ククールの頭痛が治るまで、三角谷にいることになったあたしたち。なんとなくみんな元気がなくて、それぞれに過ごしていた。散歩でも行こうかとバーをのぞいてみると、なぜかヤンガスがマスターの掃除を手伝っていた。王さまはソファに座ってなにやら書き物をしている。錬金レシピか何かかしらね。エイトの姿はない。
「ねえ、ヤンガス、エイトは?」
「ああ、兄貴なら散歩に出られたぜ」
エイト、一人で散歩に出たのね。あたしも村の外へ向かう。
……複雑よね。
サヴェッラ目前にしてのククールのあの状態。
夕べククールは、ラジュさんのギガンテスに寄りかかって眠った。もううなされたりしなかった。
今もあの壁画のところでギガンテスと一緒にいる。
嫌でも思い出す。
ゴルドでのこと。
大穴に落ちかけたマルチェロを、ククールが助けたのよね。
何を話していたか知らない。
ただ、分かち合わないままの別れが、そこにあったんだろうと思う。
全てを悟ったような、マルチェロのうつむいた顔を覚えている。負傷したままゴルドを去り、今もその行方はわかっていない。生きているのかさえ……。
あの時のククールは穏やかだった。ただ静かに見送った。引き止めることも、あとを追うこともしなかった。マルチェロから投げ渡された騎士団の指輪は今もまだ、ククールの手元にある。あれはマルチェロの形見。二人だけが知る過去をあの指輪が象徴している。マルチェロは、ああして過去をククールに預けたんじゃないかしら。恨むも、懐かしむも、ククールの勝手にすればいい、という意味で。
この後の自分に関わるなとか、探すな、ということだわ。
マルチェロは、ククールの思い出の中だけに生き続ける、そういうつもりね。
でも、そんなわけにいかない。
だって、マルチェロがしてきたことは、決して忘れられないわ。あたしたちを含め、多くの人々にとっても。
それを放り出して、うやむやにしようなんて虫がよすぎる。
第一、マイエラ修道院はどうするのよ。乱れたあの騎士団は。
一緒に戦えばいいじゃない!
そしてゴルドに落ちた人たちを助けに行けばいいじゃない!
どこで何してるのよ!
……ねえエイト、ククールが愛しているのはあなたなのよ。
お願いだから、悲しそうな顔をしないでちょうだい。
きょうだい何があったか知らないけど、あのきょうだいは特別おかしな関係かもしれないけど。今、一緒にいるのはあなたじゃない?
ククールがマルチェロを選ぶなら、とっくにパーティー抜けてるわ。
ねえそれともククール?
あんたまさか、ここへ来てエイトを裏切る気?
気を失うほど、マルチェロのことを考えていたの?
それとも、マルチェロへの感情を押し殺しすぎたせいで、こんなことになっちゃってるの?
うわ言で「バカ」とか言ってたのって、マルチェロのことなの?
……風が吹き抜ける。どこまでも優しい風が。
ホント、ここにいると麻痺しちゃうわ。レティシアでもそうだったけど、幸せすぎて……。
さっき、あたしは村を一回りしてきた。
ラジュさんは、ギガンテスの肩にいない。
ククールがギガンテスに寄りかかっている。そして遠くを見つめている。時おり飲み物を運んでくれるラジュさんに、サンキュと言うだけ。
「ゼシカ?」
呼ばれて振り返ると、谷の入り口にエイトが立っていた。
「一人で散歩、飽きちゃったよ」
えへっと笑うエイト。
黒い瞳がいつもより潤んで見える。
エイトの辛さ、あたしにはとても背負いきれないけれど……。
「じゃ、あたしも行くわ」
そう言って、二人で村の外へ出た。
「三角谷っていいよね。のんびりしてて平和でさ。みんな仲いいし」
「そうね」
木々の生い茂る森を、ゆっくり歩く。木漏れ日がキラキラと視界を照らして。小さなモンスターたちが楽しそうにはしゃいでいる。
サク、サク、とゆっくり踏みしめる足元は柔らかく、癒しを与えてくれる。
「でも、穏やかな日常だけじゃ、進歩はないね。どうしたって、思いがけないことや理不尽なことは起きる。そうしたら、どうにかしようともがくじゃない?」
「そうね。人間だもの」
「それに、人の感情は変化する」
「エイト?」
あたしはびっくりしてエイトを見た。
どういうこと?
「そんな顔しないで、ゼシカ。大丈夫だよ、一般論を言っただけだ。僕らは暗黒神を倒す。それだけだ。人の根底にある、平和を求める気持ちに変化はないよ」
エイト……。
「僕は欲張りなんだ」
?
「前、不思議な泉の賢者さまに言われたんだ。全てうまくいくことを望んでるって」
「それは……みんなそうよ。あたしだって」
「うん。でもさ、うまくいかないことだってあるよね。結局、オディロ院長や、チェルスやメディさん、法皇さまを助けられなかった」
「だって、あたしたちは神様じゃないもの。そんな力ないわ。それに、神様だって、あの7賢者をお助けにはならなかった」
「なんでだろうね。運命って決まってるのかな……。僕らは永遠には生きられない。いずれ死ぬ。いつ、どんなふうに死ぬのか、運命で決まっていたら、それより早く死のうと思わないでしょ?」
「まあ、そうかも知れないけど……でも、死ぬ日を知ったら、あたしなら怖くて怖くて、病気になっちゃって、予定より早く死んじゃいそう」
「死ぬ直前まで、僕は僕らしく生きたい。みんなを幸せにしたい。みんなが後悔しないような一生を送れるように……ね」
「エイト、あたしだって、エイトに幸せになってもらいたい。同じよ」
「ありがとう。……みんながゼシカみたいな気持ちになれば、きっともっと優しい世界になるんだろうね」
お互いがお互いを思いやって生きたら、この三角谷のようになるだろう。
でも、同じ人を愛してしまったら、どう決着つけるの?
二人に愛されて、どちらかを選ばなければならないとしたら?
ねえ、どうするの?
自分の感情より、世界平和なの?
「……今はさ、ラプソーンだよね。優先順位ってあるじゃない? 決着をつけなきゃいけないことは、今は考えないようにしてる。一つ一つ、順番にやってくよ」
「そうね。あたしもそんな器用じゃないもの。一度にいろんなことできないわ」
エイト。優しくて、強くて……。あたしとは違う次元に生きてるひと。
自分のことはいつだって後回し。
やるべきことを知っている。いえ、エイトにしかできないってことを知ってる。
「ゼシカは優しいから、僕のこともいろいろ心配してくれるんだよね。でも大丈夫。ゼシカほどじゃないけど、みんな、それなりに強くなった。抱えて耐えるだけの度量がついたんだと思う。確かに、ククールは心配な状況だけど、信じて待とう。今まで耐えてきたんだ。もう少しくらい大丈夫だよ。ククール……多分、マルチェロさんの意識と交差して、混乱してるんだと思う」
「交差?」
「うん、いつだったか、ゴルドの大穴のそばで祈ったとき、違和感を感じたみたいだった。何か、ククールに訴えかけるような」
「ククールがそう言ったの?」
エイトは、ううんと首を振る。
「なんかさ、たまに、何かに怯える……ちがうな、何かに呼ばれてるんだよね、ククール。ゆうべうなされてたでしょ。あれ、初めてじゃないんだよ。ゴルドに行ったあの時からなんだ」
……。
「『わかった、わかったから、待ってくれ』とかよく言うんだよね。ゴルドに落ちた騎士団の人が、マルチェロさんをどうにかしてくれって、ククールに頼んでるような……さ。……とにかく、何かを抱えたよ。ククールは。だからと言って……何も変わりないさ……」
エイトは、木から降りられなくなったスライムをそっと下ろしてやる。
何も変わりないさ……。
エイトはもう一度、今度は自分に言い聞かせるように、小さく呟いた。
ブラコンのせいで具合が悪いククール。このパーティーはブラコンを大切にしておりますので、ブラコンが発生すると自動的に「休業」となります。次はサヴェッラです。