3人パーティー
「やりましたね、兄貴!」
俺とエイトの兄貴は、港町ポルトリンクと南の大陸を結ぶ定期船の航路を邪魔するオセアーノンというイカの化け物を退治した。
「へえ、案外強いのね。見直したわ。盗賊と間違えてすみませんしたー」
強気で俺たちをけしかけてきたゼシカの嬢ちゃんは、詫びを入れてきた。
まあ、無事に怪物を倒せたし、嬢ちゃんのおかげもあって、南の大陸に渡ることができるってわけだ。詫びは受けるぜ。エイトの兄貴も額の汗をぬぐいながら、にっこりと笑顔を浮かべなさる。天使の微笑みでがす……。
海神ポセイドンの遣わした天使は、迷えるイカオヤジにまっとうな道をお示しになった。イカのくせに幸せなヤツめ、コノヤロー! おっと、ついハイテンションになっちまった。
船はいったんポルトリンクに戻る。そして改めて南の大陸に出発することになった。俺たちは必要な道具を揃え、再び定期船に乗り込む。すると、何を企んでいるのか知らねえが、あのゼシカの嬢ちゃんが仲間に入れてくれと言ってきた。女が仲間だなんて縁起でもねえ。しかもこんなお嬢ちゃんが。
もちろん、エイトの兄貴も反対なさり、やんわりと断りなさった。ところがこのアマ、なかなか気の強いお嬢で、半ば無理やり仲間宣言しやがったんだ。俺はやはり、この嬢ちゃんに嫉妬している。エイトの兄貴を見る目が普通じゃねえ。まあ、当の兄貴ときたら、俺の心配をよそに、嬢ちゃんの色目も気にせず、嬉しそうに船内探索に精をお出しだが。
……精をお出しと言えば、あっちの方は出さねえで大丈夫なのか心配でがす……。エイトの兄貴はまだ17歳、フォークが転んでも出したいお年頃。おっと、またハイテンションな妄想を。そういや嬢ちゃんに話した、兄貴と俺のなれ初め感動話もテンション高めだったな。きっとオセアーノン戦のテンション溜めがまだ残ってやがるんだ。
俺は頭を冷やそうと甲板に出た。潮風が徐々にテンションを下げてくれるはずだ。
と、さっそく嬢ちゃんが声をかけてきた。
「あの、ヤンガス? あなたはお城の呪いって信じてる? てゆーか、そのお城見たことあるの?」
「エイトの兄貴がおっしゃることに間違いはねえ」
藪から棒に何を言う? ギャル語で喋るな、軽薄め。
「ふうん。でさ、ヤンガスはなんで武器持たないの?」
「今んとこは必要ねえ。兄貴がそうおっしゃったんだ」
気に入らねえな。ゴールドがなくて買えねえんだろ、とでも言いたげだ。
「ふうん。ね、エイトって兵士なんでしょ? なんで剣スキル上げないの?」
「それは、……なんだって?」
「えっ?」
上がりっぱなしだったテンションが一気に下がった。-50。
「ちょっとー、黙っちゃってどうしたのよ。あたし何かヘンなこと言った?」
いや、言ってねえ。そうだ、どうして剣スキルを上げなさらないんだろう? わざわざブーメランなんか買われて……。銅のつるぎも持ってなさるだけで使ったことは一度もねえし。
「ねえってば、エイトってホントは剣使えないんじゃないの? だって兵士なのに使ってないっておかしくない?」
おかしくない? の「ない」の微妙に上がったトーンに、普段の俺ならブチ切れるところだが、今の俺は切れるどころかへなへなにしおれきって返事もできなかった。
「あたし、聞いてくる」
「まっ、待て、いや、待ってくれ」
俺はいったい何を恐れたんだろう。兄貴は本当は剣がからきし駄目だってわかることか? 俺に背を向けた嬢ちゃんをとっさに呼び止めた。
「どうしてよ?」
ゼシカの嬢ちゃんはキュッとくびれた腰に手を置く。
「スキルについては、何かお考えがあるにちげえねえ。その、剣については……」
「何よ、はっきりしないわね。わかったわよ、エイトを傷つけないようにうまく聞き出せばいいんでしょ?」
いや、違う。剣のことは話題にしねえでくれと言いたいんだ……。しかし嬢ちゃんは返事も待たずに船室に降りて行っちまった。ああ、これで俺たちきょうだいの契りも……。
俺がすっかり頭をかかえこんだところで、嬢ちゃんと入れ代るように別の階段からエイトの兄貴が現れなさった。ふう、助かったぜ。
「ヤン、どうしたの? あっ、そうか、オセアーノン戦で疲れたよね」
エイトの兄貴はいつだってこうして優しい言葉をかけてくださる。兄貴だってお疲れのはずなのに。
「ごめんね、ヤンばかりにためさせて。僕、あんまりたまらないんだよね。でもさ、たまってるときのヤンてスゴイよね、あの解放! 僕、思わず見とれちゃったよ、さすが
「
「やだなあ、ヤンはいつも言ってるじゃない」
俺はいつもイッてる? 俺はたまってる? 兄貴はあんまりたまらない?
俺のペラな脳ミソは、兄貴の言葉を忙しく解析していた。そして脳でその役目を終えた血液はいつものように身体のちゅうしん……に? いかなかった。
なぜなら、いつになくエイトの兄貴がはかなげな忘れな草みてえに揺れ動きはじめなさったから。
「あ、兄貴、どうしたんでげす? なんだか様子が……」
「ごめん、ヤン、どうかしてるんだ、僕。さっきからなんか変なんだよ」
兄貴は急に真顔になっておっしゃった。顔色も精彩がねえ。いつもの憂いを秘めた黒い瞳には混乱が渦巻いているようだった。こいつはただ事じゃねえ!
その瞬間、兄貴はフッと目を閉じ、樽に向かって倒れこみなさった。
「兄貴、しっかりしてくだせえ!」
俺はあわてて兄貴を助け起こす。兄貴は「ヤン、ごめん、頭が……」とおっしゃり、意識が遠のいていくような表情になった。俺は苦しそうに薄く開いた兄貴の瞳をのぞきこんだ。
なんてこった!
エイトの兄貴は俺の腕の中で再び目を閉じなさった。兄貴の額から、汗が頬へ次々伝い、目尻からつーっと涙が一すじこぼれる。青ざめた唇は柔らかく濡れ、苦しげな浅い呼吸が聞こえてくる。
ああっ、ちょうだしたい……このくちびる……っと、そんな場合じゃねえな。
「ちょっとー、ここにいたの? 探しちゃったじゃない。やだ、どうしたのよ、エイト?」
「うおっ?」
んだよ、せっかくの兄貴視姦プレイを……いやいや、そんな場合じゃねえんだ。ゼシカの嬢ちゃんは、兄貴の顔を覗き込み、うるさく付きまとう。……本意じゃねえがしかたねえ、頼らせてもらうぜ。
「冷たい水と布巾をくれ、いや、布巾はいらねえ、早く真水をくれ!」
嬢ちゃんは俺みてえな荒くれに大声で命令されて、少しムッとしたようだが、わかったわよ! と言い、さっと踵を返して船室に向かった。
「あれ? 僕?」
「大丈夫でがすよ。もうじき南の大陸でげす」
あれから一時間ほどたったろうか、船の速度は落ち、船体にあたる波も、ちゃぷんちゃぷんとおもちゃみてえな音に変わってきた。かもめのきぃきぃ鳴く声がのどかに聞こえる。兄貴はふうっと息をつきなさり、再び目を閉じなさった。
さっき、俺が怒鳴った後、嬢ちゃんは驚くほどの早さで真水を汲んできた。ついでに清潔な布巾と洗面器も持ってきた。そしてあとはよろしく、と言って消えたんだ。だから俺はたっぷり一時間、船室でエイトの兄貴を看病していたってわけだ。このかわいらしいお顔を眺めて過ごした。ああ、幸せだ。
兄貴が倒れこんだとき、俺は見た。三半規管の弱い兄貴。憂いを秘めた黒い瞳がくるくると渦潮になっていたのを。ゼシカの嬢ちゃんは、そんな姿を女にみられちゃ兄貴が気の毒と気を利かせたんだな。俺は少し嬢ちゃんを見直したぜ。
エイトさん船酔いの話でした。次はマイエラ修道院へ向かいます。