シルクロードオンライン¬(differentiam) 作:hachu
『貴様等はああああぁ゛!!国の誇りを売り飛ばし!!異文化を持ち込む!!醜い金の亡者ああああぁ゛!!』
声と共に、血を吐き出している。
片肺に穴が空いている。
それでも賊は叫ぶ。
『貴様等は無尽蔵の貨幣を生み出し…ッ!!貴様等のせいで!!通貨は崩壊したァッ!!』
演説。
気迫による熱気のせいか、血飛沫のせいか、
賊の体から、“赤黒い蜃気楼” が迸る。
放っておいても一刻も経たず死ぬ。
叫んだせいで、
叫び終わりが死ぬ時になった。
最後の言葉。
『賊がなんか言ってやがるぜ?』
『死に損ないィーーッ!!黙ってくたばれぇーーッ!!』
右翼の弓手達が、味方に預けた馬に跨がりながら、
それを見て嘲笑する。
こうしている間にも隊列は進み続けるのだ。
死に損ないの主張に構っている暇はない。
何より、その主張自体も怪しいものである。
宋の貨幣、取り分け銅銭の価値が崩壊し、
特に低所得層で、近年稀に見るインフレが起きている原因は、
行商人にあるとは言い切れない。
何故なら行商人が輸出している物こそ、
その国中に溢れた、使い道の無い銅銭だから。
銅銭を他国に流す事で、むしろインフレの解消を手伝っているのだが、
行商をしない者達には判らない事だ。
他には戸部が発行した、高利貸しを行う『市易法』や、
物価を調整する『均輸法』の大雑把な運用、改正により、
経済は混乱を極めている。
だが、それは商人にとっても迷惑な話であり、
現・戸部次官であり、首都・開封の知事でもある、
この盗賊が宋の出身ではなく、西夏の羌族なのであれば、
その主張も判らないではない。
だがそれも宋で叫んだ所で、誰にも理解されない。
『大名気取りの蟻共ォオオオオッ!!我らは決して滅びなあああいッ!!』
肉体の限界はとうに越えている。
意思の力で、脳が停止するのを拒んでいる。
医者が心臓マッサージを止めた瞬間、患者の死亡が確定するように。
『今に我等が貴様等をッ!!一匹残らず踏み潰すッ!!』
叫ぶ以外の機能は停止し、生きているのではなく、
“ゾンビが叫んでいる” と言った方が正しい。
そのゾンビに、新たな矢が一本突き刺さる。
『何故ならッ!!我らに…っ、は゛っ……!!』
突き刺さった矢は赤黒い閃光を放ち、
炎功とは違う、大きな爆発を引き起こした。
上半身が袈裟斬りされたように千切れ飛び、
頭がもげ、内臓を撒き散らす。
賊は木っ端微塵に弾け飛んだ。
『いよぉっしっ!!』
虐殺を行った弓手の一人が、力強く拳を握る。
――
矢には着弾の瞬間誘爆する、圧力信管のような気功を込め、
括り付けた爆薬には金属片を仕込み、飛散したそれで周囲の数名を殺傷する、
技とも言えぬような技。
動けない一人に放ったのは、単に “派手に殺したかったから”
「……クソッ!」
動く物見櫓、
戦象から後方を確認していた先頭・
爆発の閃光に合わせて顔を背け、悪態を付く。
見慣れた光景ではあるが、未だに慣れない。
気功家は基本的に、一対一の戦いを想定した修練を積む。
誰の矢が当たったかも判らない、この圧倒的優位では、
弓手も逆にストレスが溜まってしまうのだ。
一種のトリガーハッピー状態である。
「(妾は物を運んでいるだけじゃ…!なぜ奴等はそれを邪魔しようとする…!?)」
盗賊に勝ち目など無い。
コチラは “そうなるまで” 体勢を整えているのだから。
「進路を戻すぞ…っ!」
花雪は眉間に皺を寄せ、
わずかに逸した進路を、再び最短経路に修正する。
少し歪んだ隊列は何事も無かったように、
元の一直線へと整頓される。
バラバラになった賊の肉片から、薄い炎が立ち昇っている。
爆薬の硝煙ではなく、自身の気孔。
それが自身を燃やし、溶かしている。
その様を見た右翼の護衛達に、ざわめきが起こっている。
『あの盗賊…。消滅死だぞ』
『本当か?爆滅の炎じゃないか? …あー、ありゃ消滅死だ。炎が青い』
気功家が死ぬと稀に起こる、化学反応。
“消滅死” の理由は判っていない。
怨念が立ち昇って起こるという説。
体内で練った気孔が制御を失ったという説。
気孔を多用すると、体が人でなくなるという説。
ある時は骨まで燃えて灰になり、ある時はみるみる凍って砕け散り、
その消滅方法は様々だ。
特に手練と呼ばれる気功家。その死体は残り難い。
英雄と名高い者ほど、最初から実在しなかったように、
姿を残さずこの世を去る。
『あの程度でか?生意気な賊だなッ!』
『賊が英雄のハズあるか。あれは気孔の使い過ぎだ』
醜い死骸を晒すよりは、そうなる方が誉れとされる。
そうなった者は、仲間から称えられて逝くのが常であるが、
今回は嘲笑する者しかいないようだ。
あの盗賊、あの二人は結局、
多少の矢と爆薬を消費させた程度で、何の意味も成さずに死んだ。
いわゆる犬死にだ。
『ユエさーんっ!見てくれましたかーっ!?俺が仕留めましたよーっ!!』
爆滅を放った弓手が、副長・
戦果をアピールしているのだ。
ユエは剣の切っ先で、後ろの燃えている肉塊を指す。
「ありがとう。
右翼の護衛達に笑いが起こる。
『ははっ!怖いな、ウチの副長殿はっ!』
『人が弾けるのを見て、“スッキリ” だとよ!』
彼等にとっては珍しくもない光景だが、
年頃の娘が言うと、ギャップで笑えてくる。
ユエは屈託のない、可愛らしい微笑みを返した後、
雷功・神歩幻影で、軽やかに前列へ帰投していく。
無用な虐殺行為を窘める事も出来る。
だが、日常生活と戦場では、物事の基準はまるで変わる。
ユエはそれを理解している為、無用な正義感などは持ち出さず、
部下に余計なストレスを溜めさせない。
敵が現れれば、そこは戦場なのだ。
どれだけこちらが優位だろうと。
結局、あたふたしただけで出番の無かった第一発見者、
近接組の呂晶とウェイが、さっきの戦いを振り返る。
「言った通りだろ?ほとんどユエさんと弓隊がやっつけてくれる。俺達、
「ああ、反吐が出る」
「しかし、消滅死なんて珍しいな…。あの盗賊、最期に何て言おうとしたんだろうな?」
斜め後ろで燃え朽ちていく肉塊を、
横目で振り返りながら尋ねる。
振り返らずに進む呂晶は、重い口を開けて答える。
「何故なら、我等には――」