※この作品はR-18です。

シルクロードオンライン¬(differentiam)   作:hachu

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奇譚収遺使禄.Ⅹ
ジャイアント・リサイタル


 

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呂尚(ルージン)「痛ああああいッ!!痛くないって言ったのにぃいいいッ!!」

嘘づぎぃッッ!!ヘレンの嘘づぎいいいいいッッ!!

 

頭に革袋を被せられた女。

動けぬように拘束され、腹部に剣を突き刺されている。

死に至る深さだ。

 

女の名は呂尚、20歳。

音を表す「呂」の字に、輝きを表す「晶」で呂晶。

 

 

 

…であったが、

投獄れた折、看守を何名も殺傷して逃亡した為、中華全域で指名手配されてしまい、

何かと不便なので、歴史上の人物にあやかり、呂尚と改名した。

 

Valcs(バルクス)「何なんだコイツ!!死んでもおかしくない量吸わせてるんだぞ!

うわっ、煙でこっちがやられそうだ!クソッタレ!」

 

毛深い男は人より鼻が効くせいか、革袋から溢れる煙に涙を流している。

おまけに呂尚が暴れるため一思いに刺す事が出来ない。

その結果、更に悲惨な結果となる。

 

 

「殺し゛て゛や゛る゛う゛うううッ!!この拘束を解けええええええッ!!

ごれがなげればッ!!お゛前なんがッ!!お゛前なんがああああああ!!」

 

 

身体中の穴という穴から血と体液を流す。

これ以上は失禁する水分も残っていない。

『前日から飯を抜く』というアドバイスに従っていてよかった。

 

これはローマPTが仲間を迎える際に必要な『契り』である。

 

拷問でも黒魔術でもなく、やる方も好きでやっている訳ではない。

元々、『こんな儀式楽勝だ』と言っておきながら、いざ始まると意見を180度飜えしたのは呂尚である。

 

その理由は痛みだけでなく、痛みを忘れさせる『ある処置』が効かないせいもあるが。

 

 

Valkyrie(ヴァリキエ)「おそらく、かなりの耐性があるのだろう。訓練時代にも一人、こうやって廃人になった同僚がいた。おい神父、空気を吸わせるな。ケツからも流し込め。もうどうなろうと知ったことか。」

 

ローマPTリーダーであり、貴族出身の女性聖騎士:ヴァリキエが言う『空気を』とは、『阿片の煙以外を』という意味である。

 

Manuel(マニュエル)「呂尚サーン、お尻失礼シマース」

 

神父は医療行為に従事する医者のように、

なんのためらいもなく女性の下半身を顕にする。

 

 

その様子を、痛そうな、辛そうな顔で覗いている魔法少女、ヘレン。

大人社会で軽んじられないよう18と偽っているが、本当の年齢は16歳だ。

その少女には、見るに耐えない凄惨な現場である。

 

だが、あの女が苦しんでいると思うと、なぜか下腹部が熱くなってくる。

ダメだと判っていても覗いてしまう。

 

Helen(ヘレン)「(主よ、卑しいヘレンをお許しください…。)」

 

 

「早ぐぅうううう…!!早ぐ終わりにし゛て゛ぇぇぇ…!!

謝るがらぁぁぁ…ごめんよぉおおお…だって犬っころみだいだが、ら゛あ゛あああああああッッ!!!」

 

相手が何を言っても、絶対に耳を貸してはいけない。

さっさと済ませる以外に、楽にしてやれる方法はないのだから。

バルクスの深い一刺しは彼女のためであり、誇りを傷付けられたからではない。おそらく。

 

「(なぜだ?全然酔えない。以前ならもう天国にいるハズだったのに。地獄だ。ここは地獄だ。コイツらは悪魔だ、蛮族だ。)」

 

「…治った。」

 

「よし、次は私と神父だ。」

 

「おおおお゛前ら゛…ごの痛み゛、げっじで忘れぬ゛…いづが、必ず、ふぐじゅ…を…」

 

 

「やっと気を失ったか。丁度いい、今の隙に済ませるぞ。五月蝿くてかなわん。」

 

「oh.復讐ハ何モ生ミマセーン」

 

 

 

 

・

 

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暫くして、ここは訓練として訪れた秦始皇帝陵の地下洞。

 

白霊が退治されるも、未だはびこり発掘を妨害する彼女の子供達。

それらを退治すべく、ヘレンがアースクエイクを放った・・・はずが。

 

「フォーザキーン!フォーザラーンッ!!皆さんその場を動かないで!…いきますわよォッ!」

 

「あいやぁああああああッ!救命阿(じゅうみんあ)あぁあああ…!」

 

「そこの釣りっ!動くなと言ったでしょう!早く!地割れが閉じますわ!」

 

「この人達怖いよぉぉぉ…。」

 

 

 

 

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「…なるほど。ウィザードは投擲兵で、吟遊詩人(バード)は輜重兵か。各々が1個の隊を一人で成す。だから8人隊(コントゥベルニウム)ではなく、縮小百人隊(ケントゥリア)なワケね。」

 

「そうだ。飲み込みが早いな。」

 

 

長安の麯院街の一角にある、高級宿屋で朝食を取る一行。

高官御用達の店だが、白霊を討伐した彼等はいつでも手厚い待遇が受けられる。

昨今の行商ブームも手伝い、食事は更に安く、美味しい物が気軽に食べられるようになった。

 

そんな豪華な食事中でも、ヴァリキエと呂尚は訓練の復習に余念がない。

 

 

「でもやっぱりやりすぎじゃない?ここまでカッツリ分担してたら身動きとりにくいし、欠員が出た時ヤバイわよ」

 

「それは我々も対策すべきと考えている。仲間内で教えられる技術は共有し、有事の際は各々を肩代わりする事が理想だ。」

 

「だから3人もいやがったのか…。」

 

 

 

「こんな女にレクチャーした所で無益ですわ。どうせ釣りしか出来ませんもの。バルクス、この辛いの食べてくださいまし」

 

ヘレンは、香辛料の効いた汁が掛かった、蒸し鶏の細切れを、隣のバルクスの皿へ盛っていく。

 

 

「うむ。辛い物は腹を壊すからな」

 

バルクスはヘレンには甘い。

 

 

呂尚は面制圧力もヘレンやルリアに遠く及ばず、仲間を守る術も持たない。

残る役割は、敵を仲間の元へ誘導する偵察兵科、『釣り』だけだ。

 

素早い身のこなしと汎用性の高い呂尚は、釣りという役割には向いてはいるが、如何せんその釣り自体の必要性が高くはない。

 

 

「何よ。アタシのア(・)レ(・)のおかげでデカイのすぐ狩れたじゃない。効率が良くなんのよ、アタシがいると」

 

 

呂尚の言う『アレ』とは、

治癒に使っていた内功心法を応用し、相手の生命力を弱らせる術である。

妖怪の鱗が病に侵されたように朽ちていき、攻撃が通り易くなった。

以前は考えもしなかった使い方だ。

 

白霊戦以降、気孔の操作が急激に上達した為、気まぐれで妖怪に対し、内功を加(・)減(・)な(・)し(・)で(・)流したところ、治癒とは逆の現象が起きたのだ。

 

ただし操作が上手くなったのは、体内で練り上げる内功心法のみ。

外向けの炎功などは相変わらず、集中できずに破裂してしまう体質が治っていない。

 

 

「あのような禍々しいアルス…、コチラが病気になりそうですわ」

 

そして内功心法・改は、黒魔術を彷彿させるその効果から、潔癖症であるヘレンの評価が低い。

 

 

「そう言うな。異邦人の我々にとって、地元民である彼女の存在はとてもありがたい」

 

「誰にでも優しいのですわね…。」

 

「ん、何か言ったか?」

 

 

 

呂尚は他愛ない会話も根に持つ。

新技を否定され、自分の好物である辛い物も食べようとしないヘレン。

更に…

 

 

(そういえばこの間もコイツ、アタシの胸が小さいってバカにしやがったんだ…。)

 

呂尚に復讐心…いや、イタズラ心がメラメラと沸いてくる。

 

 

 

 

「ヘレン気をつけなぁ、あんまり好き嫌いしてると…

 

―― デブるよ?」

 

 

 

「…ッ!」 「…ッ!」

 

レスバトルが開始された。

呂尚の第一手に、関係のないルリアとルシラの手が止まる。

女性が体型を気にするのは万国共通だ。

 

 

(ククク…w あの年頃であの巨乳。自分が太って見えないか、さぞ気になってしょうがないハズだ。)

 

 

多少強引だが、“デブ”というワードにさえ結びつけばいい。

思春期のヘレンにはそれで十分な打撃だ。

 

 

 

「あら、ふくよかな女性は美しいのですわよ。ご存知ありませんの?お姉様。」

 

ヘレンが胸に手をあて、上品に返す。

 

 

(コイっツ…ッ!)

 

 

呂尚の予想は外れた。

 

幼少から魔法を扱っていたヘレンは、周りから奇異の目で見られる事に慣れている。他の子より乳が張った程度の事を、一々気にはしない。

急に大きくなってきたので困り物ではあるが、同時に誇りにさえ思っている。

 

 

(何だこの無根拠な自信は。これじゃまるで私の方が、つまらん事気にした安い女みたいじゃないか!…誰だ?コイツに余計な事吹き込みやがったのは?)

 

 

「ああ。女は少し位、肉が乗ってる方がいい。」

 

 

(お前かよッ!犬…ッ!)

 

 

呂尚はバルクスに、心の中で舌打ちする。

 

 

「ほら、ごらんなさいませ。」

 

ヘレンはバルクスに軽く手を向ける。

 

 

彼等のみならず、西方ではこの手の、“脂肪信仰”が流行しているのだろう。

多寡は違えど、似たような文化は中華にもある。

そして、そういった文化が出来上がる仕(・)組(・)み(・)も又、万国共通だ。

 

呂尚が第二手を仕掛ける。

 

 

「それってさ、女性の美しさは外見じゃない。ていうのと同義なのよ?」

 

 

「…?」

 

ヘレンは言葉の意図が判らず、怪訝な顔をする。

呂尚は心に残るよう、ゆっくり強調して言う。

 

 

 

「みんな…、気(・)を(・)遣(・)っ(・)て(・)く(・)れ(・)て(・)る(・)の(・)。」

 

 

 

「…ッ!?」

 

ヘレンは焦って周りを見回す。

バルクスも他の者も、食事に集中し目を合わせない。

 

 

「え…っ?」

 

得体の知れない胸騒ぎがヘレンを襲う。

 

 

 

 

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そう、誰もヘレンを太っているとは思っていない。

男性陣とヴァリキエは女性の悩みに疎く、判らない事に口を挟まないだけだ。

 

 

ルリアやルシラに至っては、“ふくよかな方が美しい”という言葉が、

ライバルを油断させる為の物と知っている。

 

 

――そして、こうも思っている。

 

 

ヘレンは、幼さを残す愛らしい顔立ちながら、発育が良く、出る所は出て、締まる所は締まり、若さ特有の、はじけんばかりの張りがある。

極めつけは体毛が少ない事だ。まつ毛は長い癖に、腕や足は薄い産毛しか生えておらず、毛を剃っている所すら見た事がない。

 

こちらは過酷な旅の中、苦労して見た目に気を遣っているというのに、ヘレンと居るとそれすら霞んでしまう。

 

何処へ行っても彼女目当ての男が声を掛けてきて、その対応にもウンザリしている。というかこの美少女が、正直憎い。

 

 

――少しぐらい、余計な事を気にすればいい。

 

 

 

それらが醸し出す微妙な空気は、ヘレンに誤解を与えるには十分であった。

 

 

 

「まさか…。ふくよかな女性は、みにく、い…?」

 

ヘレンが自分の胸を見下ろす。

 

 

 

常識が、みるみる崩れ去っていく――

 

 

 

拳をキツく握り、胸を隠すように押しつぶす。

それはヘレンが初めて年相応の、悩みやコンプレックスを持った瞬間だった。

 

赤飯でも欲しいところだ。

 

 

「姐さんも好き嫌いとかないよね?」

 

 

「そうだな。私は酒に合えば上等だ。この辛い肉も大いに酒が進みそうだ。」

 

 

呂尚がニヤリと笑う。

 

 

(そう、コイツは酒のせいで舌が馬鹿になっている。だから何でも喰う。飢饉になっても草を食って生き延びるタイプだ。)

 

 

 

「ぐっ、うぅ…。」

 

 

トドメが入った。

ヘレンは観念した面持ちで、バルクスの皿へ盛った棒々鶏を、自分の皿へ戻していく。

 

 

「ヘレン、お前は太っていないと思うが。」

 

 

「バルクスは黙っていてくださいませッ!」

 

 

不貞腐れたバルクスの喉から、クゥーンという高い音が鳴る。

 

 

 

(ざまーみろ犬め。お前がなだめれば、なだめる程、コイツは気にしていくんだよ…クックックw)

 

 

 

「はいは~い、ルージンっちぃ、意地悪はそこまでねぇ~」

 

 

 

ルリアが気を利かせて助け舟を出した。

レフェリーストップである。

 

 

「ふっふっふ~ん。あんむ。」

 

呂尚が満足そうにうなぎの包子を頬張る。勝利の味だ。

 

自分は気孔を使っていれば、いくら食べても体重は増えない。

その迷信を、呂晶は疑ってもいない。

 

 

 

 

 

 

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「んで、ほーして姐さんあクレいックふぉ?」

 

改めて隊列の話に戻し、ヴァリキエに尋ねる。

 

 

「うむ。聖騎士という出から癒やしのスキルを学んだ。私は神に祈る資格はないが仲間の為であれば許されるだろう。まぁ、魔物に集られる点で聖職者は騎士と同じだ。私にはお似合いだよ。」

 

「それって、やろうと思えば誰でも出来るの?」

 

「いや、ある程度の素養…治療であれば聖職に付いた事があるとか、深い繋がりがなければ奇跡は起きない。どの程度かと聞かれると判らんが、それで飯が食える程度のスキルは必要だろうな。」

 

「じゃーアタシは無理か。でも達人姉さんですら防御役ってんだもんなぁ」

 

「岩を割るくらい貴様も出来るだろう。」

 

「姉さんはズバッていくじゃん。アタシはなんか、ボゴォ!みたいな。」

 

「貴様の武器は戦鎚の用途も含んでいるからな。それでかまわんだろう。私は単に…女々しいだけだよ。」

 

ヴァリキエも根は闘士だ。強さの追求は楽しい。

暗殺に重きを置くバルクスと違い、自分と近い理想像を持つ呂尚の意見は、今までの旅では得られなかったものだ。

それに2人は良家の出身ながら、勘当同然の扱いを受けている共通点があり、お互い何かしらのシンパシーを感じあっている。

 

「(姐さんですって?新参者の分際でヴァリキエ様をあだ名で呼ぶなど。どこでも一人はいますのよね。こういう図々しい者が。)」

 

 

それがヘレンにとって不愉快な理由らしい。

 

 

「この穢らわしい女と食卓まで囲む事になるだなんて。まさに悪夢ですわ」

 

 

ヘレンは呂尚に対して、歯を剥き出し、

大げさに、頭と顎を掻くようなポーズを取って威嚇する。

 

呂尚も負けじと歯を剥き出しながら、

胸の前で、大きな玉を2つ掬い上げるようなポーズで威嚇し返す。

 

 

機嫌が悪そうなヘレンを、ヴァリキエがなだめる。

 

 

「ヘレンとルリアの魔法はPT内でも随一の破壊力だ。私達など及びもしないさ。」

 

 

そうだ、ワタクシは切り札なのだ。猿女め、少しは敬え。

ヘレンは棒々鶏を噛まずに飲み込みながら、心の中でしっかり呂尚を罵倒する。

 

 

「ただルリアはなんというか、芸術志向でな。」

 

Luria(ルリア)「アタシぃ~魔法って性に合わないのよねぇ。嫌いな上司ぃ思い出すのよぉ~

」

 

マイペースな女性メンバー、ルリアが会話に加わる。

ルリアはルシラと同様、呂尚やヘレンより年上な、大人な雰囲気を漂わせる女性だ。

 

 

「そう言うな。頼りにしている」

 

「ルリちゃん他に特技あるの?」

 

「あたしぃはバルドよぉ~ん。どっちかっていうとぉ、そっちが本職ねぇ~。

ミンストレルだったしぃ」

 

 

ミンストレルとは宮廷に仕える芸者である。

 

のほんとした性格と対象的に、出身も曖昧、謎に包まれたルリアだが、

ヘレンと同じく、大陸で数人しか扱えぬであろう伝説級魔法を操り、

一方、ハープ術ではルシラの師を務めるなど、彼女の能力には底が知れない。

 

呂尚も『音で出来る事など』と最初は馬鹿にしていたが、

効果は先日の白霊戦の通りである。

 

音術も魔法も根っこが同じ理屈だから、と本人は言うが、その理屈をどこで学んだかも謎だ。

 

 

 

「投擲と兵站か。ルリちんめちゃくちゃ重要じゃん!」

 

 

「任せてぇ~ん」

 

 

 

ただし魔法に関しては、

ヘレンは一網打尽の大規模魔法を得意とするのに対し、

ルリアはどちらかと言うと単体専門である。

 

大規模魔法も使えるが、

地面に立方体の穴を開けたり、炎や氷で美しい動物を形作ったりと、

攻撃に使えぬ事もないが、大道芸にその真価を発揮する。

 

一度だけ、『超上手く出来ちゃったからぁ、コレは撃ちたくなぁ~い』と、

仲間が死にかけてるにも関わらず駄々をこねた事すらあった。

 

そしてルリアは、ヘレンの使う

炎の小道・そこに在る(フレイムレーン・メテオロッス)と、

追尾魔法に相当する術を持たない。

 

ヘレンはほとんどの魔法を唱える際、

木の実の運び屋(インテリゲーレ・ベクトール)

おまじない・盗まれた物は返る(マギアバウンドヘレン)

この二つのフォース系魔法を基礎に構築する。

 

これが相手に魔法を磁石のように引き寄せる役割を果たし、

成功すれば彼女の口癖のごとく『必中』を成す。

 

ルリアはこれを表向き使うことが出来ない為、

魔法をよく外す。

 

同じ伝説級魔法を扱うルリアとヘレンだが、

微妙に流派が違うのかもしれない。

 

元よりヘレンの魔法は生まれつきで、

師匠である『夕日の魔女』から伝授された、メテオ等の魔法も、

夕日の魔女が独自に開発した物だ。

 

希少な魔法使いの中でも、更にヘレンは特殊な存在なのだろう。

 

 

 

「でもそれでいくと、WIZとクレの組み合わせは1番ダメね。」

 

 

ッ!?

 

 

呂尚が箸、皆が手掴みで食事を取る中、木製の『マイ突き匙』で食事をするヘレン。初めは気持ち悪いと思いながらもやめられなくなった、鯉の膾。いざそれを頬張ろうとした手が止まる。

 

「なぜそう思うのだ?」

 

「一見万能そうだけど、後衛のWIZに前衛スキルなんて手持ち無沙汰よ。有事に代わりにならない死にスキル。て事は、いたとしたらソイツは仲間の為じゃなく、自分の為を想定してる。仲間をあんまり信用してない。」

 

 

「(この釣り専、言うに事欠いてぬけぬけと…!)」

 

 

「まぁ、そう言われればそうだな」

 

 

「(ヴァリキエ様…っ!)」

 

 

「そんな事はぁ、ないと思うよぉ。魔力があればぁ、祈りも強くなるしぃ。」

 

 

彼等が言う祈りとは、呂晶の自分に願い自分で叶える物ではなく、

神と呼ばれる空想上の生き物にお願いするそれである。

 

 

「それにほらぁ、ヴァリちんだってやられちゃう事もぉ、あるかもしれないじゃなぁ~い?」

 

 

「そうか、やはり私では信用に足らないか。」

 

 

「ごめぇ~ん。そういうワケじゃ~」

 

 

「いいんだ、自業自得のいたすところだ。」

 

 

「ヘレンは魔法の他には?天幕?」

 

呂尚は、ヘレンの故郷で『テルタ』と呼ばれる、野宿用の天幕を張る技術を、それと違うと判っていながら嫌味として言っている。

 

 

「ワタクシもWIZバドですわ。魔法の他にハープを嗜んでおりますの。」

 

「ほう、初耳だな。」

 

 

ヴァリキエ意外の空気が、一瞬ヒリついたように感じた。

 

 

「あ~、ハープといえばぁ~。こないだぁ、ルシランがねぇ~」

 

 

その反応で呂尚は理解した。

ルリアはマイペースに見えて気が利く女だ。彼女が自分から話題を変える時は、何かに気を効かせた証拠でもある。

 

つまり、皆も半ば気付いているだろう事。

 

普段から必要以上に、仲間の詮索はしないのだろう事。

 

ヴァリキエは戦闘以外は察しが悪いので、気付いていないだろう事。

 

そして…

 

 

「ヘレンはWIZクレか。」

 

「ですから、ワタクシはWIZバドと申しましたでしょう。」

 

「ふむ、神は二物を与えないという。同じ貴族の出だというのに、その歳で多様な努力をしたのだな。それに比べ、なぜ私はあんな無駄な時間を…」

 

「ヴァリキエ様!お褒め頂くようなことは…!」

 

「あれはぁ、誉めてる訳じゃないのよねぇ~」

 

 

呂尚は一瞬考えた顔をしたが、すぐに笑顔に戻る。

 

 

「じゃあさ!今度、跳躍者(ジャンパー)の好感度上げる催し、ってか祭りみたいの開くんだけど。主催はウェイね、そこでヘレンとルリちゃん演奏してあげてよ~!ルシラさんもお願いできる?」

 

「え~。ワタシのぉ、そんな大層なものじゃないしぃ~」

 

「そんな事ないよぉ~!西方の音楽なんて滅多に聞けたもんじゃないし、それに、そんなお硬い場でもないからさ。薄顎も困ってんのよぉ出し物なくて。二人もやってくれるわよね?」

 

 

行方不明の夫に操を立てる未亡人、ルシラが答える。

 

Rusila(ルシラ)「ごめんなさい。私、お祭りとか、男性が多い場所にはいけないの。熱気で充満する男の匂い・・あぁ、想像するだけで誓いを破ってしまいそう…。」

 

「欲求不満だもんね…。」

 

「ワタクシも遠慮しておきますわ。人に聞かせる為ではなく、精神統一のために習得したものですから」

 

「欲求不満だもんね…。」

 

「違いますわッ!」

 

「いいじゃないかヘレン。知人の音楽を肴に酒が飲めるなど、こんなに粋な事はない。それに我らはこの地の民と親交を深める事も任務だ。是非に頼む」

 

「ヴァ、ヴァリキエ様…!」

 

ヴァリキエは人生を壊すほどに、酒に目がない女だ。

酔って暴れると手がつけられない為、仲間がつれなく、旅をしてから控えていた。

だが最近は呂尚という止め役が出来たおかげで、夜な夜な高級中華酒を満喫している。

 

 

「じゃルリちゃんとヘレン、二人で決まりね!祭りは3日後の夕方、渭城の広場!必要な物は言って!用立てるから!」

 

 

 

(ごめぇ~んヘレンっちぃ。もう私にはぁ、どうしようもなぃ~)

 

ルリアは声に出せない為、心の中でヘレンに謝罪した。

 

 

 

 

 

 

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ローマPTの豪華な朝食から1時間後。

 

ここは長安の北にある、木々が生い茂る森林地帯だ。

 

一本の木が軽い衝撃に揺れ、葉が舞い落ちる。

 

 

 

そこには細い腕で木を殴り、後悔するヘレンの姿があった。

 

 

(くそっ!あの女猿にまんまとハメられた!)

 

 

そういえば先日、隠していた治療術を施してしまったのだった。

仲間にも秘密にしていたのに。完璧に出来るようになったら披露して、驚かそうとしていたのに。

なんて迂闊なことを。

 

…いや、いつもそうだ。どうしてこう、挑発されると意地を張ってしまうのだろう。

 

 

「しかも3日後だなんて…。時間がありません。とにかく少しでも練習するしかありませんわ。」

 

 

あれは嘘ではない。絃楽器のたしなみはある。

そして自分にしかない、まだ誰も聞いた事のないような、確かな音楽性だって。

『誰も』というのには、自分も含まれるが。

 

だが、ルリアやルシラのように神秘的な効果を乗せる事は無理でも、

普通に演奏するだけなら誰にだって出来るハズだ。誰にだって。

 

 

「…森に入ると落ち着きますわね。」

 

朝のシンとした森の、太めで座り心地の良い枝に狙いを定め、

テレポートでふわりと腰掛けてから、少女はハープをかなでる。

その人間離れした美しい光景を見れば、人はお伽噺の耳長族でも彷彿するだろう。

 

 

そして・・・ぶりり~ん。

 

 

鳥が一羽はばたく。

こ、これは調律が悪いだけですわ。確かこうして・・・ぶりり~ん

 

 

「はぁ…。」

 

やはりそうだ。故郷でもカンテレだけは苦手だった。

 

 

他の子と同じように音が出せない。

自分の手足のように楽器を使う事が出来ないのだ。

笑われ、焦って力を入れた際に指を切ってしまい、絃に触れる事すら怖い。

 

その経験からか、音楽自体がすかした、おっと言葉使いが悪い。すましたものだと思うようになり…

音楽とはキレイな部分だけを見せて欺くような、ホントは隠された部分にもっと大きな可能性があって…

 

 

――とにかくイケ好かないんですの。ぶっちゃけワタクシ根暗ですもの。

 

 

そんな気持ちがあるせいか、練習にも目標を見出せない。

その後も悪戦苦闘するが、とても人に聞かせられる物でないのは確かだった。

 

自他から求められる評価を考えれば、ヘレンの『人に聞かせられる物』のハードルは、普通のそれよりも、圧倒的なまでに、高い。

 

 

「はぁ…。休憩ですわ。」

 

逼迫した状況では消耗も早い。

 

 

寝そべり、葉に揺れる光柱を眺めていると、故郷を思い出す。

随分遠くまで来たというのに、一体何をやっているのだろう。

この地の言語も早くマスターしなければいけないのに。

 

言語も気候も食習慣も、何もかも違う世界を幾つも越えてきた。だが、自分は何一つ変わっていないと実感する。

 

 

指がヒリヒリする。赤くなっていないか確かめる。

 

 

「…まだいけますわ。」

 

その時、指の間から、ヘレンの成層圏が屈折させる菫外線をも捉える左目が、1スタディオン先の水溜りを飛行する、蚊をとらえた。

 

 

「虫…。忌々しい生き物。」

 

森では定期的に、魔除けをソナーのように打ち出さないと、すぐ虫が寄ってきて大変なのだ。

寝てる隙にテルタに潜りこまれたらどうしようもないが、起きてさえいれば虫ごとき、恐れはない。

森に充満するエレメントは、いつだってワタシの味方をしてくれる。

 

杖は木の下に置いて来たので、バランスを崩さず使える、右手と左腿で代用する。これだと加減はきかないが、知ったことか。

 

 

必要以上に強烈なソナーを打ち込む。

 

 

1スタディオン先の蚊が失速し、よろよろと遠くへ去っていく。

ざまーみろ。ワタクシの視界を汚した罰だ。

 

しかし今のは季節を間違えると、毛虫がぼとぼとと降ってくる荒業でもある。

放った直後にそれを思い出し一瞬焦ったが、ワタクシは森のスペシャリスト。そのようなミスは犯しませんわ。

 

 

改めて、何も無いが、ヘレンにとっては満ち満ちたそれに手をのばす。

 

 

触り、形を変え、そ(・)れ(・)は小さな氷から振動、炎、雷へ形を変える。

そんなことはしないが、その気になれば1日中だって遊んでいられるだろう。

 

「フフ…。魔法であれば手足のように扱えますのに。アナタは全然言うことを聞いてくれませんのね。」

 

 

弾くことが目的ではない。一時の手持ち無沙汰と、ちょっとした憎たらしさを晴らすため、ヘレンは光の柱にも似た細長い物質を、それが持つ本来のものとは違う用途で、つねるように弄ぶ。

 

 

ギュイーーーン!!

 

 

ヘレンを中心に音の風が吹いた。

何羽も鳥がはばたき、小動物が走る。

パラパラと葉が舞い落ちる。

 

「(今のは何?リス…いや、鹿の断末魔にも似た音だった。コレから出たのか?)」

 

ワタシが夢想していた、美しさと穢れの表現、それとこのハープという楽器が繋がったかのような。

 

もう一度出来るか?一体どうやった?

今にも消えそうな、この、頭に雷が落ちたかのような閃きが消えぬ内・・・

 

 

そう、雷だ。

 

 

雷の精霊を顕現させた時、絃を・・・

 

 

 

「ギュイーーーンッ!!」

 

 

 

そうか、そういうことかリリン。あるいは手足のように!

空気であって空気でない、これこそが本当の!

 

あの女猿め、見ていろ。度肝を抜かして差し上げますわ!!

 

 

 

 

・

 

・

 

・

 

 

 

 

 

次の日もヘレンは秘密の特訓をするため、一人足繁く森へと通う。

 

ヘレンが森に入りしばらくすると、夥しい数の鳥が一斉に飛び立つ。

同時に響く断末魔のような音。

 

それは遠目から目撃した住人に、世界の終わりの前触れではないか、という不安を募らせる不気味さだった。

 

 

その次の日、ヘレンは町で唯一の、そしてアラビア人が営む楽器屋を訪れていた。

西方と東方を融合させた独自の楽器を制作し、昨今の交易ブームも相まり、東西のあらゆる楽器を広く浅く扱っている。

 

なぜか金鍛冶も同席している。

 

 

「本当か?本当にこんな堅いのを張っていいのか?しつこいようだが、これは楽器に使うものじゃない。羊の腸か、繊維なんかを使った方が絶対に良い。」

 

「判らない方ね。そんな物ではもちませんの。とにかく太いのを一本お張りなさい。実演いたしますわ。」

 

 

 

店が揺れ、通行人が振り向く。

 

 

 

「お、お嬢ちゃんは、魔神か・・?」

 

「失礼ですわね。これこそが音楽の深層。アナタ方がありがたがっている物は表層にすぎませんのよ」

 

「それはよく判らんがコイツは新しい音色だ。こいつで曲を奏でた日には・・・ご、ごくりんこ」

 

「いやースゲーもん見たね、いや聞いたね。長年金属触ってきたがこんな音鳴るんだな!これはなんて名前の音楽なんだ?」

 

「そうですわね、名前はまだありませんが、あえて名付けるなら・・・」

 

微かに帯電する、鋼鉄の絃に目をやる。

 

 

 

 

「フっ…、―――。ですわ。」

 

 

 

 

「―――だってよ!メタトロンみたいな響きだな、ラッパのやつ!」

 

「ウフフ、よかったら明日のリサイタルに足をお運びになって。ワタクシの晴れ舞台がございますの。音楽の歴史が変わる瞬間ですわよ。」

 

 

「よし、出来たぞ!調律はできんが、ついでにコイツも作ってみた。」

 

「なんですの?」

 

「撥だよ。いくらなんでも直接弾いちゃお嬢ちゃんの指が可哀想だ。コイツも鋼鉄だが限界まで小さく薄くした。軽いが丈夫なはずだ。」

 

 

丁寧に手を取り、言葉ではなく動作で使い方を教えてくれる。

 

 

「まぁ、ありがたく使わせていただきますわ。それでお代は?」

 

「いいって事よ。代ならとびっきりの演奏で返してくれな!」

 

「フフ、どうぞお任せになって。では。」

 

 

風呂敷を抱え、杖も持たず、フラフラと森の方へ歩いていくヘレン。どことなく顔色が悪い・・・を遠目から見かけた呂尚。

 

「(睡眠不足か?)」

 

順調な仕上がりに手応えを感じながら、尚も彼女に大恥をかかせるため、こちらも祭りの宣伝に余念がない。目玉はもちろん、美女二人の西方音楽披露である。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

この女はやる気になると、どこまでも最善最悪を尽くし尽くす。

 

(アタシが本気になればどうなるか、あの小娘に教えてやる!)

 

 

 

・

 

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・

 

 

 

ウェイ主催の祭り開催日。

呂尚の商人家系ゆずりの宣伝力が功を奏したか、渭城近くの広場は人でごった返している。

 

中央に見世物のステージがあり、正面には立ち見席と、その後ろに飲食席がある。

それらを囲むように、沢山の出店が並ぶ。

 

 

そして夕刻、衆人環視の中、中央ステージにて、前座・ルリアの歌と演奏が始まった。

 

謙遜していたものの、さすがに場数が桁違いだ。

さして興味のなかった男達も、流れてくる幻想的な音楽に酔いしれ、あるいは西方に思いを馳せ、涙ぐむ者もいた。子供はルリアのマネをし、野良犬は今にも眠りにつこうとしている。

 

「皆ルリっちの歌声に面食らってるね」

 

「ん?ああ、なんといってもヒック。我が隊のバードだからなぁ…。ぶふっ!ハッハッハァーッ!!舐めるなよアレクシオォーースッ!!」

 

素の声から想像できないソプラノと、細い体に似合わぬ声量。それでも無理のないレベルに抑えているようで、柔らかい余裕とゆとりを演出している。

 

歌詞の意味までは判らないが、発音が気持ち良い。

貴族の嗜みと言われたオペラを、民間に聞きやすくアレンジしたものだろうか?

それらが時々に合わせたビブラートの強弱によって、優しいマッサージのように体に浸透してくる。

 

どのような気持ちで聞けば良いのか。

どう身を任せれば、余すとこなく堪能できるのか。

一人一人へ微笑みかけ、観衆を指揮するかのように全身で音を奏でる。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

ルリアは元々、人間のレベルではない音楽を奏でるよう作られている。

そして意味もないが、250年間、暇さえあれば練習してきた。

 

あるいは楽しげな、あるいは踊り出したくなる、祭りに合わせた演奏も可能だったが、観客の疲労度が高めである事を感じ、あえてハープが得意な癒やしの音楽を選択したのだ。

 

たまった疲れも浄化されたことだろう。実際にそういう効果を込めた。

 

それはとても効果的で、皆がルリアの虜になってしまうと同時に、次に控えるヘレンには残酷な追い打ちとなった。

 

 

一度演奏してしまえば、音楽の天使ルリアに勝てる者など、この世界に存在しない。おまけに本人も、人前で演奏するのは嫌いではないときている。

もしヘレンが完璧に演奏できたとしても、元より彼女の前では、比べるに値しなかっただろう。

 

マイペースで気が利くルリアも、音楽だけは手を抜けないという、弱点があったのだ。

 

 

 

 

演奏は無事終了し、暖かい歓声と拍手に照れながら、ルリアが用意された席につく。

 

 

主催のウェイも満足し過ぎて、大福のような顔をしている。

すでに祭りの成功は約束されたと、数人を除き、皆が確信していた。

 

 

「さすがね、予想以上よ。この世の物とは思えない素晴らしい音色だったわ」

 

「ルージンっちぃ、わかってるのよぉ~。アタシィを前座にした訳ぇ~」

 

「ふふふ、場は最高にあったまった。いよいよメーンッイベントゥッ!ね」

 

やたら強調した発音と共に、呂尚の目がカッと開く。

 

 

「前から思ってたけどぉ、ルージンっち、性格悪いよねぇ~」

 

「ルリっちぃ…そんな事言って、あんさん顔が笑ってますでぇ~ぃ?」

 

「えへへぇ~。だってぇ、完璧少女があたふたする顔ぉ、見たいじゃなぁ~い?」

 

正直ヘレンの張り詰め方は、時折、こちらが心配になるほどだった。

衆人環視の中、下手な演奏をしてしまい、落ち込みはするだろう。だがこれを機に、何でも完璧にこなさなくてもいい事も、覚えて欲しい。

 

全てはフォロー次第でどうにでもなる。大丈夫。自分はその辺りの自信はあるし、なによりあの子は、本来張り詰める必要もない程、健気で純粋で…

 

絶対的な存在だから。

 

 

「げっへっへっへっへ、ワイら、腹黒でおまんがなぁ~あきたきたぁ!」

 

 

壇上に上がるヘレン。

目印より少し前の位置から、軽やかに後ろ足を引き、スカートをつまむと同時に少し腰を落とす。

 

「今宵はお忙しい中、皆さんに足をお運びになって頂き、大変感謝いたします。」

 

 

「イェ~イッ!!ヘレンの演奏力はァーッ!中華一ィーッ!!」

 

「そこの女性、ご静粛に願いますわね。」

 

 

暖かい笑いが聞こえる。ルリアの演奏のおかげか、会場の雰囲気も和やかだ。

 

 

「まずは皆に憩いの場を提供してくださった主催者、ウェイクァン氏、そして今しがた、幻想的な音楽を提供してくださったルリア氏へ、今一度大きな拍手を。」

 

柔らかい羽のように両手を広げ、視線と拍手を二人に集める。

確かに、あどけなさの残る16歳の少女が、例え本当に貴族の娘であったとしても、普通に生きて来て出来る所作ではない。

 

「続いてこちらは、一風変わり大変刺激的にございますわ。心身の弱い方はやや後ろへ。刺激が欲しいという方はどうぞ、立ち上がって前の方にお越し下さいませ。」

 

 

ざわざわ。

 

『心身って?』

 

『よっ!嬢ちゃん!パンツ見えちまうぞ!』

 

 

あらやだ、というわざとらしい動作で、太腿にちょこんと手をやるヘレン。

かわいい。暖かい笑いが起こる。

オヤジギャグをパフォーマンスで中和し、会場の雰囲気とオヤジの名誉を保ったのだ。

 

 

『(刺激…まさか。しかし…)』

 

 

男衆はオヤジギャグのせいか、前列をキープするため、無言の牽制を繰り広げていた。ヘレンのプロ意識に応えようと、観客の移動はスムーズに進む。

 

 

「どうぞ遠慮せず前の方へ…よろしいようで。それではこれより、音楽の深淵をご覧いれますわ。お覚悟はよろしくて…?」

 

 

 

 

 

 

 

――この愚民共め。

 

 

 

 

 

 

 

(…えっ?)

 

 

その落差に全員が虚をつかれ、食事を取っていた者、酒をあおっていた者、出店に並ぶ者もヘレンに注目し、混みきった広場は静寂に包まれた。

 

 

 

ハープを持つ手がだらりと垂れ下がり、

天空に掲げられた指先が一気にそこへ振り落とされる。

 

 

 

 

ギャギャギャン!!ギャギャギャン!!ギャギャギャンギャギャン!!!!

ギャギャギャン!!ギャギャギャン!!ギャギャギャンギャギャン!!!!

 

ギュイィイイイイイーーーーンッ!!!!ギュウゥウウウウウーーーーン!!!!

 

 

 

耳をつんざく、巨大な断末魔が響き渡る。

 

聴覚が耐えられる音量を、越えている。

 

そして明らかに物理的で、巨大な衝撃が、一定間隔で全身を叩く。

 

 

 

ギャギャギャンギャギャン!!ギャンギャンギャンッ!!!!

ギャギャギャンギャギャン!!ギャンギャンギャンッ!!!!ギャイーーィイィイイイイン!!!!

 

 

 

大地が、空気が、震えているのだ。

 

 

 

「お、あぁ…。うぁ…?」

 

皆、状況が理解できない。嗚咽のような声を出す。

子供が恐怖で泣き喚き、犬がけたたましく吠える。

だがそれらの音も、巨大な断末魔にかき消され、塵ほどの音もなさない。

 

ここにはいたくない。脳が警報を発する。

だが思考が働かず、逃げる事はおろか耳をふさぐ事すら出来ない。

耳をふさいだとしても意味はないが。直接全身に響いているのだから。

 

 

「ヴゥウ゛ライゼドゥッッ!!ラ゛イザンブェイドゥザンヴァイ゛ッッ!!」

 

 

広場の何割かが尻もちをついた。

ヘレンが激しく首と体を振り、床を貫きそうなほど足を踏み抜く。

悪魔のような声で、亡者語か何かを叫んでいる。

 

 

「シガンヴェエエッ!!ドォダァドランヨンライ!ゼイルウ゛ゥゥゥーーーッ!!!!」

 

 

黄金の滝と称され、長安の女性達が密かに憧れるツインテールが、上下左右Z軸へと乱暴に振り回される。

叫びは断末魔と呼応し、土石流のようなメロディを奏でる。

 

 

「(これは歌…なのか…?)」

 

 

魔族が魔王を称えるならば、それもあるだろう。だがここは魔界ではない。

かような儀式はこの大陸に存在しないのだ。

 

 

 

「ギャア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ウ゛ォオオオオオオオオッッ!!!」

 

 

淑やかで美しいヘレンが、凄惨な拷問でも受けているかのように、ガニ股で叫ぶ。

 

 

呂尚は立ち尽くしている。

自分のせいでヘレンがおかしくなってしまった、ここまでするつもりはなかったと、柄にもなく恐怖し

 

「あわわわ…。ごめんなさい…ごめんなさい…」

と許しを請うていた。

 

しかし、自分の発した声は聞こえない。

他の者も恐怖に慄くばかり・・と思われたが、更に取り返しのつかない方向へと発展していた。

 

爆音の激しい最前列から少しづづ、魔に耐えきれず発狂する者が表れたのだ。

 

嗚咽は悲鳴となり、首を抑え手を伸ばしたり、頭を抱え苦しんだり、全体的に頭は低く、拳の位置が高くなっている。

自分の体を掻きむしり、ヘレンの動きに追従する者まで現れていた。

 

特に衛兵、鍛冶屋や蔵番、ヴァリキエなど、抑圧された凶暴性を秘めた者ほど、その傾向は強かった。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

ギャンギャンギャギャーーーンッ!!!!

「イビュワンダヴァアアアッッ!!!!」

 

 

発狂は波のように強まり、

 

ある者は雄叫びを上げ、獣のように狂う。

 

ある者は強引に前へ行こうと、他者の上を這うように進む。

 

ある者は隣の者と体を叩き合い、体当たりや殴り合いに発展する。

 

かがり火はついに火柱と合いなり、時折爆発している。

 

 

 

ヘレンは目を見開き血走らせながら、左目を光らせ、観衆を舐るよう、一人一人にガンを飛ばしていく。

 

 

ギャンギャンギャギャーーーンッ!!!!

「ウ゛ゥ゛ゾォヴァアアアアアアッッ!!!!」

 

 

血走っているのではない、目から赤い涙が流れている。

 

ヘレンはまぶたの裏と涙腺の血管が弱い。

最初は驚くが、慣れた仲間にとっては鼻血程度のイベントだ。

だがそれを知らない観衆にとって、それは悪魔の降臨を確信するに十分であった。

 

 

ギャンギャンギャギャーーーン、ギャンギャンギュアアアアッ!!!!

「ツ゛ゥエ゛イゴンジョア゛ア゛ア゛ア゛アアアアアアアッ!!」

 

 

地面は震え、怒号と化す。阿鼻叫喚の様相はもはや地獄であった。

 

 

ギャ―ンギャーンギャギャーーンギャンギャンギャーーーンッ!!

「ィビュラァリィヴァディズヴァ゛ア゛ディィヨ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ーーーーー!!!」

 

 

右を向けば白目を剥き徘徊する者が。

あそこではファーシュエが座り込み、失禁している。ハンユエはすでに意識を失っており、左側を向けば、イエンが泡を吹く老人を抱えて涙を流し、

届かぬ悲痛な声で衛生兵(口の動きからそう思われる)と叫び、薄顎は抜刀している。

 

こんな時でも大した奴だ。

この場を収める為、あの魔王に斬りかかるべきか逡巡しているのだろう。

 

相手はあの白霊を討伐した少女だ。しかも今はエクストリーム状態。少なく見積もっても白霊より強い。薄顎程度では斬りかかったとしても結果は見えている。薄顎もそれは理解しているだろう。

 

 

ギャギャギャンギャギャン、ギャギャギャン!

ギャギャギャンギャギャン、ギャンギャンギャン!

 

「……ギャア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ウォオオオオオオオオッッ!!!」

 

 

 

地獄はやわらいだと思うと更に激しくなり、

ヘレンの姿勢は良くなったと思えば獣のようになる。

 

 

 

ギュイィーーーーンギュゥーン!!!!

ギャルギャルギャルギャルギャーーーーーーーーーーンッッ!!!!

 

 

間奏か?歌声がやむと演奏が激しさを増す。

ひどい。せっかく歌が弱まったのに、どうしてそんな事をするんだ。

 

 

 

…すると、突然ハープの断末魔が弱まり、ヘレンが美しい声を響かせる。

 

 

ゆっくり、囁くように、何かを歌っている。

 

 

 

 

「Si vis mundi… (お前が世界を望むなら)」

 

「Ora in corde tuo… (お前の心で祈れ)」

 

「Si vos vere volo…(お前が本当に望むなら)」

 

「Mundus tuum est…(世界はお前のものだ)」

 

 

「Operuit in hoc mundo stercore tuum est…(このクソにまみれた地べたはお前のものだ)」

 

 

 

ギャンギャンギャギャーーーンッ!!!!

「イビュワンダヴァアアアッッ!!!!」

 

 

再び地獄に戻る。今のはなんだったのだろう。

規則性も判らぬ恐怖は数分間続き、最後に一際大きい断末魔が響き渡る。

 

 

ギャ―ンギャーンギャギャーーンギャンギャンギャーーーンッ!!

「ィビュラァリィヴァディズヴァ゛ア゛ディィヨ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ーーーーー!!!」

 

 

・

・

・

 

 

…余韻が薄れるにつれ、反比例するように観客の声が鮮明になる。

魔界は、現実の色を取り戻していく。

 

 

終わった、のか…?やった、解放されたのだ。

もう苦しまなくていいのだ。だが、認めたくないこの感情はなんだ?

ほんの少しだけ、地獄が過ぎ去った事に、寂しさに似た気持ちが去来したような。

 

…そんなハズはない。これは安堵や、何か別の感情がそう錯覚させているだけだ。断じてこれ以上の断末魔など求めてはならない。

 

 

「ア、アイツ一体…、ぬ、何を。ゆって、たんだ。」

 

呂律が回っていない。

 

「たぶんずっとラテン語でぇ~。…口には出せないような事を。」

 

 

ステージ上では天使の顔をした悪魔が、

着衣を乱し、うっとりした表情を浮かべている。

 

血の涙を親指でぬぐい、唇に塗りつけ、その潤んだ唇を動かす。

 

 

「ハァ、ハァ、愚民共…、ハァ、如何…だったかしら…?」

 

 

 

『ヴォオオオッ!!』

 

『ンべアアアッ!』

 

『ヒェアッ、ヒェアッ、ヒェアアアアッ!!』

 

『クソガァーッ!!犯らせラァーッ!!』

 

 

前の方は一体どうしたというのだ?

粗暴な面もあったが、根は善良な人々だったじゃないか。

 

これではまるで、飢えた荒野で商人を見つけ、なりふり構わず襲いかかる時の盗賊だ。あの魔女が皆を悪魔に変えてしまった。

 

 

 

「今、犯させろと言った者…。壇上へ上がりなさい」

 

 

『ウォオオオオオ゛!!俺だぁあああっ!!』

 

 

拳をふりまわし、ドスンドスンと詰め寄り、

三回りも小さい少女に向かって、今にも喰いかからんと威嚇する巨漢。

その口は大きく開き涎を垂らしている。

かつては物静かで、姉の命令を忠実にこなしていた倉庫番、その成れの果てだ。

 

 

『剥けああああああ!!』

 

『犯せああああああ!!』

 

『食いちぎらあああ!!』

 

 

かつて戦場で盛んに行われたという一騎打ちとは、あるいはこのような物だったのかもしれない。

 

 

 

「醜く肥えた大豚さん…。お覚悟はよろしくて?」

 

 

「こいやぁあああがぁああああ!!」

 

ドンドンと両拳で胸を叩きながら、巨漢は腰を激しく前後に振る。

 

 

 

「ハァアアッ!!」

 

ヘレンが天空に掲げた腕を体ごとハープへ叩きつけ、15本の鋼鉄絃に一直線の火柱が走る。

 

 

 

バギュイィイイイイイ!!!

 

 

 

球状に広がる金切音と雷撃により、二百斥を越える男が矢のように吹き飛ばされる。男は雄叫びをあげながら観客に突っ込み、巻き添えで罪の無い何人かが宙を舞った。

 

「(一般人に魔法をブチ込みやがった!間違いなく大惨事だ。大惨事なのに雄叫びを上げている…だと?)」

 

 

 

「ワタクシのステージに勝手に上がらないでくださる?」

 

身を乗り出し、自分を抱くような妖艶なポーズで言い放つ。

 

歓声が上がる。

 

 

やりすぎだ。やりすぎなのに歓声が上がる。

やりすぎだから歓声が上がる。

 

 

巨漢の下敷きになった者達も、拳を天に掲げている。

腕が折れているため、掲げられたのは肘までだが。

 

 

「(なぜだ…。被害だけで言えば、今のは市街地に投石を打ち込まれたレベルだ。なぜ喜べるんだ。勝利したのか?戦争に。最前線の奴等は)」

 

 

呂尚の思考が追いつかない。

 

そう、ここにはルールも常識もない。ただ己の本能を解き放つのみ。

言葉はいらない。頭ではなく、体で理解していた。

 

 

「ヘレンっちぃ。すっごいウットリ顔でぇ、ルージンっちぃ見てるよぉ。あれは完全にぃ~。処女イキの顔ねぇ~」

 

 

お前もこうしてやった事があったな、そんな見下した感情が、言葉ではなく体で理解出来る。

 

なぜこうなった?わからない。

確かなのは、あの満足気なドヤ顔がムカつくってことだ…!

 

「(アイツ絶対、高い所から魔法をぶっ放すのが好きなんだ!)」

 

 

 

「もう一曲いきますわよっ!!汚らわしい豚共ォーーーッ!このワタクシに跪く事を許可して差し上げますわアァーーーッ!!」

 

『ヴォオオオーーー!!』

 

激しく裏返るヘレンの声。誰も跪く様子はない。

 

 

地獄が再来する。確信する。

耳が、脳が、胸が。

もうこれなしでは生きていけない体にされてしまった事を。

 

 

 

呂尚は悔しさに拳を震わせている

 

「わた…、私は…」

 

「もうWIZバドってぇ~。認めてあげたらぁ~ん?」

 

「わたしは・・・ゼッテェー・・・認めねェェーーーッ!!ヴォオオオォーーーッ!!」

 

 

呂尚は駆け出す。獣の群れへ飛び込む。

 

担がれ、投げられ、殴り、殴られ、ケツや胸を鷲掴まれ、服がズタズタに破れ半裸になりながら、

 

 

 

「認゛め゛ね゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」

 

 

 

と、獣のような雄叫びを上げ続ける。

 

祭りは最凶のクライマックスを迎えたのだ。

 

そう。言葉なんざ、いらねんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

第一回、跳躍者祭:軽症30、重症7、死亡1(かろうじて蘇生)

 

 




ヘレンのマスタリー:
WIZ100、クレリック100 ⇛ WIZ100、クレリック80、バード20


秦始皇帝陵での「釣り」の様子は、コチラの動画の後半に写っています。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm8914306

中国種族のソロ狩りの3倍以上の効率を発揮するEUPT狩り。
ウォーリアー(剣士)とクレリックが前衛を務め、WIZとバード(3~4人)が後衛を務め、釣りがmobを引っ張り、狩るのが基本でした。

1(又は2)芸に特化するEU種族に対し、中国種族は器用貧乏で、mobを釣る役割意外でEUPTに入る事はできません。その釣りに関しても、バルクス(チェイサー)のボーガンスキルの方が優秀であり、これによる成長速度差は大きな問題でした。
「中華をPTに入れると効率が悪くなるのでお断り」というPTも多かったです。

EU種族は(当時は)2つの職を極める事が出来ました。これを利用し、
クレリックの人が抜けたらウォリアー+クレリックの人が代わりを務めたり、
WIZクレの人が新しく入ったら、WIZバドの人がバードを務める、なんてスイッチを行っていました。

バード(吟遊詩人)は主にMPを回復させる役です。他にも色々出来ますが、2人いないと使えない技があったりと、サブスキル(たしなみ)の印象が強いです。

WIZ+クレは自分を回復出来るためソロ狩りにも対応でき、初期に流行りました。
ただ、クレリックは前衛職のため、PT狩りではクレリックが抜けたとしても、体力の低いWIZクレは代わりを務められず、WIZバドの方が優秀だという事で、今度はWIZバドが流行りました。
WIZクレの人は肩身が狭いので、せっかく覚えたクレスキルを回収し、バドスキルを覚え直したりといった事がよくありました。

そんな当時の状況を再現したのが、この、ヘレンのWIZクレ→WIZバド転向の話です。
また、バードの初期スキルには、恐ろしいほどの不快音で敵を攻撃したり、遠ざけたりするスキルがあって、それは現代でいうところのエレキギタ―の音なのかな?と思い、エレキハープというものを考えました。(エレキハープは実際にあります。)
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