シルクロードオンライン¬(differentiam) 作:hachu
「何故なら我等には、“守る物など無いからだ”」
元・盗賊の呂晶が、死んだ盗賊の代わりに、
彼が最後に言おうとした言葉を口にする。
「よく判るな。賊のスローガンか?」
ウェイは背後の呂晶に馬を並走させ、他愛ない会話を始める。
行商とは、そのほとんどが只進むだけの、
つまらない仕事だからだ。
そして、こういった事をする者がいる為、
だんだんと隊列が乱れ、花雪は怒号を飛ばさねばならない。
「アイツらには、ガラクタを一生懸命守るアタシらが狂人に見えるんだよ」
自分でも聞いた事のない賊の台詞。
なのに、何を言おうとしたかが判った。
「ふーん…。『俺は守る物がある方が強くなれる』気がするが。家族とか仲間とか」
「そりゃ、『なった気がする』だけだ。人を養おうとすれば身を粉にして働かなきゃいけない。責任が生まれるんだ」
『責任』という言葉にピンと来たのか、
ウェイは両手の人差し指で呂晶を差す。
「それだそれっ! 一人じゃ出来なかった事が出来るようになる。強くなってるだろ?」
「馬鹿か?身を粉にしてんだぞ?削った分弱くなるに決まってる。家族や仲間を人質にされたらお前はどうやって戦うんだ」
歳下の小娘に馬鹿にされ、
温厚なウェイもさすがにムッとくる。
「そりゃ強さと関係ねーだろ! 判んねーかなぁ、こう… “漲るパゥアー” ってやつがよ」
「判るよ。漲るパゥアー?…は、コミニティを保持する『本能』だ」
『本能』という言葉を聞いたウェイは、
今度は俯き、眉間をつまんで首を振っている。
「出たよ本能…。ああ、俺も本能は好きだぜ? 理由は知らないが、一日一回は『本能』って言葉を使いたくなっちまうんだ。本能チョー大好き、もう本能の事しか考えられなーいっ!」
頭の悪そうな、ギャル風オカマ演技。
大袈裟に呂晶の真似をしたジョークだ。
「それで間違ってないよ」
「ぬっ…」
渾身の演技をスルーされてしまった。
「人間は所詮サルだ。それを認めたがらないのも『本能』だ」
こちらはウェイの様子を例えたジョークではなく、
結論を述べている口調だ。
冗談が通じない雰囲気の為、ウェイも面倒ながら話を合わせる。
「そりゃつまり…“パゥアー” が漲るのは、猿でも持ってる本能のおかげだって言ってんのか?」
「同じ事二度言わすな」
「百歩譲ってそうだとしよう、でも別に良いじゃないか。本能だろうと煩悩だろうと。活力…そう、生きる活力が生まれるなら」
「活力じゃなくて “習性” だ。単にその習性の無い奴等が死に絶えたってだけだ」
堅苦しい話になると、呂晶は一層、面倒臭くなる。
本能という言葉を聞くだけで、
ウェイが頭を抱えてしまう程に。
「何でも知ってる偉い呂晶様に教えてやるよ。議論ってのは、 “譲り合いが大切なんだ”」
呂晶に嫌味をジョークで包んだ物、
『皮肉』を手渡す。
「譲るもクソもない。アタシは正しくてお前がパーだ。アタシは一歩も譲らない」
自分の言う事に相手が付いて来ないと、
イライラして、攻撃的な言葉を投げかける。
その行為は、他者から見れば邪悪に写る。
当の呂晶は、邪悪な行為を行っているつもりはない。
むしろ逆だ。
正しい事は、正しくなければならない。
そうでなければ、それは間違った世界だから。
なぜ凡愚共は、世界を嘘で満たしていくのか。
凡愚自身が気付いていようといまいと、
それは強盗よりも、殺人よりも、この世で最も罪が重い、
吐き気を催す邪悪だ。
自分は邪悪な者から世界を救う、正義の戦士。
自分は正しい事を述べているのに、
邪悪な者はそれを正しいと認めない。
だから、邪悪な者には憎しみを持って、
攻撃的な言葉を投げかけ、叩き潰し、
時には殺す。
誰からも理解されなかったとしても、正しいのは自分だ。
正しさとは、多数決ではないのだから。
呂晶はそう思っている。
「俺が百歩も譲ってるのに、お前は一歩も譲らない訳か。わがままって言葉は知ってるか?」
「まさか…。“一歩も譲らない” ってのは、さすがに “ジョーク” だ」
人間は、誰かと寄り添わなければ生きていけない。
“譲り合い” とは、
呂晶の言う『本能』に根ざした行動でもある。
“一歩も譲らない” とは、
自分の意見を曲げずに持ち続け、
他人がそれ以外を持つ事すら “許さない” という事。
究極のわがまま。
それは逆に実現不可能であり、この世で最も険しい道だ。
だから、一歩も譲らないと言うのは “ジョーク” だ。
「私の言う事以外、殺してでも “存在させはしない”」
自分ではなく、世界がそれを許さないから。
世界の一部たる自分が、それを正さなくてはならない。
誰かがそれをやらなくてはいけない。
例えどれだけ辛く、険しい道であろうと。
塗り固められた嘘を排除し、世界を正常な世界に戻す。
それでようやく、“正常” なのだ。
理想を求めてはいない。
ただ狂った世界を、“元に戻している” だけ。
少なくとも呂晶は、そう思っている。
「その本能が “ある奴” と、”ない奴” で生存競争して、ある奴が生き残ったんだろ? それは結局、ある奴の方が強いって事になるぞ」
呂晶の真剣な様子に、ウェイは冗談で濁さず、
真面目に話してやろうと考える。
全く興味の無い話だが、コイツにとっては挟持なのかもしれない。
自分が掲げる『天下布武』と同じように。
「ああ、そうも言える。だが『真理』じゃない」
『真理』という言葉を聞いたウェイは、
今度は怪訝な顔をする。
呂晶が一番言わなそうな言葉だからだ。
「真理? 神嫌いのお前が宗教やってるなんて、意外だな」
「違う、アイツらのは偽物。アタシのは文字通りの意味だ」
「その『真理』てのが、大切な物を守る以上の、パゥアーを与えるのか?」
「力なんて誰も与えない。それが真実ってだけだ」
「いよいよ判らんな…。お前の言ってる事は矛盾してるぞ」
“漲るパゥアー” の正体が『本能』だと言った口で、
今度は “誰も力など与えない” と言う。
ウェイの矛盾という指摘は正しく見える。
「…例えば、家族や仲間を生贄に捧げれば、“今より強い力” が手に入るとしたら?」
「そんな事ある訳ないだろう。力ってのは誰かに与えられる物じゃない、お前がそう言ったばかりだ」
「逃げんな。仮定の話だ」
なぜ、自分が “逃げている” と怒られなくてはいけないのか。
訳の判らない仮定を持ち出したのはコイツなのに。
だが、小娘に “逃げるな” とまで言われては、
大の男である以上、黙ってはいられない。
「…甘いぞ呂晶、それでも “捧げる前” の方が強い」
「理由は?」
「一人で戦うより、“複数で戦った方が強い” からだ。どうだ?負けを認めてもいいんだぞ?」
アラサーで大人なウェイは、『えっへん』という調子で答える。
“力を得る為には犠牲が必要だ” と問いたいのだろうが、
そんな意地悪な誘導に、乗りはしないのだ。
結盟の頭領たる者、たまにはこの小娘に、
人生の先輩である所を見せつけなければ。
「じゃあ、生贄にしたら “複数で戦うより強い力” が手に入るとしたら?」
ウェイは目と口を大きく開け、
『信じられない』とでも言うような顔を作る。
「おま…、ズリーぞッ! 後出しなら何でもアリじゃねーかっ!」
「“そういう事” だ。アタシらは本能によって勝ち残った種族だ。だからって、本能は最良の答えじゃない」
呂晶は究極の二択を迫った訳でもないし、
自分の言った事を翻してもいない。
ウェイのレベルに落とし、解説しただけだ。
どれだけ落とせば良いか判らないので、
今話している事で例えた。
ただその配慮が結局、話を混乱させてしまう。
知能レベルが離れた者同士では、会話が成立しない理由の一つだ。
呂晶の知能レベルでは、ほとんどの者と会話は成立しない。
どちらが上で、どちらが下かは判らないが。
「なるほど、話が見えてきた」
そんな呂晶とも、ウェイは意思疎通を試みる。
価値観の違う相手すら、理解しようとする “共感能力”
ウェイや遊珊はその能力が高く、
共感した上で、相手が欲する物を与えようとする。
だから二人の周りには、自然と人が集まってくる。
呂晶に無い物を持っている。
出来ない事が出来る。
だから呂晶は、辛辣な言葉を投げつけながら、
それでも彼等に惹き寄せられる。
「人より強くなるのは簡単だ。人が持つ本能を上回ればいい」
「それがお前が言う、『真理』ってやつか」
「そういう事。腹が減れば飯を食う、悲しければ涙が出る、それと変わらない生理現象を、“漲るパゥアー” だの抜かしてるお前は、『世界に嘘を流布してる』」
「生理現象だと…? 大切な物を守りたいと思う気持ちがか?」
『ムカつく言葉』に反応していては、話が進まない。
優しいウェイはいつも譲歩してしまう。
人と価値観が違う呂晶。
人の本能とも違う道へ進む呂晶。
人でなしの呂晶。
そんな呂晶の気持ちでさえ、
ウェイは理解してやろうと試みる。
誰にも理解されないのは、とても悲しい事だから。
きっと “コイツの中” では、
コイツは悪人ではないのだろうから。
「本能が真理じゃないなら、何でそんなに本能が好きなんだ? 嫌いな神にやたら詳しいのと同じか?」
「上回るなら理解しなきゃいけない。どうしてそうなったか。全部理解して、全部ねじ伏せる答え。だから真理は “最強” だ」
呂晶はそう言いながら、手綱を強く握り締め、
この世界を睨みつける。
「…もしも、お前が得た『真理』が、『お前の意に反した物』だったら、どうするんだ?」
理解も共感も出来ないままだが、
呂晶に合わせた言葉を使い、問いかける。
お互いの知能レベルが離れている以上、
わずかな共通項で話すしか、会話が成立する見込みが無いからだ。
どちらが上で、どちらが下かは判らないが。
「もしも、『最強の力』を得る為に『親を殺すしかなくなった』なら、お前はどうするんだ?」
だからウェイは、あえて究極の二択を迫る。
誘導でも意地悪でもない。
その答えで、“人でなし” の気持ちを、
少しでも理解してやりたかった。
究極の二択に、『親』を使った事にも理由がある。
『仲間』が何より大切なのは、
結盟の頭領たる、自分だけだと理解しているからだ。
どれだけ大切に思っても、
利益が共通しなければ、彼等は残酷に離れていく。
もう慣れきった事だ。
仲間にとっての『仲間』とは、
自分にとっての『仲間』とは、少し違う。
頭領である以上、その仲間の気持ちさえも、
理解してやらねばならない。
だから大切な者に『仲間と家族』ではなく、
さすがの呂晶でも大切な相手だろう『親』だけを対象にした。
『親はなんだかんだ反対しながらも、自分の旅を応援してくれている』
以前、呂晶が自分でそう言っていたからだ。
その親すらも大切でないと言うならば、
もう後は、大切な物が “自分自身” しか残らない。
世界を敵に回すしかない。
「
バツが悪そうな笑顔で、呂晶は答えた。
「お前の考えはおかしいぞ…」
判らない。
「誰かの為に生きろとまでは言わん…!」
これだけ判ろうとしても、呂晶の気持ちが判らない。
「“お前の為にならない事”を、“お前がする” 意味なんて無いだろう!!」
理解出来ない。
何故そんな、殺したくもない親を犠牲にして、
自分すら犠牲にするような道を選ぶのか。
何故そんな、『難しいけど頑張ってみる』と言うような顔をするのか。
どんな価値観を持とうと、それは人の勝手だ。
価値観は人それぞれだ。
それでも “コレ” だけは止めさせたい。
呂晶にとっては違うのだろう。
だが自分にとっては、呂晶だって、
何にも変えられない、大切な仲間なのだから。
“自分自身ですら大切でない” など、絶対に止めさせるべきだ。
「アタシは嘘を付きたくないんだ。“このクソにまみれた、世界と自分に” 」
「ユエさんだけじゃない。お前だって仙人みたいだ」
自分の親を殺さないからと言って、
誰が “嘘付きだ” と咎めるのか。
「自分の意に反する事が、アタシの意なんだ」
それを聞いて、
ウェイが “キレた” ように形相を変える。
「なんだよそりゃ!! “頭の中にご主人様でも住んでる” ってのか!?お前はソイツの奴隷なのかよ!?」
「それいいな。“アタシの
新たな真理を得たとでも言うような。
ウェイと反対に冷静な態度が、更にウェイの気持ちを逆撫でる。
「おかしい!!やっぱりソイツはおかしいぞ!!」
「なにキレてんだよ…ウッゼーな」
「思い浮かべてみろ!! “親を殺したお前の姿を” !!」
キレたようにではない。ほとんどキレている。
「薬でラリって!!フラフラ母親をぶった斬って!!お前は血みどろでヘラヘラ笑って!!」
「笑いながら!! “涙を流している” ハズだッ!!」
周りの護衛や商人が、物騒な事を叫ぶウェイに注目する。
当のウェイは、
その情景を想像して、キレながら泣きそうになっている。
感受性の高い男だからだ。
「オイオイオイ…よく考えろよ。親を殺して力が手に入る訳がない」
「は?」
面倒そうに、人差し指を立て、
『ここテストに出るぞ』とレクチャーでもするかのように、
呂晶は言い放つ。
「誰も力なんか与えちゃくれない。最初に言っただろ? “なった気がするだけ” って。自分で辿り着くのが『真理』だ」
知能レベルが離れた者同士では、会話は成立しない。
呂晶の知能レベルでは、ほとんどの者と会話は成立しない。
どちらが上で、どちらが下かは判らないが、
呂晶は “自分が一番上” だと思っている。
最初から議論しているつもりは無く、
ただウェイに上から目線で、“教えてあげていた” だけだったのだ。
教えてあげたのに、感謝もしないウェイに対し、
心の中で『なんて失礼な野郎だ』とさえ思っている。
答えを知っているのだから、そもそも議論の余地は無い。
『一歩も譲る気が無い』とはこういう事であり、
よく女性の好みに挙げられる『何事にも自分の考えを持っている人』とは、
実際はこういった、とても面倒な者である。
「ああーっくでぇっ!!くでぇーんだよお前はいつもっ!」
偏屈なひねくれ者に呆れる、
「いつもそうだ!楽しく生きてりゃそれで……。おい…大丈夫か?」
そのウェイの表情が変わる。
呂晶の顔色が悪い。
俯いて、短く弱く呼吸し、ほとんど前も見れていない。
それを見て、ウェイはようやくその事に気付く。
「(そうか…、そういやコイツはいつも…)」
今回はウェイに誘われ、“たまたま” 商人側についていた。
呂晶はいつもこの場所で、
あの盗賊と同じように待ち伏せ、あの盗賊と同じように商人を襲撃していた。
“ああなっていたのが自分” であっても、何の不思議も無かった。
呂晶は目だけをウェイに向け、辛そうに睨みつける。
「何がだよ…? そんなにか弱い女と “思ってくれてんのか”」
「どうやら……。余計な心配しちまったようだ」
呂晶の弱々しい声に、
ウェイは少し考えてから皮肉を返した。
冗談が言える内は大丈夫だろう。しつこく聞いても逆効果だ。
ウェイはそう思っているが、
呂晶が顔色を悪くしているのは、
盗賊の死に様を自分に重ねたからではない。
呂晶は、幼少の頃から頭が良い子だった。
不意な災害に見舞われ、見知らぬ土地に一人で降り立った時も、
子供ながらに自力で帰還方法を見つけ出し、金を盗んで実行した。
普通なら “そういうものだ” と割り切るような事。
そんな事ですら、あらゆる角度から追求し、
根源的な部分にまで想いを “馳せてしまう”
辿り着いた世界の真理。
精神が成熟していない呂晶にとって、
それはどれも残酷な事ばかりだ。
神仏の一切は創作だと、とうに『結論』を出してしまった。
だから他の者が縋るような、“神” という精神的支えは無い。
それでも辿り着いてしまったからには、
その真実に殉じなければならない。
他の道は全て間違えだから。
自分の高い知能が、そう言っているのだから。
だが、四六時中そんな事を考えていては、
とても身が持たない。
辛くて耐えられない。
だから修練して、体を動かす事で思考が逡巡するのを防ぐ。
異性でも同性でも、強姦してでも快楽に逃げる。
麻薬で自分の脳をイジメ抜き、高い知能を低くする。
阿片とは、精神安定剤などあるハズも無いこの時代で、
メンヘラな呂晶にとっては精神を保つ、薬なのだ。
だが、呂晶の体調が悪いのは、
それらも関係しているが、それらとあまり関係は無い。
単なる寝不足だ。
(圧倒的な矢数…。見てから避けれる距離でも、あれじゃ逃げ場がない。緊張も殺気も無い、適当に放たれた矢。あーいう “数撃ちゃ当たれ” が一番避け辛いんだ)