※この作品はR-18です。

シルクロードオンライン¬(differentiam)   作:hachu

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忘れ物は、忘れて初めて忘れ物

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

『護衛達ーーッ! 盗賊に負けんなよーーッ!』

 

 

『元気な顔で戻ってこいよーーっ!』

 

 

 

 

窓や建物の上から顔を出し、住民が手を振っている。

 

 

 

 

「まるで、敦煌の英雄――――て感じだな」

 

 

 

 

呂晶は相変わらず、冷めた目でそれを眺める。

 

盗賊を生業(なりわい)とし、名が知れることを恐れ、

仕事をする度に誰かを破滅させ、『人でなし』と蔑まれる自分とは正反対だ。

 

 

 

 

「そりゃそうだ。西夏にも宋にも、この敦煌にだって、出資してる人間は大勢いるんだ。国を越えて、皆の期待を背負ってるんだよ」

 

 

 

 

ウェイは呂晶に説明するというより、自分に言い聞かせるような面持ちだ。

 

 

 

 

「花雪さんと寒月さんは、皆の期待を背負った……ちょっとしたヒーローなんだよ」

 

 

 

 

ウェイが少年の折、彼の命を救った名も知らぬ武人。

武人の墓標に名前の代わりに刻まれていた文章。

その『天下布武』の夢を継いだウェイ。

 

彼にとって花雪象印商隊とは、自分の夢への解答例なのだろう。

 

 

 

 

「何がヒーローだ、出資者なんてのは、詰まるところ金の亡者だ」

 

 

「またお前は、そういう事を言う……」

 

 

 

 

ウェイは眉間に手をあてる。

センチな気分に浸っていたのに、冷や水を浴びせられた。

 

 

 

 

「そんでもってお前らは、国の誇りを売り飛ばし、異文化を持ち込む、悪の尖兵って訳だ」

 

 

 

 

商隊は敦煌では歓迎されるが中華の全てでそうという訳ではない。

行商人が物の価値を変動させ、それによって破産する者もいるし、

昨今の『通貨崩壊』の元凶が行商人にあるという説を唱える者もいる。

行商人を恨む者だっているのだ。

 

『国の誇りを売り飛ばし、異文化を持ち込む』という批判は、

伝統を重んじる勢力が行商人に対して声高に叫んでいる台詞だ。

 

 

 

 

「お前はホント、都合いい時だけ “国の誇り” とか言うんだよな……」

 

 

 

 

つまり呂晶は、なんだか悔しかったので、

どこかで聞いた言葉で罵っただけだ。

 

この女は、そんな大層な志など持ち合わせていない。

 

 

 

 

「何言ってる、アタシは国民が困ってれば、もう――――すぐ助けちゃう女だ。今も困ってる人がいないか探してる、逆に困ってる人がいないと困るレベルだ」

 

 

 

 

呂晶は思い付いたように辺りを見回す。

 

 

 

 

「そうか、そいつはレベルが高けーな……」

 

 

「で、どんくらい掛かるのよ、コレ? ちんたら歩きやがってさ……」

 

 

「えっと……予定通りなら七日だな」

 

 

「はぁああああっ!? 七日ァッ!?」

 

 

 

 

それを聞いて、呂晶が今日一番の驚きを見せる。

 

 

 

 

「嘘でしょ? 長安まででしょ? アタシなら二日もあれば……!!」

 

 

「お前のは馬を潰すまで走らせて、替え馬も潰して、最後は巫舞で全力疾走した計算だろう。商隊は牛やラクダもいるんだ、それに歩幅を合わせなきゃならん――――仲間内で記録を狙うのとは違うんだ」

 

 

 

 

『真夜中の旅団』では遊びと訓練を兼ねたイベントで、

この手の競争や鬼ごっこをよくしている。

 

馬を潰さず、素早く目的地に到着する訓練だが、

あえて馬を温存せずに『最後は自分で走る』という趣旨を台無しにする奇策により、

前回は呂晶が優勝した。

 

抗議する仲間に向けて言い放った一言は、『卑怯とは言うまいね』

 

 

 

 

「七日…………無理だよ……そ、そんなに……っ!」

 

 

「ちなみに片道七日だから、往復なら倍掛かるんだ、休みはほとんど無いぞ」

 

 

 

 

ウェイは暇な旅行を嫌がる娘に『こんなの序の口だ』と言うようにレクチャーするが、

呂晶は暇な時間を憂いている訳では無い、もっと重大な失念をしていた。

 

 

 

 

「ウェ……ウェイぃ~…………」

 

 

 

 

ぎくり――――

珍しくしおらしい、嫌な予感がする。

 

 

 

 

「あ、アタシ……そんなにかかると思ってなくて……か、かっ、替えの下着…………持ってきてないよぉ~……!」

 

 

 

 

なぁ~~~にぃ~~~――――っ!?

 

 

 

 

「どっ、ど……どうしよう…………も、もう出発しちゃった……」

 

 

 

 

呂晶の顔は焦燥を通り越し、泣きそうになっている。

 

 

 

 

(わ、判らん……! 女の気持ちが判る俺でも、それがどれほど深刻な事か判らん……!)

 

 

 

 

だが、この動揺っぷりは相当ヤバイのだろう――――

コイツの形相のせいか、俺まで変な汗かいてきた。

 

 

 

 

「今すぐ調達してきなさい――――ッ!! すぐ追いつけば大丈夫だからッ!!」

 

 

 

 

呂晶の焦りが伝播したのか、ウェイも火急の指示を飛ばす。

 

 

 

 

「今からぁ!? でっ、で、でも……そんな急に言われてもっ……サイズとか、デザイン的な……」

 

 

「いいか呂晶ッ!! 野宿は三日が二回だ、天幕はある! 途中で一回か二回は町に入る、だから用意は三日分で足りる!!」

 

 

「えっ、ええ? 早いぃっ! もう一回言って!?」

 

 

 

 

軽いパニックを起こしているのか、全然頭に入ってない。

 

 

 

 

「飯は出るからオヤツはいらーーーーんッ!! とにかく行け行け行け行けェーーーーッ!!」

 

 

 

 

ウジウジする呂晶を無理にでも動かす為か、

まるで戦場のような勢いだ。

 

 

 

 

「あっ……アイヤーッ!! わかったああああああぁーーーッ!!」

 

 

 

 

呂晶は馬で駆け出す。

右翼を並走する者達が、『何事か』と視線を集める。

 

 

 

 

(くっそぉおおpお……七日もありやがるなんてぇ……! 聞いてねぇぞそんなのぉ……!)

 

 

 

 

ウェイはその後姿を見送っている。

 

 

 

 

(まったくあの女は……生理中の自覚があるのか?)

 

 

 

 

呂晶の情緒不安定は典型的な『それ』の所為に見えるが、それの所為ではない。

大体いつも情緒不安定だ。急に他人が憑依したように性格が変わる。

 

 

 

 

(なんだコレ……なんだコレェ!? なんか、スッゲー恥ずかしいよぉ……っ!!)

 

 

 

 

修学旅行で忘れ物をしてしまった時のような、なんとも言えない焦燥感。

しかも下着――――集団行動が苦手な呂晶は、行商には全く向かないタイプだ。

 

 

 

 

『どうした姉ちゃん、もう出発だぞ? 下着でも忘れたかァ?』

 

 

『そんな訳ないだろ、催したんだよ、察してやれ』

 

 

(ちきしょう……ちきしょう……! 商人の癖にッ!!)

 

 

 

 

『獲物』と見下していた者達に、見下されたような気持ち。

しかも女にとってあるまじき失態、呂晶の心中は如何な物だろうか。

 

 

 

 

もう行商なんか行きたくない――――っ!!

 

 

 

 

(今の奴等、顔を覚えたぞ……! このままフケて、顔でも覆って、今の奴等をぶっ殺――――……っ!!)

 

 

 

 

「呂晶――――ッ!? 呂晶~~! ここよ~~っ!」

 

 

 

 

同じく『真夜中の呂団』の結盟員、元・花魁の遊珊(ユーシャン)が、

“ぴょんぴょん” と跳ねながら両手を振っている。

 

 

 

 

(先生っ!? そうか……先生も来てたんだった!)

 

 

 

 

馬を止めて反転し、しばし歩調を合わせる。

 

 

 

 

「どうしたのよ、そんなに慌てて……?」

 

 

「実は…………替え゛の下着……忘れぢゃっだの…………だがらっ、今がら゛っ…………調達っ……しでぐる……ぐすっ」

 

 

 

 

呂晶は泣きそうになっていた。

誰も下着を忘れた事など判らないが、本人には恥ずかしくて堪らないのかもしれない。

 

 

 

 

「まあ、可哀想に……私、余分に持ってきてるから、貸して上げましょうか?」

 

 

「えっ……いいの!?」

 

 

「勿論よ、同じ結盟でしょ? それに私、輜重班なの。他にも色々融通きかせられるのよ」

 

 

「先生ぇ~~っ!!」

 

 

 

 

満面の笑顔で、馬から落ちるほど乗り出し、

力一杯、遊珊に抱きつく。

 

 

 

 

(先生……! アンタって人は……アンタって人は本当に……!)

 

 

「あらあら……もう、この子ったら、よしよし……」

 

 

 

 

傍目には仲の良い姉妹のような、或いは教師と生徒のように映る。

その実態は、お互いにドス黒い思考を絡め合う淫靡な物であった。

 

 

 

 

(先生、良い匂い……あっ、ダメ……そこ、撫でられただけで、イカ、され……っ)

 

 

 

 

ビクン、ビクン――――

 

 

 

 

『輜重の遊珊が抱き合ってるぞ……女同士はいいよなぁ』

 

 

『おい、テメェッ――――! あの子、遊珊っていうのか、彼氏いんのか?』

 

 

『けっ、お前じゃ無理だよ。諦めろ』

 

 

『判らんぞ、チャンスは七日もあるんだからな……あっ! 俺、自由時間でなんか買って渡そう』

 

 

『抱きついてる女、白目剥いてるぞ……あれ抱き付いてるんじゃなくて、発作か何かじゃないか?』

 

 

 

 

商隊の男性陣が遊珊について会話していると、

同僚の女性陣がそれに参加する。

 

 

 

 

『はあ? あの人、絶対、お金払えばやらしてくれる系だよ。私アンタらより詳しいんだから』

 

 

『おいブスッ!! あの人はそんな安い女じゃねぇよッ!!』

 

 

『ひっど……! この商隊って、お金は良いけどこういうの嫌だよね……』

 

 

『ねぇ~、男多いし……』

 

 

 

 

不敗の安全神話を誇る、花雪象印隊商。

二人の小娘が親元を離れる為に始めた行商は、今や企業と言える程に成長を遂げた。

その様相はさながら社員総出の出張、『社員旅行』のようでもある。

 

ここまで規模を拡大した理由は、

広告塔の象と安全神話の他に『三人の偶像』に起因している。

 

この商隊には、花雪の強烈な塩対応にハマったファーシュエ派、

寒月の笑顔を守りたいユエ派。

 

そして、じわじわと勢力を拡大する影の派閥、輜重の遊珊派が、

5:3:1の割合で存在する。女性を含めた無派閥は全体の一割に過ぎない。

 

遊珊は呂晶の『ツボ』を的確な優しさと羽のような柔らかさで捉えながら、

思考を巡らせている。

 

 

 

 

(掴むのは胃袋ではない……物資を制する者が全てを制する……)

 

 

 

 

女とは古来より、男が持ち帰った獲物の所有権を、

『いかに周囲の反発を生まずに確保するか』という戦略に心血を注いできた生き物だ。

 

依存や共感、世話や嘘、それらを駆使し、

それと判らぬ行動を取りながら強かに目標を達成する。

 

例えば旦那のいない間に妻が部屋を片付け、感謝されると共に、

『旦那が大事にしている物を把握』

『自分に聞かなければ在り処が判らないよう勝手に配置変えする』

などがその一端だ。

 

 

 

 

(この子は単純だから簡単だわ……いつも気を張り詰めているから、好きな相手が出来れば運命と信じ込み、とことん、とことん、のめり込んでしまうのよね?)

 

 

 

 

遊珊は呂晶と同じ二十歳であり、

幼児プレイの他にも大小様々なプレイに深く精通している。

 

相手が望み、相応の『時価』を支払えば、花雪の真似でもやってのける。

相手が男でも女でも対応する。

 

 

 

 

(もうすぐ、私無しではいられない体になるわ……)

 

 

 

 

呂晶が秘密にしている出自についても何故か知っている、

女の本能を体現したその女は薄く笑う。

 

国外の政治的賓客、国内の重鎮。

それらを相手し、癒やすべく、国中から集められた遊女の精鋭達。

その精鋭達が凌ぎを削る女のコロシアム、京兆府長安遊楽街一丁目、遊郭。

 

そのNo.1に君臨していた女王、源氏名(コードネーム)『蝶(アゲハ)の遊珊』

 

『強さ』とは武術や経済力だけではない、遊珊は文字通り女の武器を使って戦う。

決してそれとは判らぬように。

 

 

 

 

(成都一の成金の娘、大臣様の御令嬢、この業界は権力者に溢れている――――私にとっては格好の餌場……)

 

 

 

 

花魁とは、そういうものである。

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