「ちょっと! さっさとチェックアウトしてっ」
ベルガラックで迎えた朝は、ユッケの怒鳴り声とともに始まった。俺は二日酔いの頭を抱え、仕方がないので起きてやる。昨日の夕方、イカの魔物を退治してやり、そのままたらふく食って飲んで、ベルガラックの宿に泊まったんだ。隣のベッドを見ると、エイトの兄貴がかわいらしく目をこすっていらっしゃる。同じ朝を迎えた俺と兄貴。ああ、特にナニゴトもなかったに決まってはいるが、少し気恥ずかしそうなお顔に見えるのはなぜだろうか。
「えっ? もう朝なの?」
「何寝ぼけたこと言ってるの! もうとっくにチェックアウトの時間なんだから! シーツはがすわよ! 洗濯ができないって宿からクレームきてるの。あんたたちは一応VIP対応だから、あたしが来たってわけよ」
ユッケは乱暴に兄貴のシーツを引っ張る。兄貴っ? 朝のあそこを隠してくだせえ!
しかし兄貴はそんなことお構いなしで、「ふぅーん……」なんておっしゃりながら、シーツをはがされるまま……。
あっ、ああ、あーっ!
直視したい! だが、鼻血がっ!
「ヤン、おはよ。……どうしたの?」
兄貴、「の?」のところで可愛く首をかしげるのは反則でがす!
「あやっ、あれ、いや、……そうだ、ククールの野郎が見当たりませんが、もうメシ行ったんでがすかね」
ふうっ。なんとか取り繕ったぜ。ククールよ、よく部屋にいないでいてくれた。
「あれ? 本当だ。ククールがいないね」
兄貴は大部屋をぐるりと見回しなさる。
「ああ、ククールならさっき噴水のところにいたよ。朝の散歩だって言ってたけど、あれは徹夜じゃないかと思う」
徹夜? 一人で飲んでいたのか?
「あら、噂をすれば」
ユッケの顎が指し示す方を見れば、赤い男がのんびり歩いてくる。
「おお、やっと起きたな」
「ククール、徹夜で飲んでたの? 僕たち、先に寝ちゃったから……」
兄貴、兄貴は悪くねえです。そんな言い方なさらねえでくだせえ。
「いや、ちょっと酔いざまししてただけだ。ちゃんと寝たぜ。ただ、朝も早く目が覚めてさ。この部屋にはあんまりいなかったのは事実だ」
「てめえ、まさか一人で羽伸ばしてたんじゃねえだろうな!」
ククールの野郎、兄貴をおいて女遊びに出掛けていたんじゃなかろうか。
「え? そうなの?」
「んなわけねえだろ!」
おい、ククール、なぜ逆ギレする?
「まあ、なんだっていいから、チェックアウトして。宿泊費おまけしないから、値切っても無駄だよー」
ユッケは必要以上にエイトの兄貴に密着しながら寝台から追い出す。俺の兄貴に気安く触るな!
ブランチとかいう朝メシと昼メシを兼ねた中途半端なメシをくらい、俺たちはやっとベルガラックから出た。移動呪文でリブルアーチへ飛んでもいいが、路銀稼ぎのため、魔物を倒しながら徒歩で行くことに。賢者のオーブはまだ4つしか手に入っていない。あと3つを集めてレティスに届けなければならない。
魔物を適当に蹴散らしながら、5千ゴールドほど稼いでリブルアーチに入った。
「なんか懐かしいでげす。ただ、チェルスの顔を思い出そうとするんですが、そうするとハワードのおっさんの濃い顔がバーンと現れて、ちっとも思い出せやせん」
「あはは、そうだね。ハワードさん、かなり強力な顔立ちだったね」
俺たちはそんな話をしながらハワード邸に向かう。
「……いやあ、さっそくですか!」
「さすが、ハワード先生……」
「うむ、それでこそ、わがリブルアーチを代表する男だ」
なんだ?
ハワード邸の庭先に人が大勢集まっていやがる。ワイワイと騒ぐ声がまるで祭りのようだ。
「何があったのかしら?」
みんなでそっと様子を伺っていると、ハワードのおっさんがこちらを向く。
「おお、魔法少女ではないか! しばらくぶりだ。こっちへ来なさい!」
「えっ? あたし?」
少女といやあ、嬢ちゃんしかいねえだろう。
みんなの目がこちらへ向いている。どの顔を見ても、歓迎ムードだ。気のせいか、みんな寝不足気味のツラをしてやがる。
「ゼシカ嬢、ご指名ですよ」
「やだ、ククール、ふざけないでよ……」
嬢ちゃんを先頭に、俺たちはハワード邸に入った。
俺たちは濃~い顔のおっさんと一緒に濃~い茶を飲まされている。変な味だ。ククールの野郎は、なんか薬でも混じってんじゃねえのかと言って、飲むふりをしていやがった。何だか知らねえが、ククールが不機嫌なもんで、エイトの兄貴とゼシカの嬢ちゃんが、ベラベラ喋りまくるハワードのおっさんの相手をしている。
「……で、レオパルドを失って傷心のハワードさんだったけど、いろいろ考えた結果、ハワード魔法学校を設立し、リブルアーチのために尽力する、ということになったんですね」
さすが嬢ちゃん、話がすぐにまとまる。
「で、特別講師にゼシカを招きたいと」
ククールがニヤニヤして嬢ちゃんを見る。なんだ、ククールも話を聞いていやがったんだな。俺だけか、人の話がよくわかっていないのは。まあ、いつものことだな。
「ゼシカすごいよ、よその土地で講師なんて」
「でもあたしにそんな……」
兄貴がほめる横で、嬢ちゃんは自信なさげに眉を下げた。
「いやいや、魔法少女、時間がある時でよいのじゃ。気が向いたときで。旅のお仲間と一緒に立ち寄って欲しい。お前さんの魔力はまだまだ伸びる」
ハワードのおっさんは、若干寝不足の顔で広角泡を飛ばしながらまくしたてる。
「でもそんな無責任なこと……」
「……ならば、そうだ、お前さんがたがここへきた頃……いや、チェルスの命日頃は毎年来てくれないか。最低、一年に一度だ。そのほかは、適当でよい。気が向いたときで。わしと一緒に子どもたちに呪術を教えてほしい」
結局、ハワードのおっさんの押しに負け、嬢ちゃんは年に一度の講師を引き受けた。
まあ、悪い話じゃねえ。
俺たちはハワードのおっさんと一緒に黒犬レオパルドのオリの前、チェルス最期の現場へ向かう。
「ゼシカはどこへ行っても、必要とされているよね」
兄貴のおっしゃる通りだ。
なんだかんだ言っても、戻るべき場所、行くべき場所があるってのは、俺たちの行動を強制しているようで、受け入れてもらえるという安心感を与えてくれるものだ。
「実際、オレは帰るところねえもんな」
レオパルドのオリの前でククールが空を見上げる。
「お前はお祈りしてりゃ、帰るところなくたって、行くところはあるだろうが。どこへ行ったって、坊さんや騎士さんは重宝する」
「そんなもんかねえ」
そんなもんさ。
ククールが祈りの言葉を捧げる。嬢ちゃんがチェルスのオーブを見つけた。
「……魔法少女、もう行くのか?」
すぐに出発すると言った俺たちに、一緒に祈りをささげていたおっさんは、嬢ちゃんを振り返る。
「はい。ハワードさん、ごめんなさい。また、必ず来ますから。今より魔法の腕を磨いてきます」
ハワードのおっさんは心底残念そうだった。まあ、あの濃い顔だから、あまり表情には現れていないが。
「ならば、よい修行場を教えてやろう……」
俺たちは、おっさんからスライムだけが住むという山を教えてもらった。まったく、余計なことを……。
「兄貴、オーブを探さなくていいんでがすか……?」
ラプソーンが現れてからというもの、世界の魔物がランクアップしやがった。だから、俺たちもランクアップしなければならないというのはわかります。
「そうなんだけどさ……。でも、ヤン、さっきもククールが瀕死になりかけたじゃない? 僕も危なかったし」
ククールは嬢ちゃんを、兄貴は俺の体力に気をつかいなさるから、いつもこの二人が危ない目に会ってしまうのは確かだ。
「ヤン、ごめんね、僕、もっと強くなりたいんだよ!」
あうっ、わかりました、わかりましたから、強く肩を掴まねえでくだせえ……。
てなわけで、鼻血が出そうになりながら、今しがたおっさんに教えてもらった山に向かう。ライドンの塔付近にあるという風鳴りの丘だ。
通称、スライム山と呼ばれる一帯には、ありとあらゆるスライムが住んでいた。
嬢ちゃんなどは「ちょっと気味が悪いわ」なんて言う。
確かに、スライムばかりがうようよしているのは妙な光景だが、ここにはメタルキングという大物がいて、狩人にはたまらねえ獲物だ。ハワードのおっさんに「余計なこと」なんてちょっとでも思ったさっきの俺に正拳突きをお見舞いしたいくらいだ。
俺たちは、寝食を惜しみ、結局何日も狩りまくることになった。
ついつい寄り道してしまうエイトさんでした。次はオークニスに行けるはずです。