午前4時。
波香が働いているコンビニ『ニコニコストア』は午前5時から営業を開始する。この店の2Fに住んでいる波香は朝の品出しと掃除が彼女の仕事の始まりである。シャーッとブラインドを開けてゆくと店の入り口に座り込んでいる時哉に気づく。
「やあ、おはよう。ナミカちゃん」
「......いい加減帰りなさいよ。警察呼ぶわよ」
「俺はナミカちゃんを連れて帰る。......呼びたければ呼べばいい」
「......勝手にすれば。とにかくそんなとこに座られたらお客さんが来ずらいでしょ?営業妨害で訴えるわよ」
「......そうだな。じゃあ、店の飲食コーナーで......」
「ちょ、ちょっと!」
時哉はコンビニの店内に入りまだ棚に並べられていないおにぎりを3個パレットから取り出し棚からあさりのカップみそ汁を手に取るとレジの前に立った。
「1万5千円になります」
「......安いな」
時哉は財布から1万円札と5千円札を1枚ずつ取り出して波香に手渡した。
「はいちょうどいただきました!ありがとうございましたぁ!」
「......」
電気ポットの前に立った時哉はカップみそ汁の透明なラップ包装を手で破るとポットのボタンを押す。すると熱湯がジョワーっとカップの内部を満たしていく。
「......」
3席しかない椅子に座りおにぎりの包装を綺麗に手で破ってほおばる。その時哉の周りをシャッシャッシャとほうきで波香は掃除をしていく。
「......ちゃんとご飯食べてるの?」
「そういや昨日は何も食べなかったな。てっきり警察署でカツ丼でも出ると思ったけど何もでなかった......」
「......マキオは何してる?」
「まだ寝てるんじゃないかな。カプセルホテルで」
店内には波香と時哉しかしばらくいなかったが午前5時10分前になろうとしているところに伊波がコンビニにやってきた。
「おはようございます!あれ?こんな早くからお客さん?珍しいですね」
「おはようございます」
伊波は時哉が飲食コーナーでおにぎりを食べている姿を見てそう言う。波香はそんな伊波に挨拶を返した。
「......もしかして杉本さんのお知り合いですか?」
2人の距離が近いので目を細めて伊波はいぶかしそうにそう波香に尋ねた。するとすぐさま時哉は椅子から立ち上がり上から目線で伊波にこう言った。
「杉本の彼氏です。大変お世話になっております」
「なっ......」
伊波に対して深々と頭を下げる時哉。波香と伊波はしばし固まったがその場にいたたまれなくなった波香は伊波を促しコンビニの仕事に集中させようとする。
「さ、さあ、伊波君。仕事しましょ?私、飲み物の点検と補充するね。昨日やってないから」
「は、はい」
波香はささっとその場を離れる。伊波はしばらく波香を見送った後時哉に向き話しかけた。
「あ、あの」
「ん?なんでしょう?」
「杉本さんを連れ戻しに来たんですか?」
「はい、その通りです」
「......本人は嫌がってるんですよね?」
「......」
「あきらめて帰った方が」
「キミは杉本さんのことが好きなのかい?」
「......好きですよ!」
「そうか、でもあきらめるのはキミのほうだ」
飲み物の冷蔵室からペットボトルを補充している波香は時哉と伊波が言い合いをしているのに気づく。
「ちょ!ちょっと!」
慌てて波香は2人のところに行き会話に割って入る。
「伊波君!仕事仕事!トキヤも邪魔するならほんとにもう店から出て行って!?」
伊波の腕を引っ張って別の場所に移動させようとする波香を見て時哉は軽く嫉妬した。
「......くっ」
しかしすぐさま椅子に座り直しカップみそ汁のあさりを箸で丁寧に取り出してゆきそれを口に運ぶ。おにぎり3個とみそ汁を全て平らげるとそれをゴミ箱に入れその横にある新聞入れから琉球新聞を手に持った。
「すいません。これください」
「はいは~い......3万円になります!」
「ぶっ!」
波香の言ったことに伊波は思わず吹き出してしまう。
「......安いな」
時哉は怯むことなく財布から1万円札を3枚取り出して波香に手渡した。
「はい!ちょうど頂きました!......レシートはご必要ですか?」
「......不要です」
「はあい!ありがとうございました!」
新聞をながめながら席に戻っていく時哉を波香はニコニコしながら見つめる。
「杉本さん、大丈夫なんですか?新聞紙1部で3万円って」
「......後で返すわよ」
その言葉に伊波は不愉快になった。後で返すわよということはこの男とまだ関わるつもりがあるからだ。杉本が好きな伊波としてはもうこの男とは関わって欲しくなかったのである。
「おはよう!あ!」
しばらくして比嘉店長もやってくる。比嘉は時哉を見るや否や露骨に嫌な顔をした。
「あんだは!まだ帰ってなかったんかい!!」
「......お邪魔しております」
「こういうのはあれだ!ストーカーって言うんじゃろ!」
「......」
「オ、オーナー、この人はただの客として来てるんで許してあげてくれませんか?」
波香は激昂する比嘉にそう懇願した。すると比嘉はにへっと今まで険しかった表情が緩んでいく。
「ま、まあ、千春ちゃんがそういうなら......」
「ありがとうございます」
「で、でも店長。他のお客さんの邪魔になるんじゃ!?」
伊波は時哉をなんとかしてこの店から追い出したい。
「ん~、まだ、朝ご飯足りなかったかな?」
時哉はそう独り言を言うとさきほど伊波が棚に並べたシャケ弁としじみのみそ汁を手に取りレジへと並んだ。
「これください」
タタタとすぐにレジに戻った波香は時哉に告げる。
「は~い!全部で8万5千円になりまあす!」
「ぶっふぉお!!」
レジの裏でコーヒーを飲もうとした比嘉は思わずコーヒーを吹き出してしまう。
「......安いな......足りないな。ちょっとATM借ります」
時哉は店内にATMがあることに気づきレジを離れる。
「はあい、お弁当は温めておきますねっ!」
「うん、ありがとう」
◇
「うっうっうっ......ひっくひっく」
「んん~~、汐海!寝なかったの!?」
泣いている汐海の隣で美菜は目覚める。汐海は昨晩からずっと泣いていた。
「うっうっ、涙が止まらないのだ。寝られるハズもない......うっうっ」
「汐海......」
「これが失恋というものか......うっうっ」
「でもさあ、ハッキリと断られたわけではないんでしょ?もっと粘ればよかったのに」
「私がクローン人間だと知った時の進藤殿の驚いた顔を見て私は心が折れてしまった。完敗だ......うっうっ......うわ~~ん」
「今日あたりラインかメールでも来るんじゃない?これで終わりってことはないでしょ?」
「わからん!!うわ~~~ん!」
「二人とも朝ご飯できましたよ~~~」
そんな2人を小野寺は呼びに来る。
「わ~い!ゴハンゴハン!明日香ちゃん今日はなに?」
「卵焼きと焼きサケと納豆ですよ」
「わ~い!ザ朝食って感じだねっ!」
「うっうっ、すまない小野寺殿。小野寺殿は一番年下の設定なのにゴハンの支度やらなんやら任せっきりで......」
「だから設定ってなんなんですか?いいから早く食べましょう。焼き魚は温かいうちに食べた方がおいしいですよ?」
「ひっくひっく、そうだな、そうしよう」
「さっき時哉さんからメールがあって先生は今、沖縄のコンビニにいるそうですよ」
「へえ~」「おっ!そうなのか」
「時哉さんもそこに今一緒にいるそうですけど先生は時哉さんと一緒に帰ることを拒否ってるそうです」
「私行こうかな~沖縄に......一言謝りたいし」
「ん?美菜、会社はどうするんだ?」
「そうか、会社があったか~」
「1泊くらいで今度の週末に行ってみるか。私も失恋して旅でもしたいと思ったところなのでな」
「そうだね!行こうよ!沖縄にっ!」
「え~~~!!いいなあ、私も行きたい!」
「ん?もちろん小野寺殿も連れて行くぞ?1人にしておくわけがないだろう?モトカレのこともあるだろうしな」
「え?でもお金は?」
「それくらいなんとでもなるだろう。時哉殿から生活費も充分すぎるほど預かっている」
「......でもこんなことに使っていいのかな」
「時哉殿も苦戦しているのだから我々が応援に来たと思わせておけば問題はないだろう」
「そっか!そうだよね!」
◇
その頃の香織といえば本日は有休休暇を取っていて布団の中で谷とまったりとしていた。
「ふふふ、私、有給休暇を取ったのって初めてなんです。平日に休めるなんてなんか、いいですね」
「へえ、俺なんか毎年足りないくらいなんだけどな」
「え~、敬一郎さん平日に休んだ時は何をしてるんですか?」
「そりゃあ、新作ゲームの発売日だったり新作アニメDVDの発売日だったり......だよ?」
「ははは、敬一郎さんらしい」
「でも、これからは香織と過ごす時間のほうが多くなりそうだね」
「ふふふ、でも、いいですよ。敬一郎さんの好きなゲームやアニメ、私も興味がありますから一緒に」
「おおお!まさに香織は俺の理想の女性だよ!クローンだとかそんなの本当にどうでもいい!この先の俺の人生は幸せの予感しかない!!」
「......うっうっうっ」
「香織!!どうした!?なぜ泣いているんだい!?」
「ごめんなさい......なんか幸せすぎて......私も敬一郎さんに出会えて本当に良かった!」
谷の胸に顔をうずめる香織。
ぶるるるるるるっ
香織のスマフォが震える。
「なんかきてるよ?香織?」
「......はい」
香織は自分のスマフォを手に取った。
「敬一郎さん今度の週末私と一緒に沖縄に行ってもらえませんか?」
「え?沖縄」
「はい。私の大切な人に会って欲しいんです!!」
(続く)