「ヤン、そんなに照れなくていいのに」
「そうだぞ? ちゃんと挨拶入れておかねえとな」
「いいんでがすよ。ゲルダなんて。鉄球を返そうと思ったのに……」
あたしたちは、賢者の力が込められた物を探してまた旅に出ている。エイトがまずはゲルダさんちに行こうって言うから行ったけど。ヤンガスったら、鉄球返すなんて言って。ゲルダさんはヤンガスに貸してたいのわからないのかしら。あたしとエイトでどうにかコトを収めたからいいけど。ヤンガスったら鈍いのよね。でも、ゲルダさんのあの安心した笑顔。本当に心配してるのね。ヤンガスのこと……。ちょっとうらやましいな。
なんて。センチメンタルになってる場合じゃないのよね。
とりあえず賢者の宝? を探さなきゃならないんだけど、次の行き先はパルミド。ヤンガスじゃないけど、およそ賢者と関係ないところだわ。
あたしたちは、久しぶりにのんびりと歩いていた。このところの移動は、神鳥のたましいで飛んだり、瞬間移動ばかりだったから、草原に吹きわたる風が肌に優しい。
「気持ちがいいわね!」
右手に広がる海。ここからの景色って、本当にきれい。いつも陽を受けて輝いている。
「本当だね。こうして大地を踏みしめるのって久しぶりだよ。ちょっとピクニック気分になっちゃうな」
エイトは笑顔を見せる。後ろを歩いているミーティア姫さまも足取り軽く。
ククールはあたしの側にいながらもエイトの姿をじっと見守る。ヤンガスも辺りに気を配っている。
あーあ、駄目だな、あたし。
みんな穏やかな態度とは裏腹に、戦うべきものから目をそらしていない。
あたしだけだ。燃え尽き症候群特有の違和感……。
パルミドへ入った。治安の悪いこの町、あたしは王さまたちと入り口で待つことにした。
三人は、闇商人のところへ行った後サウナも行ってくると言う。
「ゼシカよ、しばらくのんびりできそうじゃのう。馬車で横になるがよい」
王さまはそう言って、馬車の回りにせいすいをまいた。
「わしもちょっくら昼寝をするか」
御者台に横になる王さま。あたしも荷台に乗り、幌の後ろを開けて風を入れた。
目を閉じる。風の音、草の音。町の喧騒が少し。……王さまの寝息。
エイト、あなたは今、何を思っている?
ククールは? ヤンガスは?
暗黒神ラプソーンを倒したら?
その後は?
いいえ……まずはトロデーンよね。ラプソーンを倒したら、いばらの呪いが解けるかもしれないもの。いえ、かもしれないじゃなくて、必ず解けるわ。
事の発端はすべてトロデーンの呪いから。ドルマゲスがトロデーンの杖を持ち出したことから始まっている。
あいつは城に呪いをかけ、兄さんを殺した。オディロ院長も。その恨みを晴らしたあたしたち。だけど、単なる敵討ちでは終わらない。いつの間にか、世界征服を企む暗黒神を倒すことが目的になっている。もちろん、トロデーンの呪いが解けることを含めて。
もし、トロデーンの呪いが解けても、暗黒神があるかぎりエイトは戦いをやめないだろう。
あたしはどこまで付いていっていいのかしら。あたしが必要だって、みんな言ってくれるけれど……。
姫さまのためにも、力を尽くしたいけれど……。
「きゃっ!」
「あはは。びっくりしたかい、ハニー」
ククール?
頬に触れた冷たいものは、オレンジだった。
「凍ってんだぜ。お土産だ」
「ありがとう……。でもなんで? それにエイトとヤンガスは?」
「あいつら情報屋のとこでしゃべってる。……それよりほら、冷たいうちに……」
ククールは器用に冷凍オレンジをむき、あたしに寄越す。
「美味しい!」
「だろ?」
今まで食べたことがないわ。
「子供の頃、親父がよくお土産に持ってきたんだ。母は食べにくいとか言って手をつけなかったけど、オレは大好物なんだ」
あたしにむいてくれながら、ククールは自分の口にも運ぶ。
「……いつだったか、むいてやったんだよ。母に。そうしたら、美味しい美味しい言って食べてくれてさ。単に、むくのが嫌で食わず嫌いしてたんだよな。それ以来、冷凍オレンジむくのはオレの係りでさ」
なるほど、だから上手にむけるのね。ククールがドニでのことを話すなんて珍しかった。ククールはオレンジをどんどんむきながら思い出を語る。
話しが途切れたところで、ククールは手を止めた。
「なあゼシカ?」
「なに?」
「帰るか?」
「何言って……」
ククールのサファイア色の瞳が冷たく揺れる。
ああ、わかっちゃうのね。
「……あたし、足手まといじゃないかな」
「そうじゃないだろ?」
ククールは視線を外さない。
やっぱりごまかせない。
ククールは最後のひとふさをあたしに差し出した。
「疲れたの。いろいろ。いろんなこと考えちゃって」
あたしの力ではどうにもできないことばかり……。
「なあ、ちょっと稽古しねえ?」
「えっ?」
あたしはククールに連れられて、パルミドから少し離れた場所で剣を構えた。
……なんで剣?
「ムリよククール。長くて扱えないわ」
あたしはククールのライトシャムシールを借りている。ククールはレイピアを構える。
「大丈夫だって。それが一番軽いんだ。ちょっと交えるだけだ。いいか……」
ククールは真剣な眼差しでレイピアを振り下ろす。
「ちょっと交えるだけだって!」
「悪い悪い……」
あたしは草原に横たわっている。剣を構えてから、まだそんなに時間は経ってない。なのに何なの、この凄まじい疲労……。
「あたし、しばらく起きられないから」
クラクラする。持ちなれない武器をとっちゃダメね。
「いいぜ。なあゼシカ……横になったまま、聞いてくれ。
……オレは、オディロ院長の仇をうって、兄貴から杖をもぎ取って、あいつを助けて、ちびラプソーンをでかくして……。
結構働いてる気がするんだよな。いろいろ人助けもしてきたし。なのに、どうしてかな。何かひっかかりがあってさ。
多分、ゼシカも似たようなこと考えているんだろ? いつまで戦えばいいのかって。
ドルマゲスを倒しても、いくら杖を追いかけても、トロデーンの呪いは解けやしねえし、トロデのおっさんや馬姫さまが何も言わないのがかえってプレッシャーになっててよ。それに、ラプソーンを倒したところで、呪いが解けるのか確信がないんだ。
オレもゼシカも、トゲトゲだって、ずらかろうと思えばいつだってずらかれる。
だが、それをしないのは、やっぱり、トロデーンをどうにかしたいからだ。
暗黒神ラプソーンの手から世界を守るなんて大義名分になっちまってるが、そうじゃない。オレはね。
そんな大それたことのために命かけてるんじゃない。
オレはトロデーンを……」
「エイトを、でしょ?」
あたしは黙っていられなくて、声を出した。
命懸けでエイトを守りたい、その気持ちがあるから、ククールは一緒にいるんでしょ?
「なあ、ゼシカ。ゼシカだから言うんだが、オレだって、この旅の終わりを考えてないなんてことはないんだぜ。もっとはっきり言えば、城が元通りになれば、あいつは城にもどるだろう。オレたちの関係がどうなるか、それを考えれば気が狂いそうだ。
ただ今は、こんなふうに考えてる。ドルマゲスを倒せたこと、兄貴を杖から解放できたこと、これらはオレ一人じゃできなかったことだ。ある意味、感謝の気持ちをこめて、トロデーン復活に力を捧げたいんだよ。
ただ、あいつを守りたいとかいう問題じゃねえ。……それにあいつはオレが守らなくたって強い男だしな」
ククールはあたしの隣に寝そべった。
「もし今、ククールがパーティーから抜けたら、エイトは……」
やだ、あたし、何言ってるのかしら……。
そんなことになったら、エイトがおかしくなっちゃうじゃない!
「オレが抜けたら、か。あり得なくもないな」
え?
「途中で死ぬかもしれないし」
「ごめんなさい……。あたし、なんてことを……」
「いや、マジで、オレがいなかったらって考えたことはある。あいつは死ぬわけにいかねえんだよ。トロデーンにとって必要な人間だ。オレはただの根なし草さ。トゲトゲも。なあ、ゼシカ、君もあいつと同じだ。ちゃんとリーザスに帰らなきゃいけねえ人間だ。……だから、迷っているならもう……」
ククールには全てお見通しね。
あたしたちは、無言で時を過ごした。
青空があたしとは違う世界のものに見える。太陽の光さえ他人行儀に見える。
旅に出てから今まで、こんなに孤独を感じたことはなかった……。
次はマイエラに行きます。