シルクロードオンライン¬(differentiam) 作:hachu
「……――――ひっ!!」
爬虫類が苦手なヘレンは、蛇と人間が混合した顔のおぞましさに悲鳴をあげる。
彼女が飛び退くように離れると、それは音を立てて崩れ落ちた。
喉元には呂晶の大刀が深々と突き刺さっている。
潜んでいたはぐれがヘレンの魔力に呼応し、襲いかかる所だったのだ。
それを見たバルクスは無言で元の位置に座り、
不機嫌そうに干し肉を噛じる。
ルシラ:(あら、結局は食べるのね)
ウェイ:(あの飛び付き方では致し方あるまい)
イエン:(干し肉が奴の好物という訳か)
ユエ:(一生懸命食べてる……動物的、カワイイ……)
武骨で誇り高い男のアイデンティティーが干し肉によって汚染される中、
大刀に繋がるピアノ線を手繰りつつ、呂晶は続ける。
「イヌ……いや、バフとやらでは足りない」
「――――っ!」
「――――っ!」
ルリアとユエがたまらず吹き出す。
ルリアはルシラと同様ハープを携え、
おっとりしつつも、流行りに敏感な “お洒落な女” という印象だ。
バルクスは一瞬止まったが、再び干し肉を噛じり出した。
女の嘲笑など捨て置け、誇りとはそういう物ではない。
「今くたばってる奴らの “蘇生” と、負傷者の治療を。お前達なら出来るハズだ」
どちらかと言えば、これが呂晶の本命である。
ローマチームは自分より遥かに強力な治療術を持っている。
ただ、他にも何かしているようだったので先程は曖昧な言い方をした。
もらえる物は何でももらっておけ。
「なあ、バフという物の効果も知らんのに、なぜ足りないと判る?」
「交渉術でしょう」
イエンがユエに尋ねる中、
ヘレンがヒステリックな声を上げる。
「ユマラの治療術は……PTの者でも――――っ!!」
そのヘレンを、ヴァリキエが片手を上げて制止する。
「我々が治せるのは仲間だけだ。理由は話せない……出来るのにやらないのではない、出来ないんだ」
「んなこたぁ判ってる、治療も蘇生もお前らだけが出来る訳じゃない」
再びイエンが尋ねる。
「……奴は、何でも知っているような口ぶりだな」
「いや、アレは確信は無いが当たりが付くって感じだ」
「ウェイもよく判るな。交渉術というやつか……」
「イエンは素直すぎ」
ユエが呆れていると、見張り役の花雪が顔を出す。
「まだ終わらんのか!? 妾は早く帰ってもう寝たいぞ――――あっちもなんか諦めムードじゃ」
今度は呂晶が片手を上げて制止する。
「妾は貴様の召使いではないぞっ!!」
花雪が不機嫌そうに顔を引っ込める。
「出来るか怪しくとも、
「失敗すれば……おぞましい結果になりますのよっ……!」
(――――ガキはチョロいな、お前らの回復術も盗んでやる)
「失敗しようがどうせ死体だ。可能性があるなら、少しでも戦力の補充がしたい」
「良いだろう」
「良いワケありませんわっ!! 主への冒涜ですわよ!?」
ヴァリキエと呂晶が立ち上がる。
「この地の者が従うのはこの地の神だ。我々もこの地にいる以上、ある程度の柔軟性を持つべきだ」
「アタシは神なんて信じちゃいないけど?」
「価値観という意味だよ」
「さすがキリスト教、詭弁が上手いことで」
皆も重い腰を上げる。休憩は終わりだ。
「この女の言う通りにするおつもりで……?」
「――――そろそろ私の装備もガタが来る、後が無いのは我々も同じだ」
「でも……っ!」
「ヘレンも少し休め、顔色が悪い」
ヴァリキエはヘレンに耳打ちした後、皆に指示を出す。
「治療とバフは私、神父、ルシラで行う。バルは肉片を片付けろ。ルリア、ヘレンを頼む」
「ヘレンっちぃ、おいでぇ~」
「くっ……! 目が三つになっても知りませんわよ……ッ!」
(――――目が三つか、是非見てみたいものね)
「決まりね。イエン、アンタは何人か連れて時間を稼げ、逃げるのは得意でしょ」
呂晶は続けて、他隊へ呼び掛ける。
「手の空いている者ォーーッ!! 距離を取り雑魚を掃除しろォーーッ!! 異邦人が協力し態勢を立て直すッ!! ……アタシは蘇生の手伝いだ」
イエンは眼帯ではない方の目を細くし、遠くを見ている。
「フッ……別にあの白蛇を倒してしまっても、かまわんのだろう?」
察したヴァリキエが宋語で話しかける。
「そこの武人、危険な役をやらせてすまない。かなりの腕と見たが、奴は突付くだけで大量の子を産む。治療に集中するため攻撃は控えてくれ」
「フッ――――まぁそういう事なら役割のみに徹しよう、俺も左眼の解放にはリスクを伴うからな……解放すればあっという間なのだが……」
遠目に聞こえた会話について、ヘレンがルリアへ質問する。
「――――あの方、そんなにお強いんですの?」
「片目にすごい力が宿ってるって言ってるぅ~」
「ワタクシにさえ視えない
「可哀想だからぁ、そこまでにしてあげよぉ~?」
白霊は下を這い回る人間には興味を示さず、
時折、細長い舌を出し入れし、一点だけを見ている。
サーモグラフィーで岩の向こうに隠れている少女の体温を。
◆
イエンは白霊に向かって罵倒し続けるも終始無視されたが、
戦力の補充と強化は予想よりスムーズに進んだ。
しかし回収できたのは、比較的白霊から遠くで倒れた者のみ。
足元で倒れた者は化物に喰われる様を見ているしか無かった。
運良く息を吹き返した者も到底戦える状態では無い。
回復した負傷者もバフによるドーピングで無理やり立たされているようなものだ。
動ける数は四~五十名程だろうか。
秦始皇帝陵突入時の四分の一まで減っている。
彼らは白霊から距離を取った地点に集結している。
「おい、呂晶よ……
「――――? 今、忙しいんだけど」
「お前の象棋は板か……象牙か?」
「――――? アタシは瑪瑙で自作してたよ…………何、その顔?」
「うるさいっ!! 引き分けじゃッ!!」
空洞に散らばる子供は掃討されたが、
その分、白霊の足元には女型の子供が補充されている。
「ヴァリキエ、大丈夫か――――?」
「問題無い……これだけの人数に施したのは初めてだが、ルシラのサポートのおかげだ。ありがとう」
「いいのよ、役に立てて良かった」
化物と人でなしの戦いは、
双方仕切り直しと相成った。
「……ハァーッハッハッハ!! 白蛇め、何も言い返せまい!! 目を合わせる事すら怖いと見える! 懸命な判断だ、さすが千年生きただけはあると褒めておこう……何故なら俺のこの左眼に晒された者は、なんと一瞬で凍り付き、俺がこう……拳を握って放すとだな、ソイツはまるで雪のように……」
イエンが白霊を引き付けている間、
呂晶が集まった全員に作戦要項を伝える。
「ウェイ組のルージンだァッ!! お前達は情けなくも、奴の石化攻撃に敗北したッ!!」
『なんだと!?』
『仲間の死を愚弄する気か!!』
ざわめいた矢先、続けて口にする。
「だが奴の石化は!! 一度放てば、しばらく使えないと判明したァッ!!」
(――――ん?)
そんな確証はあっただろうか。
「
ウェイが怪訝に思う矢先、呂晶は指を一本立てて強調する。
「一度無駄撃ちさせ、一斉に懐に入り、決着をつけるッ!!」
立てた指を力強く白霊に向ける。
「一気に殺れば子供も生まれないッ!! それでこのカビ臭ぇ洞窟とおさらばだッ!!」
(アイツ……デタラメ言ってねーか……?)
ウェイの焦燥感が高まる。
おそらく周りを奮起させるためだろう。しかし――――
(閃光を連続で放つ可能性だってある……よしんば倒せても、その後ウジャウジャ子供が沸くかもしれん……甘言を弄して失敗したとなれば、後で責任を追求されるのは俺なんですけど……)
ウェイが胃を痛くするのとは裏腹に、他隊の者は真剣にそれを聞いている。
隊を越えた連携など行うべくもなかったが、
個々で打つ手のない以上、号令程度でも依る物が欲しい。
褒賞が限られているため自然と何処の隊が討伐するかの競争になった。
けれど、競争しなければいけない理由も無いのだ。
皆、上階からの連戦で憔悴しきっているが、
最短ルートを目指したおかげで無用な戦闘を回避出来た。
『人でなし』『
各々の最善が、軍隊も近付けない地下要塞・秦始皇帝陵最深部、
難攻不落の固定砲台・白霊に届く最終アタックを可能にせしめた。
その最終アタックの提案者は、
皆の顔を見回しながら、左右の人差し指を大きくかざす。
「まず足元の奴を出来るだけ殺れッ!! 手強いぞッ!?」
おそらく自分達を表す右を、半分ほど左に近付ける。
「奴が閃光の体制に入ったら私が大声で合図する!! 死にたくなければ後ろへ……飛び退けェッ!!」
左を上下に揺らしてから、右を勢い良く離す。
「そしたら全力、前進ッ!! 全力、攻撃ッ!! 同胞の仇をミンチにしろ!!」
左右の拳を力強く振り回し、“ボコる” ジェスチャーを行う。
「なあ、呂晶……そんな強制する感じじゃなくてさ、ホラ、俺ら指揮官じゃ無いから、そういう事あんまやっちゃダメって言うか……指示には責任が生まれるって言うか……」
ウェイの女々しい耳打ちが終わらぬ内、
呂晶が血走った目で反論する。
「言い訳なんて
呂晶は自他に喝をいれるように、叫びながら歩く。
ついでに適当にあった誰かのケツを叩き、気合を入れる。
「きゃあっ!! …………屈辱的……」
“負けない” とは、誰に対してだろうか。
「ヴァリキエ、私達は――――?」
ルシラが指示を仰ぐ。
ローマチームのメンバーがヴァリキエに注目するが、
彼女はルリアの精神回復術を受ける、後方のヘレンを見ている。
「同じだ。あの子を守り、奴の首を落とす――――主とアレクシオスの加護があらんことを」
ヴァリキエは顔、胸、右肩、左肩の順に十字を切る。
十字と言っても乱暴な仕草のため、とても歪で曲線的な十字だが。
ローマ帝国の国教
皇帝アレクシオス一世・コムネノスを呼び捨てするのは彼女の癖だ。
「主と、皇帝の加護があらんことを……」
ルシラが復唱し、バルクスと神父も十字を切る。
彼等は信仰の大きさは違えど、皆キリスト正教の使徒である。
ヘレンもそれに気付いて目を閉じ、ヴァリキエに向かって十字を切る。
ヘレンだけは横に切る際に左、右、左と往復させる。
これも彼女の癖だ。
「各自展開ィイイーーーッ!! 奴を囲めェエエーーーッ!! オラ、もっと広がれ広がれェエエッ!! 仲良しこよしじゃねーぞォッ!!」
呂晶は両腕を広げ、全員を両翼に展開させる。
「オイ中二ィイイイイーーッ!! テメー、いつまで発病してやがるッ!?」
「――――お前が “引き付けろ” と言ったのだろうッ!!」
ウェイは相変わらず女々しく、呂晶へ耳打ちする。
「呂晶さん、ちょっとアイツを意識しすぎじゃないッスかね? もう少しこう……各々の判断に任せても……」
「ゴチャゴチャうるせぇ薄顎ッ!!」
――――えっ
「来るぞッ!?」
“薄顎” と呼ばれたのは初めてなのに、
流れるようにスムーズに出た感じだった。
(コイツ俺のこと、いつも心の中で薄顎って言ってやがったのか!)
「攻撃開始ィイイイイイ――――ッ!!」
半円状に展開した布陣から一斉に射程内に入る。
赤青黄の気功、剣気、矢が一斉掃射される。
無用に接近はしないが、十分に閃光の範囲内だ。
( ――――
声のような不気味な音が響く。それを合図に、
強力な親衛隊が蛇特有の高い鳴き声をあげ、気功家達へ蛇行を始める。
矢が当たりそうで当たらない。
『今……何か聞こえなかったか!?』
『気のせいだ!! 集中しろ!!』
白霊は無表情、動きの鈍い子供を掴み無造作に投げつける。
恐ろしい程の腕力だ。
「来たぞッ!! 一対一で戦うな、伍で対応しろ!」
“グシャッ” という衝撃音が連続で響き渡る。
白兵戦闘が始まった。
どいつから串刺しにしてやろうか、それとも術で我が子ごと肉塊にしてやろうか。
白霊が尾を振り、彼らを物色していると――――