「寒っ……」
エイトが身をすくめる。
オークニス。
雪と氷の国。
前にも思ったけれど、エイトってすごく寒がりよね。視点が定まらずに、ぼんやりすることが多い。
はじめてオークニスを訪れたときのこと、よく覚えてるわ。エイトったらうとうと寝ながら歩いて、雪崩にさえ気づかなかったのよね。冬眠する動物みたい。
今日はルーラで訪れている。ここへ来る時ほど、瞬間移動のありがたさを感じることはないわ。
オークニスの診療所に、グラッドさんはいなかった。
私たちはおうちの方に向かう。今度は距離が短いってことで徒歩。あたしとしてはまたルーラをお願いしたいところだけど、連続の移動呪文は、エイトが酔っちゃうから、なるべく使わないように、ってククールとヤンガスが!
まったく、ホントみんなエイトが好きなんだから。まあ、仕方ないわね。あたしもエイトが好きだし。大事にしてあげたいのよね、なぜか。なんだろう、母性本能をくすぐるって、こういうことなのかしら。……ってことは、ククールとヤンガスも? いえ、ヤンガスはちょっとそういうところありそうだけど、ククールなんてエイトにきっとあんなことやこんなことを……。いやっ! あたしったら何妄想しちゃってるのかしら! でも、エイトが痛いことされていないか心配で……やだ、「痛い」だなんて……。でも、痛いのかしら……ああっダメよ、そんなこと想像しちゃ! いつか「痛い」のか聞いちゃうじゃない! いえ、ここはもうオトナにならなきゃ。なんでもかんでも知りたいからって聞いちゃダメじゃない!
あたしがそんないかがわしい妄想をしていると、オオカミが襲ってきた。あたしはさっきの妄想と一緒に焼き尽くそうとベギラゴンを見舞う。
「わっ! ゼシカ、そんな激しくしなくても!」
激しくですって??? エイトのその言葉も一緒に燃やすわよ!
はあはあ。
「ちょっ……、ゼシカ、今のはヤりすぎじゃ……」
ヤりすぎですって??? もう、いい加減にしてよ、エイト!
はあはあ。
「な、ゼシカ、落ち着け、あれはそんなに強くない魔物だ。そんなすごいベギラゴンはいらねえよ、周りの雪が溶けて……」
連続で起こしたベギラゴンのせいで、近くの丘が表層雪崩を起こしてしまった。
「いやーっ、ごめんなさい!」
あたしたちは一目散に逃げる。
はあはあ。
雪の中を転げるように走ったあたしたち。ようやくあたしの妄想タイムも終わったみたい。グラッドさんの家はもうすぐ。でもまだ魔物がいて、またオオカミに襲われる。今度は優しくメラミをお見舞いした。
「なあ、オークニスはいいよ、早くサヴェッラ行かねえか?」
ククールが剣についた血を雪で拭いながらそんなことを言った。
「そうね、あたしも寒いのは得意じゃないし」
「同じく。……で、兄貴はどうでがすか?」
「……」
???
「エイト?」
「……」
「兄貴っ!」
「えっ? あっ、ごめん。うん、そうだね?」
やだ、エイト。またぼんやりして。
「ったく、起きてますかー? リーダーさん?」
ククールがふざけて頭をコツンとすると、「起きてるよっ!」と赤くなるエイト。可愛い……。じゃなくて!
「ねえエイト、聞いてたの? オークニスは寒いから、早くオーブ探してサヴェッラ行きましょうって話」
エイトは案の定聞いていなかったようで、肩をすくめた。
「しょうがねえな。寒いのダメダメなヘタレリーダー様」
「おい、ククール、エイトの兄貴になんてことを! いいか、兄貴はヘタレなんかじゃねえ、寒さが少しお嫌いなだけだ」
ヤンガスがククールに蹴りを入れながら言う。
「いてえな、ちくしょう。蹴るこたねえべ?」
「うるせえ。兄貴を侮辱する言葉は本来、万死に値する。蹴りで済んだだけでありがたく思え!」
「んだよ、物騒だな。そんなおっかねえ生き物じゃねえだろ? エイトさんはよ?」
「何をっ!」
ククールとヤンガスのアホらしい言い合いのおかげで、あまり寒さを感じることなく、メディさんの家……今はグラッドさんの家に到着できた。
「……そうですか、母を殺したあの黒犬を倒したのですね」
在宅していたグラッドさんは、快くあたしたちを迎えてくれた。
オークニス名物のヌーク草のお茶を煎れてもらう。
「うぷっ……」
「グホッ」
「……んんっ」
ククール、ヤンガス、あたしの順に、ちょっと失礼な感想。
……だって、……いくら温まるとはいえ……、はっきり言って不味いんですもの。
王さまだって、顔を歪めている。
その中でエイトだけが、おかわりなんかお願いしちゃって。
「んー、あったまる! ホント、すごいですね、ヌーク草って。グラッドさんの煎れかたが上手だからかな?」
「そうですか。ありがとうございます。喜んで頂けて、私も嬉しいですよ」
グラッドさんたら、エイトに誉められて赤くなってるじゃない。
「なあゼシカ、グラッドのやつ見てみろ? 赤くなってるぜ?」
はいはい、チェック済みですよ。もう、ククールったら。
「エイトが好きなんじゃない?」
「おいおい、はっきり言うなよ?」
ちょっと意地悪言ったら、ククールが慌てちゃって。バカみたい。この世にあなたたちを別つものなんて、そう簡単にあるものですか。
エイトの青ざめていた頬が、徐々にバラ色になっていく。その様子を、ヤンガスとグラッドさんがうっとり見つめていて。
「気味の悪い光景だな」
「ええ。ちょっとね」
にやけた二人のおっさんを尻目に、あたしとククールはヌーク草茶を急いで飲んだ。冷めてくると、更に渋味が増してすごい味になっちゃうから。
「ねえ、グラッドさん、なんか前と違わない?」
「なんかって?」
「上手く言えないんだけど、雰囲気が」
「そうか? 今はにやけたおっさんになってるからだろ?」
そうじゃないと思うんだけど……。
「ねえ、グラッドさん」
「は、はい。何でしょう」
あたしが声をかけると、エイトから視線を変えるグラッドさんたら、ちょっとあわてて。
あー、なんかうちのパーティーのメンバーみたいだわ。
みんなエイトが好きなんだから。
「グラッドさん、ひょっとして最近何か変わったことなかった?」
「変わったことですか?」
グラッドさんは、少し居心地悪そうに下を向いた。
「なんでいなんでい、嫁さんでも見つかったか?」
「え? そうなの? じゃあみんなでお祝いしなきゃだね」
ヤンガスとエイトの言葉に、グラッドさんはいやいやと手を振った。
「……実は、結界をつくれるようになったんですよ」
結界を?
「……母の薬草園の奥に、遺跡のような壁画があるのをご存知ですよね」
ええ。もちろんよ。メディさんは、あそこにあたしたちをかくまってくれた。あのとき張られた結界の強さは、今までに経験したことがないくらい。闇の遺跡でドルマゲスが張っていたものよりもずっと強かった。
「……母の力が、私にも宿っていたようなのです」
まだ、上手く使えませんが、とグラッドさんは頭をかいた。
「そんなことが……」
「はい。おそらく、母が死んだ時、賢者の血が絶えぬようにしてあったのではないでしょうか」
魔法戦士シャマルの力は、あたしと兄さんに分割されていた。魔法の力は私に、戦士としての力は兄さんに。
「賢者の力が絶えぬよう……か。さて、どのようにしてメディ殿からお前さんへ引き継がれたかわからんが、賢者の力は絶やしてはならぬものなのかも知れぬ。いま考えれば、わが国宝であった、あの暗黒の杖は、古き時代に賢者の力によって封印されしもの。賢者の力は、時を経て何代も世代交代するうちに、弱まっていったということじゃな」
賢者の力が弱まる……。
「そうかもしれねえな。ゼシカが気づかなかったことや、メディばあさん以外は次世代に引き継いでいなかったことを考えれば」
そうね。ククールの言う通りかも知れないわ。
私の力は、次の世代へと引き継ぐことができるのかしら。
「……でもさ、グラッドさんのパターンを考えれば、賢者の力……魂は消えることなくどこかに存在してるんじゃない? 力の強弱はあっても、無じゃないんだよ。必要な時には必ず何かの形でこの世に現れるはず」
「さすが兄貴! そうでがすよ。神鳥レティスのことだってある。悪ははびこらねえでがす!」
ヤンガスったら、感動しちゃって涙流してるわ。
「山賊に善悪の話されてもなあ……」
「やだククール、聞こえるわよ」
ククールのそんなイヤミも、エイトの言葉でなんとなく和んだ場には効き目はなかったけど。
そうよね、賢者の力が、たとえ引き継いだ者の意思であっても、そう簡単にどうこうできるものじゃない。きっともっと重いもの。
メディさんの亡くなった場所でオーブを見つけた。
あたしはそっとそれを手にとる。
優しい、温かな感覚が全身に流れた。
「ゼシカ、君も賢者の力を意識する日が来るかもしれないけど、僕たちもいつだって力になれるんだよ。不安に思うことはないよ」
「エイト……」
ククールが祈りの言葉を捧げる横で、エイトが優しくあたしをいたわってくれる。黒い瞳が笑っていた。あたしはその黒い瞳に、あれこれ妄想していたことを懺悔した。
六つ目のオーブが手に入りました。最後の一つはもう少し先になります。