「わが城……何の変わりもない。あの小僧どもの言う通りじゃな。ラプソーンを倒さねば、やはり元に戻らぬのか」
おっさんは城壁に手をやった。エイトもうつむく。
久しぶりに訪れたトロデーン城。城壁にはイバラが生い茂り、人の息づく気配もない。以前訪れたままの姿をさらしていた。
オレたちの様子を察してか、城の近くに住んでいる人なつっこいスライムも木の影からそっとこちらを見ているだけだった。
「皆、すまんのう。リーザスにいたら話がもれる可能性があるからの。チョイ待ち……」
おっさんは落ちていた棒切れで器用に円を描き、ゴニャゴニャと念じた。
「さあ、トロデーンに古くから伝わる結界じゃ。破られたことは未だかつてただ一度。あのドルマゲスだけじゃ」
ドルマゲス……。結局あいつも杖に翻弄されて身を滅ぼしただけだ。
オレたちは結界の内側で、ゼシカのことを相談した。
「……じゃあ、ヤンは、ゼシカがパーティーに戻ると思う、ククールと王は戻らない、か」
エイトがみんなの顔を確かめながら言った。乾いた唇から発せられる声は不安を隠せない。
オレたちが何を相談したかったかというと、つまり、ゼシカ抜きでぷよぷよラプソーンと戦えるかってことだ。
ゼシカ抜きじゃ無理だってわかってんのにな。
ゼシカの意見を尊重しようと一番言ったのはおっさんだ。だから、今オレたちは話し合う必要があった。
「僕は、ゼシカが僕らとは違うことを、ゼシカが気にしてるんじゃって思うんだ」
そうだ。暗黒魔城の頃から気づいていたことだ。
「ゼシカには母御がおる」
「はい。そして、ゼシカを待っている村のみんな」
もうゼシカの母上だけじゃねえ。今日リーザスに寄ってわかった。あの村の民はみんな、ゼシカの帰りを待ちわびていた。そして、見違えるほどたくましくなったあの姿に安堵し、希望がわいたんだ。ゼシカはリーザスに必要だ。ラプソーンとの戦いでなんかあっちゃならねえ。
根なし草のオレやヤンガスはこの旅から抜ける気はねえ。もう、終わりは見えている。あの杖に宿っていたラプソーンの封印は解き放たれ、力を集めている。ヤツは今、最大級に力を溜めている。時間が経てば経つほど、強敵になることは簡単に想像がつく。
ゼシカなしで勝てる確率は低い。しかし、暗黒魔城攻略時よりは、オレたちも強くなっている。それに、まだ限界が来ているとも思えない。まだまだ強くなる余地はあるはずだ。三人になったとしたら、がむしゃらに力をつけて、最終決戦に臨むだけだ。
「リーダー、お前はどう思うんだ?」
「僕は……」
エイトはそっと目を閉じ、ゆっくりと開く。黒曜石のように艶めいた瞳。
……ったく、暗いところでの目の輝きはなんて色っぽいんだか…。やっぱりこいつは夜行性だ。夜更かしできない夜行性だが……。
おっと、余計なこと考えている場合じゃねえな。
エイトはふっとかわいい笑みをこぼし、言った。
「僕は、何がなんでも、ゼシカにいてもらいたい」
「何がなんでもじゃと?」
「おい! お前、本気かよ?」
おっさんとオレは思わず身を乗り出した。
「リーザスの小僧らに『ゼシカは女の子だ』とか言ってて、なんでまだゼシカを抜けさせないんだよ! 魔城のときはあれだけゼシカなしにこだわったのに。今度こそヤバいって!」
「そうじゃぞ、エイト。ゼシカに何かあったらアローザ殿に顔向けできん!」
鼻息も荒く、おっさんは立ち上がった。
「エイトの兄貴? あっしは、嬢ちゃんの気性なら、途中でやめるようなヘタレじゃねえと思いますが、おふくろさんの気持ちなんかを考えると、説得されて不参加ってのもアリだと思ってるでがす。でも……兄貴が何がなんでもっておっしゃる意味が、あっしにはわかりやせんが……」
おお! ヤンガスのくせにいいところを突くじゃねえか。
「そうじゃぞ、エイト。何がなんでもっと言うのはどういうことじゃ」
「王、よく聞いて下さい」
エイトはおっさんにそう言ってから、オレとヤンガスを交互に見る。
「ヤン、ククール、覚悟はいいの?」
「あったりめえでがすよ! 兄貴に拾って頂いたこの命、兄貴のためならば……いや、拾って頂いたあの瞬間から、あっしの命は兄貴にお捧げ申し上げたんでがすよ! ラプソーンでもなんでも、兄貴のためなら、不詳ヤンガス、この命尽きるまで戦わせて頂やす」
エイトは軽くうなずくと、今度はオレを見る。
「ククールは?」
「今さら何を言わせるんだ。オレには帰るところも待ってるヤツもいねえ。ちゃらんぽらんなこんなオレでも、ラプソーンを倒せるならって思ってる。世界のためになんてデカイことは言わねえ。ただ、オレたち…パーティーのためだ。万が一、オレたちがしくったって、また誰か立ち上がる。……そう言ったのはお前だよな、リーダー」
オレは真っ直ぐにエイトを見た。何度も互いを映しあった瞳は、芯に熱を持つ。オレたちパーティーのため、じゃねえ。お前のためだ。オレの命はお前のものだろ?
エイトの黒い瞳が潤む。映りこんだ薄い陽射しが頼りなくゆらいだ。
「エイトよ、二人とも覚悟はできているではないか。何を戸惑っておるんじゃ」
エイトはおっさんには答えず、また全員を見回した。
「だからですよ、王。……覚悟するのはいい。でもみんな、死を恐れない。今、死を一番恐れているのはゼシカです。彼女がいなければ、身を守ることをせず、相討ち覚悟でのぞめる。……王、王も死を恐れずに加勢するおつもりでしょう? 民のために」
「そうじゃ。姫にはかわいそうだが、民あっての王国。トロデーンが元に戻ったとき、姫さえおればなんとかなる。ミーティアにもその覚悟をさせる」
おっさん……。おっさんの覚悟は痛いほど伝わる。だが、エイトは無表情で呟いた。
「やっぱり。みんなわかってない」
エイトが天を仰いだ。
「わかってねえってなんだよ! お前、まさか一人で行く気か?」
「まさか。一人でなんて無理だよ」
「じゃあ、なんで!」
「ククール、座って」
エイトは、立ち上がったオレの手をそっと引き寄せた。
「僕は死を恐れてる訳じゃない。ドルマゲス戦でも、魔城のときも、死がすぐ近くにあった。死なないで、っていつも言ったけど、半分は死ぬかもって思ってた。
次の戦いも、もしかしたら最後じゃないかもしれないんだよ。たまたま一回暗黒神に勝っただけで、実は永遠に暗黒神と戦っていかなきゃならないのかもしれないんだ。僕たちが歳を取って、力が及ばなくなって、次の……ポルクやマルクの世代に移っていくかもしれない。その前に、アスカンタやサザンピークの軍隊が立ち上がるかもしれない、聖堂騎士団が立ち上がるかもしれない、レティスがどこかからか勇者を連れてくるかもしれない……。そんなふうに思ったら、たとえ、僕たちが死んでしまっても、僕たちは僕たちのできる最大の力で、次につなげるための戦いをするより他ないんだ。
ゼシカに戦う気力がないんじゃない。ゼシカはこれからのリーザスを守るために戦いたいと思ってる。僕らと温度差があるのはそこだ。僕たちと考え方が違うから、ゼシカも混乱しているんだよ。
どうしても守りたいものがあるとき、人は変わる。最近のゼシカが頼もしいのはそれなんだ。死んでもいいと思って戦う僕らなんかより、ずっと強いよ。だからこそ、僕らはゼシカを守って戦わなきゃいけないんだ。魔城の時だって、ゼシカを守り通せた。あの時は、杖に呪われていた時の自分を思い出すゼシカを励ましながら戦えた。あの戦いでゼシカは杖の呪いに勝ったんだ」
「いつの間にか、ゼシカが一番精神的に強くなったんじゃのう」
そうかもしれないな。だが、それとこれとは違わないか?
「守るべき者のため、でがすか」
「そうだよヤン。君を必要としている人は誰か、よく考えて。ククールもだよ。自分がいなくたって、なんて思っちゃいけない」
「そうじゃな、エイト。わしも悪かった。ゼシカ一人守って戦えないで、勇者とは言えんよ。生きてこそじゃ。……しかし、ゼシカが降りると言ったら、どうするのじゃ?」
「土下座でもすっか?」
「土下座? 土下座ならあっしが!」
「ちょっとちょっと、待ってよ。大丈夫だよ、きっと。どっちみち、リーザス塔に登ればわかるし。……さあ、戻りましょうか」
エイトはオレの前をゆっくり歩いて行く。背中の剣はたくさんの戦いを経て、傷だらけだ。だが、その刃は常に研ぎ澄まされている。まだオレの知らないエイトがある。それもみんなひっくるめて、オレはお前を愛しているのに。
なあ、エイト。オレを必要としているのはお前なのか?
オレが死んだら、お前はどうなる?
お前が死んだら……くそっ!
そんなこと考えたくもねえ。
胸が張り裂けそうだぜ……。
オレたちは、リーザスのアルバート家にゼシカ嬢を迎えに行った。
「何よ、気持ち悪いわね、みんな。どうしたのよ?」
なんか緊張するぜ。ゼシカはどう考えていやがるんだ? オレたちがトロデーンで話し合っている間、母上とどんな話をしたんだ?
「さ、行きましょ。今日中にリーザス塔に行って来なきゃね」
オレたちの心配をよそに、ゼシカは先頭に立ってリーザス塔を目指した。もう月が出ている。すっかり夜だ。
オレたち野郎どもは、無言でゼシカのあとをついて行った。
ゼシカは、エイトさんたちが思っているよりずっと強い女の子です。トロデ王は、強力な結界が張れることにしてあります。次はリーザス塔に行きます。