※この作品はR-18です。

シルクロードオンライン¬(differentiam)   作:hachu

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奇譚収遺使禄.Ⅴ 「花雪と寒月」
燻る気持ち


 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

東方と西方を繋ぐ荒れ果てた荒野、河西回廊。

その河西回廊の南に壁のようにそびえ立つ死の谷・祁連(チーレェン)山脈。

 

その祁連山脈の麓――――一人の女が、

ドス黒く変色した『もう消える事のない傷』を抑えている。

 

女はいつものようにリスクとリターンを計算する。

落ち着いた影響なのか、今なら冷静に振り返ることが出来る。

 

 

 

 

「生き残ったから良かったようなものの……」

 

 

 

 

死にに行くような戦いだった。

 

 

 

 

「もし死んでいたら……」

 

 

 

 

何の意味も無い、只の『犬死に』

理性では確実に “無駄な努力だった” という解答が出ている。

 

 

 

 

「生き残った……――――生き残ったから、何だってんだ?」

 

 

 

 

その解答を自分で導いておきながら

 

 

 

 

「死んでいたら……――――何だってんだよォッ!!」

 

 

 

 

その解答を導いた自分を、否定する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アタシは “何か” の為に命を懸けて戦った!! 例え生き残ろうが死のうが!! アイツを殺せようが殺せまいが!! 腹に傷が残ろうが残るまいがッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アタシが正しい事をしたのに変わりは無いんだよ――――!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分で導き出した解答を ”絶対的な基準” で否定する。

その女には自分の感情よりも

 

 

 

 

信じる物がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アタシは…………アイツを……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

正しい事をしているのに。

なぜ世界はこんなにも、自分に厳しいのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「月(ユエ)、もっとじゃ……もっとかけろ!!」

 

 

 

 

祁連山脈から少し離れた河西回廊の砂漠道。

まだ若い、十代の娘達が “何か” に砂をかけている。

 

 

 

 

「ダメ、花雪(ファーシュエ)……これ以上かけても、もう……」

 

 

「ふざけるなっ!! “これ” を誰かに見られたら……妾(わらわ)達はおしまいじゃ!! おしまいなんじゃァッ!! とにかく砂を…………砂をかけるのじゃ!!」

 

 

 

 

花雪は必死の形相で砂をかける。

十八歳の女子が盗賊に恐怖する、ありのままの姿で。

 

その顔は涙だけでなく、”血” にまみれている。

 

 

 

 

「クソ……!! アイツさえこなければ…………アイツさえこなければ……!!」

 

 

 

 

『ユエ』と呼ばれた十八歳の女剣士は花雪を見つめている。

目が真っ赤に染まっているが、こちらは泣いたせいではない。

 

 

 

 

(死んだ者、殺した者……次にこの地を通る時、ほとんど骨となったそれらと、この子はまた目を合わせる事になるだろう……この子が死の恐怖に立ち向かうには早すぎる)

 

 

 

 

片方が割れた眼鏡。

その奥にある真っ赤な瞳で、花雪を見つめる。

 

 

 

 

「大丈夫、大丈夫だよ、花雪……アナタの願いは、私が叶えてあげるから――――」

 

 

 

 

そう言ってユエはもう一度、優しく、

穢された花雪を抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

◆

 

 

 

 

 

 

時は少し遡る。

11世紀末、西暦1099年の春――――ここは『宋』の時代の中華

 

第七代皇帝『哲宗(てっそう)』とその右腕、宰相(さいしょう)『章惇(しょうとん)』が国を納め、

外では敵国が宋を囲み、内では政治家が権力闘争を行ってはいるが、

おかげで商業は発展し、物々交換から貨幣制度に移行して久しい。

 

火薬や活版印刷、羅針盤なども発明され、航海による貿易も盛んになり、

芸術も大きく発展している最中。

 

中世前期から中世盛期へ。

様々な価値観や文化が変わる、歴史の転換期とも言えるような時代だ。

 

 

 

 

「つまんねぇらぁ~……」

 

 

 

 

その忙しい時代にも関わらず、暇を持て余している者が一人。

 

雄大な黄河が流れる自然豊かで肥沃な大地『蘭州』

その蘭州の森を貫く獣道のような街道。

ここをジョギングしたら澄んだ空気と柔らかな陽射しに包まれ、

さぞ晴れやかな気持ちで走れそうな。

 

そんな街道を一望出来る、これまた景色の良さそうな崖の上。

そこに寝転び下を見下ろす一人の女、名は呂晶(ルージン)、歳は二十。

 

その呂晶は虚ろな顔で独り言を呟いている。

 

 

 

 

「じっしぇきポインろらおにあぁー……(実績ポイントなのにな)」

 

 

 

 

背丈は女の中でも低め。

長い髪をツインテールにした後、『長方形のお団子』のような形にまとめている。

その髪は漆黒だが、所々、三割ほどが真っ白の斑(まだら)模様。

 

やや吊目で大きい目と、自慢の二重まぶた。

それなりに整った顔立ちに、まあまあ魅力的なボディライン。

つい指で突つきたくなるような手入れの行き届いたプニプニの肌。

 

好きな男は好きそうな、以外と手が届きそうな『高(たか)の低嶺(ひくね)の花』

逆にこのくらいの女が男心をくすぐり、

集団(サークル)に混じれば『姫』扱いされるのかもしれない。

 

だが、細く整えた眉に主張の強いアクセサリー。

どうやったかは判らないが、やり過ぎとも思える程に『盛った』まつ毛。

 

総じて『ギャル』と呼ばれる風体に、

そのメンヘラ具合を現す、鋭利に人を見下す目つき。

 

それが相手に『好きになったら負け』という闘争心を掻き立て、

『部屋もさぞ汚いことだろう』と、貞淑さの無い本性まで見抜かれ、

彼女の人生を幸薄いものにしているのは明らかだ。

 

そして傍らに携えた身の丈よりも大きい『矛』

その鋼鉄の切っ先は自傷行為(リスカ)用にしてはあまりに巨大で狂暴(メンヘラ)だ。

 

”ファッションで持ち歩いている、イケてるでしょ?”

と言い訳した所で、冗談にもならない。

即刻、通報されてお縄に付くような『凶器』

 

何より、その身に纏う『黒装束』

背中や腰、袴の横から太腿を露出したりと『健気な努力』の跡は見えるが、

どれだけお洒落に着こなそうと『マイナス100点』なのは言うまでも無い。

 

何故ならこの服は、『好きになった負け』どころでは無い、

何もしなくても殺しに来るような盗賊(テロリスト)が纏う服だからだ。

 

 

 

 

「スゥー……プァ―……」

 

 

 

 

その呂晶は暇過ぎて阿片(アヘン)を “キメ” ている。

 

最近、シラフの時でもボーっとしたり、

突然気分が高まり過ぎてしまうので控えていたが、

あまりに暇で解禁してしまった。

 

陶酔感はあるが、あまり気持ち良くない。

やる前の気分がダウナーだった為、それに引っ張られたのだろうか。

 

昔はこの辺りも栄えていた。

襲いきれない程の商人、賞金稼ぎの辻斬り。そして血に飢えた同業者。

ソイツら武侠(ヤクザ)が日々雌雄を決し、弱肉強食の淘汰を繰り返していた。

 

でも今は、自分しかいない――――

 

 

 

 

「こぉ~こあもぉ~、らぁめられぇ~……(ここはもうダメだね)」

 

 

 

 

頭をフラフラと振り、脳に阿片を行き渡らせる呂晶は、

『行商人』が通るのを待っている。

 

『行商人』とは、ある地域から別の地域へ商品を運ぶ、運送業者のようなもの。

ある地域でありふれた物が、別の地域で同じ重さの『金』に相当する値で売れる。

と言っても、それは相当上手くいった場合だけだが。

 

行商に全財産を投資する者は珍しくないし、

多大な財を築く者もいれば、身を滅ぼす者もいる。

身を滅ぼす理由の大半は呂晶のような『盗賊』の所為(せい)なのだが。

 

とにかく、行商人への『盗賊行為』とは、金を盗むよりよっぽど金になる。

 

 

 

 

「でも……ここ以外も微妙なんだよな……」

 

 

 

 

吸った量が少なかったのか、質が悪かったのか、

醒めるのが早い気がする。

 

荒野で待ち伏せてもいいが、正直、荒野で待つのは辛い。

何日も飢えと戦うハメになるし、広すぎて商人とかち合わない事もしばしばある、

身を隠せる場所も少なくリスクが高い。

かと言って、軍に囲まれた町中では戦いどころではない。

 

ということで中華の西端、黄河の中流、蘭州の『虎穴山』と呼ばれる地点で、

崖に寝そべり眼下の街道を監視する。

 

ここは昔から『餌』が釣れるポイントだが、

警戒されたのか今では通る商隊も少ない。

 

 

 

 

たまに見つけると小物すぎる――――

 

農家の爺が小麦か何かを運んでやがる。

孫に小遣いでも渡すために頑張ってんのか?

 

 

 

 

たまに見つけると大物すぎる――――

 

大勢の護衛を引き連れてとても手が出せない、まるで大名行列だ。

あれを落とすにはコッチもかなりの数――――五十は要る

 

 

 

 

あとは、軍隊なんかがたまに通る。

 

結盟総出で大物狩りなんてのも燃えるが、結盟にも死人が大勢出る。

ならば幾つかの『結盟』で組んで、連隊規模で作戦を練り――――

 

 

 

 

「……って、今時、そんなガチで盗賊してる奴なんていないか。結盟(ウチ)の連中だって最近は――――」

 

 

 

 

『結盟』とは、詰まるところ仲間だ。

いつも一緒に活動する結盟もあれば、ただ籍を置くようなもの、

やたら守秘義務が強い結盟もあったり、形態は様々だ。

 

『学校』や『会社』という概念が乏しい時代。

目標を同じくする武侠が集い、活動や情報共有を行う集合型コミュニティ。

ヤクザの『組』や、マフィアの『家族』という概念が一番近いかもしれない。

 

 

 

 

アタシは自分が所属する結盟に、ちょいちょい不満を持っている――――

 

まあ人間関係、全てに満足というのも稀だ。

夫婦でさえ妥協して暮らしているのだから。

 

気に入らなければ変えれば良い、面倒なら我慢すれば良い、

今はそれよりも――――

 

 

 

 

「戦いてぇー……」

 

 

 

 

試合とか、そういうのじゃダメなんだ――――

 

そんなことの為に鍛えた訳じゃない、

“何か” の為に、命を懸けたい。

 

自分は一応『盗賊』なので、『商人』を襲うのがそれに近い気がする。

その『商人』を襲うにも条件がある、何でもかんでも襲えば良い訳じゃない。

 

九割は『護衛の数』で決まる、多少はこっちより多くても構わない、

というか大体の場合、向こうの方が多い。

盗賊はいつでも人材不足だし、好き勝手な連中ばかりで集まりも悪い。

 

自分の場合、四人程度なら一人でイケる。

何故なら自分には――――まあ、さんざん使い古された手ではあるが、

一度、姿を見せてから後退し、追ってきた足の速い者から斬り殺す、

『偉大教師剣心』という戦法があるからだ(他の奴がなんて呼んでるかは知らない)

 

これを使えば、例えば相手が四人だとしても一対一を四回勝てばいい。

勝ち続けられるなら理論上、相手が百人だろうと二百人だろうと殺れる事になる。

 

一人で仕事をすることが多かった私は、

護衛が付いた商隊に手を拱いていた折、ある『戯画』をキッカケにこれを閃いた。

 

ねちっこい性格のせいか、かなりハマった。

似たような事を考える奴は他にもいたのか、それとも私を真似たのか、

ちょっと前の盗賊界隈ではけっこう流行った戦法だ。

 

だがその内、商人の中にも対策をしてくる奴が現れた(現れるまで時間は掛かったが)

追って来ないのだ――――

 

 

以前、『偉大教師』を仕掛けた際、

商人が護衛に言った『追ってはダメだ』という声を聞いて以来、

アタシはあからさまに仕掛けないようにしている。

 

だが、同業で続けてる馬鹿はいるだろう、

そうなると『対策』も流布されてるハズだ。

 

おそらく今、例の大名行列なんかに仕掛けたら、

素通りされ、指を差して笑われるほどに型落ちの戦法だろう。

 

まあ、そういう相手がいたらコイツをブチ込んで、

仲間が殺られて怒った所を誘い込む、なんてのも楽しそうだが。

 

 

 

 

「まっ――――リスク高いからやんないけど」

 

 

 

 

大体、何人か殺しただけでは意味が無い――――

 

積荷を崩し、回収し、追手や新手と戦いながら逃げ切らなければならない。

その為には人手がいる。

相手が百人いたなら、最低でもその半分は欲しい。

 

積荷を回収するのは面倒だけど、それもなければ『快楽殺人者』と変わらない。

殺しは手段であって、命を懸けるのはあくまで『目的』だ。

殺すだけならさっきの小麦爺でも殺ればいい。

 

とは言え、自分は金に困っている訳でもない。

実家が金持ちだからだ、勘当同然ではあるけれど。

困ったら、気は進まないが親にたかればいい話だ。

 

金では『目的』足り得ない。

では、何なら良いのか――――? 自分でも判らない。

 

ただ、『何かしなければ』という想いだけが、

心にずっと燻っている。

 

 

 

 

「いや、待てよ……?」

 

 

 

 

護衛の奴らだってそうだ。

せっかく修練した武功を試す機会が欲しいハズだ。

 

四人程度の少数編成なら、護衛も自分の腕に自信があるって事。

相手が一人なら数の優位で油断を生む、だから追ってくる――――

 

 

 

 

「護衛は四人くらい、それでいて、アタシがギリギリ勝てる相手。積荷は宝石がベストね! 布や銅銭はかさばるしぃー」

 

 

 

 

呂晶は『理想の恋人条件』を考えるように、年相応の表情を見せる。

考えているのはどうしようもなく悪い事だが。

 

 

 

 

(まっ、今の御時世、そんなカモみたいな商隊もいないだろうけど――――)

 

 

 

 

「つーまんねーのぉ~~っ!」

 

 

 

 

(さすがに眠くなってきた。一応、もう少し粘ってから帰っか――――)

 

 

 

 

半ば諦めてはいるが、習慣になっているこの監視を続ける。

 

 

 

 

ん?

 

 

 

 

んん?

 

 

 

 

いた――――……

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