シルクロードオンライン¬(differentiam) 作:hachu
真っ暗で、窓から星々が見える部屋。
「そっちの布団、行って良いかな?」
『え……うん、夜は冷えるもんね、あっため合おっか』
「……ありがとう」
背中から体に響かせるように声を発する。
「美鈴ちゃんの家ってどこ? アタシんち、長安で鯉料理出してる」
『あっ、ウチも漁師……渭水だから近いね。漁師だけじゃ食べてけなくて、農家やってるの……“太公望の魚釣り” 知ってる?』
ウトウトしていたせいか、何気無く口にしてしまう。
『太公望の魚釣り』とは昔の伝説のことだ。
今から二千年前、周の軍師だった『太公望』は釣り好きだった事から、
しばしば『釣り師』として語られている。
軍師の癖に釣りが好き『下手の横好き』という意味だ。
今から三百年前の唐の時代、太公望の残した兵法書が注目され、
楊貴妃に傾倒した皇帝・玄宗が彼を称えた事で一躍有名になった偉人だ。
現在の宋でもその兵法書は刊行され、
物語風で読みやすい文章が多くの民に親しまれている。
「 “呂尚” でしょ、てコトは……
『そうそう、よく知ってるぅ……』
「美鈴ちゃん歳いくつだっけ、アタシ
言葉に合わせ、ピアノを弾くように美鈴の腰を指で叩く。
太公望は死後、尊敬を込められて『呂尚』という名で呼ばれるようになった。
『覆水盆に返らず』『柔能く剛を制す』といった故事も、
彼が残したものと言われている。
『もうすぐ十九だよ……一つ違いだね……』
自分の声を聞き、美鈴はふと我に返る。
『十九歳の娘がいる磻渓河の漁師』
実家を探し当てることが出来る、最低限の情報が揃ってしまったように感じた。
何故こんな個人情報を、執拗に聞いてくるのだろうか。
でも、眠いので深く考えるを止めた。
(気にし過ぎ……太公望の話なんて私が自分から言ったんだし、私もお風呂で色々聞いたし……え?)
腰を叩いていた指が下腹部まで降りて来ている。
『暖め合おう』とも言ったし女同士でもあるし、
それでも初対面で少し、馴れ過ぎではないだろうか。
こういう触れ合いはもっと仲が良くなって、信頼し合ってからするものだ。
(これって、やっぱりちょっと……くっつきすぎじゃ……?)
背中にほとんどピッタリと、
太腿の間から足を絡めるように――――
――――絡める?
『ちょっ……ねぇ、冗談やめて……』
「ええ? いいじゃん、”肌すべすべ~” ってやつ」
そう言って服に手を突っ込み、体をまさぐってくる。
触り方が完全に、女同士がふざけてするそれではない。
『私……もう寝たいから、そういうのはまた今度っていうか……』
“そういう気にさせようとしている触り方”
意中の相手にでもされない限り、特に、
女にされたら最も嫌悪感のある触り方だ。
さっきの会話もそうだ、この女は何か気持ち悪い。
気持ちの悪い女が、気持ちの悪い触り方をしながら、気持ちの悪い事を告げる。
「アタシね……女の子が可愛く見えて、すごく、“ムラムラ” しちゃうの」
訛りで関中、長安周辺出身だと判る。
魚について詳しいなら板前か漁師の家系と予想出来る。
似たような出身を偽れば親近感からペラペラと、
取り返しのつかない情報を漏らし
教養の無い女は、騙し甲斐が無い。
美鈴は、横目で背後の気色悪い女を見る――――
長くて、黒くて白い斑模様の髪。
狂気に満ちた表情は、人でなしと言うより化物にも見える。
『ね……いい加減、気持ち悪いから止めて、私……き、今日は疲れてるから……』
「止めてって何? アタシに触られたらキモイって事?」
呂晶の声のトーンが変わる、言ってる事がまともじゃない。
言い方も、雰囲気も、触り方も、
女同士がよくやる “それ” とは何もかも違う。
女同士でやるそれは、そんな風に『脅すような口調』の相手とは、
絶対しない。
『えっと……私、やっぱり、別々に寝たいって言うか……』
「は?
『えっ……? と、その……』
胸騒ぎがする――――怖い、どう返答したら良いのか判らない。
まるで自分が、普通なら巻き込まれない『万に一つの不運』に遭遇したような。
得体の知れない気持ちを抱えた美鈴に、呂晶は耳元で語りかける。
「アタシ、
『えっと……えっと…………えっと……』
「アタシバイなの。これからアンタとエッチな事して、
『――――っ!!』
ようやく『半分だけ』理解した。
今の自分の状況は、女同士で寝ているそれではない。
『その、私……ガチな人はちょっ……――――むぐううううぅ゛っ!?』
離れようとした所に背後から伸びてきた左腕。
頬を挟み込まれながら、そのまま右腕も掴まれ、
足は無理やり開かせるように絡み、一瞬で身動きが取れなくなった。
蛇が獲物に絡みつくように、あっという間の出来事。
『んんっ……! んっ、ふー! ふー! ふーっ……!』
顔を腕関節で挟まれ、頬と唇がひしゃげる。
漏れる唾液を止める事すら出来ない、どんどん呼吸が苦しくなる。
こちらが力を入れようが、入れまいが、関係無いように、
可動式の
“例え壊れても構わない” かのように。
女とは――――いや、人間とは思えない腕力。
岩に挟まれたように微動だにしない。
痛い。
痛みで息が上がるのに、口が塞がって息を吸えない。
叫ぶどころじゃない、必死に鼻呼吸しないと死んでしまう。
「ムカつくんだよ、アタシより良い体した女……この意味も無く張った乳とかさっ……!」
叫んで逃げ出したいのに、動けない。
爪先で絞るように、根本から手前に向かって右胸を何度も何度も引っ掻かれる。
何かの体術だろうか。
こちらは動けないのに向こうは右手が自由に使える――――こんなの卑怯だ
『んーっ! ふーっ! ふーっ!!』
呂晶が女に抱く感情は、美鈴と遊珊、花雪と寒月がお互いに抱く感情とは違う、
男が女に抱く愛情とも違う。
嫉妬や羨望、憎しみも性欲に変えるドス黒く歪んだ趣向。
『ムカつく女ほど興奮する』という感情。
最も信用ならない敵――――それが信頼する味方しか入れない、
好きな男にも見せないような聖域を、気付けば土足で荒らして穢している。
だから女は『レズ』や『バイ』を何より嫌悪する。
「ほら、女の子に触られると違うでしょ? こういうの初めてでしょ? アンタごときに言い寄る男は、自分が気持ち良くなる事しか考えてないからね……っ!」
呂晶は『自分が嫌悪される方法』をよく知っている。
嫌悪されればされるほど興奮する変態だからだ。
逃げようとする美鈴を押さえ込みながら、耳に言葉を流し込む。
「気持ち良いって、”ちょっとでも思ったら” アンタの人生終わりだから……今日から変態の仲間入りさせてあげる……アハッ……!」
細くて繊細な、気持ちの悪い指が胸をまさぐる。
蛇に這い回られているような嫌悪感。
初めての感覚――――
一生味わいたく無い感触を、ゆっくりゆっくり染み込まされる。
『……っ! ……っ! ぁ……ぃやっ!』
必死で首を振る、そんなのは絶対にゴメンだ。
今触られている胸も、自分も、そんな事の為にあるんじゃない。
「うるせぇ、殺すぞ?」
『うっ……!? ぐぅああぁあああ……!』
頬を挟む腕が異常に隆起する、文字通り歯を立てる事すら出来ない。
女の腕がこんなに堅くなるなどあり得ない、
多分、何かの気孔を使っているんだ。
息が吸えない苦しさより、顎が砕かれる程に痛い。
本気で殺されかねない。
『がっ……! お、ごぉ…………っ!』
違う、このままでは本当に死ぬ――――
『相手が可哀想』とか、『骨を砕けたら大変だ』とか、
そういう気持ちが欠片も無い力の入れ方。
握力を誇示する為に林檎を握り潰すように、
人形を気に入ったポーズにしようと “ポキリ” と折ってしまう子供のように、
この女は人の顔を、そんな程度にしか思っていない。
大切な胸を好き放題に揉まれているが、そんな事はどうでも良い、
胸より命を優先しなければ。
力任せにポーズを取らされる前に、自分からそのポーズを取らなければ。
『……っ!! ……っ!!』
動く左手で、締め上げている腕をタップをする。
今伝えられる最大限の降参の合図。
それをしたというのに、胸を揉んでいた右手が素早く離れ、
タップしていた腕も掴んで、強引にねじり上げる。
益々苦しい体勢にさせられた。
『あっ……! お……あ゛……』
死ぬ、本当に死ぬ――――
人間は、顔を腕で抑えただけで殺せるんだ。
降参したのに、どうしてそんな非道い事をするのだろう。
一体どうすれば許してくれるのだろう。
「声を上げたり、抵抗すれば腕をヘシ折る、判ったか?」
『……!! ……!!』
何度も頷く。
首は動かないが、それでも必死に力を込めて伝える。
「そうそう、お前は黙って、アタシの言う事だけ聞いてればいいんだよ……人形みたいにな」
(早くっ! 早くっ! お願い!! お願いしますっ……!!)
ようやく、少しだけ拘束が緩んだ。
『ぶはああぁーーっ! はあっ、はあっ、はあ……ふう……ふう……』
死ぬかと思うほど苦しかったのに、一気に呼吸が楽になる。
苦しかったのは窒息では無く、顔の圧迫が原因だったのだろう。
頭に昇っていた血が急に降りて、貧血のように気分が悪い、
背中が熱い――――
肌を伝ってくる体温が、信じられないぐらい熱い。
体温を体の中まで送り込まれているようで、ますます気持ち悪い。
呂晶は、顔色の悪い美鈴に伸し掛かり、優しく鼻先を触りながら囁く。
「アンタはアタシに、体の隅々まで犯される事を誓う……そうだな?」
『……っ! ……っ!』
感情と九十度違う方向に、何度も首を振るしかなかった。
何をされるのかよく判っていないが、
あんなに苦しい事は――――もう嫌だ
(まあ、お盛ん……)
静かに契約を結ぶ二人から、布団一枚隔てている
薄く目を開け、心の中で不満をつらつら述べる。
(本当は、“私に見てもらいたい” のでしょ……まるで構ってもらいたがってる子供……扱い易いのは良いのだけど、良い加減、あの子少し、うざったいわ)
遊珊は誰にでも優しい、でも善人ではない。
農家の両親に、奴隷として売り出された事を喜んだ。
親が耐え切れなくなり可愛い娘を奴隷として売り出すまで見下し、追い込み続けた。
遊郭こそ本当の我が家であり、生粋の遊女である。
『私に見てもらいたい』とは自信過剰ではなく、計算結果。
呂晶にとって自分は何者にも替えられない、失いたくない相手。
今まで、美鈴のようには襲わず『我慢してしまった』ために、
その苦労を無駄にする事はもう呂晶には出来ない。
我慢を続けた投資を回収する為、成就するまで我慢し続けなければならない。
だから、“あのように襲われる” といった心配もしていないが、
犬が縋り付いてくるような “発情している” 気配は感じていた。
のらりくらり躱すことも出来るが、それも面倒だった為、
今夜は『後輩の美鈴』という『生贄』を用意しておいた。
(親を殺して家の権利でも渡せば、すぐにアナタもイキ殺してあげるのに……もう少し狂わせないとダメなのかしらね……)
呂晶の才能と、実家の呂礼屋のバックボーンには興味がある。
だが、まだそれを差し出された訳でも無いのに、
気持ち悪いレズの相手など毛頭ごめんだ。
自分を安売りするなど花魁のプライドが許さない。
(あ、ダメ……もう眠いわ……おやすみなさい、仲睦まじいお二人さん……)
すぐ横から唾を混じ合わせる、ベチャベチャと淫靡な音が響いているのに、
遊珊は子守唄でも聞くようにスヤスヤと眠りに付く。
眠らないと、明日が辛いから。
睡眠は美容の始りで、美しさは自分の武器。
必要なら牢獄だろうと崖の上だろうと眠り、怠惰を貪る。
目的の為なら何でもする、ただし、
世界を食い尽くしても満たされない遊珊に、目的地など無いが――――