シルクロードオンライン¬(differentiam) 作:hachu
「えー、どーしよっかなぁー」
盗賊から護衛に転向した二十歳の女、
『出発から目付けてたんだ、酒盛りでもして楽しい夜を過ごそうぜ』
茂みを探していた途中、同じ護衛と言う男から声を掛けられた。
久しぶりに、ナンパをされているのだ――――
やや短髪、平均より少し高い身長、細身だが筋肉質で大きい剣を帯びている、
力だけでなく俊敏性のある靭やかな体系、堂々とした雰囲気で頼り甲斐もあり、
呂晶にとって大事な判断基準である『姿勢』も自然体ながら安定している。
総じてタイプだ、頬に傷があるがヤンチャ感を出していて悪くない。
下の方の剣も気になる所ではある。
「でもぉ~、アタシぃ~、今夜はぁ~、友達と泊まる約束しててぇ~」
勿体ぶる割にキッパリとは断らない、『あと一押ですよ』という社交辞令である。
同時にこの茶番により、男がどの程度自分に気があるのか、
どれだけムードを盛り上げられるか、女に対する経験値を見極めている。
簡単に言えば試しているのだ。
『いいじゃねーか、その子には後で俺から謝ってやるよ。それに、
(ほう、コイツ……なかなかヤリおる)
呂晶はバイのため女友達に少し違う感情を持っているが、
女の友情とは大抵の場合、希薄だ。
しかし、それでも
約束をドタキャンして男に付いて行けば自分の評判に触る。
『ダチの新しい出会いを喜べない奴はダチじゃない』とは、
もし呂晶がこの誘いを断れば、それは『女友達が断らせた』も同義であり、
“○○ちゃんを悪く言われたくないから付き合うしかなかった”
“○○ちゃんなら判ってくれると思ったから”
といった、後のドタキャンへの言い訳が可能になるのだ。
『女の友情を認めつつも、それより大切な出会い』というニュアンスを含み、
『その後も責任を取る』ような事を匂わせ『断りにくい誠実さ』を醸し出す台詞。
女はこういった『断りきれなくて仕方無く……』という状況を作ってやらぬ限り、
自分からは動けないものだ。
「でもぉ~、アタシ達ぃ~、まだ会ったばっかだしぃ~、イキナリ一晩過ごすのはどーかなぁ~って」
『ほぼほぼOK』の合図である――――でも、でもあと一押しが欲しい
今付いて行けば、友人の名誉は守れても自分は尻軽女になってしまう、
最低限そこの部分へのフォローが欲しい。
『ビビッと来たから』『運命の出会いに従った』など、
後になって言い訳にも使える、
ホイホイ付いて行っても尻軽にならない『アレ』が欲しい。
(判ってるな、アレだぞ……? アタシは、“殺し文句” を欲してるんだ……!)
呂晶は女性らしい仕草で顔を伏せながら、横目で男を捉える。
(お前がそれさえ言えば契約は成立する…… “ビシッ” とキメろよ)
ナンパ師に狩られる側だと言うのに、
まるで血に飢えた鷹のように鋭い眼光だ。
『なんつーのかな、上手く言えねーが……お前は理想の女なんだ、“一目でそれが判った” 』
(よォしッ! よく言った! 微妙だが許可するッ!!)
機嫌が良くない時なら却下もあり得るライン。
だが、馬の刺激でムラつき旅で浮ついた今であれば『一目惚れ』は十分合格ライン。
あとはこちらが『そこまで言うなら……でも、お酒飲むだけだよ?』と、
渋々な返答を行えば契約は完了する。
審査を済ませた呂晶が今まさに、“関所を通って良し” のサインを出そうとした時、
男が続けて口にする。
『お前は、俺にとっての “楊貴妃” ……っつーのかな……』
照れ臭そうに頬を掻く、粗暴な雰囲気から一転した少年のような笑顔。
いわゆる『ギャップ萌え』だ。
「はあああぁん……?」
呂晶の表情が一変し、眉間に皺を寄せた『ガンを飛ばす』それになる。
「おい、テメェ……楊貴妃ってのは小便タレのワキガだろうが」
『は? なんだって?』
背中の大刀を突如展開し、切っ先を相手に向ける。
「アタシがそんな風に見えるってのか!? オオオォッ!? 教養の無ぇクソッタレッ!! 舐めってんのかッ!! 殺っすぞッ!?」
戦闘態勢――――男の最後の一言は余計だったのだ。
『なんだと……お前……そりゃ、どういう意味だ?』
男の表情も一変し、武器を突きつける意思を問う。
女相手のため我慢はしているが目を見開き怒りを顕にしている。
「教養の
武術家に武器を向ける行為は、後戻り出来ない決闘の合図、
どちらか一人が死ぬ。
しかし、この感情の起伏は常軌を逸している。
到底、理解出来るものではない。
『お前……
やっている。が、今はやってはいない。
これはメンヘラな性格に起因するヒステリックだ。
「ゴチャゴチャうるっせぇッ!! ビビってんのかテメーアァッ!? ぶら下がってんのは “二本とも” 飾りかオォンッ!?ブチ折ってやっから抜けオラァッ!!」
大刀を短く回してナンパ男の股間を指す、今にもそれで刺しそうな形相だ。
闘争本能が満たされないと性欲を満たしたくなる。
性欲が満たされないと闘争本能を満たしたくなる。
一緒にいると身が持たない、直そうともしない。
だから呂晶は男が出来ない。
『まあまあ、お二人さん――――! 喧嘩なんて止めときなって! 俺等、味方同士だろ?』
通りすがりの背の高い男が割って入る。
ナンパ男には肩を叩き、刃物を振り回すヒス女には手を握って矛を下げさせる。
馬も真っ二つにする大刀を包丁のように簡単に扱うという事は、
おそらく手練だろう。
「なんだァ、テメエエエエェッ!? テメェもぶっ殺されっ……! てぇ、の……か…………」
呂晶は割って入った男を睨み付け、それをした事を激しく後悔する。
(ふざっ……けん、なよ……ッ! コイツぅ……
ウェーブの掛かった肩まで伸びた髪、男にしては白い肌。
ペルシアかもっと西、アーリア系統との『ハーフ』であろう、
とろけるような甘い顔立ち。
唇の下から顎に続く、形を整えたオシャレな髭をこさえていて、
それが似合わないようで似合っている。
この髭を “朝チュン時” に指でなぞってイチャ付き、
『伸びて来たから、そろそろ剃ろうと思ってんだ』
『えー、じゃアタシ剃る』
『お前、そんなこと出来んのかよ』
『えー、アタシ刃物の扱い上手いんだよ』
といった、そんな細かい
とにかく文句無しのイケメンだ。
『チャラ男はすっこんでな――――俺は、女の癖に矛なんか使ってるコイツに、今から稽古を付けてやんなきゃなんねぇ……』
粗暴なナンパ男がイケメンの腕を振り払う。
呂晶も意地を張り、汚い言葉で続ける。
「よく聞きな、カス……どうやら教養が無さすぎて、このアタシが、お前がエモノを抜くまで待ってやってる事も判んねーらしいな」
あと少し、ぶりっ子を続けていたら、このイケメンは『喧嘩の仲裁者』ではなく、
ナンパに困る自分を助ける『
でもこんなに喧嘩っ早くて汚い言葉を吐く女を、
好きになる男なんていない。
もっと勿体ぶって時間を稼いでおけば良かった――――全てこのカス野郎が悪い
『舐めやがって、もう女でも容赦しねぇ……』
ナンパ男が剣を抜く、その手をイケメンが上から抑える。
『判ってないなぁ? お前さんは、“地雷” を踏んじゃったの』
『……地雷だと?』
気功家にとっての『地雷』とは、
相手の足から雷孔を流す『
獅子吼への対処は雷孔発生時に地面を踏んでいない事、
つまり、ジャンプすればいい。
『 “俺にとっての楊貴妃” ……だっけ? “誰かに似てるから好き” とか、女には気分悪くね?』
「――――!」
『――――!』
呂晶とナンパ男は、同時に狐につままれたような顔をする。
ナンパ男の方は、“君は楊貴妃のようだ” という流行りの口説き文句が、
単に流行っていただけで、大して喜ばれない台詞だと気付いたのだ。
『なんだ、そりゃ……付き合ってらんねーよ……』
ナンパ男はあっさり背を向け、その場を後にする。
勝ち目が薄ければ撤退する、戦もナンパもそれは変わらない。
と言うより、メンヘラとの揉めなど御免なのだろう。
「……。」
呂晶はまだ、狐につままれた顔をしている。
今まで、女をすぐ楊貴妃と比べる『楊貴妃厨』に腹を立て、
その度に頭がイカれた奴だと思われてきた。
でも、自分は間違っていなかった。
判ってくれる人がいた。
それだけに、このイケメンに醜態を晒した事が悔やまれる。
「礼は言わねーぞ……」
『あっ、ちょ、待てよ――――!』
呂晶がその場を去ろうとすると、イケメンが慌てて “通せんぼ” する
『待てよ、チビ助――――あんな甲斐性ナシより、俺の方が全然良い男……みたいな?』
イケメンは親指で自分を指差す。
「え……?」
『ぶっちゃけ言うと、グズグズしてたら先越されたって言うか――――……あの野郎が終わるまで、ずっと待ってた』
(なん……だと……?)
驚くべき展開、呂晶は思考タイムに入る。