シルクロードオンライン¬(differentiam) 作:hachu
『お嬢ちゃんっ、着いたぞぉっ!!』
「ワタクッ…ぬぁっ!」
驚いて変な声を出してしまった。
上品にしなければいけないのに。
「失敬。揺れが気持ちよくて、つい…」
何も積んでいない馬車。
何も積んでいないのを良い事に、はしたなく寝転がっていたら、
旅の疲れからか、そのまま昼寝をしていたようだ。
体を空に向けながら、
朦朧とした意識で、目と涎を拭う。
眩しい。
雲一つない青空。
とても晴れた昼下がり。
寝転がった自分と世界を隔てる板の向こうからは、
沢山の人の声が聞こえてくる。
村人全てが集まっても、
こんなに沢山の声にはならないだろう。
上手く動かない体を杖にもたれて起こし、
一伸びした後、
少女は馬車から元気よく飛び降りる。
「素晴らしいですわ…。まさに、神の国の再現…!」
少女は短い杖をついている。
足が悪い訳ではない。
巡礼者、という訳でもない。
杖は少女にとって、身を護る武器であり、
夢を叶える為の道具だ。
『気に入ったかい?嬢ちゃん』
亡くしてしまった、足の悪かった友人。
彼女が使っていた杖、アタランテを引っさげ、
意気揚々と馬車から飛び出し、新しい大地に降り立つ。
故郷に比べて暑い為、
短く丈を詰めたミニスカートが、風にはためく。
それを上品な動作で抑える。
「ええ、とっても!」
少女は満面の笑みで答える。
11世紀末、西暦1098年。
世界創造紀元6616年。
ここは、皇帝アレクシオス一世・コムネノスが統治する、
世界でも有数の近代国家、神聖ローマ帝国の首都。
コンスタンティノープル。
その中心にある、アウグスタイオン広場の噴水前。
つまり、世界の中心だ。
「ここまで御苦労でしたわ!それで、お代は?」
少女は出会った人と、なるべく多く話すようにしている。
お喋りが好きなのと、言語に慣れる為だ。
自分が流暢に話せるようになると、
鏡のように相手も色々と話すようになる。
それがとても楽しいのである。
…今回は途中で寝てしまったようだが。
最初は他人との距離感が判らず、迷惑な程に話し掛けてしまった。
人口が数百人の村では、
他人とは全て、共に暮らしていく仲間だ。
でもこっちでは、名も知らぬままにすれ違う、
行きずりの者の方が多い。
深く立ち入ってはいけない事も多い。
『お代なんていいよ、お嬢ちゃんと喋るのは楽しかったから』
しかし、そんな少女の心配を他所に、
話している相手は皆、とても楽しんでいる。
「いいえ、結構。ワタクシはさる名門貴族の娘ですわ。施しを受ける謂われはありませんことよ」
自慢気に、大袈裟に、
演劇のような動作と口調で、奢りを拒否する。
(貴族…?最近の女の子の間じゃ、こういうのが流行ってるのか?)
馬車乗りは少し怪訝な顔をしたが、
深く考えず、馬に乗り込む。
『気にすんな!貴族の娘から金なんて取れねぇよ!』
馬車乗りは気のいい中年で、更にとても気分が良い為、
今日は早く帰って家族サービスでもしようと考えている。
彼にも娘がいるのだ。
「ああっ、ちょっと!お待ちなさって!」
『じゃあなぁ~!!元気でな~!!』
行ってしまった。
施しを受ける謂われはないが、こうなっては仕方がない。
少女は頑固なタイプではあるが、
応用が効かないタイプでもない。
「ありがとう~っ!またお会いしましょう~っ!」
少女が大きく手を振ると、馬車乗りは手を振り返す。
気を取り直して、先程の続きを始める。
「すごい…すごいっ!この整備された石畳っ!あのビサンチウムの建築物ッ!」
ピョンピョンと飛び跳ね、地面をばんばんと踏みつけ、
両手を広げてくるくる回る。
世界に誇る美しい景色が、
メリーゴーランドのように回っている。
まるで、
世界が自分を中心に回っているかのように。
少女の上品で大袈裟なリアクションに、
道行く人々が驚いて振り返る。
ただ、少女を見る人々の顔は、笑顔だ。
少女の愛らしさがそうさせるのだろう。
「そして出店の、“たげ良い
そのまま大きくステップし、
露天の主人に話し掛ける。
『えっ?なんて言ったんだ?』
「あら、いけませんわ。ワタクシとした事が…」
興奮のあまり、
ここより北方の言語で喋ってしまった。
大陸では南へ行くにつれ、
少しづつ言葉が変わっていくのだ。
少しづつだったので何とか対応出来たが、
もう故郷の言葉では誰にも通じない。
「出店のご主人様、こちらの食物は、一体どういった由来の物なのかしら?」
コンスタンティノープルでも通じる、
ラテン語混じりのギリシャ語を、大袈裟に、上品に口にする。
『いやぁ。ただのパンなんだけどな…』
場違いな喋り方に、露天の店主は困惑する。
今度は逆に、上品になり過ぎてしまった、
…という訳ではない。
頭の良い少女にとって、言語に対応するなど当たり前である。
対応した上で更に、
“貴族たる者、優雅に喋れなくてはならない”のだ。
ただでさえ大変な、言葉という壁。
それでも普通に話せるだけでは足りない。
少女が乗り越えなければならないハードルは、
一般のそれより、圧倒的なまでに高いのだから。
「ただの、パン…と申しましたの?」
少女は目を見開く。
「なんっ…てことですの!?パンをタダで配ってらっしゃるだなんて!そこまで豊かなのですわね…。神の国、恐るべしですわ」
ゴクリと唾を飲み込む。
驚愕したのもあるが、少女はお腹が減っているのだ。
『いやいやっ!さすがにタダでは配ってないぞ。施しじゃあなくって、一般的な料理って事だ。値段はここに書いてある』
「まぁ。よく判らない方ですのね」
少女はいつも、
人より圧倒的に高いハードルを越える。
良い意味でも悪い意味でも。
それによって、周りが追いつけない事もしばしばある。
『とにかく一つどうだい!?今買ってくれたら、もう一つタダにしてあげるよ!これは本当だ』
「いいえ、施しを受ける謂われはありません。一つで十分、このバターパンを頂きますわ」
指を軽やかに跳ねさせ、
ピタリと止めて、一番安いパンを指差す。
そして、板に書かれている代金を渡す。
『いやいや、こっちも誤解させて悪かったしな!ホラ、こいつも食ってくれ!』
店主は普通のパンの3倍ほど料金が高い、
鶏の卵焼きと豚肉の塩漬け、野菜と調味料、
ようは全部乗せのパンを差し出す。
「そこまで仰るのなら、無碍にする謂われもありませんわね…」
『おうっ!もってけ泥棒っ!』
「ワタクシは盗賊ではありませんわッ!!」
『冗談だよ、冗談…』
(何なんだ一体…最近の女の子は皆こうなのか?)
お腹が減っていたので、少女は渡されたそれを、
早速、上品にかじりつく。
「…。これは…っ!」
卵はふわふわで、肉も脂が乗っている。
パンの柔らかくもサクサクした歯ごたえと一緒に、
美味しい空気が濃縮されたような風味が広がる。
旅の疲れを癒やす、濃い塩加減。
野菜の水々しさ。
故郷の材料で、同じように作っても、きっとこうはいかない。
素材と、料理人の腕が良いのだろう。
「とても美味しいですわね…これ」
ゴクリ、と音を立てて飲み込む。
頬に片手をあて、
目をつぶってゆっくり首を振る。
喉を流れていく感触、その余韻まで、
心ゆくまで感じている、といった様子だ。
大人と子供の中間のような、美しい少女がするその仕草は、
可愛らしくも、妖艶さを醸し出している。
作った方からすれば、
自慢の料理をこれだけ楽しんでもらえたら、
パン屋冥利に尽きるだろう。
『だろッ!?一番上手く焼けたヤツだからな!今度はお父さんやお母さんも連れてきてくれよ!
貴族のお嬢ちゃんっ!』
「…っ!」
少女の顔が一瞬引きつる。
店主が言った『貴族』という言葉は、
少女の大袈裟で、上品な振る舞いを揶揄したものだ。
「ええ、是非とも…」
少女は可愛らしい微笑みを浮かべ、その場を後にする。
少女が大袈裟に振る舞っている理由とは、
まさにこのように、
他人に自分を、貴族と認めて欲しいからだ。
なのに、店主に後ろを向けた瞬間、
少女の顔は暗くなる。
そして、少し歩いた所でもう一度、
ゆっくり、ハッキリした発音で、心を込めて言い直す。
「ええ、…是非とも」
すれ違う通行人が振り返る。
これは少女の癖のようなもので、
上品な発音を練習しているのだ。
演劇の練習のように、上手く言えなかった言葉を、
納得いくまで一人で繰り返す。
時には大きく身振り手振りを加えながら。
より明るく、聡明に、
美しく見えるように。
ただ今回の表情は、とても暗い。
「…ええ、是非とも」
明るく言わねば練習にならない。
なのに、どうしても暗くなってしまう。
嘘を付いた訳ではない。
本当にそう出来れば良いと思っている。
だから、嘘を付いたつもりはない。
『ミルクはいかがっすか~ッ!?ほら見て見て!このスタイルの良いビッチ牛、張りに張った巨乳を揉みしだき~…。ウマイッ!!絞り立てだよ~!!』
やや下品な宣伝が聞こえてくる。
牛乳の実演販売だ。
「ッ!」
少女は素早くそれに目をつける。
「まぁ!ミルクは好きでしてよ!」
暗かった顔が一気に明るくなる。
この笑顔とポジティブさこそ、
彼女が人や動物に愛される所以なのかもしれない。
『おっ、可愛いお嬢さんだ。よぉし!一杯絞っちゃうぞ!』
「いいえ、通常の量で結構ですわ」
『遠慮すんねぃっ!嬢ちゃんも大きなオッパイタンクだが、もっと大きくしてぇだろぉ~?このビッチ牛みてぇーに、パンパンにな!』
「いいえ、通常の量で結構ですわ」
そして断りつつも、
やはりサービスをされてしまう。
水は、味や衛生面を考えると、好んで飲む物は少ない。
この時代での一般的な飲み物とは、
ビールの前身エール、果実を磨り潰したジュース、
そしてこのミルクなのだ。
『今朝取れた果物はいかが~!』
「果物ですってっ!なんてこと…っ!」
少女はエールは苦手だが、
ジュースとミルクは大好きだ。
特に、二つを混ぜ合わせた物は最高だ。
「桃を絞って頂けまして!?」
急いでミルクを飲んで減らし、
木製コップの水位ならぬ、乳位を下げる。
『あいよっ!!デッケーのしといてやらぁっ!』
一番大きい桃が掴まれ、
手早く皮を剥かれ、専用の器具で絞られる。
残った果肉も撥ですり潰されていく。
その様子をワクワクしながら眺める。
『そこでいいかいっ!?』
「ええ、コチラに入れて下さいませ!」
牛乳の入ったコップを差し出すと、
そこに、磨り潰した桃ジュースが注がれる。
桃ミルクの完成だ。
指でかき混ぜ、濡れた指を舐めたあと、
コップを両手でもって味わう。
「はぁ…。濃厚な味わいと、澄んだ爽やかさ。まるで雲の上で、お昼寝をしているかのような…」
『そこの海で取れた魚の塩焼きだよ~!エビもあるよ~!』
新たな声が聞こえてくる。
「海の生き物!?
桃ミルクを一気に飲み干し、
コップを返却して飛んでいく。
『蜂蜜を使った、甘~いお菓子だよ~』
「OHッ! KAッ! SHIィッッ!!」
そんな調子で出店を回っていると…
「うぅ~、もう食べられませんわ…」
出発地点の噴水に戻った頃には、
もう動く事はできない。
大理石で出来た縁に座りながら、半分寝転んでお腹をさする。
はしたない格好だがどうしようもない。
お腹もそうだが、一番苦しいのは胸だ。
ミルク売りの言うように、
歳の割りに大きく張っている。
元々、他の子と比べて発育は良い方だったが、
15の終わり頃から、急にどんどん張ってきて、
もう服のサイズが合わない。
「また大きくなっていますわ…」
豊満なバストは美しさの象徴、誇らしい事ではあるが、
だぼだぼした服はだらしなく、着る訳にはいかない。
締め付けに悩まされる。
そしてこの辺りは故郷より気温が高く、
余計に暑苦しく感じる。
慣れない胸の谷間の蒸れに、悩まされる。
動くとベタベタ付いたり離れたりして気持ち悪いが、
人前で胸に手を突っ込んで、汗を拭く訳にもいかない。
貴族とはかくも辛いものだ。
そしてもっと辛い事がある。
「…路銀がもうありませんわ。どうしたものかしら」
最初の挿絵はゲーム中のアトラス像です。
「私ヒールする!」と並んだ運営迷言「日本は、ない」の地球儀です。
やった者にしか判らない話ですが、わざわざこういう事言う運営なんです…なんか陰険ですよねぇ。まぁ開発があの国なんで