「まあっ! ゼシカお嬢様!」
アルバート家は、久しぶりのおじょーサマのお帰りでごった返した。考えてみりゃ、暗黒魔城攻略の途中でアルバート家から三角谷に拠点を移してから、アルバート家には来ていない。魔城を堕としてから、レティシアでだらだらすごしてたからな。
「奥様、奥様、ゼシカお嬢様がっ!」
使用人たちは走り回り、警備人は表情を固くする。
馬姫さまをつなぎに行ったエイトが戻ってきて、にこやかに挨拶をする。
「急に押しかけて申し訳ありません。マダムにお会いしたいのですが」
取り次ぎの若いメイドは慌てすぎて「お、奥様は今、ダイニングにおいでですので、ほな、ちょいと……」なんて里言葉になる。おもしれえな。
「いいわよ、そんなの。あたしのうちなんだから。さあ、どうぞ」
ゼシカは靴の汚れを簡単に落とすと、すたすたとダイニングを目指した。
マダムはダイニングでお茶の用意をしているようだ。なんか早すぎやしねえか?
「まあまあ、ゼシカ? ゼシカなのね? 皆さんもご一緒?」
「そうよ。やだお母さんたら、そんなにカップ出して! いいのよ、あたしは今日泊まるんだし。もうお昼にしましょう。それより話が……」
来客でもあったのか、厨房からもガチャガチャ音が聞こえる。
オレたちは、ゼシカに続いてダイニングに入る。いつになくご機嫌のゼシカの母上は、トロデのおっさんの姿を見ると、更に口角を上げた。
「王さま、ようこそおいで下さいました。どうぞごゆるりとおくつろぎ下さいませ。ただいまお茶の用意をいたしますわ……」
「すまんのうアローザ殿。いつもながら突然押しかけて……」
「いえいえ、何をおっしゃいますの、王さま。このようなところでいつも十分なおもてなしもできず、こちらこそ申し訳ございません……」
「いやいや、いつも十分すぎるもてなしをいただいておりますぞ。アローザ殿はなんと謙虚なおかたじゃ……」
「まあ、王さま、もったいのうお言葉……」
……………。
……………。
……………。
……………。
……始まったな。長えんだよなあ、いつも。
ちらりと横を向くと、エイトとヤンガスも顔を見合わせているところだった。
「ねえ、もういいじゃない、毎度同じことなんだから!」
「そうは参りません」
「そうじゃぞ、ゼシカ。母御がこのように恐縮なさるのも、わしが王であるからじゃ。じゃが、今は一介の旅人。ゼシカも礼を申さねばならんぞ」
「まあ、王さま、こちらこそ、我が家のように何の取り柄もなく、寝所さえお使いいただくのが恥ずかしいほどの庶民でございますわ。さあ、ゼシカ、あなたからも王さまにお礼を……」
「いやいや、アローザ殿……」
「いえいえ、王さま……。それよりゼシカ、暗黒魔城とやらをどうにかしたら、ラプソーンなる者が復活したと言うではありませんか。そのことについてきちんと報告を……」
やべえぞ、ゼシカまで話に入った上に、ラプソーンについての話かよ。これはオレたちにも話がふられちまう。
「分かってるわよ。とりあえず座らせて」
「なんです? まずは王さまにお席についていただかなくてはなりません。王さまより先に座るなんて、礼儀がなっていません。さ、王さま、どうぞおかけくださいませ。皆さんも……。ゼシカは最後に席におつきなさい」
「いやいや、わしのことなど……、まあ、とりあえず座らせていただこう、ほれ、お前たちも相伴いたせ」
なんだよ、急に王さまヅラしやがって、おっさんめ。仕方がないのでオレたちもおっさんが座ってから席についてやった。めんどくせえな。
「……この度は本当にお疲れ様でございました……。只今お茶をお持ちしますわ。さあ、ゼシカ、厨房へ声をかけてきて頂戴」
「何よ、結局また立つんじゃない」
ゼシカがぷりぷりしながら厨房へ向かう。おっさんとゼシカの母上はまた楽しそうに話し始めた。
「……エイトの兄貴、俺たち野郎どもはトロデーンへ行くんでげすよね?」
「うん」
そう。この日中の時間を利用してゼシカを除くオレたちはトロデーンの様子を見にいくつもりだった。そのあと夕方にはゼシカを迎えに来て、リーザス塔へ行くというスケジュールだ。
「おっさん、忘れてるんじゃねえの?」
「うん。でもククール、とりあえずお茶だけでもご馳走にならないと、それも失礼だし……」
しまった、エイトのマザコンも発動している。なんだか予定が大きく狂いそうな予感がする。オレとしては、さっさかリーザス塔へ行って、賢者のオーブを手に入れてえんだ。そんでもって、ちょっくらエイトとデートでも……。ああ、口元が緩むのが自分でもわかる……。
「おいククール、何をニヤニヤしてやがる? みだらなことでも考えてんじゃねえだろうな?」
「ちょっと、ヤン! あの二人に限ってそんなこと」
えっ? そっち?
「わかりませんでがすよ、エイトの兄貴。お互いやもめ同士、じゃじゃ馬をもて余しての心のよりどころになっていないともかぎりやせん」
「おいおい、いくらなんでもそりゃねえな。いくらイイトコの奥さんだって、相手は王さまだぜ? 腐ってもさ」
「いや、後家さんとなりゃ、とくに王家とか貴族でなくたって構わねえだろ」
「そうなのか? 王室ってのは」
言いながら振り返って見ると、オレとヤンガスのやりとりをにこにこして見ていたエイトだが、急に難しい顔になった。
「……わかんない。ただ、姫がサザンビークに嫁いだら、トロデーンは跡継ぎがいなくなるから、貴族から王妃を迎えることになるか、迎えなければ継承順に王位につくことになるけど……」
「それは姫さんが生まれたときから決まってんだろ?」
「まあね。トロデ王には兄弟がいないし、亡き王妃の親戚も歳がね……。そうなるとずいぶん遠い血筋になるか、養子縁組みでサザンビークかアスカンタから王族を入れるかするんだよ」
「へえ。ずいぶん面倒でがすね」
うん、とエイトは大きくうなずく。
「王位継承とくりゃ、ご親戚一同が黙ってないだろう?」
「うん。でもほら、うちの王ってああ見えて国民に信頼されてるから、誰もごちゃごちゃ言わないよ。王がもしマダムを王妃に、って言っても、親戚筋から文句は出ないはず」
「もし嬢ちゃんの母さんが後家に入ったら、嬢ちゃんが姫さんに?」
おいおい、それこそありえねえ。
「マダムを王室に迎えることになっても、ゼシカは残念だけど王室には入れない。ただ、リーザスはトロデーンの勢力圏にあるから、アルバート家に爵位がついて、そうだなあ、子爵になるかな。ゼシカが受ければだけどね。それに、ゼシカが独身じゃだめだ。お婿さんをもらって、ゼシカが正式にアルバート家当主にならなきゃいけないと思うよ」
「めんどくせえんでがすね。王室てのは」
「そうだね。広く地域を治めるには、王家がきちんとしてなきゃみんな安心できないからね」
そんなもんかね。ヤンガスじゃねえが、めんどくせえな。
王位か。オレには口出しできない問題だ。元に戻って、果たして姫さんがおとなしく嫁入りするとも思えねえんだが。……おっと、口出し無用だよな。
「どうしたの? ククール」
見ると、エイトが穏やかな笑顔を向けている。かわいい……。あのすべすべした頬を早くオレの両手で包んで、唇をいただきたい……。エイトもそれを読み取ったのか、ほんのり頬を染め、黒目を潤ませる……。
「いてっ! ッにすんだよ、トゲトゲ!」
ヤンガスめ、思いっきり踏みやがった。
「るせー! だらしねえツラで兄貴を見てんじゃねえよ、けがれる!」
「んだと、コラ!」
「ニヤニヤして兄貴を見るのはよせってんだよ!」
「おい、いつニヤニヤしたって?」
ったくアタマくんな! だが、確かにニヤニヤくらいしたさ。かわいいんだからしかたがねえよ。
「ねえ、やめようよ二人とも、ほら、お茶がきたよ」
エイトに促されて見ると、屋敷のメイドがお茶を運んできた。
にしても、本当にさっきまで客がいたようだ。オレたちが来てから沸かしたには早すぎるお湯が、ちょうどよくお茶の香りを作っていた。
オレたちは、マダムお手製のフィナンシェと、さくらんぼの香りのお茶でくつろいだ。
お昼を食べてってくれというゼシカを残し、オレたち三人はおっさんとともにトロデーン城へ向かった。
次はトロデーン城へ行きます。