「サーベルト兄さん……」
リーザス像の前で嬢ちゃんが泣き崩れる。
月の光の中、青く輝くオーブを抱きしめて膝をついて嗚咽をもらす。……ちくしょう、もらい泣きしちまうぜ。
身内を殺られるなんざ、耐えられるもんじゃねえ。嬢ちゃんの場合、仲良し兄妹だったんだから、なおさらだ。
「……ごめんなさい、いつも泣いて……」
「いいんだよ、ゼシカ」
嬢ちゃんはエイトの兄貴に背中をさすってもらっている。その横では、ククールがなんだかぶつぶつ祈りの言葉をたむけていた。ククールのくせに気が利くぜ。
「ククールもありがとう。……このオーブ、兄さんの優しさを感じるわ。汚れない、真っ白な百合のよう」
「ああ、ゼシカ、百合は教会では身の潔白、つまり純潔をあらわす。だからサーベルトさんはまちがいない、汚れなきどうて……あわわっ!」
エイトの兄貴がククールの口を押さえる。ククールめ、何を言おうとしたんだ?
「ありがとう、みんな。もう遅くなっちゃったわね。今日はうちに泊まるでしょ? お母さん、晩ごはんの準備してるわ」
リーザス塔から手っ取り早くルーラした俺たち。リーザス村の門をくぐったところで嬢ちゃんが言った。
「いや……その、オレたちは……」
「何よ、ククール?」
オレたちだと? なんだかとぼけやがるククール。その様子を嬢ちゃんが冷たく睨む。
ああ、そうか、ククールめ、また夜遊びするつもりだな! そっとエイトの兄貴を伺うと、ちょっぴりそっぽをむいていらっしゃる。
「そうじゃな、ゼシカ。わしはもう少しアローザ殿と話がしたい。今夜はみんなで泊めてもらうことにするぞ」
「そうですね、王」
おっ? 兄貴は女遊びより主君の命令に従うおつもりだ。ククールは残念そうだ。あいつめ、出会ったころはポーカーフェイスを気取っていやがったのに、俺たちと旅を続けるうちに表情豊かになりやがって。ざまあみろだ。
アルバート家で夕食を御馳走になり、おっさんはマダムと話すと言ってダイニングにいる。俺たちは二階のラウンジに集まった。嬢ちゃんが何か言いだすかと思っていたが、マダムに呼ばれてオトナの会合の方に行ってしまった。
ところで、さっきのトロデーン集会では、嬢ちゃんにパーティーにいてもらうにしても、嬢ちゃんの本当の気持ちを尊重しようと兄貴はおっしゃった。だからとりあえずオーブを集める間は、俺たちのほうから、残る云々を嬢ちゃんに問わないようにしようと決まった。いよいよ戦うとなったときに嬢ちゃんが参加するかしないかは、本人次第。その時ゃその時だ。
「……ゼシカに今の気持ちを直接聞くわけにもなあ。迷ってるだろうし」
ククールが腕を組んで難しい顔をする。
「そうだね。オーブはあと5つ。一週間くらいで集まると思うんだけど、その間にゼシカの意志がかたまればいいね。どっちにしても」
「そうでがすね。……そういや兄貴、さっき『リーザス塔にいけばわかる』っておっしゃいましたが、何かわかりやしたか?」
トロデーン城でそんな話をされていたのを思い出し、俺は尋ねた。
「うん、サーベルトさんのことになると、ゼシカいつも一生懸命でしょ? でも、だんだん言うことが変わってきてるんだよね。はじめのころは、サーベルトさんが亡くなった悲しみが強かったけど、だんだんサーベルトさんの死を納得したっていうか、受け入れたって、その上で哀悼っていうかなんていうか……」
兄貴も難しい顔をなさる。
「まあ、なんだ、ただ悲しくって泣いてばかりいるわけじゃなくてってことだろ?」
ククールもそう言うが、なんだか俺にはわからねえ。
「ああいう時、兄貴はいつも嬢ちゃんを優しく慰めていらっしゃいますし、何か変化をお感じになったってことでがすね?」
「……うん。自暴自棄になって泣いてるだけじゃなくなった。このところは、納得して受け入れたのに、まだ気持ちが追いつかなくて、その心のズレみたいのに自分で気づいてて、だけどどうしようもなくて、泣いている状態だと思う」
俺がまだわからねえ顔をしていたんだろうな。兄貴の言葉にうなずいたククールがゆっくり話し出した。
「……人の死を納得するにはさ……段階があるんだよ。誰かが死にかけているとか、死んだとき、または自分が重い病気になったことがわかったとき、人はまず、それが信じられなくて否定するんだ。『そんなはずはない、何かの間違いだ』ってね。
でも、やっぱり死の事実を突き付けられると、今度は怒るんだ。『なんで自分ばかり!』『どうしてあの人が!』って。他人に当たり散らしたり、やけになったりするんだよ。ゼシカが最初の頃、ドルマゲスの敵討ちをしたくてがむしゃらだったことがある、って話あったろ? それがここだ。
で、それでも逃れられない状態が続くと、今度はどうにか回避できないかと取引するんだ。『死なずにいられるなら、悪魔に魂を売り渡す』っていうように。または、『あの人の代わりに私が死にます』とかね。この時期がいちばん精神的に危うい。もう自分の力じゃどうにもならない状況が続くんだ。どんなに祈っても呪っても、死からは逃れられない。ドルマゲスを倒した後、ゼシカはそうなった。だから暗黒神に入り込まれたんだと思う。
その時期を乗り越えると、ようやく受け入れられるようになる」
「嬢ちゃんは、まだ乗り越えて受け入れられてないってことか?」
俺の言葉に、今度はエイトの兄貴が答えなさる。
「いや、もう乗り越えて受け入れていると思うよ。逆に、納得した自分が冷たい人間じゃないかって考えちゃうときがあるから、まだ受け入れてないことにしたい気持ちもあって。で、そんな状況の中でも自分を客観視できるようになって、自分のすべきこととか、リーザス村の将来のこととか、新しい問題に直面して、戸惑ってるんだ」
「サーベルトの死ばかりを見てちゃ駄目だって自覚でげすね?」
「うん。出会った頃、マダムのことを『悲しんでばかりでなにもしない』って言ってたけど、ゼシカだって同じだったんだよ」
「悲しみの中で荒れ狂うって状態でがすね。それがようやく終わった」
うん。そうだ。出会った頃は、ドルマゲスドルマゲスって目ェ釣り上げて怒ってたからな。
「真面目だからな、ゼシカは」
「うん。それに……優しいからさ、自分じゃどうにもできないことにも心を痛めてる」
真面目、だな。俺もそう思う。うちのパーティーがやさぐれパーティーにならないでいられるのは嬢ちゃんのおかげだからな。
俺たちはしんみりとそんな話をし、ククールも兄貴もお出かけすることなく、この夜は賢者モードで床についた。
翌朝、のんびりとトラペッタまで歩いた。
トラペッタ。相変わらずのガッチリした木の門。
懐かしいな。ここで占い嬢ちゃんに呼び止められて……。
「……なあ、いいだろ? 占ってもらおうぜ?」
「ええっ? いいけど、何を占ってもらうんだよ」
「んなの決まってんじゃん。恋愛運だよ、レ・ン・ア・イ! なあ、ゼシカも占ってもらいたいだろ? 婚期はどこへ行っちまったのか……」
「なによっ! 失礼ね! とびきりのいい男があたしを待ってるに決まってるでしょ!」
なんだ、占いか。そういえば、あの嬢ちゃんの占いは当たるんだろうか。まあ、俺はそういうのに興味はねえが。
「じゃあ、ライラスさんのオーブを見つけてからだよ。……しょうがないなあ、ククールは。あと、絶対ユリマちゃんを口説いちゃダメだよ? ルイネロさんはいい人なんだから。悲しませたくない」
「んだよ、どういう意味だ?」
ククールめ、若い女と聞けばすぐこれだ。
「ククールみたいにケーハクな虫がついたら困るからに決まってるじゃない」
嬢ちゃんはあはは、と盛大に笑う。
「なんだよ、ゼシカ!」
ひでえなあ、とぶつぶつ言いやがるククール。エイトの兄貴はそれを微笑ましくながめなさった。
俺たちはライラスの家跡で、オーブを見つけた。笛の音に切なく応えるオーブ。
エイトの兄貴が優しく手に取りなさる。
「どう? 何か感じる?」
「そうだなあ。ありがとう、って言ってる気がするよ。それと、なんか……あわただしい感じ……?」
あわただしい? なんです、それ。
「あわただしいのかよ。せっかちな野郎だったんだな、ライラスってのは」
「うん、せっかちっていうより、このオーブにこめられた力が、新しいっていうか……」
新しい?
「エイト、それってなんかわかるわ。ずっとここにあったんじゃなく、物体としてのオーブがおかれて、それから力が入って行ったっていうか……」
「そうそう。まるで、僕たちがオーブを探しているのを知ってて、あわてて賢者が力をこめたみたいな」
けったいだな。だが、二人がそう言うんじゃそうなんだろうな。
「そういや、オディロ院長のオーブも、なんていうか……。……うん、あったかい感じの中にあわただしさもあったような……」
ククールもかよ。
「なんか、ヘンだよな。レティスが先回りして置いてんじゃねえの?」
「まさかレティスじゃないよ。あんな目立つ鳥がここにいたら怖いし」
確かに。
「でも、あわただしいっておかしいわよね。気になるわ。次はどこへ行く? あと4つのオーブが残ってるけど」
「そうだね。あとは訪ねた順番にしよう。ギャリングさん、チェルス、メディさん、法皇様の順だ。ギャリングさんちでは、ヤンがオーブを取ってみて」
「へい、合点承知でがす」
俺もあわただしいを体験できるんだな。仲間外れ気味だったからちょっと嬉しい。
「ギャリングんちの前に、まずはユリマちゃんだぜ!」
ククールは早く早くと兄貴を促す。
「待ってよ、二人とも!」
婚期の占いなんかなんて言ってたが、嬢ちゃんもやっぱり気になるんだな。
……エイトの兄貴は、何を占ってもらいなさるんだろうか。やっぱりトロデーンのことか……。切ないなあ。……はあ。
「どうしたのよ、ヤンガス。ためいきなんてついちゃって。ルイネロさんと仲良しなんでしょ? 怖いの?」
「いや。……占いが……」
「大丈夫よ、ヤンガスとゲルダさんは相性バッチリに決まってるじゃないの!」
「違っ!」
ゲルダのことなんかじゃねえよ。しかし、嬢ちゃんは「やあね、ヤンガスったらあ」なんてケラケラ笑ってやがる。
ちぇっ。
石の階段を上がり、町の奥、ルイネロの家を目指す。
ユリマちゃんは、偶然家の前に立っていた。
「ユリマちゃん、久しぶりだね、元気だった? ルイネロさんいるかな?」
「あっ! エイトさん、それからヤンガスさんと……」
「うん、仲間のゼシカとククールだよ。ごめんね、急に来ちゃって。ククールがユリマちゃんに占ってもらいたいって言うから……」
ユリマちゃんは、大丈夫、どうぞどうぞと扉を開けた。
なんだか変だ。ユリマちゃんの息が上がっている。まるでひとっ走りしたか2、3発ぶん殴ったかどっちかだ。
家の中へ案内されると、ルイネロのおっさんが、例の水晶玉を前に難しい顔をしていた。
「むむっ……むむむむむ」
「ちょっとお父さん!」
まるで直前まで誰かを占っていたような余韻だ。
「お父さんてば!」
「はっ! なんだね……おお、勇者殿か」
勇者? そりゃまあ、そうに違いねえが……。
俺たちは、ルイネロのおっさんを適当にあしらいながら、ユリマちゃんに占いをしてもらった。
二つのオーブを手に入れました。これで三つ手に入りました。次は西の大陸へ行く予定ですが、すぐには行けない予定です。