああ、楽しみなことがたくさん!
ミーティアは楽しいことばかり考えているのです。……だからお願いです、どうか泣かないで、くれぐれも無理をなさらないでくださいね……。
ミーティアはずるいのです。楽しいことばかり考えていられるから、この旅が続けばよいのにと、時々考えてしまいます……」
「姫さま!」
ミーティア姫さまのお姿は、また白い馬の姿になっていった。
泣かないで、と言われたばかりなのに、また涙が出る。
この旅の目的……ドルトマゲスを倒すという目的が達せられても、次の目的はすぐに見えた。あの杖を壊すこと、そして暗黒の神を倒すこと。
杖の落とし前をつけるために、暗黒神を倒すことが新たなあたしの信じる道だとわかったから。
でもまた達せられなかった結果に、やっぱり自分の力不足が情けなくて。
どんなにムチや杖の腕が上がったって、強力な魔術を使えたって、敵わないんじゃないかって……。
「ゼシカ、お帰り。姫を連れて行ってくれてありがとう」
レティシアのルーラのポイントでエイトが待っていてくれた。
あたしにそう声をかけ、すぐに姫さまの手綱を持つ。
姫さまも嬉しそう。
あたしの入る隙間はない。トロデーンという国の人たち。
あたしは、ただの村人。
エイトときょうだいの契りを結んだわけでも、エイトの恋人でもない。
「ゼシカ、なんか元気ないね。やっぱり疲れたでしょ? 怖いことなかった?」
「えっ? あの、大丈夫よ。せいすいのおかげで魔物も寄ってこなかったから」
あたし、気を使われてるのかな。
「姫を繋いでくるから、先に村長さんちに行ってて。お昼、みんなで食べようね」
エイトはまだ疲れの残る笑顔を見せてあたしに背を向けた。
村長さんの家では、ククールとヤンガスが食事の準備をしていた。
「おう、ハニー、お疲れさん。メシできてるぞ」
「嬢ちゃん、待ちくたびれたぜ。さあ、座った座った」
いつもと変わらない、二人。
エイトも戻ってきて、四人で食事をする。
ククールが下らないことを言い、ヤンガスが怒る。エイトが笑って制し、ヤンガスが嬉しそうに赤くなる。それをククールがあたしに振りつつまたからかい、ヤンガスが……。
いつもと同じ雰囲気。
楽しい。
みんな大好き。
……あたし、もう、やめたほうがいいのかな。
午後、何をするでもなく、みんなレティシアの空気の中で安息の時を過ごした。
村の高台でエイトとククールが剣の稽古をしている。その横でヤンガスが大いびき。
あたしはレティスのところへ向かった。
「……賢者の力を借りねば、あの暗黒神を倒すことは難しいでしょう……」
「レティス、もし、もしもよ? あたしたち4人が3人になっても、暗黒神を倒せるかしら?」
レティスはしばらくあたしを見つめ、そして天を仰いだ。
「わかりません。暗黒神がどれほどの強さか、また、あなたがたがどれほどの強さになるか、想像つきません」
やっぱり、あたしたちがまだ強くなると踏んでいるんだわ。
「確実に、人は変わってゆきます」
「?」
再びレティスはあたしを見る。
「人の思いは変わっても、その根底に流れる優しさや熱い情熱は変わらない」
「わからないわ」
「気持ちの向かう先……何を目指すかということは変わるものです。しかし、あなたを突き動かすきっかけが何にせよ、あなたを動かす動力は同じ。愛情です」
愛情……。
「お兄さんに対する愛情、理不尽の果てに亡くなった人を思う愛情、辛い境遇にある人を思う愛情、そして……」
「そして?」
レティスは突然あたしをその背に乗せた。
バサバサバサッ!
レティスは舞い上がる。
あたしに世界を上から見せる。
「この広い世界を、暗黒神が我が物にしようとしている。しかしながら、あなたがた以外にそれを阻止できる人物は今はいません。あなたがたが失敗したり、このまま年月が経っても、何も変わらないかもしれません」
オークニス上空、雪の国。
トロデーン上空、暗い影におおわれている。
「世界のほとんどの人々は、あなたがたがなにをしようとしているのか知りません」
闇の遺跡だわ。それから煉獄島。サヴェッラ、ゴルド。
ゴルドの穴の底にはまだ……。
たくさんの人の思いがある……。
リーザス、マイエラ、アスカンタ、西の大陸……。
「それでも、暗黒神が倒れて欲しいと願う人はいます。願い、祈ることしかできないのです。暗黒神を倒せるのは、勇者のみ。……あなたのお兄さんも、そういう気持ちだったのでしょう。悪からあなたたちを守るため……」
村の入り口でおろしてもらった。
「ありがとう、レティス。あたし、何か答えが出そう」
そう言ったけれど、結局あたしは自分のことばかり。
それは、限界を意味しているのかも知れない。
次からオーブを探しに行きます。