※この作品はR-18です。

シルクロードオンライン¬(differentiam)   作:hachu

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弓の三死・中貫久 ~勉強は将来何の役に立つの?~

 

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(圧倒的な矢数だ。見てから避けれる距離でも、あれじゃ逃げ場がない)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

____________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花雪象印商隊に参加する約一ヶ月前。

ここは長安の北にある森林地帯。

 

 

二十歳の女盗賊・呂晶は、”自分に照準を定める弓手” に、

驚異的なスピードで間合いを詰めている。

 

 

そして間合いを詰めながら、

相手の表情や動きを見て、“あるタイミング” を測っている。

 

 

 

 

「(まだ……まだ撃たない気か…?)」

 

 

 

 

接近しなければ弓手は倒せない。

 

だが一度(ひとたび)放たれたら、

自分のトップスピードを遥かに越える速度で飛翔してくる矢。

それに正面から突っ込むのは、並大抵の勇気ではない。

 

 

矢先を急所に定められるだけで、

焦燥感と恐怖を掻き立てられ、プレッシャーを与えられる。

 

先端恐怖症という本能だ。

 

 

 

 

矢を避ける事は難しい。

だが距離があれば、避けられない訳ではない。

 

ただし呂晶の位置はもう、

発射を見てから回避可能な距離を、とうに越えている。

 

あとは相手が撃ち出す際の “殺気” を読み、回避を行うしかない。

 

殺気と言っても詰まるところ『勘』だ。

相手の表情やわずかな動きから、『来る』と思った瞬間に避けるのみ。

 

 

見てから回避は間に合わない。

 

かと言って、相手が撃つ前にビビって避けようとすれば、

それこそ格好の的になる。

 

タイミングを合わせなければ矢は避けられない。

 

 

 

 

「(もう “デッドゾーン” を越えるぞ……近間でアタシに当てられると思っているのか?もうこのままイッちまうか…)」

 

 

 

 

矢を避ける事は難しい。

しかし、もっと難しいのは “当てる方” だ。

 

相手は的のようにジッとしてはおらず、

動く的には普通に撃っても当たらない。

 

 

だから呂晶は真っ直ぐではなく、

小刻みに方向を変え、的を散らしながら接近する。

 

最高速ではなく、最大戦速で。

 

 

 

 

「……。」

 

 

 

 

呂晶に弓を構える女性、遊珊。

彼女はブレる相手の動きに合わせ、正中線上に狙いを定め続ける。

 

 

 

 

 

 

 

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巨大な武器を携え、迫り来る相手は、

ただ接近するだけで、焦燥感と恐怖を掻き立て、

プレッシャーを与えてくる。

 

接近恐怖症という本能だ。

 

 

 

 

呂晶は速度を緩めず、左前方に半馬身ほどステップする。

同時に遊珊の足元へ視線を落とす。

 

 

 

 

「(”あと二歩” …あと二歩でデッドゾーンを越える…!先生の戦速を、アタシの戦速が上回るよ!)」

 

 

 

 

接近してくる気功家は恐怖である。

 

自分を斬り殺す為、大きな刃物を振り回す、

通り魔より怖い、快楽殺人者。

 

おまけに超能力まで持っている。

 

そんな化物に接近されれば、

大人と子供、象と蟻ほどの戦力差。

結果は見えている。

 

 

紙で指を切った時の、あの耐えがたい痛みが、

切断面全てに駆け巡ると同時に、見慣れた体は二つに分かれているだろう。

 

 

 

 

「(“あと一歩” ね…)」

 

 

 

 

そんな状況でも遊珊は表情を変えない。

頭ではなく、体で理解しているから。

 

 

 

 

「(二歩……一歩ッ!! ここで先生は撃ってくるぅーーッ!!)」

 

 

 

 

呂晶は “デッドゾーン” と呼ばれる範囲を越える、一歩手前で跳躍する。

遊珊の細い首が上へ傾いていく。

 

 

 

 

「…っ!」

 

 

 

 

弓手は接敵される前に、相手を射抜かなければならない。

 

かと言って、相手が遠くにいる内に放っても、

いともあっさりと回避されてしまう。

 

 

接近される恐怖を耐え忍び、今にも放ちたい気持ちを堪え、

相手が回避できない距離まで我慢して “引き付ける”

 

引き付ければ引き付ける程、矢は当たり易くなる。

 

 

弓矢とは遠距離だけでなく、近距離で放っても良い、

『遠近両用』の武器である。

 

 

 

 

「(あれ…?……なんで…?)」

 

 

 

 

しかし引き付け過ぎてしまえば、

今度は命中率が途端に下がる。

 

弓を旋回させ、矢を定めて放つ。

この『弓の戦速』が、相手がステップや斬撃を繰り出す、

『近接武器の戦速』に追い付けなくなるのだ。

 

遠すぎず近すぎない必殺の間合い、

『デッドゾーン』で放つのが、弓術の基本だ。

 

 

勿論、それは相手もよく判っている。

 

デッドゾーンではジグザグに進んでくる為に的が絞り難く、

こちらが撃ち出す際の殺気も敏感に察知され、

憎たらしくもフェイントをかけ、引きの甘い矢は無慈悲に防御する。

 

渾身の矢を物ともしない体格や、装備の者もいる。

勘や動体視力が良く、ひらりと躱してくる者すらいる。

 

 

そしてコチラはどの場合でも、矢を外せば死が待っている。

 

 

デッドゾーン、

必殺の間合いとは、”必ず殺す間合い” ではなく 、

 

“必ず殺さなければいけない間合い”

 

 

 

苦労してデッドゾーンに引き付けた後は、

最終行程が残っている。

 

相手の動きを “先読み” しなければならない。

 

こちらが『撃とう』と思う瞬間は、

相手にとっても『撃たれる』と思う瞬間。

 

まるでシンクロしたかのように、

放つと同時に “勘” で回避される事などざらにある。

 

だから動きを先読みして放つ。

 

 

 

 

「(先生、なんで撃ってねーんだっ!?)」

 

 

 

「(まぁ、高いわね。一人でそんなに跳ね上がって… ”素敵じゃないわ”)」

 

 

 

 

呂晶は遊珊のデッドゾーン、

それを越える “一歩手前” で跳躍した。

 

もう一歩進めば、遊珊には死が待っている。

ならば遊珊は一歩手前で撃つしかない。

 

だから呂晶は、それを避ける為に跳躍した。

 

 

それでも遊珊は撃たなかった。

華奢な体に似合わない、据わった度胸で、

呂晶との我慢比べを制したのだ。

 

 

 

 

「…ふっ!」

 

 

 

 

小さく素早く息を吐き出し、矢尻に炎孔を付加して、

ビビって跳躍してしまった呂晶へ放つ。

 

空中ならば回避は不可能だ。

 

 

 

 

「(クソッ……弾け…っ!)」

 

 

 

 

呂晶も矛を回しながら炎孔を付加し、

遠心力を高めて急旋回させる。

 

廻し受けだ。

 

 

受けれるかどうかは運次第だが、

確率としては、受けられない場合の方が多い。

 

 

 

 

 

 

 

 

――キンッ

 

 

 

小さな金属音が響くと、

顔面に飛翔していた矢がわずかに軌道を変え、

左眼のすぐ横を通っていった。

 

 

 

 

「(惜しかったな先生……勝ちにしてあげたい位だ!)」

 

 

 

 

呂晶が着地する時、遊珊はそこにはいない。

 

完璧なタイミングで放ちながら、外れる可能性も考え、

用心深くバックステップしている。

 

弓で言うところの ”残心” である。

 

つまり、呂晶はまだデッドゾーンの中にいる。

 

 

 

 

「(ダメ……間に合わないわ…)」

 

 

 

 

遊珊は腰の矢籠から矢を一本抜き、

ほとんど弓を引かずに放つ。

 

威力を無視した速射だ。

 

 

 

 

「つぇええいっ!」

 

 

 

 

呂晶は着地した直後の一歩で爆発したように急接近し、

遊珊に “両手” を伸ばす。

 

そして次の一歩で急ブレーキをかける。

 

 

 

 

「………っ!」

 

 

 

 

慣性で少し滑り、二人は密着するように静止する。

 

呂晶の右手、短く持った「木」の大刀が、

遊珊の細い首筋にピタリと当てられている。

 

もう片方の左手では、

弓と、それにクロスされた矢をまとめて握り締め、

矢が発射されるのを食い止めている。

 

 

一瞬でも遅ければ顔面を貫いていたであろう矢先には、

鏃(やじり)ではなく、「丸い玉」が付いている。

 

 

 

 

「………参ったわ。私の負けね」

 

 

 

 

立会人のウェイが試合終了を告げる。

 

 

 

 

「そこまでぇーーーいッッ!!」

 

 

 

 

ウェイの合図と共に、

観戦していた結盟員達が感嘆の声を漏らす。

 

 

 

 

『いやー!今のは惜しかったっす!アレを弾かれたらどうしようもないっすよ!』

 

 

 

『先生は引き付けるタイプだね。でも、あそこまで我慢する奴はアタイ初めて見た』

 

 

 

 

 

 

 

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感想戦が始まった。

 

 

 

 

「アタシも驚いたよ。避けるまで待つ気かと思って、避けずに進んでやろうって思ってたんだけど、最後は飛ばされちまった。アタシをビビらせるなんて大したもんだ」

 

 

 

 

この日、長安北の森林地帯では、

結盟・『真夜中の旅団』が行う、月に一回のイベントが開催されている。

 

 

 

 

 

 

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今回のイベントは、弓手の訓練をメインに据えた『矢を当てる大会』

 

”なるべく参加” が条件なので来ない者も多いが、

今日は遊珊が出席すると聞き、呂晶は顔を出した。

 

少し離れた所では、もう1チームが同様の訓練を行っており、

呂晶を相手にするこちらは、言わば『HARDステージ』である。

 

 

 

 

「ありがとう。でも、結局当てられなかったわ。ダメね、私…」

 

 

 

「先生、気に病む事なんて無い。アタシは矢を避けるのが得意ってだけだ」

 

 

 

 

矢を当てるには様々な定石が存在する。

 

正中線を狙う、身を伏せて避ける。

ならば足を狙う、飛んで避ける。

さらば飛ぶまで待つ、飛ばずに進む…

 

これらの定石が距離と状況により目まぐるしく変化していく。

 

大切なのは最大戦速を保ちつつ、プレッシャーに負けない事。

お互いに考えている暇などない。

 

『経験と度胸』が物を言うのだ。

 

 

弓とは、遠くの的へ美しく命中させる優美さのみが注目されがちだが、

実際の戦闘、特に一対一では、

優美さの欠片も無い、泥臭い戦いが展開される。

 

 

 

 

「ガイル、今ので幾つだ?」

 

 

 

『えっと、呂晶さんの7連勝っすね』

 

 

 

 

 

 

 

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これを高めるには訓練で慣れるしかない。

 

今回は鏃(やじり)の代わりに樹脂で固めた玉を付け、

撃つ方と避ける方に別れて、10本一試合を行う。

 

さしずめ、大学のサークル合宿のようなものだ。

 

 

 

 

「よし、あと3回で完全試合だなっ!」

 

 

 

 

完全試合とは、遊珊に十連勝するという意味でなく、

今日相手した弓手、全員に全勝するという意味である。

 

元々、避け役は交代で行うハズだったのだが、

呂晶が来たならばと、一人でやらされている。

 

勝利者には金一封が贈呈されるが、

それはウェイや皆が納める活動資金から捻出されており、

ほとんど納めた事の無い呂晶には受け取る権利は無い。

 

 

こうした訓練を行うのも、弓手のエースが行方不明となっている為、

後進の育成が大きな課題となっているからだ。

 

 

 

 

感想戦をしていると結盟主のウェイが近寄り、手を叩いて指導を始める。

 

 

 

 

 

 

 

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「いいぞ遊珊!だが弓は中(あた)らざれば死、貫かざれば死、久しからずばなんとやらだ!次は弾かれない炎孔を込めろッ!」

 

 

 

 

弓の三死『中・貫・久』

 

命中力、当たらなければ即ち死。

貫通力、当たっても貫かなければ即ち死。

持久力、貫いてもその技が続かなければ即ち死。

 

どれが欠けても即ち死ぬという言葉。

 

 

気功と縁の深い弓術門家、

『破天神弓』もこれを採用している。

 

 

破天神弓には『中貫久』の他に『体風動滅気魔盾絶(たいふうどうめつきまじゅんぜつ)』という言葉まである。

 

 

体格の良い相手には、貫通力を高めた秋風鉄血矢。

動きの早い相手には、面制圧の爆滅戦投神。

気功で守る相手には、相殺させる抗魔弓術。

盾を構えた相手には、音の壁を叩きつける絶殺弓。

 

 

気功家の弓手は、相手のタイプによって弓種を変える事も大切なのだ。

 

だたし、これはあくまで有効相性の覚え合わせであって、

出来なければ死ぬという程では無い。

 

 

弓を当てる、弓を避ける。

二つはとても難しく、取り分け難しいのは当てる方。

練習する事は山とあるのだ。

 

 

 

 

「嫌よ。」

 

 

 

「え…っ! 嫌!?」

 

 

 

 

遊珊はキッパリ拒絶する。

 

中貫久のありがたいお言葉に『嫌』

予想だにしない返答に、ウェイはすっとんきょうな声を上げる。

 

 

 

 

「そういう貧乏臭いのは性に合わないの……素敵じゃないわ。ごめんなさいね」

 

 

 

「ごめんなさいっていうか…。でもホラ、死んじゃうより良いだろ?」

 

 

 

 

気功家は命のやり取りを行う危険な職業。

 

しかしサークルは部活動とは違い、

『和気あいあい』と『ゆるく』活動するのが常である。

 

ウェイに “つん” とそっぽを向く遊珊に、愛の騎士・呂晶が馳せ参じる。

 

 

 

 

「おいウェイ。”久しからず” って、相手が増えてんじゃねーか。ソイツは伏兵潜ませる卑怯者だ。相手する必要なんか無い」

 

 

 

 

“貫きてもその技久しからずば即ち死”

戦場や一対複数を想定した文句だ。

 

中と貫で一対一を連想させながら、久でいきなり伏兵の登場を示唆するのは、

あまりフェアではない言葉ではある。

 

確かにそのような状況では、一人で殲滅しようとはせず、

こちらも数を揃えるか、逃げた方が良い。

 

 

 

 

 

 

 

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「相手しなかったら戦いにならんだろ…」

 

 

 

「そんなん言ったら、“投石されたら即ち死” だし、“指揮官が殺られても即ち死” だろ」

 

 

 

 

眉間を抑えるウェイに、

呂晶はリズミカルに屁理屈をこねる。

 

 

 

 

「“地割れが起きても即ち死”、“隕石が落ちても即ち死”。一人の弓手に何でもかんでも背負わせんじゃねーよ!」

 

 

 

「だからな、“不意に囲まれちまう” 状況とかあるだろ?」

 

 

 

 

指を一本立て、ウェイは講義を続ける。

 

 

 

 

「”弓使いAさん” が伏兵に殺られたから、“俺等はそうならないようにしようぜ” って話だ」

 

 

 

「そーんなのっ!絶対いつか死ぬに決まってんじゃん、ねぇ狭霧?」

 

 

 

 

狭霧と呼ばれた、顔に入れ墨のある女性。

白髪だが歳は呂晶と同じ位だ。

 

狭霧は呂晶に『ウンウン』と真剣に頷いてから、ウェイの方に向き直す。

 

 

 

 

『貫かなくても、当たれば大体逃げてくぞ。アタイは無駄な殺生はしたくない』

 

 

 

 

 

 

 

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狭霧は言いたい事をハッキリ言うタイプだ。

 

呂晶は『久』の部分を突っ込んでいるが、

狭霧は『貫』の部分が納得いかないらしい。

 

 

 

 

「ウェイ……サイッテーだな!一生懸命やってる女の子に “死ぬ” なんて言う奴はサイッテーだ!ねぇ狭霧?」

 

 

 

 

つい半年前まで一般人だった遊珊に、弓の極意は厳しすぎる。

 

狭霧は呂晶にウンウンと真剣に頷いてから、

ウェイの方に向き直す。

 

 

 

 

『アタイもそう思う』

 

 

 

 

呂晶と狭霧が結託してしまった。

 

 

 

 

「貫くってのは防具をだ。弾かれるような矢じゃダメって意味だ」

 

 

 

 

協調する女子二人に、ウェイは面倒ながらも指導を行う。

命に関わる事なのだからしっかり教えねばならない。

 

それを無視し、女子二人はヒソヒソ話を始めている。

 

 

 

 

「…ねぇねぇ、エッチに似てない?よくいるじゃん… “そこじゃない” ってトコ突っ込もうとする男…」

 

 

 

『ギャハハハ!!そーだ!一発で貫けない童貞がクタバレー!』

 

 

 

 

狭霧は大げさなポーズで腕を伸ばし、

ウェイを指す。

 

 

 

 

「そーだそーだ!童貞の癖に持久力なんて生意気だぞーっ!」

 

 

 

 

呂晶も大げさなポーズで腕を伸ばし、

ウェイを指す。

 

 

 

 

『ギャハハハ!!“貫きても早漏ならば即ち死” だ!!ウェイ終わったなぁーギャハハハ!!』

 

 

 

「……。」

 

 

 

 

狭霧は腹を抱えながら、ウェイを何度も指差す。

 

ウェイは目を瞑り、無の境地にて嵐が過ぎ去るのを待っているが、

そこへ呂晶が更に追い打ちを掛ける。

 

 

 

 

「ウェイ、お前な!弓使わねーからって好き放題言ってんじゃねーぞ!同じ童貞として可哀想だと思わないのか!?弓使いAに対して!!」

 

 

 

 

ウェイはたまらず大声で言い返す。

 

 

 

 

「好き放題言ってんのはお前等だろああああぁッ!!俺が作った言葉じゃねーし、俺は童貞でもねぇ!!弓使いAもたぶん童貞じゃねぇよっ!!」

 

 

 

 

二人を両手で指差し、ぶんぶんと振る。

それを見かねた遊珊が止めに入る。

 

 

 

 

「ちょっとみんな、真面目にやりましょう?……アナタもムキにならないで」

 

 

 

「う…っ。だってな遊珊、コイツらが…」

 

 

 

「もう、野暮な人」

 

 

 

 

遊珊が目を細めて窘めると、ウェイはシュンとしてしまう。

 

すると、まだ10代に見える若い男性、

ガイルと呼ばれた青年結盟員が話を戻す。

 

 

 

 

『まぁ、弓は後衛っすから、誰かが守れば良いっすよ。死ぬかもしれないなら尚更っす』

 

 

 

『アタイもそう思う。三死なんて出来ない弓手の方が多い。多いって事は死んでないってコトだ。みんなで守ってんだよ』

 

 

 

 

ふざけつつも、仲間の命が掛かったこの言葉と真剣に向き合う。

そこへ、ウェイが更に問題提起する。

 

 

 

 

「だがな、守ってくれる奴がいない時だって、やっぱりあるぞ? 逆に守らなきゃいけない時だってある」

 

 

 

 

幼少のウェイを助け、彼の心の師となっているのは、

渤海の “弓手の” 武侠である。

 

 

 

 

「俺が知ってる弓手なんてスゴかったぞ。一人で敵をバッタバッタと…」

 

 

 

「ゴチャゴチャうるせぇっ!先生が嫌がってんだろ!殺すぞッ!?」

 

 

 

 

真面目になりかけた空気を、

放蕩娘が掻き乱す。

 

 

 

 

「お…っ、俺…そんなに重罪か…?」

 

 

 

 

懇切丁寧に指導しているというのに、なぜ死罪にされるだろうか。

その理由はウェイの優しさにこそある。

 

 

この手の体育会系の指導は、まず徹底的に罵倒と否定を行い、

今までの価値観を白紙に戻してからでないと効果は薄い。

 

武功家だろうと軍隊だろうと、それは同じだ。

 

それをしていない為に、ありがたいお言葉も受け入れられないのだ。

 

 

 

 

「冗談はさておき、弓は最も ”苛烈な武術” と言われてる。それは接近されたら反撃の術が無いからだ」

 

 

 

 

掻き乱された空気を、

ウェイは再び真面目な方へと傾ける。

 

 

 

 

「はぁ?勝手に決めてんじゃねーよ。誰だそんなコト決めやがったのは?神か!?神ならアタシがぶっ殺してやる!」

 

 

 

「呂晶ーちょっとしつこいぞー。それに言い出した人はもう死んでるぞー」

 

 

 

 

“冗談はさておき” と言われては、呂晶は黙ってはいられない。

その冗談のような真理を真っ当すべく、命を懸けているのだから。

 

冗談でも大真面目だ。

 

 

 

 

「だったら弓なんか使うんじゃねぇよ!遠距離なんてテメーが弱い証拠だろうがよぉコラ?」

 

 

 

 

無視されると、呂晶はますますムキになる。

 

 

 

 

「なーにが “苛烈な武術” だ調子乗りやがって。体張ってから物言いやがれ!」

 

 

 

「あー…それはあの世で、三死を考えた奴に言ってくれ」

 

 

 

「アタシは ”あの世” なんて信じないッ!!」

 

 

 

 

『(めんどくっさ…)』

 

 

『(めんどくっさ…)』

 

 

「(面倒くさい子ね…)」

 

 

 

 

他の者達は空気を読んで “学習モード” に入っており、冗談はお腹一杯である。

そして呂晶の “神仏嫌い” もお腹一杯である。

 

 

 

 

『…貫通力が大事なら、“弩” はダメなんすか?』

 

 

 

「おお、良い質問だガイル」

 

 

 

 

 

 

 

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弩(いしゆみ)とは、即ちボーガンの事である。

 

軌道が直線的な為、

城壁の上にいる敵を放物線状に狙うといった使い方は出来ないが、

ハッキリ言って弓より強い。

 

遊珊でなくとも、遠距離攻撃ならば弩の方が妥当である。

 

 

 

 

「弩は、作るのも所持するのも許可がいるんだ」

 

 

 

 

そこらの農民すら強力な兵隊に変える弩は、

軍隊を統率する ”武官” が認可しなければ、製造・所有が許されない、

軍御用達の兵器である。

 

そして気功家は、武官から『跳躍者』と呼称され、

不穏分子として見なされている。

 

 

 

 

「それに矢に触れないから、気功が通し難い。俺達には相性が悪いんだ」

 

 

 

 

軍御用達の弩であっても、やはり試した気功家はいる。

試行錯誤の結果、弓の方が良いと結論が出たのだ。

 

 

 

 

『誰も使ってないのには、理由があるって訳っすね』

 

 

 

「そうだ。まぁ正確には、今でも弩を使おうとする気功家はいるがな」

 

 

 

 

試行錯誤の末に得られた ”結論”

いつしか試行錯誤の ”過程” は忘れられ、結論だけが残る。

 

この結論を、後世に伝言ゲームのように伝えた物が ”風習” や ”仕来り” である。

 

 

過程はとうに失われている為、

風習や仕来りは伝言ゲームを繰り返す内、

元の目的が何だったか判らないほど歪(いびつ)に歪んだ物へと変わる。

 

 

目的も判らない物を強制された後世の者が、

ある時それに反発を起こし、風習や仕来りを消滅させる。

 

そして、また過ちが繰り返される。

何千年もの間、繰り返されてきたループだ。

 

 

 

 

『自分で使ってみないと納得できない気持ちはあるっすね。昔より今の方が技術が発展してるし、他にも試してる人がいるなら気になるっす』

 

 

 

 

過ちのループを防ぐ手段が、

”結論” だけでなく ”過程” も圧縮して伝える、いわゆる『勉強』である。

 

 

役に立つかも判らない、やりたくもない勉強。

生徒の『勉強は将来何の役に立つの?』という問いに、

教師は言葉を濁してしまう。

 

それは、勉強とはその生徒の為だけではなく、

半分くらいは、国やコミニティの為に教える物だからだ。

 

“馬鹿がいると皆が迷惑する”

そんな事を、道徳の模範たる教師が口に出来るハズもない。

 

 

 

 

『ガイル。そういうのはとりあえず従っておきな。アタイも家の掟には従ってる』

 

 

 

 

先人の気功家が挑戦し、失敗した、

弩と気孔を併用した戦術の確立。

 

それを成そうとすれば例外無く、人生を捧げて取り組む必要がある。

 

人生を捧げたとしても、高い確率で今までと同じ結論に行き着く。

それはとても非効率だ。

 

 

過程をよく知らないのであれば、賛同も反発もせず、

黙って従っておくのが無難である。

 

狭霧が言っているのはそんな事だ。

 

 

 

 

「そうだな。三死もアレンジを加えても構わない。だが、それが出来た理由についても、各々あとで考えてもらいたい」

 

 

 

 

学びきれなかった事を後で自分で補完する。

これを『復習』と言ったりする。

 

 

 

 

『理由かぁ…。なら、アタイは小兄に聞いてみるよ。小兄は頭が良いんだ』

 

 

 

 

その復習を忘れないよう強制させるのが『宿題』だ。

狭霧は三兄弟の末娘の為、宿題が出れば兄に教えてもらう事が出来る。

 

兄弟がいる者の特権だ。

 

 

 

 

「おーい狭霧ぃ…。ビビる事なんてない」

 

 

 

 

問題児の呂晶が、勉強を妨害する悪魔の囁きを行う。

 

 

 

 

「弓ってのは遠くから攻撃出来るから、”危機感” が薄れちまうだろ?」

 

 

 

『うん、薄れちまう』

 

 

 

「だからしつこく、”サボると死ぬぞ” って脅すんだ」

 

 

 

『……ッ!』

 

 

 

「ようは三死ってのは、“死ぬ死ぬ詐欺” だ」

 

 

 

 

狭霧が、目から鱗が落ちたような顔をする。

 

塾に通うなどして、まだ習ってない事を予習している『頭の良い子』は、

宿題の答えをネタバレし、趣旨を台無しにしたりする。

 

 

 

 

『詐欺だったのか…。じゃあアタイ、小兄に聞くのはやっぱりやめる』

 

 

 

 

狭霧はウェイを向き、宿題をサボる宣言をした。

 

 

 

 

「だからさ……後で考えろって言ってんだろ…」

 

 

 

 

こういったネタバレをする呂晶のような子は、

特に悪い事をしている訳でもない為、怒る事も難しい。

 

教師にとっては悩みの種である。

 

 

 

 

『遊珊さん、ほとんど呂晶さんに避けられてないっすよ。何かコツでもあるんすか?』

 

 

 

 

青年結盟員が確認している、戦績を記述した紙。

 

呂晶の7連勝中ではあるが、

敗因のほとんどに『弾かれ次射が間に合わず』

もしくは、『掠めるも致命傷ならず』と記述されている。

 

 

避けるのが得意な呂晶ですら、

遊珊の矢をほとんど回避できていないのだ。

 

 

 

 

「どうかしら? 相手が求める事をしてあげるようには……気を遣ってるわ」

 

 

 

 

ウェイは生徒の珍しい意見を拾う。

 

 

 

 

「求める事?それは初耳だな。聞かせてくれ、遊珊」

 

 

 

 

遊珊は立てた人差し指を顎に当て、

夕飯の献立を考えるような表情で感覚を思い出す。

 

 

 

 

「人は攻められたくない部分を、本当は一番攻めて欲しいと思ってるの。わざわざ判るように嫌がっちゃうのよ」

 

 

「??」 『??』 『??』

 

 

 

 

幾多の相手と “深い関係” を築いてきた、遊珊だからこそ可能な読み。

その独特の感性を、他者が理解するのは難しい。

 

皆が狐につままれた顔をしているのに気付き、

遊珊は慌ててフォローを入れる。

 

 

 

 

「あっ!…何言ってるのかしらね、私……忘れて、ね? 素人の意見だから…」

 

 

 

 

そして遊珊が困れば、愛の戦士は黙っていない。

 

 

 

 

「やっぱ、“花魁” は言う事が違うよねぇ~!!心を読まれちまうんだよ、心を!」

 

 

 

「……ッ!」

 

 

 

 

その単語が出た瞬間。

 

いつも優しく、柔らかい物腰の遊珊が、

目を見開く。

 

 

 

 

『えっ……先生って…遊郭の人なのかい? アタイ知らなかった…』

 

 

 

『遊珊さん花魁……なんすか…?スゴイ人、なんすね…』

 

 

 

 

場の空気が一気に不穏になる。

気まずい。

 

しかし、華奢な体にデカイ肝っ玉を持つ遊珊は、

そんな状況でも冷静に対処する。

 

 

 

 

「ええ、そうなの…。でも、あまり思い出したくない事だから……深く聞かないでもらえると嬉しいわ…」

 

 

 

 

清らかな心を持つ者が、不運に巻き込まれ、

辛いながらも健気に人生を歩んで来たような。

 

思わずそう感じてしまう憂いのある笑顔で答える。

この場で考えうるパーフェクトなフォローだ。

 

 

 

 

『まぁ、色々あるよね。アタイもそうだよ』

 

 

 

『僕も偏見なんかちっとも無いっす。気にする事ないっすよ』

 

 

 

「よく判らんが、困った事があればいつでも言ってくれ。力になる」

 

 

 

 

場の空気が遊珊を応援する物へと変わる。

 

だが、遊珊が困っていたら、

助太刀するのが愛の戦士である。

 

 

 

 

「はぁ?判ってねーなお前等…。スゲーんだぞッッ!!長安の花魁てのはッッ!!」

 

 

 

「(ちょ…っ)」

 

 

 

「中華だけじゃない、”外国の男もたらし込んでんだ!!” アタシは尊…敬ッ!しちまうねッ!!」

 

 

 

 

宋の西の都、長安の遊郭は、西方の政治的客賓をもてなすべく、

国内でもトップクラスの遊女が集められている。

 

 

 

 

『…そっか、アタイが先生から習ってた化粧は、遊郭直伝の技だったんだな…』

 

 

 

 

遊珊は困った笑顔を作りながら、

怒りの炎を燃やしている。

 

 

 

 

「(…呂晶……許さない…… ”指切りげんまん” よ…)」

 

 

 

 

呂晶がした事は、大学のサークルの集まりで、

『この子、風俗で働いててNo1なんだよ!スゴくない!?』

と言うような事である。

 

 

 

 

「よーし、感想戦は終わりだ!ほらほら位置に付け!次行くぞーッ!!」

 

 

 

 

 

ウェイの掛け声に合わせ、

呂晶は飛び跳ねるような軽やかなステップで位置に付く。

 

 

 

 

「キャオラッ!!」

 

 

 

 

(先生との試合~!楽しいなぁっ!楽しいなぁっ!でも手加減してあげな~い)

 

 

 

 

「……。」

 

 

 

 

遊珊は目を見開いたまま、薄っすらと笑っている。

彼女の周りを火花が叩いたように見えた。

 

 

 

 

「はじめえええぇいっ!!」

 

 

 

「っしゃーーッ!!」

 

 

 

 

体内気功で脚力を強化し、

呂晶は一歩目からトップスピードで駆け出す。

 

 

遊珊は引き付けるタイプ。

ならばデッドゾーンにいる時間を少しでも短くし、

相手にプレッシャーを与える為、最大戦速で接近する。

 

小細工する相手に、小細工など不要。

正面から押し潰すのみ。

 

 

 

 

「(ん?赤い揺らめき……もう撃つってのか。それともハッタリか?)」

 

 

 

 

遊珊が構えた弓。

その先が蜃気楼のように揺らめいでいる。

 

そして、まだデッドゾーンにも入っていない遠距離で、

矢が発射される。

 

 

 

 

「炎孔…!はや……っ」

 

 

 

 

矢尻と羽、そして弓をかける “筈” から炎を噴射し、

弓威ある一射が飛翔する。

 

だが、いくら弓威があっても、

さすがに遠すぎる。

 

 

 

 

「(コレは牽制だ……勝負は第二射…それをどう避けるか!)」

 

 

 

 

呂晶は半馬身ほど左にステップし、遊珊の動きを確認する。

 

 

 

 

「(え……次射の準備、してない…?)」

 

 

 

 

遊珊は矢を撃った姿勢で、力を抜いて弓を下げている。

 

次を矢筒から抜くでもなく、ポイントを変える訳でもなく、

氷のような視線を呂晶に向けている。

 

 

 

 

「(あの顔…何かで見覚えが…)」

 

 

 

 

熟練の弓手が矢を放った際、完璧な軌道と速度で飛翔した事を確認して作る、

バッターがホームランを確信した時のような表情。

 

“確殺の顔”

 

 

一抹の不安を感じた呂晶は、回避した矢に視線を戻す。

 

 

 

 

「(はぁ!?何でこっちにッ!?)」

 

 

 

 

確かに避けた矢が、

まるで自分を追尾したように、すぐ右横に来ている。

 

 

 

 

「ぐっ……ほぉ…っ!!」

 

 

 

 

右脇腹に激痛が走り、身体がくの字に折れ曲がる。

左に半馬身ステップした体を、更に半馬身飛ばす程の衝撃。

 

硬い玉を抉り込まされた、鈍い痛み。

 

 

 

 

『当てた…っ!先生が呂晶に当てたよ!!』

 

 

 

『すごいっす!今日初めてっすよ!』

 

 

 

 

「お…っ、おおおおう……!」

 

 

 

 

矢先は刺さらない丸型だが、樹脂で固めてある。

まともに喰らえばかなり痛い。

 

油断しきった脇腹なら尚更だ。

 

 

 

 

「スゴイぞ遊珊!!言った側からやってのけるとは!!」

 

 

 

 

優秀な生徒を褒め称える。

ウェイは褒めて伸ばすタイプだ。

 

 

 

 

「しかも曲矢じゃないかっ!いつの間に覚えたんだっ!?」

 

 

 

「ええ、そうね」

 

 

 

 

遊珊は視線も向けずに返事をする。

ほとんど無視しているのと変わらない。

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

遊珊は誰にでも優しい。

でも何故か、自分に対してだけは冷たい気がする。

少なくとも自分の記憶では、嫌われるような事はしていないのに。

 

ウェイは勘違いだろうと自分を納得させる。

 

 

 

 

「(人は心臓の無い方に安心を得るのよ。”アナタがどちら利きかは知らないけれど”)」

 

 

 

 

心臓の無い方、相手の右側に寄り添うのは遊女の基本だ。

 

ただし、緊張や刺激をもたらす為、

あえて左に付いたり、左の乳首を責めるというテクニックもある。

 

 

 

 

「ってぇ~…。へへへ……この先生め、よくもやったなぁ…っ」

 

 

 

 

呂晶は脇腹を抑えて蹲りながら、

それでも恍惚の表情を浮かべている。

 

 

 

 

「(結構痛いなコレ…。でも何だろう…先生の気孔が籠もってると思うと悪くない、かも…。えへ、えへへ…)」

 

 

 

 

気孔は体内から発生する。

 

好きな人の体内から出た物であれば、

大抵の物はご褒美に成る。

 

 

 

 

「次行くぞ!!位置に付け!!」

 

 

 

「ヤッベ……アタシMっ気あんのかな…」

 

 

 

「(気持ちの悪い子…)」

 

 

 

 

ニヤニヤしながら配置に付く後ろ姿を、

遊珊はさっきと同じ顔で眺めている。

 

熟練の弓手が当たる事を疑いもしない、

確殺の表情で。

 

 

 

 

「9回戦!!始め!!」

 

 

 

「愛に障害は……ないんだよぉッ!!」

 

 

 

 

再び一歩目からトップスピードで駆け出す。

 

矢を当てる訓練ではあるが、

呂晶にも幾多の戦いを勝ち残ってきた、

歴戦の気功家としての ”プライド” がある。

 

 

これ以上の失態は許されない。

 

 

 

 

「(また…っ?この距離で撃つつもりか!)」

 

 

 

 

再び遊珊の前に、赤い蜃気楼が揺らめいでいる。

そして躊躇もせず、矢を発射する。

 

 

 

 

「(また曲矢か…どっちに曲がる…!?)」

 

 

 

 

炎孔を噴出する、ミサイルのような矢が迫り来る。

 

 

 

 

「(いや、曲がるならあえて直進……でも曲がると見せて、やっぱり真っ直ぐ…?)」

 

 

 

 

考えている暇など無い。

 

 

 

 

「めんどくっせぇ…!」

 

 

 

 

真っ直ぐ進みながら、デッドボールにバントを決めるように、

太い刃先で矢を弾く。

 

デッドゾーンならともかく、遠距離ならば造作も無い。

 

 

 

 

「(曲がらなかった…。どうして避けないと判った? アタシ顔に出やすいのかな……ん?)」

 

 

 

 

弾いた瞬間、呂晶はそれに気付く。

 

呂晶がそれに“気付いた事に気付き”

遊珊は氷のような笑みを浮かべる。

 

 

 

 

「(ほんに(ホント)……武左な子でありんすえ(負けん気の強い子ね)…)」

 

 

 

 

炎が揺らめく背後に、“気孔を乗せていない” 二本目の矢が、

一本目に隠れるように、一瞬遅れで飛翔している。

 

 

 

 

「(炎孔の陰に………もう一本!)」

 

 

 

 

 

 

――馭花心弓・飛花

 

二本以上の矢を同時発射する『複矢』と呼ばれる高等技術。

 

遊珊はそれを放つ際、一本だけに炎孔を付加して速度差を作り、

命中までの到達時間にタイムラグを設けた。

複矢と見えない矢を忍ばせる『隠矢』と呼ばれる高等技術を複合したのだ。

 

 

実戦では滅多に御目に掛かれないような『魅せ技』

それだけに、初見で躱せる技ではない。

 

 

 

 

「(クソッタレッ!!)」

 

 

 

 

小さな打撃音と共に、

隠された二本目の矢が、呂晶の顔面に命中する。

 

身体は膝を折って前へ滑りながら、

顔は真後ろまで弾かれている。

 

 

 

 

『また当てた!!』

 

 

 

「……いやっ!…続行ォオオオオッ!!」

 

 

 

 

矢が顔面を貫いたにも関わらず、ウェイが試合継続の合図を出す。

 

 

 

 

「……ふん…ぬぁっ!」

 

 

 

 

呂晶は真後ろに弾かれた顔を、がばりと起き上がらせる。

その口には、矢が噛み締められている。

 

 

 

 

『あれは…っ! “真弓白歯取り!”』

 

 

 

『違うぞガイル!あれは ”真弓” じゃない…!偽物の弓だよ!』

 

 

 

「違ーうッ!!偽物なのは矢だ!!弓は本物だ!!」

 

 

 

 

飛翔する矢を歯で掴み取り、絶命を避ける『白歯取り』

これも実戦では御目に掛かれない、魅せ技である。

 

 

 

 

「(痛っでえええええええぇッ!!)」

 

 

 

 

呂晶の目から涙が溢れる。

 

 

 

 

「(喉……ッ!!喉があああああああぁッ!!)」

 

 

 

 

そう。この白歯取りは、”失敗” である。

 

遊珊の矢は、見事に呂晶の口内を貫いた。

ただし、この矢先に付いているのは貫かない樹脂の球。

 

 

喉奥に当たった ”後” に咥え、止めたように見せただけ。

 

 

つまりズル。

実戦ならば死んでいる。

 

 

だが、歴戦の気功家である呂晶の ”誇り” が、

“卑怯な手段” によって、敗北を拒否したのだ。

 

 

 

 

「……ぐぼぅぇえッッ!!」

 

 

 

 

たまらず矢を吐き出す。

 

いくら歴戦の気功家であろうと、

“誇り無きプライド” ではこれが限界だ。

 

 

 

 

「……げっ…!」

 

 

 

 

矢を吐いた目の前に、輪郭がボヤけた飛翔体が写る。

もはや何をどう足掻いても、どうにもならない距離。

 

呂晶は観念して目をつぶる。

 

 

 

 

「…でっ!…だっ!……きゃっ!」

 

 

 

 

ポコンポコンという、気の抜けた音を立て、

複数の矢が呂晶に命中する。

 

 

 

 

――破天神弓、霹靂矢・三連

 

初弾に複射と陰矢の二本、そのまま呼吸を開けず連矢を三射。

計5本の4連射である。

 

実戦なら隠矢で勝負は決っている。

残心どころか、もはや『死体殴り』級の用心深さだ。

 

 

 

 

連矢の弓威は、普段の呂晶なら簡単に防御できる、

速射重視で威力無視の弱いもの。

 

それでも体勢が崩れ、戦速の落ちた呂晶を捉えるには、

十分な弓威。

 

喰らった呂晶からすれば、まさに青天の霹靂のような矢。

 

 

始めに目立つ炎孔で蜃気楼を発生させていたのは、

手に持った五本の矢に迷彩を施す、カモフラージュ。

 

 

 

 

「そこまでええええぇーーいやぁッ!!」

 

 

 

 

その美しい弓術に、

審判のウェイもたまらずテンションが上がる。

 

 

 

 

「ちっきしょー…。あんなの避けられっかよ…」

 

 

 

 

おでこと鼻をさする呂晶に、

遊珊は相変わらず冷たい視線を向けている。

 

 

 

 

「おい遊珊っ!ホントにどうしたんだ!?誰に教えてもらったんだ!?」

 

 

 

「ええ、どうも」

 

 

 

「……。」

 

 

 

 

集中しているのだろう。

ウェイはそう考え、自分を納得させる。

 

 

 

 

「……10回戦ッ!!位置に付けぇーーッ!!」

 

 

 

 

『遊珊さん、マジパネェっす。決まり手は何て書けば良いんすかね。炎孔による隠矢の後に…』

 

 

 

『本当にスゴイよ。アタイはあんなの、”あの人” でしか見た事がない』

 

 

 

『あの人って誰っすか?』

 

 

 

 

狭霧と青年結盟員の話に、ウェイが加わる。

 

 

 

 

「そうだな。遊珊が “アレ” を使えれば、アイシャ以上の弓手になっていただろう」

 

 

 

 

ウェイは遊珊に無視されて、寂しかったのだ。

 

 

 

 

『ああ…確かに、遊珊さんには ”アレ” を引く力は無いっすね』

 

 

 

 

呂晶は所定位置に歩きながら、戦術を練っている。

 

 

 

 

「(先生、マジでやりやがる……。ヤッベ、最後は良いトコ見せねーと…)」

 

 

 

 

位置に付き、対戦相手の可愛い顔を睨む。

 

 

 

 

「……おい、先生いないぞ?」

 

 

 

「遊珊なら、お前が後ろ向いてる間に移動してったぞ」

 

 

 

「何だって!?」

 

 

 

 

周囲を見渡す。

 

いない。

 

おそらく、どこかの木の上を移動し、

既に身を隠している。

 

 

 

 

 

 

 

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姿を隠して、相手を一方的に狙い撃つ。

 

 

『狙撃』するつもりだ。

 

 

こちらは位置が判らないのだから、

何時(いつ)どこから来るか判らない矢を、

少なくとも一射は回避せねばならない。

 

 

 

 

「そんなのアリかよっ!?聞いてねーぞっ!」

 

 

 

 

抗議する呂晶を見て、絶好の好機と言わんばかりに、

狭霧と青年結盟員が言い放つ。

 

 

 

 

『卑怯とは言うまいね』

 

『卑怯とは言うまいね』

 

 

 

 

「ぐ…っ!」

 

 

 

 

“卑怯とは言うまいね” とは、

以前開催された『長安~敦煌・馬レース』にて、

呂晶が反則技で優勝した際、抗議する皆に言い放った台詞である。

 

 

 

 

「(コイツら…!まだ根に持ってやがったのか…!)」

 

 

 

 

人を出し抜くのは気分が良いが、

出し抜かれた方は、結構いつまでも覚えている物だ。

 

 

 

 

「おい、これはナシだ!勝負になんねぇ!」

 

 

 

「ダ・メ」

 

 

 

 

ウェイは声に合わせ、首と指を左右に振る。

 

 

 

 

「テメェ…ッ!」

 

 

 

 

呂晶は出し抜く事は大好きだが、出し抜かれるのは我慢ならない。

呂晶に限った事ではないが。

 

 

 

 

「10回戦!!はじめぇーーいっ!!」

 

 

 

「(クソ…! 先生の可愛い顔が見えねーと、心の距離もやたら遠い気がするぜ…!)」

 

 

 

 

ロンリーな気分の呂晶は、結盟員達をチラリと覗き見る。

 

 

 

 

「……」 『……』 『……』

 

 

 

 

全員、明後日の方向を見ている。

視線から遊珊の位置を割り出すのは不可能だ。

 

 

 

 

「ち…っ!」

 

 

 

 

もう判った。

 

日頃の行いが祟ったのか、今この地は、

自分にとって完全アウェーである。

 

 

 

 

「(別に良いよ……勝負にならないのはアタシがじゃない… ”有利すぎてツマンネー” ってだけだ)」

 

 

 

 

呂晶の身体の周囲を、薄っすら赤い蜃気楼が覆っていく。

 

実際はそこまで有利では無い。

自尊心を保ち、己を鼓舞しているに過ぎない。

 

 

だが、呂晶が狙撃対策を持っているのは確かである。

 

避ける側にとって絶対不利に思える狙撃体勢だが、

気功家の弓勝負は、銃のそれとは少し違う。

 

 

 

 

「………。」

 

 

 

 

目を瞑り、耳を澄ます。

木々のざわめきと、鳥の鳴き声が聞こえる。

 

それに混じり、異質な風切り音が近付いてくる。

 

 

 

 

「(……来た…ッ!)」

 

 

 

 

閉じていた目を開く。

 

呂晶は、イキの良い魚が水面を跳ねるように、

急激に身を捻らせて跳ね上がる。

 

 

 

 

「でぇええええいッッ!!」

 

 

 

 

炎孔を爆発的に噴出させ、月面宙返りを行う。

呂晶を中心に、爆風が空間を歪ませ膨れ上がる。

 

同時に音が聞こえた方向に、大刀を素早く回しながら振る。

 

 

 

 

――炎壁術・赤塔

 

身体から炎孔を噴出させ、気功耐性を高める。

 

呂晶が使えば、

気功耐性が少ない代わりに、周囲に物理的な衝撃波を巻き起こす。

 

 

 

 

――黒殺槍法、旋風槍・血蛇風

 

同じく気功耐性を高める技。

熱風を吹き出す槍を高速回転させ、廻し受けを行う。

炎孔で強化された回転は、重い棒を巨大な扇風機に変える。

 

 

 

 

「(狙撃じゃ曲芸のような矢は放てない、それにコレは初めて見せる…先生でも予測出来ない!)」

 

 

 

 

呂晶が行っているのは、当てずっぽうの回避。

 

独楽(こま)のよう跳ね、回せる所をとにかく回しながら衝撃波を放ち、

『外れてくれる』もしくは『弾いてくれる』事に期待した、

運任せの防御。

 

 

単純だが、大抵の矢であれば、

これでほぼ致命傷は避けられる。

 

この “完全防御体勢” を貫くには同じく単純にパワーが必要だ。

 

 

弓はパワーを維持できる限界が二十歩(30m程度)と言われおり、

気孔を駆使しても、その1.5倍が関の山。

 

貫通力に優れた秋風系列矢であっても、

距離による威力減衰は避けられない。

 

 

弓矢とはそもそも、“狙撃に向いていない武器” なのだ。

 

 

 

 

 

 

「(そして先生は、 “絶殺” が使えないッ!!)」

 

 

 

 

 

 

――破天神弓、奥義・絶殺弓

 

鋼鉄弓と鋼鉄矢を使い、音速を越えた矢を放つ。

矢には粗い傘型の気孔を付加し、空気を振動させながら飛翔する。

それが音の壁を形成し、相手にソニックブームを叩き込む。

 

 

 

 

 

 

 

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音速を越えているのだから、風切り音すら聞こえない。

 

どころか、音の壁に掠っただけで、

意識を持っていかれる厄介な代物。

 

 

張力100kgの馬鹿力と、馬並みの気孔出力が無ければ、

矢は音速に到達しない。

 

弓矢の材質や撃ち方、多くの部分を “絶殺仕様” に変更せねばならず、

繊細な遊珊とは真逆の思想から成る、力押しの弓術。

 

威力も汎用性もトップクラスの破天神弓最強技。

弓の王様が『絶殺』である。

 

 

 

遊珊はそれを放つ事が出来ず、

それでも狙撃を選んだ。

 

つまり、作戦を過った。

 

 

 

 

 

 

「(…嘘だろ……?)」

 

 

 

 

 

 

そう思った、呂晶の顔が引きつる。

 

 

月面宙返りをしている最中、

ブレた景色に紛れ込んだ、太くて長い物体。

 

”袋” が巻き付けられた矢。

 

 

 

 

 

 

「(爆滅……狙撃でだと…!?)」

 

 

 

 

 

 

――破天神弓・爆滅戦投陣

 

爆薬を括り付けた矢を放つ。

爆薬には金属片を仕込み、殺傷力を高める。

 

今回の試合形式では、金属片の代わりに “墨” が仕込まれており、

サバイバルゲームと同じく、これが急所に付着すれば “一本” である。

 

 

 

 

 

 

「(クソッタレ!炎壁が誘爆させちまう!!)」

 

 

 

 

 

 

呂晶が発生させた爆風に、爆滅矢が接触する。

赤黒い閃光と共に、爆煙と墨が弾け飛んだ。

 

 

 

 

 

 

『あの爆滅、真っ直ぐ飛んでったよ!?』

 

 

 

 

 

 

爆滅の矢は重く、空気抵抗が大きい。

真っ直ぐ飛ばないのだ。

 

そのため放物線状に飛ばし、

相手の足元の地面に接触爆発させるのが基本だ。

 

木々の枝葉が邪魔をする森林地帯で、

しかも狙撃のような精密射撃には、とても向いていない。

だから呂晶もその可能性を考慮していなかった。

 

遊珊は曲矢により、軌道を強引に ”真っ直ぐに曲げた” のだ。

 

 

 

 

 

 

『まさかの…! 遊珊さんの三連勝!!』

 

 

 

 

 

 

爆煙の中から、呂晶が姿を現す。

 

 

 

 

 

 

「……いや…っ! 続行ォオオオオオオオッ!!」

 

 

 

 

 

 

ウェイが続行の合図を出すのと同時に、

呂晶は地面を蹴り、矢が飛翔してきた方向へ駆ける。

 

その腕には ”盾” を携えている。

 

 

 

 

 

 

「(まさか “コレ” まで見せる事になるとはね…!)」

 

 

 

 

 

 

盾には墨がベットリと付着している。

空中で盾を構え、墨を防いだのは間違いない。

 

 

 

 

 

 

 

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『呂晶さん、盾なんて持ってなかったっすよ!?』

 

 

 

「いや…アレはアイツの得意技なんだ。”アソコに隠してる” 結盟以外には内緒にしておいてくれ」

 

 

 

 

 

 

ウェイは呂晶の腰の辺りを指差す。

 

 

 

 

 

 

『……?』

 

 

 

 

 

 

刺突のみを目的とした、古代ギリシャのファランクス等とは違い、

両手で武器を扱う槍や矛の使い手は、盾を装備しない。

 

色々と邪魔だからだ。

 

 

ただし ”邪魔にさえならなければ”

不意な攻撃に盾を掲げる事が出来る。

 

 

 

 

 

 

『それよりさ…けっこう墨喰らってるぞ。いいのかウェイ?』

 

 

 

 

 

 

正中線は防御したものの、

それ以外には所々、墨が付着している。

 

実際の戦闘ならそれなりのダメージかもしれない。

一本と取るかは微妙な線だ。

 

 

 

 

 

 

「あれ位ならいいさ。続けた方が訓練になる」

 

 

 

 

「そこだああああああぁッ!!」

 

 

 

 

 

 

呂晶は走りながら炎孔を付加し、

盾を爆発加速させ、横に一回転する程の勢いでフリスビーのように投げ付ける。

 

 

投げ付けられた盾は呂晶の走る先、広葉樹の “幹” に命中し、

寺の鐘を打ったような轟音が響き渡る。

 

木が地震でも起きたように、小刻みに激しく揺れる。

 

 

 

 

 

 

「きゃああぁっ!」

 

 

 

 

 

 

盾が当たったすぐ横から、舞い落ちる葉と共に、

バランスを崩した遊珊が落っこちてきた。

 

 

 

 

 

 

「あ……ちょ…っ……やだ…っ!」

 

 

 

 

 

 

片足が枝に引っ掛かり、

縛り上げられたように、逆さで宙ぶらりんになっている。

 

真っ白な下半身を、腰からふくらはぎまで覆っていた、

薄く白色の裳(スカート)がみるみる ”めくれ下がり”

遊珊は慌てて右手で抑える。

 

 

てるてる坊主をひっくり返したような状態。

足の素肌が、太腿どころか細くくびれた腰まで露出してしまう。

 

中央の秘部だけは抑えたものの、

それ以外、下着の左右が丸見えだ。

 

動こうにも逆さではどうしようもない。

遊珊の白い顔がみるみる真っ赤な羞恥に染まっていく。

 

 

狭霧も慌てて青年結盟員の目を両手で抑える。

 

 

 

 

 

 

『ガイル危ない!!お前には早い!!』

 

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

『馬鹿な…っ!! 僕には試合を記録する義務が!!痛ででで爪…ッ!爪立ってますッ!』

 

 

 

 

 

 

遊珊の痴態を見て、

呂晶の前進速度がわずかに鈍る。

 

 

 

 

 

 

「(やば…っ!やりすぎたか?……いや、そんなタマじゃねーよな!)」

 

 

 

 

 

 

呂晶がデッドゾーンに入った瞬間、

遊珊は逆さに吊るされたまま、股を抑える手を素早く離し、

最速で弓を構える。

 

 

裳(スカート)が完全にひっくり返って裏地を向け、

下着の秘部どころかヘソまで露出し、

腰から下が靴を履いただけの下着姿になる。

 

変態のリクエストに嫌々応えでもしない限り、

絶対にしたくない、羞恥の極みのような格好。

 

 

上半身も短い襦(はだぎ)がめくれ上がり、

重力で顔の方に落ちているノーブラの乳房も丸見えになったが、

めくれ下がった裳がまたそれを隠した。

 

宙吊りになり、スカートで胸を隠すという、

斬新で破廉恥なスタイル。

 

 

その破廉恥な逆さ吊りのまま、顔色一つ変えずに弓を構えている。

 

 

 

 

 

 

「(どうぞ……わっちのこたなが宜しくありんしたら(私のこんなものでよろしければ))」

 

 

 

 

 

 

遊珊は自分の裸にも、下着姿にも、

”不動の自信” を持っている。

 

見られる事に多少の快感を持った時期はとうに過ぎ、

見られ慣れ、称賛され慣れている。

 

いわゆる『自信があるから恥ずかしくないもん』である。

 

 

 

 

恥じる仕草は勿論、相手の動揺を誘う

 

 

演技。

 

 

 

 

 

 

「(お好いに……(好きなだけ)ぬしのお目々で犯しんし(視姦すればいいわ)ッ!!)」

 

 

 

 

 

 

遊珊の弓から、矢が飛翔する。

 

 

 

 

 

 

「(さすがだよ先生…だからアタシは尊敬してるんだ!)」

 

 

 

 

 

 

前進スピードを緩めず、

走りながら一瞬だけ両足を付く。

 

 

 

 

 

 

「(でもそんな状態じゃ、大した矢は放てないよッ!!)」

 

 

 

 

 

 

呂晶が首を傾けると、顔があった所を矢が通り抜けていく。

 

 

 

 

 

 

「(最小の動きでしくじりささんした…!さすがでありんすえ呂晶!)」

 

 

 

 

 

 

次射は間に合わないと判断した遊珊は、

鉄棒選手のように身軽さで、枝に乗って跳ね上がる。

足が引っ掛かったのではなく、引っ掛けていたのだ。

 

更に高い枝に乗り、もう一段跳ねる。

 

 

 

 

 

 

――奔雷歩・快

 

神歩幻影を薄く足に纏わせ、脚力を向上する。

神歩幻影と同じく、気功家にとっての必須スキル。

 

軽い遊珊の体なら、木の枝に飛び乗る跳躍力を与える。

 

 

 

 

相手が前進すればコチラは後退する。

 

気功家の弓手が一対一を行う際の基本戦術。

呂晶が使う “偉大教師” と同じ理論。

 

 

 

 

 

「ハァアアアッ!!」

 

 

 

 

 

呂晶も遊珊を追うべく、

木の下から直角に、弾丸のように跳躍する。

地面に向けた木製大刀の刃先が、炎孔の爆発で半分吹っ飛んだ。

 

体内気孔で高めた身体能力に、炎功の爆発加速。

呂晶の跳躍力は、遊珊のそれを遥かに上回っている。

 

 

 

 

 

遊珊は空中で、

体を後ろまで捻り、矢を弦に掛ける。

 

 

 

 

「……喰らいんせ…ッ!」

 

 

 

 

体を撓らせるように横回転させ、

回転の途中で矢を放つ。

 

”踊り” と呼ばれる類の速射法。

弓を引くのではなく、“弓を押して” 張力を発生させた。

 

女性らしい軽やかさと靭やかさを持つ、遊珊に似合う撃ち方。

 

 

 

 

 

 

「(だから……それじゃあダメなんだよッ!!)」

 

 

 

 

 

 

呂晶は避けるでもなく、弾くでもなく、

虫を払うように、“手の平で” 払いのける。

 

遊珊の顔面を捉え続ける命中力と持久力、

精神力は目を見張る。

 

 

だが、曲芸のような撃ち方では、貫通力が無い。

 

 

相手が前進すれば後退する。

気功家の弓手が一対一を行う際の基本戦術。

ただし、そういった状況になった場合、大抵の弓手はジリ貧である。

 

 

呂晶が刃先が半分になった大刀を振りかぶる。

 

 

 

 

 

 

「もらったああああああ……あ…っ?」

 

 

 

 

 

 

木を飛び抜け、空中を跳躍する遊珊の裏側。

 

太陽を背にした上空から、

細い体を縫うように、何かが落ちてくる。

 

 

 

 

 

 

「えっ……なん、で………たっ!…だっ!」

 

 

 

 

 

 

雨のように柔らかく降り注ぐ、数本の矢。

呆気に取られた呂晶の額に、二本がヒットした。

 

 

 

 

 

 

「そこまでええええーーいッ!! 勝者…ッ!!遊珊んんんんーーっぬんッ!!」

 

 

 

 

 

 

テンションMAXのウェイが、試合終了の号令を飛ばす。

 

 

 

 

 

 

『アレはそういう狙いだったのか!先生は小兄より頭が良い!』

 

 

 

『ど、どうなったんすか!?上に撃ったアレが決まったんすか!?』

 

 

 

 

 

 

狭霧と目隠しされた青年結盟員が言っている ”アレ” とは、

 

遊珊が爆滅を放った直後、

木陰から上空に向けて霹靂矢で放った無数の矢だ。

 

 

それは直上まで飛翔した後、自由落下を始め、

呂晶の顔面を捉えた。

 

鏃が重い弓矢だから可能な、弩には不可能な芸当。

 

逆さのてるてる坊主も、木の上への退避も、

呂晶を誘導し、落下までの時間を稼ぐ為の布石だったのだ。

 

 

 

 

 

 

「(ちっきしょー…そういう事か……)」

 

 

 

 

 

 

呂晶も少し遅れて理解する。

 

実戦であれば自由落下程度の加速力なら、

炎功を宿した大刀を振り抜くだけで、風圧が矢を弾いたはずだ。

 

その場合は遊珊が真っ二つになっていた。

 

ただし今回はルールのある試合。

歴戦の気功家である呂晶を、素人の遊珊が見事出し抜いたのだ。

 

 

 

 

 

 

「きゃあああっ!」

 

 

 

 

 

 

その遊珊は空中でバランスを崩し、落下を始めている。

 

 

 

 

 

 

「よいしょ……っと」

 

 

 

 

 

 

呂晶は空中で、遊珊をお姫様抱っこの体勢で受け止める。

そのまま、木の一番高い枝へ着地する。

 

 

 

 

 

 

「やられたよ、先生」

 

 

 

 

 

 

眼下に広がる森林地帯を一望できる、見晴らしの良い高台。

 

少しの間、二人だけの空間だ。

 

 

 

 

 

 

「呂晶、さっきのあれ……ヒドイわ」

 

 

 

 

 

 

捕らわれたお姫様が、不機嫌そうに顔を背ける。

 

 

 

 

 

 

「悪い。会話…大変そうだったから。あーいう事は早めに言っちまった方が良いんだ。モテすぎんのも辛いだろ?」

 

 

 

 

 

 

『モテる』とは多くの異性から好意を寄せられる意味であり、

遊女が手厚く ”もてなす” 様が語源である。

 

呂晶は二つの意味で言っている。

 

 

八方美人には様々な苦労が在り、

それは八方美人を続ける限り、増える事はあっても減る事はない。

 

遊珊は気立てが良く、周りに自然と人が集まってくる。

なおさら苦労は増えていくだろう。

 

だからそうならないよう、”勝手に” 手を打ったのだ。

 

 

 

 

 

 

「あら、そういう企みだったの。素敵じゃないわ…ねっ!」

 

 

 

 

 

 

お姫様が王子の頬を、両手で力一杯つねる。

まさにお姫様のようなふてぶてしさだ。

 

 

 

 

 

 

「ふぃでででで…っ!ほいあえないほいあえない(降りられない降りられない)」

 

 

 

 

 

 

遊郭の出身であるなど、おいそれと口には出来ない。

ただ、話してしまえば楽になるのも確かだ。

 

秘密はしている方も辛く、打ち明けるには勇気が要る。

 

 

 

 

 

 

「いつか打ち明けなきゃいけない。アタシらは命を預け合ってんだから」

 

 

 

「それでも、秘密にするのが常識ってものよ」

 

 

 

 

 

 

気立ての良い遊珊が、珍しく食い下がる。

相当不満だったのだろう。

 

 

いくら秘密は無い方が楽だと言っても、許可なく暴露など普通はしない。

遊珊の怒りはもっともである。

 

 

 

 

 

 

「むしろ、打ち明けてからが盟友だ。だったら、早くそうなっちまえば良い」

 

 

 

「私の気持ちはお構いなしなのね……アナタって人は…」

 

 

 

「うん、アタシ自己中だからな」

 

 

 

 

 

 

片目を瞑って笑いかける。

全く悪いと思っていない。

 

 

本当は、遊珊がモテすぎるのが嫌だったから。

好きな人ほどイジメたくなってしまうから。

 

 

 

 

 

 

「素敵じゃ……ありんせん」

 

 

 

「その喋り方良いな。セクシーだ」

 

 

 

 

 

 

理由はどうあれ、

遊珊が泥臭く粘り、勝利に結びつける事が出来たのは、

呂晶のおかげである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

____________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合も終わり、遊珊がばら撒いた矢を集めながら、

呂晶がこの後の提案を行う。

 

 

 

 

 

 

「よしオメーらッ!!この勢いで盗賊やっぞラァッ!!」

 

 

 

 

 

 

手を叩いて注意を引いた後、拳を強く握る。

試合の後は実戦をしたくなる物である。

 

体力があり余っている者だけは、だが。

 

 

 

 

 

 

「ウチらなら、どんな隊商だって落とせる!そうだろ狭霧!?」

 

 

 

『ごめん、アタイ行かない』

 

 

 

「え…っ」

 

 

 

 

 

 

狭霧はキッパリと物を言うタイプだ。

 

 

 

 

 

 

「はぁ…?ちょっと待って。アンタ、泣く子も黙る ”鬼殺勢家” の末娘だろ?鬼を殺す勢いはどうしたんだよ?」

 

 

 

『それは先祖が決めた苗字だ。アタイの属性じゃない。アタイは、鬼が相手でも無益な殺生はしないよ』

 

 

 

「おーいおい…。だって、“ガイルは行くもんなぁ?”」

 

 

 

 

 

 

青年結盟員には、行く前提で話を振る。

 

彼は後輩だけに押しに弱い。

まずは彼を懐柔し、二対一で狭霧も懐柔すれば良い。

 

後は芋づる式だ。

 

 

 

 

 

 

 

『呂晶さんサーセン……俺もちょっと、なんつーか無理っす』

 

 

 

 

 

 

 

その企みが崩れる。

 

 

 

 

 

 

 

「はあああぁ? んーだとテメェエエエ?」

 

 

 

 

 

 

大きな声で威圧する。

呂晶は目上の者を敬わない癖に、歳下にはとても厳しい。

 

 

 

 

 

 

『いやっ……マジっ…ほんと、サーセン!』

 

 

 

 

 

 

いつもは逆らわない青年結盟員も、今回は意思が固いようだ。

 

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと何ぃ? みんな、ちょっと見ない間に腑抜けちまったの?」

 

 

 

 

 

 

訓練の後の実戦など、疲れてあまり行く気になれない。

”楽しい事なら別ではあるが”

 

 

呂晶の問いに遊珊が答える。

 

 

 

 

 

 

「呂晶、気を悪くしないで。私達、最近は “行商” に力を入れてるの」

 

 

 

「……なんだと?」

 

 

 

 

 

 

行商と言う言葉を聞き、呂晶の表情が変わる。

 

 

 

 

 

 

『アタイも盗賊ばっかりしてたけど、行商もやってみると案外大変なんだ。他を襲うのが可哀想になっちまった』

 

 

 

 

 

 

矢を拾いに行っていたウェイが戻り、会話に参加する。

 

 

 

 

 

 

「おお、行商の話か!?俺達もそろそろ絹とか運んでみるか~!かさばるけど!」

 

 

 

『やっぱ陶器っすよ、あの割れそうなスリルがたまんないっす』

 

 

 

『アタイは何でも良いよ、のんびり散歩したい』

 

 

 

「私、今回は護衛した方が良いかしら?いつも守ってもらってばかりで悪いわ」

 

 

 

「いや。遊珊はいつも通り荷の調達に行ってくれ。このあと向こうのチームも合流する」

 

 

 

『アタイもそれが良いと思う。先生は商品の目利きが上手だ』

 

 

 

『遊珊さんなら、特産屋もがっつり値引きしてくれますもんね』

 

 

 

「そうだ、今日はノブの奴もやるって言ってたな。そろそろ来る頃だろう」

 

 

 

『マジっすか!ノブさん来るんすか!』

 

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

「……。」

 

 

 

 

 

 

周りが知らない話を進めていると、

耐え難い疎外感を感じる。

 

 

 

 

 

 

「呂晶、お前もどうだ?まだ参加した事なかっただろう。あ……おい、呂晶!」

 

 

 

 

 

 

呂晶は一人背を向けて、その場を後にする。

 

 

 

 

 

 

「勝手にやってろ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

____________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

弓を当てる、避ける事は難しい。

 

真夜中の旅団で当てる事に最も秀でるのが遊珊である。

 

 

遊珊は力こそ無いものの、

繊細な気孔技術と手先の器用さでカバーする。

 

だがそれ以上に、完璧なまでの読みとプレッシャーに動じない胆力、

飄々とした性格。

 

遊珊が秀でるのは取り分け精神面だ。

 

 

 

避ける事であれば、呂晶が最も秀でている。

 

持ち前の瞬発力と経験で、遊珊が相手でも10回中7回勝ち、

実戦ならば更にその勝率は上がるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「(緊張も殺気も無い、適当に放たれた矢。あーいう数撃ちゃ当たれが一番避けづらいんだ)」

 

 

 

 

 

 

 

 

ただし、花雪象印商隊の前では、

これらの技術や経験は全く意味を成さない。

 

 

 

 

 

 

 








*******あとがき*******
ガイル氏が活躍する動画は下記になります。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm1480181

ギルドイベントの一つで、地域ボスを討伐に行った時のものです。
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