「かーっ! 久しぶりの酒だぜ!」
「たった1日じゃないの! まったくもう! 具合悪いだろうって心配して損したわ」
ククールの野郎は、原因不明の頭痛に冒され、一晩のたうちまわり、今日はまる一日ギガンテスによっかかっていた。まるで腑抜けのようになっていやがった。
それが日が暮れるころになり、急に元気に酒を飲み始めたもんだから、嬢ちゃんが怒る怒る。
バーのマスターも苦笑いだ。
「まあまあ嬢ちゃん、元気になったんだからいいじゃねえか」
「そうだけど……」
嬢ちゃん、一番心配してたからな。
そんな気配を感じたか、ククールが珍しくちゃんと謝っている。
「悪かったな、みんな。今日は快気祝いだ。飲もうぜ」
「快気祝いったって、たった1日じゃないの! おめでたいわねっ!」
めでてえくらいがちょうどいい。エイトの兄貴だって終始にこやかだ。
嬢ちゃんだけがぷりぷりと怒りのメラを飛ばしている。
「だからさ、悪かったって言ってるべ? んな、怒るなよ。メラやめてくれ……それに、ちょっとみんなに話もあるし」
「じゃあみんな落ち着いて。ゼシカもいいね。食事にしようか」
さすが兄貴!
兄貴の一声で嬢ちゃんの怒りも静まり、みんな揃って席につくことができた。
「で、話ってなんだ? もったいつけんなよ?」
メシがほとんど終わりかけた頃、俺はしびれを切らして言った。
ククールのヤツは、ミネラルウォーターをくっとあおり、姿勢を正した。いちいちカッコつけやがる男だ。
「オーブは、法皇さまの棺の近くにある」
「えっ? それホント?」
「ああ。女神さまが夢枕に立っておっしゃった。さっさとオーブ見つけてレティスのところへ行けって」
なんだそりゃ。おとぎ話じゃねえのか。
「……ホントなの? 胡散臭い」
「ホントだって! 出来るだけいい武器持って、討伐に行けってさ!」
「えー? なんでそんな具体的? 余計あやしくない?」
「あやしいったって、仕方ねえよ。見ちまったんだから」
まあ、見ちまったもんは仕方ねえな。だが……。
「まあ、ククールがそう言うなら、いや、ククールがそう言わなくても、オーブ取りに法皇さまのお部屋に行くつもりだったし、そのあとレティスのとこ行く予定だけどね?」
兄貴はあっさりとそうおっしゃった。
あまりのあっさり加減に、ククールも憎まれ口を挟めなかった様子だ。嬢ちゃんはそれを察知し、ニヤリとする。
「じゃあさっさと行きましょうよ。まだそんな遅くないし。ククールもう大丈夫なんでしょ?」
今? 嬢ちゃん、そりゃせっかちすぎねえか? それに……。
「待てよゼシカ。オレ、もう飲んじまったし……」
「あっしも、かなり入っちまった……」
「当然ワシもじゃ」
「ごめん、僕も……ちょっとしか飲んでないけど……だけど、多分行けない」
「あーっもう! なんでこのパーティーって酒飲みばっかり! ……いいわ、あたしもっ」
「おおーっ!」
嬢ちゃんは、兄貴の飲みかけのカクテルピュアギガンテスを一気にあおった。
「はーっ! 美味しい!」
なんつういい飲みっぷりなんだ、嬢ちゃん。エイトの兄貴も目をかわいらしく丸くされてあっけにとられてらっしゃる。
まあ、そんなこんなで明日は朝から法皇さまのオーブを取りに行き、その足でレティシアへ行くことに決まった。
「そうと決まれば飲むしかないのう」
おっさんは上機嫌でボトルを注文した。
翌朝、若干二日酔いの頭を抱え、サヴェッラに飛ぶ。
ククールの状態が気になったが、サヴェッラで頭痛は来なかったようだ。
兄貴もほっとなさっていらっしゃる。
俺たちは透明な昇降盤に乗り、法皇さまの館へ向かう。館前の庭は、俺の二日酔いをたしなめるような、すっきりしたバラの香りが漂う。この館の中で黒犬レオパルドと戦ったことを思い出す。そのあと、煉獄島の監獄に閉じ込められたことも。いよいよ、最後の時が近づいているんだな……。
「ヤン? 大丈夫? 気持ち悪いの?」
「えっ、あっ、いや、大丈夫でがすよ。……なんか、いろいろ思い出しちまって……」
「うん。いろいろあったよね。頑張ろうね」
エイトの兄貴は優しく俺の肩に手を置いてくださる。ああ、なんて優しさだ。この温かい優しさに、今までどれほど救われてきたか……。
「ちょっと、どうしたのよ、泣いてるの?」
「おい、マジか。そんなに緊張することもねえべ」
うるせえ。緊張なんてするかよ。
ちょっと感慨にふけっただけだっつーの。
「オーブはあと一つ。最後はリーダーさまに見つけてもらおうぜ」
「そうね、それがいいわ。ね、エイト、いいわよね」
「うん……みんながいいならそうするよ。ごめんね、僕なんかがずっとリーダーなんてさ。不安だったでしょ、いろいろ。……でも、僕頑張るから。これからも、ずっと」
「なにおっしゃってるんでがすか! 兄貴、エイトの兄貴こそがリーダー、いや、勇者なんでがすよ? あっしは最後までおともしやす。なんでも言いつけて下せえ!」
「ちょ、ヤン、声が大きいよ! ほら、みんなびっくりしてる」
「あ、すいやせん。つい……」
いけねえ、いけねえ、つい興奮しちまった。館を訪れた人たちが、ちょいと引き気味だ。警護の騎士団のやつらにも軽く睨まれる。
兄貴は苦笑いなさり、来館者たちに「ごめんなさい」と可愛くおっしゃる。……面目ない……。
俺たちは静かに階段を上った。法皇さまの棺はあの部屋にそのままあり、たくさんの花が供えられていた。
ククールの言った通り、オーブは法皇さまの棺の近くにあった。
エイトの兄貴は、そっと膝まづきなさり、恭しくオーブを持ち上げなさった。その動作は、法皇さまのなきがらに、最高の礼を尽くしていっらっしゃるようにも見え、オーブが見えない来館者たちも目頭を押さえていた。
で、俺たちはすぐにレティシアへ移動することに。
神鳥レティスは、意地悪そうな目をして俺たちを待っていた。
レティスめ、会うたびに目つきが悪くなっている気がするんだが、気のせいだろうか。
「ご苦労様です。皆さん……。このオーブの力があれば、ラプソーン戦に役立つものが必ずできます……」
レティスはそう言うと、空へ舞い上がり、ぐるぐるまわったと思うと、バサバサいう羽ばたきとともに降りてきた。なにやらくわえている。
「……これは、神鳥の杖です。これを使えば、ラプソーンの保護膜はかならずや破れるでしょう。賢者の力は、ラプソーンの結界を壊し、封じ込めるためのもの。まず杖を……賢者は7人でしたから、杖を掲げ4人が全員祈ることを7回するのです」
7回?
「7回も? 全員って……」
「7人の賢者を呼び出すんです。4人一緒でなければなりません。他の動作をすることは許されません」
それを7回も。
その間に死ぬなんてことは?
俺はメンツを盗み見る。嬢ちゃんの不安な目と合った。きっと俺もそんな目をしてんだろうな。
だがレティスは飄々として澄ましてこんなことを言う。
「私も参ります。神鳥の魂の力では、飛ぶことはできても、戦うことはできません。あなたがたは、私の背の上から攻撃してください。ともに暗黒神を倒しましょう」
でもなんか、他人事みたいよねと、嬢ちゃんは小さく言う。もっともだ。
しかし、今こそ決戦の時。俺がビビってたんじゃあ兄貴に申し訳ねえ。よし。いざ!
と言おうとした俺だったが、エイトの兄貴のお姿に身が引き締まった。いや、凍りついた。
その雰囲気を嬢ちゃんも察したようで、激しく緊張した表情で凝り固まっている。
兄貴からは、異様なオーラが出ている。とても人の物とは思えない、何か、人の力をはるかに超えた凄まじい気合いだ。
俺と嬢ちゃんが固まる横で、ククールだけは坊主らしい穏やかさを見せていた。
兄貴は目を閉じたまま、細い深呼吸をなさり、俺たち3人の顔を順番に見なさった。
そしてふっとオーラが優しくなった。
「さあ、明日出発だ。……みんなどこに泊まる?」
えっ?
「あ、あっしは何時なんどきでも、兄貴のお側につかえやす!」
兄貴、今更何をおっしゃるんです?
嬢ちゃんも今にも「あたしだって!」と言わんばかりに身を乗り出す。だがククールの野郎が嬢ちゃんより一歩早かった。
「ゼシカは……」
「いいえ!」
ククールの言葉をさえぎり、嬢ちゃんは言う。
「あたし、みんなと一緒にいたいの。王さまも、姫さまも…。あたしたち、このために長い間、一緒に戦ってきた。ずっと……」
嬢ちゃんは大きな目にたくさん涙をため、兄貴を見る。
決戦の前に、俺たちは嬢ちゃんの気持ちを聞くつもりでいたが、もう、ククールもトロデのおっさんも嬢ちゃんを外そうとは言わなかった。オーブを探していたこの数日で、嬢ちゃんがどんな風に覚悟を決めてきたのか知らねえが、魔城に行く時より肝が据わっているように見えるのは気のせいじゃねえだろう。それでも帰る、と言えば帰し、俺たちは明日の朝早くラプソーンに挑むつもりだった。だが、嬢ちゃんはここにいる。俺たちは4人で一つのパーティーだ。ククールもおっさんも、目で頷きながら、俺と同じことを思ったにちげえねえ。
兄貴は、嬢ちゃんの肩に優しく手を置きなさり、おっしゃった。
「そうだね。みんなで一緒にいよう。じゃあ、キャンプはろうか」
キャンプ????
おっさんも含め、一瞬場が固まる。
俺はてっきり……、いや、どこだ?
どこがいいんだろう。
明日、死ぬかもしれない戦いを前にした、覚悟の夜を……。
それが、キャンプ………。
なんて緊張感のない………。
「キャンプか。そうじゃのう。わしらに一番よい過ごし方かもしれんな」
おっさん?
いいのか、決戦前夜がキャンプで。
どっか教会とか城とか……。
いや待てよ、案外それがいいのかもしれねえな。
どっか教会っつったって、戦うのは俺たち。
どっか城っつったって、戦うのは俺たちだけだ。
俺たちらしさって、俺たちがまとまっていることだろ。
ばらばらになっていたドルマゲス戦の前とは違う。
魔城をやった時だって、ひとつにまとまっていた。
兄貴はまるでピクニックに行こう、とでもいうように、魔城を目指しなさった。
ふと、兄貴を見る。あの漆黒の瞳がキラキラと笑ってらっしゃる。
大丈夫だ。俺は兄貴についていく。この若き勇者に。
そうだ。キャンプだ。俺たちはキャンプに始まり、キャンプに終わる!
「なら、三角谷行くべ。あそこならキャンプ張ったって誰も襲って来たりしねえ」
そうだな。ククールの奴め。いい案出しやがる。
俺たちはラプソーン最終戦を前に、キャンプを張るべく三角谷へ飛んだ。
「何度張ったんだろう、このテント」
「そうね。……思い出すわ。王家の谷でアルゴリザードと戦って」
そうだ。あん時ァ馬姫さまが不憫で不憫でならなかったぜ。
「はじめの頃はゴールドが少なくて、よくキャンプ張ったね、ヤン」
「そうでがすね、兄貴。トラペッタのあたりが一番張った回数多いんじゃありゃせんか?」
嬢ちゃんもククールもいない頃のことだ。
「そうじゃな、お前たち弱かったからのう。せっかく稼いでも薬草に消えてしまってのう。宿に泊まるなぞ贅沢だったわい。野営を張り、ヤンガスとよく飲み明かしたものじゃ」
「そうそう、それで結局翌日は何にもできなかったんですよね、王さま?」
兄貴に王さまと言われ、そっぽを向くおっさん。俺も何気なく夜空を見る。
「ねえククール、どうして?」
「二日酔いだからだろ? 二人とも弱いくせに飲みすぎなんだよ」
「そっか。ふふふっ」
ラジュが用意してくれた食材で俺たちは料理をし、そんな思い出話に花を咲かせた。
長く幸せな夜を、俺たちは過ごした。
次は最終話です。ラプソーン戦です。