『レティスが言うんだから、仕方ない───』
俺たちはそれが合言葉のようになっていた。
まあ、俺はエイトの兄貴に一生ついていくだけだから、レティスが何を言ったって関係ない。
関係ないんだが……。
「おい、トゲトゲ! いい加減にしろよ?」
なんだ?
「ヤン……」
兄貴まで。
バサバサバサ。
俺の衣をまくるのは誰だ!
「もうっ、やみの衣にもぐらないでって言ったでしょ」
ありゃ、もぐってたのか、俺。
衣をまくられて、我に返る俺。
そうだ。俺たちはレティシアを発ち、レティスの言う賢者の力がこめられた大事な何かを探す旅に出たんだ。
それなのに……なんでまた、賢者と全く関係ねえヤツを訪問しなきゃならねえ?
「まだ旅が続くことをゲルダさんに伝えよう」だなんて……。
兄貴、いらねえでがすよ、そんなこと伝えるなんて!
だが、三人は俺の顔をみてニヤニヤと笑う。ってやんでい、ゲルダなんて怖くねえんだ!
「ああ、ヤンガス待ってよ! 急に走るなんて」
「ははは、急に恋しくなったんだろ?」
うるせー。
俺はたぶん疾風のごとく駆け出した。左手に広がる海を見ている暇はねえ。一日中陽を受けてきれいにさざ波だっているんだが、今日はそのもたもたした波が俺をバカにしているようにすら見える。
もうどうでもいい。さっさと用を済ませてずらかるに限る。
と、急に身体が軽くなった。
なんでだ?
「……まさかパルミドから飛んで行くとは、レティスもびっくりじゃのう」
金色の膜に包まれ、俺たちは飛んでいた。おっさんは御者台でのんきにあくびをしている。
「どういうこった? 神鳥のたましいなんかをわざわざ?」
俺はわけがわからねえ。
ふと兄貴を見やると、兄貴は可愛いお顔をかしげながらクスクス笑っていなさる。
ああ、なんて愛らしい……。翼の生えた魔物に誘拐されちまいやすよ。……ところが兄貴のクスクス笑いはすぐにゲラゲラ笑いに変わりなさる。おまけにククールや嬢ちゃんまでハラを抱えている。
「ご、ごめんね、ヤン。笑ったりして。でもさ、でもさっ、ゲルダさんちに行くって言ってから、ヤンたら小さくなっちゃって、おうちが近づくにつれてやみの衣にもぐっていくから……だからちょっと空へ退避ね」
「そうよ、ヤンガス。そんなに怖がらなくても……」
「そうだぜ、トゲトゲ! あの姐さんは話のわかる姐さんだ。お前なんかよりよっぽど度胸据わってやがる。おい、リーダー、ちょっと旋回でもして時間かけてやろうぜ」
ってやんでい……。
エイトの兄貴まで、「じゃあちょっと海を上から見ようか」なんておっしゃる。
兄貴の声に反応するように、神鳥のたましいは金色の膜をポッと輝かせた。
みな、眼下の景色に見とれている。兄貴がちょっとふるりとされたのは、その自然の美しさに感動されたからだろう。決して、高所恐怖症からくる身震いなどではないはずだ。
ああ、これがエイトの兄貴と二人きりのアバンチュールだったら……。
そう思うと身体の中心がっ!
俺は夢想する。この空に抱かれ、手に手をとり、あの可愛らしい頬に口づけし……。
いやいや、ダメだ。こんな空の上じゃ足元が浮わついてしっかりと兄貴を支えて差し上げることなんかできねえ。
俺は頭をぶるぶると振った。そして兄貴にならい、眼下を望んだ。
珊瑚礁の美しい海。海というキャンバスにうっすらと淡い模様が描かれている。
あっちの真っ青なとこは深い深い海溝だ。深淵ってえのはおっかないところだ。音もなく、光もない。時が止まったような場所。死の国があるんなら、そんな場所だろう。俺はゴルドにあいた大穴のことをちょっと考えた。
それにしても、海賊にならねえで良かったとつくづく思う。海ってのはうっかり居眠りなんかしたら、何処へ流れ着くかわからねえからな。
そうこうするうちに、俺たちは南の大陸上空へ舞い戻っていた。
だいぶくたびれた小舟が、波打ち際でゆらゆらしている。どっかから流れ着いたんだろう。船体はボロボロだ。ありゃもう使えねえな。哀れな小舟よ。俺はあの船に乗っていたヤツのことを考えた。ゲルダに身ぐるみ剥がされていなきゃいいんだが。
ああ、なんでゲルダなんかに会わなきゃならねえんだ……。
エイトの兄貴が「さあ、着いたよ」とおっしゃって、着陸体制をとりなさった。
ああ、着いちまった。
俺はため息を空へ放った。
俺たちの行く手、前方からギシギシと音がして、ゲルダの家へ続く細いつり橋から誰かがやって来る。
「おう、久しぶりだなあ、ヤンガス!」
現れたのは、ゲルダんちで見張りをしているマッチョ野郎だった。
「姐さんならいらっしゃるぜ。まあ、ご機嫌がどうだか、俺にはわからねえけどな」
恐ろしいことを言いやがる。
「ヤン? 大丈夫だよ」
「そうよ。震えないで」
「オレたちがついてるぜ」
兄貴はともかく、なんで嬢ちゃんやククールに励まされなきゃならねえんだよ、俺。情けねえ。
俺は先頭に立ち、ずかずか進んでいった。
「おーおー、張り切っちゃって」
「本当だね」
「ぎゃーっ!」
「なんだよ、びっくりするじゃないか! でかい声を出すんじゃないよ!」
なんと、ゲルダの野郎が扉の前に立っていやがった。仁王のような姿を見れば誰だって声も上げちまうってもんよ。
「また来たのかい、このうすらとんかち!」
「ゲルダさん、お元気そうで良かった!」
エイトの兄貴、いいんでがすよ、敬語なんて……。
「ゲルダさん! お久しぶりです!」
「姐さん、相変わらずお美しい」
なんで嬢ちゃんもククールもにこやかなんだよ。
「何か用かい。別にあんたに……」
ゲルダの奴はギロリと睨んでくる。睨んでくるわりに、ちょっと口ごもった。
「ゲルダさん、暗黒神のこと、ご存知ですか?」
「暗黒神? ……ああ、なんでも恐ろしい力が封印を解かれて空へ舞い上がったったって。あの黒い雲だろ? 世界中が見てたさ。前よりちょっと小さくなったように見えるが……。あたしは神とか魔術とかには縁がないからね」
ゲルダはいつになく饒舌だった。そしてエイトの兄貴、嬢ちゃん、ククールの顔を順にじろじろ眺めた。
「はい。僕たちにできることはないかと、旅をしているところです。ヤンは僕たちの主力メンバーなんです。……決着をつけて、必ず帰って来ます。報告を待っていて下さい」
ゲルダは「ああ、そんなヤツのことは知らないね」と言って馬小屋に目をやった。
「……いつか貸した鉄球、使ってるのかい?」
「鉄球? ああ、怒りの鉄球か。ありゃ重宝したさ。……そうだ、返さなきゃいけねえな」
「ああ、いいよ。あんたがまだ使うってんなら」
「ああ、実は、はおうの……イテッ!」
っくーっ!
誰だ、俺の足を踏むのは!
「あのっ! ゲルダさん? 暗黒神のこと、よくご存知ですね……さすがっていうか……」
「えっ? ああ、そうだね。パルミドの情報屋から聞いたのさ。親玉が城を壊して出てきたから、ドルなんとかを倒した奴らなら倒せるんじゃないかとか……」
痛え。どうやら嬢ちゃんが俺を踏んだらしい。尖った踵で思い切りやられ、俺はまだ立ち上がれない。その間、エイトの兄貴がゲルダと話してらっしゃる。
ゲルダが暗黒神のことを知ってるなんてちょっとおどろいたが、さすがはパルミドの情報屋だ……あっ!
「そうだ、兄貴、紅蓮のローブができたから、親分の盾と換えやしょう」
そうだそうだ。大事なことを忘れていた。
まだなんか挨拶なさってらっしゃる兄貴を促し、俺たちはゲルダの前からずらかった。
レティスの止まり木にいる巫女さんがオーブについてヒントをくれましたが、誰もちゃんと聞いていなかったので、また長旅になります。次はパルミドへ行きます。