シルクロードオンライン¬(differentiam) 作:hachu
『護衛達ーーッ! 盗賊に負けんなよーーッ!』
『元気な顔で戻ってこいよーーっ!』
窓や建物の上から顔を出し、住民が手を振っている。
「まるで、敦煌の英雄――――て感じだな」
呂晶は相変わらず、冷めた目でそれを眺める。
盗賊を
仕事をする度に誰かを破滅させ、『人でなし』と蔑まれる自分とは正反対だ。
「そりゃそうだ。西夏にも宋にも、この敦煌にだって、出資してる人間は大勢いるんだ。国を越えて、皆の期待を背負ってるんだよ」
ウェイは呂晶に説明するというより、自分に言い聞かせるような面持ちだ。
「花雪さんと寒月さんは、皆の期待を背負った……ちょっとしたヒーローなんだよ」
ウェイが少年の折、彼の命を救った名も知らぬ武人。
武人の墓標に名前の代わりに刻まれていた文章。
その『天下布武』の夢を継いだウェイ。
彼にとって花雪象印商隊とは、自分の夢への解答例なのだろう。
「何がヒーローだ、出資者なんてのは、詰まるところ金の亡者だ」
「またお前は、そういう事を言う……」
ウェイは眉間に手をあてる。
センチな気分に浸っていたのに、冷や水を浴びせられた。
「そんでもってお前らは、国の誇りを売り飛ばし、異文化を持ち込む、悪の尖兵って訳だ」
商隊は敦煌では歓迎されるが中華の全てでそうという訳ではない。
行商人が物の価値を変動させ、それによって破産する者もいるし、
昨今の『通貨崩壊』の元凶が行商人にあるという説を唱える者もいる。
行商人を恨む者だっているのだ。
『国の誇りを売り飛ばし、異文化を持ち込む』という批判は、
伝統を重んじる勢力が行商人に対して声高に叫んでいる台詞だ。
「お前はホント、都合いい時だけ “国の誇り” とか言うんだよな……」
つまり呂晶は、なんだか悔しかったので、
どこかで聞いた言葉で罵っただけだ。
この女は、そんな大層な志など持ち合わせていない。
「何言ってる、アタシは国民が困ってれば、もう――――すぐ助けちゃう女だ。今も困ってる人がいないか探してる、逆に困ってる人がいないと困るレベルだ」
呂晶は思い付いたように辺りを見回す。
「そうか、そいつはレベルが高けーな……」
「で、どんくらい掛かるのよ、コレ? ちんたら歩きやがってさ……」
「えっと……予定通りなら七日だな」
「はぁああああっ!? 七日ァッ!?」
それを聞いて、呂晶が今日一番の驚きを見せる。
「嘘でしょ? 長安まででしょ? アタシなら二日もあれば……!!」
「お前のは馬を潰すまで走らせて、替え馬も潰して、最後は巫舞で全力疾走した計算だろう。商隊は牛やラクダもいるんだ、それに歩幅を合わせなきゃならん――――仲間内で記録を狙うのとは違うんだ」
『真夜中の旅団』では遊びと訓練を兼ねたイベントで、
この手の競争や鬼ごっこをよくしている。
馬を潰さず、素早く目的地に到着する訓練だが、
あえて馬を温存せずに『最後は自分で走る』という趣旨を台無しにする奇策により、
前回は呂晶が優勝した。
抗議する仲間に向けて言い放った一言は、『卑怯とは言うまいね』
「七日…………無理だよ……そ、そんなに……っ!」
「ちなみに片道七日だから、往復なら倍掛かるんだ、休みはほとんど無いぞ」
ウェイは暇な旅行を嫌がる娘に『こんなの序の口だ』と言うようにレクチャーするが、
呂晶は暇な時間を憂いている訳では無い、もっと重大な失念をしていた。
「ウェ……ウェイぃ~…………」
ぎくり――――
珍しくしおらしい、嫌な予感がする。
「あ、アタシ……そんなにかかると思ってなくて……か、かっ、替えの下着…………持ってきてないよぉ~……!」
なぁ~~~にぃ~~~――――っ!?
「どっ、ど……どうしよう…………も、もう出発しちゃった……」
呂晶の顔は焦燥を通り越し、泣きそうになっている。
(わ、判らん……! 女の気持ちが判る俺でも、それがどれほど深刻な事か判らん……!)
だが、この動揺っぷりは相当ヤバイのだろう――――
コイツの形相のせいか、俺まで変な汗かいてきた。
「今すぐ調達してきなさい――――ッ!! すぐ追いつけば大丈夫だからッ!!」
呂晶の焦りが伝播したのか、ウェイも火急の指示を飛ばす。
「今からぁ!? でっ、で、でも……そんな急に言われてもっ……サイズとか、デザイン的な……」
「いいか呂晶ッ!! 野宿は三日が二回だ、天幕はある! 途中で一回か二回は町に入る、だから用意は三日分で足りる!!」
「えっ、ええ? 早いぃっ! もう一回言って!?」
軽いパニックを起こしているのか、全然頭に入ってない。
「飯は出るからオヤツはいらーーーーんッ!! とにかく行け行け行け行けェーーーーッ!!」
ウジウジする呂晶を無理にでも動かす為か、
まるで戦場のような勢いだ。
「あっ……アイヤーッ!! わかったああああああぁーーーッ!!」
呂晶は馬で駆け出す。
右翼を並走する者達が、『何事か』と視線を集める。
(くっそぉおおpお……七日もありやがるなんてぇ……! 聞いてねぇぞそんなのぉ……!)
ウェイはその後姿を見送っている。
(まったくあの女は……生理中の自覚があるのか?)
呂晶の情緒不安定は典型的な『それ』の所為に見えるが、それの所為ではない。
大体いつも情緒不安定だ。急に他人が憑依したように性格が変わる。
(なんだコレ……なんだコレェ!? なんか、スッゲー恥ずかしいよぉ……っ!!)
修学旅行で忘れ物をしてしまった時のような、なんとも言えない焦燥感。
しかも下着――――集団行動が苦手な呂晶は、行商には全く向かないタイプだ。
『どうした姉ちゃん、もう出発だぞ? 下着でも忘れたかァ?』
『そんな訳ないだろ、催したんだよ、察してやれ』
(ちきしょう……ちきしょう……! 商人の癖にッ!!)
『獲物』と見下していた者達に、見下されたような気持ち。
しかも女にとってあるまじき失態、呂晶の心中は如何な物だろうか。
もう行商なんか行きたくない――――っ!!
(今の奴等、顔を覚えたぞ……! このままフケて、顔でも覆って、今の奴等をぶっ殺――――……っ!!)
「呂晶――――ッ!? 呂晶~~! ここよ~~っ!」
同じく『真夜中の呂団』の結盟員、元・花魁の
“ぴょんぴょん” と跳ねながら両手を振っている。
(先生っ!? そうか……先生も来てたんだった!)
馬を止めて反転し、しばし歩調を合わせる。
「どうしたのよ、そんなに慌てて……?」
「実は…………替え゛の下着……忘れぢゃっだの…………だがらっ、今がら゛っ…………調達っ……しでぐる……ぐすっ」
呂晶は泣きそうになっていた。
誰も下着を忘れた事など判らないが、本人には恥ずかしくて堪らないのかもしれない。
「まあ、可哀想に……私、余分に持ってきてるから、貸して上げましょうか?」
「えっ……いいの!?」
「勿論よ、同じ結盟でしょ? それに私、輜重班なの。他にも色々融通きかせられるのよ」
「先生ぇ~~っ!!」
満面の笑顔で、馬から落ちるほど乗り出し、
力一杯、遊珊に抱きつく。
(先生……! アンタって人は……アンタって人は本当に……!)
「あらあら……もう、この子ったら、よしよし……」
傍目には仲の良い姉妹のような、或いは教師と生徒のように映る。
その実態は、お互いにドス黒い思考を絡め合う淫靡な物であった。
(先生、良い匂い……あっ、ダメ……そこ、撫でられただけで、イカ、され……っ)
ビクン、ビクン――――
『輜重の遊珊が抱き合ってるぞ……女同士はいいよなぁ』
『おい、テメェッ――――! あの子、遊珊っていうのか、彼氏いんのか?』
『けっ、お前じゃ無理だよ。諦めろ』
『判らんぞ、チャンスは七日もあるんだからな……あっ! 俺、自由時間でなんか買って渡そう』
『抱きついてる女、白目剥いてるぞ……あれ抱き付いてるんじゃなくて、発作か何かじゃないか?』
商隊の男性陣が遊珊について会話していると、
同僚の女性陣がそれに参加する。
『はあ? あの人、絶対、お金払えばやらしてくれる系だよ。私アンタらより詳しいんだから』
『おいブスッ!! あの人はそんな安い女じゃねぇよッ!!』
『ひっど……! この商隊って、お金は良いけどこういうの嫌だよね……』
『ねぇ~、男多いし……』
不敗の安全神話を誇る、花雪象印隊商。
二人の小娘が親元を離れる為に始めた行商は、今や企業と言える程に成長を遂げた。
その様相はさながら社員総出の出張、『社員旅行』のようでもある。
ここまで規模を拡大した理由は、
広告塔の象と安全神話の他に『三人の偶像』に起因している。
この商隊には、花雪の強烈な塩対応にハマったファーシュエ派、
寒月の笑顔を守りたいユエ派。
そして、じわじわと勢力を拡大する影の派閥、輜重の遊珊派が、
5:3:1の割合で存在する。女性を含めた無派閥は全体の一割に過ぎない。
遊珊は呂晶の『ツボ』を的確な優しさと羽のような柔らかさで捉えながら、
思考を巡らせている。
(掴むのは胃袋ではない……物資を制する者が全てを制する……)
女とは古来より、男が持ち帰った獲物の所有権を、
『いかに周囲の反発を生まずに確保するか』という戦略に心血を注いできた生き物だ。
依存や共感、世話や嘘、それらを駆使し、
それと判らぬ行動を取りながら強かに目標を達成する。
例えば旦那のいない間に妻が部屋を片付け、感謝されると共に、
『旦那が大事にしている物を把握』
『自分に聞かなければ在り処が判らないよう勝手に配置変えする』
などがその一端だ。
(この子は単純だから簡単だわ……いつも気を張り詰めているから、好きな相手が出来れば運命と信じ込み、とことん、とことん、のめり込んでしまうのよね?)
遊珊は呂晶と同じ二十歳であり、
幼児プレイの他にも大小様々なプレイに深く精通している。
相手が望み、相応の『時価』を支払えば、花雪の真似でもやってのける。
相手が男でも女でも対応する。
(もうすぐ、私無しではいられない体になるわ……)
呂晶が秘密にしている出自についても何故か知っている、
女の本能を体現したその女は薄く笑う。
国外の政治的賓客、国内の重鎮。
それらを相手し、癒やすべく、国中から集められた遊女の精鋭達。
その精鋭達が凌ぎを削る女のコロシアム、京兆府長安遊楽街一丁目、遊郭。
そのNo.1に君臨していた女王、
『強さ』とは武術や経済力だけではない、遊珊は文字通り女の武器を使って戦う。
決してそれとは判らぬように。
(成都一の成金の娘、大臣様の御令嬢、この業界は権力者に溢れている――――私にとっては格好の餌場……)
花魁とは、そういうものである。