シルクロードオンライン¬(differentiam) 作:hachu
「突破されたぞぉーっ!」
「うわー、速すぎて追いつけなーい!」
十一世紀末、黄河中流沿岸部・蘭州――――
自然豊かな街道の一角で、行商人とその護衛、そして盗賊が戦闘を繰り広げている。
『オラァ!! 死にてぇのか――――ッ!!』
護衛の壁を突破した盗賊。
馬に跨る女性商人に大声で威嚇する。
「ごめんなさい、私は逃げるわっ!!」
身の危険を感じた女性商人は、馬を捨ててその場から退避する。
『この箱だ――――! 厳重に運んでやがった、絶対に宝石に違いないッ!』
括り付けていた紐を斬り、盗賊は仰々しい箱を奪い取った。
『よし、ずらかるぞッ!! いや、待て――――』
護衛達は大層悔しそうな表情をしながらも、ワザとゆっくり追っているような、
取り返したいのか判らない動きをしている。
『何かおかしい……アイツら、様子がおかしい』
『軽い――――なんだ、何が入っている?』
盗賊達は襲った隊商と、奪った商品の様子がおかしい事に気付く。
何から何まで『演技臭い』のだ。
『開けるなッ!! 罠かも――――……』
隊商を守る一人、女の護衛がニヤリと笑う。
『なんだ、こりゃ……?』
盗賊は玉手箱でも喰らったように素っ頓狂な声を上げる。
その様子を見て、もう一人の盗賊も同じく箱の中を覗く。
『これは…………種……籾?』
中には稲の種、それが一掴みほど包まれた小包が、
申し訳程度に “ちょこん” と封入されていた。
「ぶふっ…………くっくっく……!」
追撃する『演技』をしていた一人、結盟・真夜中の旅団の首領・ウェイが、
吹き出すと同時にそのまま倒れ込む。
「ぶわぁっはっはっは!! 見ろよあの顔ォオオオオッ! だから言っただろッ!?」
倒れた状態のまま盗賊を指差し、腹を抱えて笑い出した。
「やっ、やめてぇえええ大臣様ッ!! そっ、それを持っていかれたら……アッ、アタシらは、ふ、冬を越せねぇんですうううっひひひひひ!!」
更に呂晶が『笑いを誘う笑い』を行い、他の護衛もそれに続く。
『アンタッ――――! ワシらから種籾まで奪おうっての……ばっはっはっは!! 鬼畜じゃーッ!! っはっはっはっは!!』
『き、鬼畜とかやめろよおおおおぉっ! 戦う前に、笑い死ぬっ……いーっひ、いーっひ!』
四名の護衛は次々と地面に倒れ、下品に笑い転げている。
人とはこのように、走っている時に笑うと転がってしまうのだ。
「みんな、ちょっと笑い過ぎじゃないかしら……可哀想よ、あの人達だって必死に……フフッ――――あっ、ごめんなさい!」
淑やかで上品な女性商人、二十歳の
一方、二人の盗賊はその意図に気付く。
謀られた――――それは判ったが、何故わざわざこんな事を?
「ああー……ウケる…………」
女護衛は、涙を拭いて立ち上がる。
「民から種籾まで奪うような悪徳大臣は…………成敗しないとね?」
『――――ッ!!』
両刃で大型の矛『大刀』を向けられた盗賊達、
その表情が一気に憎しみに染まる。
『殺す……ッ!!』
一人が大きく踏み出し、跳躍する。
そのまま怒りに任せて、曲刀を振り下ろす矢先――――
「――――ッ!!」
火薬が弾けたような爆発音と共に、賊が握っていた曲刀が勢いよく吹っ飛び、
木の幹に深々と突き刺さった。
「ノロイんだよ、握りも甘い……そして何よりもぉ~?」
女護衛はフィギュアスケートのように柔軟なポーズを取りつつ、
片足でクルクルと回っている。
戦いの動きと言うより、舞のような動きだ。
「――――“速さ” が足りないッ!!」
軸にしていた足を “ビシッ” と広げ、大刀の切先を賊の首に “ピタリ” と止めて言い放つ。
“キメ” ているのだ――――
炎孔の爆発力で斬撃を加速させ、賊より重い武器、賊より遅い初動、
にも関わらず賊より早く振り抜き、曲刀をふっ飛ばした。
「呂晶、最初と最後…………ぐふっ、同じ意味だぞ……?」
最初はこの行商をどうかと思っていたが、
いざやってみると意外に楽しく、悪ノリを始めたウェイがツッコミを入れる。
「ああああぁぁぁ……やらかしたぁ…………わざとよ!? わざとなんだから!」
「やっちまったんだろおおおおお!! だっせぇえええええ!! ドヤ顔だっせえええええ!!」
盛り上がる隊商とは逆に、賊は憤慨している。
『この……醜い金の亡者が!』
自分達もかつては、真摯に武術を追求する身だった。
世話になっていた武術門家が何者かによって燃やされ、行き場も失い、
仕方無く盗賊に落ちぶれた。
落ちぶれたからには、落ちぶれたなりに真摯に生きようと、
プライドを捨てて盗賊業を真っ当している。
なのにコイツらは――――国の誇りを売り飛ばし、財を貪る商人でありながら、
自分達をからかう為に、こんな手の込んだ謀りをして笑い者にしている。
『この女ァーーーーッ!!』
曲刀を吹っ飛ばされた賊は盾を投げ付け、同時に自らも突進する。
「――――っ!」
女護衛が盾を弾いた隙に、素手で懐に入り込む。
矛使いは間合いに入れば怖くない。
そのままタックルするように腕を取り、背後に回る。
『やれッ!! お前の矢で貫け――――……え?』
女護衛を羽交い締めした瞬間、賊は驚愕する。
重い――――こんな華奢な女の、どこにこんな重さが。
(悪く思うな……!)
意図を察したもう一人、弓矢を持った賊が、
素早く弦を引き、女護衛の腹に向かって矢を射掛ける。
破天神弓、秋風鉄血矢――――
格上相手に素手で立ち向かった覚悟に応えるため、
仲間ごと貫くつもりで、回転飛翔する貫通力の高い矢を放った。
『なっ……!?』
直後、羽交い締めにしていた賊の、
歯を食いしばっていた口が開く。
(軽い――――……)
あんなに重かった女が、今度は羽のように軽い。
どころか上に引っ張られ――――
女護衛は賊の腕を跳躍で振り切り、柔らかい身体を活かして仰け反り、
賊の頭を掴んで制止する。
(頭の芯を抑えられた――――動けないッ!!)
仲間の矢に貫かれるのは自分だけだ。
「おっ、と……」
“キンッ” という高い金属音が響くと、矢は賊の足元に突き刺さった。
「呂晶――――そりゃ、カワイソ過ぎだ」
ウェイが自分の持つ槍を軽く当て、飛んでくる矢の軌道を変えたのだ。
「ちっ……
呂晶は賊の背後に着地し、背中を肘でドンと叩く。
賊はよろめきながら呂晶とウェイを見る。
「残念でした、またどうぞ」
手の平をぷらぷらと振り、“シッシ” と追い払うジェスチャーをする。
『…………っ!』
二人の賊は苦虫を噛み潰したような顔をした後、
何も言わずに立ち去る。
言いたい事は腐るほどある、だが何を言っても負け惜しみだ。
悔しければ修練して雪辱を晴らすしかない。
『くそっ…………抜けん……!』
賊が木に刺さった曲刀を抜き、その姿が見えなくなったのを確認してから、
隊商は今の一戦を振り返る。
「やっぱり、弱い奴の時は開けさせないとダメね――――」
「そうだな…… “コイツ” が日の目を見ないのも寂しいしな」
通称、『
特に価値の無い種籾を仰々しい箱に忍ばせ、
高級品と勘違いした盗賊をおびき寄せる『修練』である。
ルールは一つ――――なんら価値の無い種籾だが、
これが飢饉で残された『最後の希望』と信じ込み、守り抜く。
ただし命は賭けない、危ないと思ったら即逃げる。
所詮は二束三文で買えるありふれた種籾だ。
『戦いたいなら、襲われれば良い』
『襲われるだけなら、元手はいらない』
それが呂晶が考案した
こちらは命を賭けて行商している訳では無いので、
何となく、襲ってきた賊にも手心を加えるのが通例になった。
賊からすれば、自分達をからかう為だけの『遊び』である。
だが、やっている呂晶達は至って真面目に楽しんでいる。
「お~よしよし……誰もお前の価値を判ってくれないねぇ~、私はお前の価値をちゃんと判ってるよぉ~」
呂晶はこの種籾に『
それが他の者にも伝播したのか、最近これに対して愛着が沸いてきた。
初めは “何の意味があるか” と思ったが、これはこれで良い鍛錬にもなる。
常に実戦に身を置き、それを楽しむという事、
いざという時の硬直を取り払ってくれる。
実戦では、その硬直が生死を分かつ場面が多々ある。
そしてこの女は皆をノセるのが上手い。
つまらない事でも何だか楽しい事をしている気がしてくる。
(金は、別の所でも稼げるしな――――)
結盟員の楽しさを重視するウェイは、結盟員のやりたい事を最大限バックアップする。
おそらく過去に誰もした事がない、自分達だけの行商。
共に修練を重ね、絆が深まっていくようにも感じていた。
比較的安全、戦えて金銭的な損害も出ない、何より楽しい。
ちょっとした発明のような気分だった。
だが、その遊びに『ある男』が一石を投じる事となる――――