シルクロードオンライン¬(differentiam) 作:hachu
『クソッ!!もう一度行く! “曲矢” に気を付けろ!!』
炎孔使いの盗賊が再度、
気功最強の大砲、”烈火” の体勢に入る。
『応ッ!……いや待て、“例の女” だッ!!』
右翼護衛から見て左方、賊から見て右方に人影が見える。
人影が稲光のような残像をなびかせると、
10歩(16.6メートル)はあろう距離を一瞬で跳躍し、
賊の側面、気功の射程距離まで躍り出た。
この隊の副長、
だがそれ以上に、呂晶を驚かせた事がある。
「なんだっ!? …ウェイ、ウェイッ!今の、神歩みたいな動きだったぞ!」
――雷功、鬼影神歩・幻影
地面に電磁レールのような雷孔を走らせ、
その上をリニアモーターのように瞬間移動する。
全気功中、最も使用者が多い気功。
「“みたい” じゃない、アレがお手本だ。お前のは短すぎて横っ飛びと変わらないだけだ」
烈火の脅威が去った為、ウェイが安心して解説する。
呂晶も神歩幻影は使えるが、
射程が数メートルしかない為、自分で動く方が正確なのだ。
それでも、一生懸命練習したのに。
馬鹿にされた呂晶は、子供のようにふてくされて言い返す。
「じゃあ…、ウェイもアレくらい出来んでしょうね?」
ユエの神歩幻影は、女性の軽い体重を活かし、
ウェイの最高飛距離の1.5倍、20メートル強の長さを誇る。
神歩幻影の最中に、更に神歩幻影を敷設するウルトラC、
『神歩・臂影』に迫る飛距離を、それをせずに安定して実現させている。
リニアモーターと言っても、
左右の案内コイルに相当する物は存在しない。
故に、神歩幻影は方向と距離調整が難しい。
高出力モーターがついた
階段の手摺りを滑り降りるようなもの。
調子に乗って長距離を飛ぶと、バランスを崩して派手にすっ転ぶ。
障害物があれば勿論、止まる事なく激突する。
逆にそのスリルと疾走感が堪らない。
故に、頭のイカれた気孔家達に最も人気がある。
「出来る訳ないだろ。“本来は” ああなんだ…おっ?」
そのユエは、眼鏡の位置を整えてから、
大きく足を広げ、左手で掴んだ右腕を伸ばし、雷孔を集中させる。
二名の盗賊も、ユエを優先してターゲットにする。
『殺るぞ!! “あの女さえ” 片付ければ…!!』
彼女がこの隊商の大黒柱と知っているのだ。
ユエさえ始末すれば、今回は荷を奪えなくとも、
襲撃を繰り返す度、この隊は疲弊し瓦解していく。
この盗賊達の読みは正しい。
ユエと炎孔使いの賊は向かい合い、ほぼ同時に “溜め” に入った。
盾持ちの賊は間に入るように構え、炎孔使いを守っている。
二対一だ。
その様子を観戦するウェイは、
まったく焦りもせず、目を細めて不敵な笑みを作る。
「フッ…、勝ったな」
「は…? あんたキモイんだけど。きゃあッ!!」
連続的な閃光。
呂晶が女の子のような悲鳴を上げる。
ユエの体から、何本もの稲妻が鞭のように伸び、
周囲の空間を叩きながら、球体状に収束されていく。
腕を伸ばしているのは、自分への予期せぬ感電を防ぐためだろう。
そしてユエの方が、賊よりも気孔の収束が早い。
「よっこい…しょぉおおッ!!」
年寄りのような掛け声を上げ、二本の指をまっすぐ賊に突き出す。
親指は距離を測るためか、垂直に立てている。
ユエの指先が強く発光すると同時に、盗賊二名に “野太い” 稲光が炸裂した。
『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛…ッ!!』
前に出ていた賊が濁った悲鳴を数秒上げ、力尽きた。
吹っ飛ばされる訳でも無く、崩れ落ちるでも無く。
バランスの悪い人形を、ウッカリ触って倒してしまった時のように。
ピクリとも動かないまま、雷を受けたままの姿勢で倒れ込む。
人が倒れると、これほど大きな音がするのか。
そう思う程の勢いで、100kg近くある身体を、
重力のまま地面へ叩き付ける。
即死だ。
盾を構えた所で、雷を防御出来る訳もない。
倒れた衝撃のせいか、耳からドス黒い血が流れ出る。
服の隙間からも、同じくドス黒い煙が立ち昇っている。
全身が焼け焦げているのだろう。
遠目から見ただけで、体表にあれだけのダメージを確認出来る。
身体の内部を走った野太い雷が、筋肉や内蔵、心臓、脳を、
どのように傷付け去って行ったかは、想像に難くない。
この惨たらしい物体を誰かが見たとして、
可愛らしい18歳の小娘が作り上げた芸術だとは、とても思わないだろう。
だがそれ以上に、呂晶を驚かせた事がある。
「雷功使い…!しかも、“青い雷”!」
才能が無ければ、
いくら修練を積んでも扱えない気功。
中でも最も体得が難しいとされるのが、雷功である。
その雷功の華型とも言える「狂雷百虎陣」
更にそれを何本も収束して撃ち出すのが、ユエの放った『狂雷千馬陣』である。
下位の十狼陣、百虎陣までは、日の光のような黄色をしており、
“青白い光” が千馬の証である。
気孔家達は、色が変わる理屈までは判っていないものの、
『青雷瞬戦場対近付無 (青雷瞬く戦場に近付く無かれ)』
そう師父から教え込まれる程に、
青い雷功・千馬陣は、畏怖の対象とされている。
色が変わる実態としては、電撃の周波数が関係している。
持続が長い千馬陣は、空気中の窒素と反応を繰り返し、
その波長が青色のスペクトルを形成する。
夕日と同様に、距離が離れればスペクトルは赤方偏移を起こし、
千馬は遠くから見れば、赤みがかった紫に見える。
青く見えるのは、同じ戦場に居る者だけ。
師父達が口を酸っぱくして、偉そうに弟子に説教している、
“青雷瞬く戦場近付くなかれ” という状況は、実際には存在せず、
青い雷を見た時には、大抵の場合が手遅れなのだ。
『ぐうぅ…っあああぁ…!』
即死した盾持ちの賊の背後、
炎孔使いの賊も感電し、肩を抑えてよろめいている。
致命傷とまでは至らぬが、
かなりのダメージを負っている事が、一目で判る。
目を真っ赤に腫らし、赤い涙を流しているからだ。
身体の毛細血管が破裂している。
賊が視ている景色は、さぞ真っ赤に染まっている事だろう。
この、複数人への同時感電ダメージは、
雷孔の利点であると同時に、味方にも飛び火しかねない弱点でもある。
『商人共おおおおぉ……!!』
相棒が死に、烈火の収束も再度失敗した賊は、
呻き声のような怨嗟を吐きながら反転し、この場を離脱しようとしている。
逃げるつもりだ。
「……俺も青いのを見たのは、彼女が初めてだ」
「うぉぉっ!?」
千馬陣にビビっていた呂晶は、ウェイの声に驚き我に返る。
雷に恐怖する心は、誰もが持つ本能だ。
しかし、バツが悪そうに顔を赤くしている。
いつも偉そうに振る舞っている手前、
怖がってしまった時、人一倍恥ずかしいのだ。
「…ふんっ。けど、“千の騎馬も怯んで逃げ出す”ってのは言いすぎね。中華の野郎はなっ…何でも大袈裟に言いたがるんだから!」
虚勢を張って見下したものの、噛んでしまった。
最早、雷を怖がる “ツンデレっ子” でしかない。
「そういう語源だったのか?…まぁ、俺らの馬も逃げ出してないしな。怯みはしたが。どうどう、アレは味方だ」
この青い光の反応で出来る窒素化合物は、
植物の成長を促す。
その昔、ある修行者が毎日雷功の訓練をしていたら、
一帯に良質な草が生い茂るようになった。
草が生い茂った様子が “千の馬も養えそうだ”
というのが、本来の語源である。
それでも、大袈裟な表現に変わりはないが。
『あぁ…っ、ぐ…っ、ぐぎぃ…』
逃走を図ろうとする賊は、
感電のダメージが深く、足元がおぼついていない。
一歩一歩、苦しそうな呻き声を漏らしている。
ユエは表情一つ変えずにそれを眺め、
狂雷を放った腕を折り曲げ、指先を額に近付ける。
『い゛があああぁっ!!』
敗者が鞭打たれたかのように、賊が目一杯仰け反る。
体が
電撃が流れた箇所の筋肉が、脳からの信号と誤認し、
意思とは無関係に収縮を起こしたのだ。
「今っ!指先だけで雷撃を放ったのか!?あんなに早く、正確な位置に!!」
いつもの、人を小馬鹿にする冷めた調子を取り戻した呂晶が、
それを見て再び狼狽してしまう。
「……。」
額に指をあてたままのユエは、眼鏡の奥の丸くて愛らしい目で、
倒れた賊のダメージを注意深く、真剣に観察し、
もう一度気孔を込める。
『うっ…、ぐ……あがぁあああああッ!!』
倒れて反り返っていた賊が、
今度は反対に、膝を顔に打ち付けるほど蹲る。
まるで地ベタをのたうち回る、芋虫のように。
その様子を観察するユエも、まるであどけない少女が、
芋虫でも見下ろしているかのような顔をしている。
――相手の足元から静電気を流す、獅子吼・地震
通称・地雷、それに自分や他者の放った雷孔、
先程の狂雷などで生まれた、周囲の帯電を上乗せしたものが、
今ユエが放った『獅子吼・朗天』である。
つまり、自分が放出した雷孔を掬い上げ、相手にもう一度ブチ当てたのだ。
その小さい雷撃は、それ自体が与えるダメージは少ないが、
細く、身体の中へ絡み付くように、奥深くまで侵入してくる。
いつもはほんの少しの電気信号で動いている身体に、
突然、強力な電気を流し込む。
信号の受信器は容易に許容限界を突破し、
筋肉は最大限の収縮を引き起こす。
身体も神経も、その負荷に耐えられない程の収縮を。
帯電が生まれ続ける限り、ユエは拾っては撃ち込み、
拾っては撃ち込みを繰り返す。
強制的に身体の主導権を奪われ、
ユエの見下ろす前で這いつくばり、
ユエに見られながら、
自分自身で、自分の身体を、何度も何度も壊される。
ユエが最も得意とする、悪魔のような技。
拷問のような技。
「…確か雷功は、炎功より出が早いんだよな?」
体外気功を放てない呂晶は、
知識では知っていても、感覚としては判らない。
足りない感覚を、それが出来るウェイに尋ねて補う。
「そうだ。環境に左右されるから、威力は頭の良さに比例すると言われてる」
気功家が発する炎功の熱は、放出時に爆発的に高まる。
熱量の飛躍は、ゴムの反動のようなもの。
強靭なゴムを引くには物理的なタイムラグが必要となり、
総じて炎功は出が遅い。
溜めるにつれ質量も増え、威力に反比例して弾速は遅くなる。
達人が速度重視で放ったとしても、
秒速半理の更に半分が関の山。(125m/s=時速450km)
しかも大して進まずに、砕け散ってしまうだろう。
面制圧を目的とした大型ナパーム弾、狂暴暴焔波ともなれば、
10秒以上の溜めに加え、投擲のように空高く撃ち出さねばならない。
動く的を捉えるのは至難の技だ。
炎功とは、爆炎を撒き散らせるのが主な使い道であり、
直撃というのは稀である。
一方、雷功の弾速は炎功の千倍、
秒速三百里(150000m/s=時速54万km)
照準を合わされたら最後、回避は絶対不可能。
熱を生じるタイムラグが無い分、溜めも総じて炎功より早い。
その代わり、威力は総じて炎功より低い。
それでも、人を殺すには丁度良い威力。
破壊ではなく、殺人の為にあるような気功。
青い雷が瞬く度に、誰かが死んでいる。
もしくは自分が。
だから千馬陣は、気功家にとって畏怖の対象とされている。
しかし、いくら雷功の出が早いと言っても…
「あんなに早いもんなのか?」
「いや、獅子咆は特別だ。と言っても、俺はあそこまで早く出せんが」
ウェイは漢のロマンを追い求める、大艦巨砲主義。
長身の体格同様に技も大味で、
威力はあるが、いつも必要無いほど溜めが長い。
いわゆる遅漏。地面をのたうち回っている賊と同様、
男性気功家に多いタイプだ。
「当たり前だ。あの眼鏡…あの若さで仙人か何かか?」
「当たり前とはなんだよっ!当たり前とは!俺は馬鹿じゃなーいッ!!」
雷を正確に操るには、
気象学に物理学、地質学に物質工学など、様々な知識が要る。
戦闘レベルで雷孔を操る気功家は、頭も良いのだ。
その頭の良い、文武両道のユエは、
賊のダメージを確認し、後退して距離を開けている。
「(ん?止めを刺さない…。気功を出し尽くしたのか…? それなら!)」
呂晶は待ってましたと言わんばかりに、
後退したユエの代わりに前進する。
「嬲り殺しはアタシに任せなッ!」
「おい!!危ないぞっ!!」
その馬の手綱を強引に掴み、ウェイが無理やり制止させる。
それと同時に、
『放てええええぇッ!!』
中列隊長の号令と共に、
右翼の弓兵数十名が、一斉に矢を射掛けた。
「えっ、えっ?…うおおおぉっ!!」
呂晶の目の前から遠く先頭部まで、
数十の矢が見事な編隊を組むように、一列に飛翔する。
その後は少し乱れた編隊が、何度も矢の波を作っている。
一人につき三、四本の矢を連続で放っているからだ。
全員が “連矢” と呼ばれる技術を使っている。
扇のように放たれた百本はあろう矢は、
一点に向かって収束されていく。
『ぐっ、あ゛っ、ぎゃっ、っ…っ…っ…』
立ち上がれない賊に、絶命には十分過ぎる矢が、
ドスドスと音を立てて突き刺さっていく。
賊を中心に、たった数秒で矢の草むらが出来上がってしまった。
完全にオーバーキルだ。
右翼の50名の護衛、その半分以上を占める弓手達が、
一人の盗賊を蜂の巣にしたのだ。
「ああーっ!やられちまったよぉー…。アイツぅ…」
呂晶は馬を立てて急停止させ、賊を指差す。
弓手達はいつの間にか馬を降り、
いつもの布陣を完了させていたようだ。
「何で寂しそうなんだお前は…」
――霹靂矢・横陣
複数本の矢を一呼吸で連射する破天弓術の『霹靂矢』
それを横陣で一斉掃射する。
通常の迎撃戦であれば、この霹靂矢・横陣だけで勝負は決まる。
<img src="/storage/image/Y6neLjN80Usc2ZuPi1xJ5hAaq9S6gPUPpZeKok6J.jpeg" alt="Y6neLjN80Usc2ZuPi1xJ5hAaq9S6gPUPpZeKok6J.jpeg">
弓の射程は遠距離気功より長い。
矢に気功を付加すれば、更に弓威と射程距離は伸びる。
足を止めてのんびり気功を溜める時間など、
本来、花雪象印商隊が与える訳も無い。
呂晶のような近接組の仕事は、矢を掻い潜られた際の保険と、
弓手が下馬した際に、馬を預かる程度だ。
戦いとは規模が大きくなるにつれ、個の力量を統率力が上回っていく。
非凡な武侠の “匹夫の勇” は必要無く、
画一化と統制が成された強さこそが、常勝をもたらす。
一騎当千の
その数倍の人数の軍隊よりも、遥かに強い。
しかし、その花雪象印商隊でさえ、
徹底的な画一化と統制がなされた殺人集団、
軍隊を相手に、もしも “本当に戦う日” が来たならば
確実に負ける事になるだろう。
気功家は強いが、その性質は軍人よりも一般人のそれに近い。
集団戦には向いていない。
出来るのはせいぜい、号令に合わせて矢を撃ち込む程度だ。
だが、たかがそれだけでこの威力を発揮し、
たかがそれだけで盗賊が手を出せない、
無敵の商隊と成り得るのだ。
『ぎ゛…っ!ぎ…、ぎ…ぎぃ…っ!』
十数本の矢が深々と刺さった状態で、
賊は壊れた人形のように、奇妙な動きで、上半身を起き上がらせる。
力を入れた箇所からは、血が音を立てて噴出している。
何かを叫ぼうとしている。
『貴様等はああああぁ゛国の誇りを売り飛ばしッ!!異文化を持ち込む゛醜い金の亡者だああああぁ゛!!』
ゲームでの獅子咆は、「相手の武功発生を阻害する」
という、アクションぽい効果が書かれているのですが、
沢山のプレイヤーが何度も確認しましたが、一度も阻害する事はありませんでした。嘘スキルですね。信じられません。書いてある効果が発生しないなんて。まぁそういうゲームなので。
なので小説では、ユエちゃんに弄ばれるという、嬉しいような恥ずかしいような効果を加えました。これこそがdifferentiam(論理否定)です。
この効果がちゃんと実装していれば、結構面白かったんじゃないかなーと今でも思っています。
オンラインでアクション的な事はやっぱり難しいのでしょうね。
でもだったら「阻害する」とか何で書いたのって感じですよね。
それはスキル回収という課金アイテムを買ってもらうためです。