※この作品はR-18です。

シルクロードオンライン¬(differentiam)   作:hachu

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ワタクシは貴族の娘ですわ

 

 

『神の子は、しばらくこの地を満喫して、消えていった』

 

 

 

 

 

 

「…それだけ、ですの?」

 

 

『それだけじゃ』

 

 

少女は落胆する。

 

大して面白くもないお伽噺だ。

各地の神話などと比べれば、B級も良い所だろう。

 

 

 

「それでは本当だったという証拠になりませんわ。奇跡を目撃した、証人がいなければ」

 

 

『証人ならおるぞ。ワシじゃ』

 

 

「お爺様がぁっ!?」

 

 

 

思わず変な声が出てしまった。

 

遥か昔の神話かと思えば、お爺さんの昔話だったのだ。

 

 

 

『ああ。一週間かそこら世話してやったんじゃ。何でもかんでも珍しがる元気な子でのぅ。

お嬢ちゃんと同じ二つ縛りじゃったぞ、もっと短いこう…丸っこいやつ』

 

 

「ワタクシと、同じ…」

 

 

『丁度こんな、赤い宝石が好きじゃった。目を離すとスラムの方まで行っちまうのさ。連れ戻すのが大変じゃった。何が面白かったんじゃか』

 

 

ラビはそう言いながら、

水に手を突っ込んで、腕輪を拾い上げる。

 

噴水の管理人なのだから、

そこに投げ込まれた物はラビが管理する。

 

 

物であろうと、子供であろうと。

 

 

 

「それでは神の子とは呼べませんわ」

 

 

 

お伽噺ですらない。

どこぞの捨て子か何かを、勘違いしたのだろう。

 

 

 

『その子は一週間で、この地の言葉を喋れるようになった』

 

 

 

「ッ!?」

 

 

 

興味を失くした少女が再度、顔色を変える。

 

 

言葉を覚える大変さは知っている。

 

いくら子供の語学能力が高いと言っても、

一週間というのは盛りすぎだ。

 

例え自分であっても、無理だろう。

 

 

『おおよそ子供が使うような言葉じゃなかったがの。クソだのハゲだの』

 

 

「スラングまで…?」

 

 

勉強して覚えた言語ではない。

 

現地の者達と会話を繰り返し、

その表情や言い方をコピーした、現地調達の言語。

 

おそらくその子供は、

それが汚い表現とも、知らなかったのだろう。

 

 

『元気に見えて、必死の裏返しじゃったのかもな。今思い返すと、やる事なす事、ぜーんぶ言葉を覚える為にしとったような』

 

 

「本当だとしたら、確かに…」

 

 

言葉も判らない子供が、身一つで降り立ったなら、

不安で仕方無かったハズだ。

 

腹が減ったとしても、

それを伝える事すら出来ない。

 

それでも子供ながらに、生きる為に最善を尽くそうとした。

 

 

 

奇跡とはほど遠いが、

それだけにリアリティのある話。

 

 

 

「いえ、そんな子供…ありえませんわ。最初に言葉を覚えようとするなんて」

 

 

 

言葉とは、本当に重要な物だ。

 

大抵の地域では、

まだ上手く喋れない新参者に、優しく手を差し伸べる。

 

まだ上手く喋れない新参者とは、

“その地の言語を覚えようとしている” 者。

 

 

その地の言語を話す。

それはその地に同化し、その地に忠誠を誓う事を意味する。

 

その地に住まう者にとって、新参者の来訪とは、

コミュニテイを拡大するチャンスである。

 

だから、“おもてなし” を行う。

 

ただし、手を差し伸べるのは最初の内だけ。

いつまでも、もてなしている訳にはいかない。

 

新参者にはコミュニティの一部となり、

自分達と同じく、自分達のコミュニティの為に、

尽くしてもらわねばならない。

 

 

いつまでも経っても上手く喋れず、

コミニケーションが取れない者。

 

それは最早、厄介者でしかない。

 

 

 

この地に同化しない、

 

この地に忠誠を誓わない者。

 

 

 

 

 

 

スパイの疑いがある。

 

 

 

 

 

 

言葉とは時として、戦争の引き金にさえなる、

重要で、デリケートな物。

 

その神の子とやらは、

身一つでコンスタンティノープルに降り立ち、

幼いながらそれを理解していて、

 

 

最優先で言葉を覚えた。

 

 

 

 

そんな不気味な子供がいたら、

それこそ本当に…

 

 

『あ、よく考えたら一度じゃないかもしれん。ワシが知っとるのはその一度だけという事じゃ』

 

 

「どうやら…白昼夢を見ていらっしゃったのは、お爺様のようですわね」

 

 

皮肉を述べる。

明るく振る舞っていても、少女は根暗である。

 

皮肉屋さんなのだ。

 

 

少女にとっては、

自分以上の神の子など、いるハズがないのだ。

 

 

お爺ちゃんとは、大抵ボケているもの。

自分の過去の話を盛りすぎて、それこそ神話のように語る。

 

本当の神話はこの世界でたった一つ、

キリスト教だけだというのに。

 

 

『ま、この噴水を汚すような事はしちゃいかんぞい』

 

 

「ええ、そんな者がいたら、ワタクシが追い払って差し上げますわ」

 

 

『ほっほっほ、よっこいしょ』

 

 

今日も良い天気じゃ、

そう言い残して老人は歩いていった。

 

 

 

 

――そんな者がいたら、自分が追い払う

 

 

実際にそれを行う旨の発言ではない。

 

これは少女が旅で学んだ、

自分は敵ではない、この地の一部である事をアピールする、

皮肉交じりの処世術である。

 

 

「色んな方がおりますのね…」

 

 

少女も立ち上がり、

やるべき事を始める準備をする。

 

荷物から器のような物と、

字が書かれた紙を取り出している。

 

 

 

 

すると噴水の前を、綺羅びやかな馬車が数台通る。

 

その中から、数名の従者を連れた初老の男と、

その娘か孫とおぼしき、綺羅びやかな少女が降りてくる。

 

 

貴族だ。本物の。

 

 

コンスタンティノープル近辺の貴族か、

ルーシの辺りから観光に来た者だろう。

 

16歳の少女より歳下であろう、貴族の少女は、

赤い、ヒールの高い、リボンがついた靴を履いている。

 

名目としては、踵が汚れない為のヒール。

 

この地のように、舗装された場所のみを歩く事を前提とした、

実用性の全くない靴。

 

 

「可愛い…」

 

 

服も真っ白で、

レースやフリルが付いた美しい物だが、

少女は、その赤い靴に一目惚れしてしまった。

 

 

「一体、いくらするのかしら…」

 

 

貴族は従者を引き連れ、市場の方へ歩いていく。

すると、今度は別の方向から、大きな怒号が聞こえてくる。

 

 

 

『何度言えば判るんだお前はッ!!』

 

 

 

驚いて目をやると、奴隷が働いているのが見えた。

 

主人とおぼしき男に叱られている。

 

 

 

それに冷たい視線を送る。

 

 

 

 

 

 

 

(ここでも、ですのね…)

 

 

 

 

 

 

 

少女は、奴隷制度に辟易しているのではない。

 

確かにそれもある。

ただ、それ以上に辟易しているのは、

 

奴隷という地位に甘んじ、運命として享受している、

 

 

 

奴隷自身に対して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

貴族と、奴隷。

 

光と闇のようなコントラスト。

 

 

少女が美味しいと思ったパンに、

ミルクに、果物に、何の興味も示さず歩いてく貴族。

 

主人に殴られ、頭を抑えながら謝り、

卑屈な笑みを浮かべる奴隷。

 

 

 

その間に立つ自分。

 

 

 

 

 

 

 

(ワタクシはアナタ方奴隷とは違う。貴族なのですわ…)

 

 

 

 

 

 

 

 

路銀がない絶望的な状況の、

自称、貴族の少女。

 

それでも腐った顔一つ見せず、前を向く。

 

 

 

何故なら、

そのか細くか弱い少女は、

 

 

絶対的な存在だからだ。

 

 

 

 

 

 

 

「道行くコンスタンティノープルの皆様っ!!旅の皆様っ!!お初にお目に掛かりますわ!」

 

 

 

 

 

 

 

大きく愛らしい、ハスキーな声に、

 

道行く人々が振り返る。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ワタクシは、ヘレン・アップレケーンタ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

ヘレンは大きく、優雅に

 

 

この世界に手を広げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴族の娘ですわっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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