シルクロードオンライン¬(differentiam) 作:hachu
自称貴族の少女は、たった数日で、
世界の中心アウグスタイオン広場の名物となった。
少女が “それ” を始めれば、
あっという間に人だかりが出来るようになり、
今では少女にある “敬称” が付けられる程だ。
「それではお次は!この噴水から氷柱を召喚して差し上げますわ!」
アトラス像の噴水前、
観客達は、危なっかしくも噴水の縁に立ち、
手品を披露するヘレンを見上げている。
側にある籠には、『見物料はコチラに』
というプレートが立てられ、
中には銅貨がどっさり放り込まれ、数枚の銀貨も混じっている。
大体銅貨一枚で、質素な食事が一回出来る。
銀貨であれば一週間の食費がまかなえる。
宿代は食事無しで一晩、銀貨一枚。
最低でもこれだけは稼がねばならない。
初日はギリギリだったが、
噂が広まったのか、今ではそれくらい簡単に稼げるようになった。
今日はこの時点で、3~4日分のノルマは達成している。
「いきますわよぉ…っ!」
魔法を発動すると、ヘレンの少し前方に、
円状の揺らめきが現れる。
注視しなければ判らない程の揺らめき。
この世界と、ヘレンの視る世界を繋ぐ、
凹凸レンズのような、薄っすら青い蜃気楼。
そのレンズを通して見る先、
そこに在る水を、手も触れずに操る。
「ご覧下さいませッ!!」
掛け声と共に、水面を貫いて、
三本の氷柱が、高く、長く突き出した。
アトラス像の背丈も越えている。
『オオオオォォォ…ッ!』
広場に集まった見物客から、歓声が上がる。
下から上に突き出す仕組みは、
水面下で新しい氷を生み出し続け、
上の氷を押し上げているのだ。
『アイス…ッ!!ソォオオオオドッ!!』
声の大きい男性客が、
両手を大きく広げて称える。
『いや…アレはアイススピアだ!!』
男とは、尖った物を見ると、
すぐ武器に例えたがる生き物なのだ。
『今日のは長いなっ!』
『こんなに長いのによく折れないもんだ!』
ヘレンが行っているのは、大道芸である。
スオミからここまで来る途中、
路銀に困っていた折始めたら、意外にも大好評だった。
村では魔法を禁止されていたが、村の外ならやり放題である。
ルーシでその様子を見た、
“ダンテリオン” というジョングルールにスカウトされ、
しばらくの間、彼等に大道芸を教わりながら、共に旅をしたのだ。
ジョングルールとは、
フランク王国を中心に活動する、旅芸人の事。
音楽家、吟遊詩人、ダンサー、ジャグリングから手品師まで、
芸を持っていれば誰でも歓迎する。
一人では見せる芸にも限界があるが、
寄り集まれば、更に派手なパフォーマンスが行える。
『大道芸を見せるのだから、小道芸ではならない』と、
本場のかなり厳しい手ほどきをされた。
芸に厳しい者達ばかりだったけど、楽しかった。
大道芸人が行う、上品で大袈裟な動作は、
ヘレンが行う “エセ” 貴族の所作と、よく似ていたからだ。
ヘレンは貴族よりも、大道芸人の才能があり、
ベテランのダンテリオンはそれを見抜いたのだ。
彼等はフランク王国から旅をしていて、
そちらにUターンする為、途中で別れてしまった。
『正規雇用するので、フランクに来ないか』と誘われ、
迷いはしたが、本来の目的を果たす為、
コンスタンティノープルへの道を選んだ。
でも、彼等の教えは受け継いでいる。
「ありがとうーっ!ご声援、ありがとうございますわーっ!」
まず、大きな声と大袈裟な振る舞いで、人目を引く。
これがなければ始まらない。
普通は、頼りがいのある紳士が行う。
そういった人物の方が、芸に期待を持ってもらえるからだ。
少女のヘレンはその点で不利だが、
金髪碧眼の美しい容姿に、天使のような笑顔。
少女らしからぬ発育の良いスタイル。
それらが不利を覆す “目立ち度” を発揮する。
当然、男性客の比率が高くなるが、
男性は若い娘に対して、投げ銭の羽振りが良い。
全く問題は無い。
ヘレンの芸はレパートリーこそ少ないが、加減と応用が効く。
いきなり大きな事はせず、まずは手の内を隠す。
そして少しづつ派手な芸を見せ、
最後は時々の客層に合わせ、大きな物を披露する。
客が欲する物を提供する洞察力、
対応力と、ユニークセンスが問われる。
槍のような氷を作ったのも、その一環だ。
同じ事ばかりでは客も飽きて、次の日に来てくれなくなるのだ。
「なんとこの氷柱…ワタクシの合図で、一瞬で溶けてしまいますのよ!」
手を回すように軽やかに広げ、氷柱の先端へ注目させる。
白魚のように美しく跳ねる指先は、
観客の視線を、魔法にかけたように動かす。
動きに釣られて顔を回してしまう者さえいる。
『マジか!?』
『知らないのか?ヘレンちゃんの氷は合図で溶けるんだ!』
ヘレンは噴水の縁で、危なっかしくもくるりと回り、
片足で爪先立ちをする。
浮いた方の足は、地面と並行に伸びている。
バレリーナのようなポーズだ。
「雄々しくそびえ立つ氷達よ!その輝かしい舞台の幕を降ろし給えーッ!」
空に向けた杖を、両腕を広げていくような動作で、
ゆっくり下に降ろしていく。
氷柱はそれに合わせ、
先端から砂のように崩壊していく。
『オオオオォォォー…』
観客は溜息を漏らす。
杖を下げる動きに反比例して、
浮いていた足が、上へ上へと反り返っていく。
短いスカートは限界まで開き、
ヘレンの上半身が低くなるにつれ、
高く伸びた足から、滑るようにずり落ち、
少しづつ、その面積を小さくしていく。
『オオォー…おっ、おおお…?』
ヘレンは崩壊する氷柱に集中しているが、
男性客のほとんどは、
美しく伸びる足と、露わになっていく太腿の根本に注目している。
「…はいっ!氷柱は見事、その生涯を閉じましたわぁ!」
広げていた足を閉じ、
新体操のようなポーズでキメる。
『おぉ…っ?オオオオォォォ…!』
急に浮いていた足が降りて、太腿が隠されてしまい、
夢から醒めたように、
ヘレンの下半身から顔に視線を戻し、
現実に戻った観客が声援を送る。
気付いたら氷柱は消えていた。
「(もうっ!魔法をちゃんと見ておりませんでしたのねっ!)」
ヘレンは観客の目線から
隙あらばスカートの奥、太腿が伸びる根本の、
下着を覗こうとしている事を知っている。
その為、演目の前にフォース系の魔法を使い、
激しい動きをしても、Vライン以上は絶対にめくれ上がらないよう、
気を配っている。
大きく、ふわり、ふわりとはためきながら、
いつもあと1mmの不思議なスカートは、
魔法のように男性客を惹き付ける。
ヘレンはそこまでは計算している訳ではない。
自分の足が貴族にふさわしい、美しい物という、
自負として受け止めている。
「見物料は、コチラにお願いいたしますわっ!」
上半身を左に傾け、左足も伸ばして爪先を上げる。
手の平の先は、左にある籠を向いている。
芸を見た者は、そこに見物料を放るのだ。
見ておいて金を払わない、タダ見客というのは、ほとんどいない。
コインの枚数もケチったりせず、感動の度合いをそれで表現する。
神聖なキリスト教の精神が、人々を正直者にさせているのと、
この周辺は商人が多く、観客達も富裕層。
奴隷に仕事を任せて来ている者がほとんどだ。
世界有数の近代都市、コンスタンティノープルといえど、
娯楽は多い訳ではない。
金を取っていても税金で取られるか、娼婦につぎ込んで病気をもらう位だ。
可愛らしいイリュージョニストに投げ銭し、
お金の代わりにスマイルをもらう事は、
健全な使い道だと言える。
「ありがとう、ありがとうございますわっ!…まぁっ!可愛らしいお子様!」
親にコインをもらったと思しき子供が、
大人の真似をして、
緊張気味にコインを入れて、走って親の方に戻っていく。
ヘレンは一人一人に声を掛け、スカートをつまんで腰を落とす。
『今日も冴えてるねぃっ!』
「お褒めに預かり、光栄ですわっ!」
一つ芸をこなす度、何度も投げ銭に来る者もいる。
ヘレンの可愛らしい笑顔が見たいからだ。
すると、その様子を祝福するように、
後ろの噴水に変化が起こる。
「あら?噴水が…」
アトラス像を円状に囲む、幾つもの放水口。
そこから何本もの水流が、天へと舞い上がる。
神の国を支える、アトラス神を称えるかのように。
『知らないのかい?マルスとユピテルの正午は、ああやって水が舞うんだよ』
以前は安息日以外、毎日放水を行っていたが、
最近はマルスとユピテルの曜日だけとなっている。
そして、ヘレンが噴水を見るのは初めてだ。
(とてもキレイですわ…。まるで、透明な長石を飾り付けたような。水がこんなに美しい芸術を描くなんて)
水が飛ぶ仕組みも、大いに興味がある。
普通は、“地面がそう在ろうとする力” によって、
水は上から下に流れるハズなのに。
一体、どんな魔法を使っているのだろう。
しかし、大道 “貴族” 芸人たるもの、
目を奪いはしても、目を奪われるようでは失格だ。
「…それではっ!本日のフィナーレッ!!この放水を全て凍らせ、見事
消し去ってご覧に入れますわ!」