「だから私は北条波香ではない、北条汐海だ!!」
取調室で汐海は宮里警部と新人刑事に力説する。
「いや、でもこの写真はどう見てもあなたなんですが......」
「そんな写真は撮られた覚えもないし断じて私ではない!」
取り調べは一向に平行線であった。そこへ鑑識らしき人物が取調室にやってくる。
「宮里警部。その女の身分証は間違いありませんでした。偽造した可能性はほぼないです」
「ほら!見たことか!」
「ううむ、では北条波香という人物をあなたは知っていますか?もしかして親戚なのでは?」
その質問に汐海は黙ってしまった。その汐海の様子に宮里はピンと来る。
「親戚ですか?それとも知っている人なんですね?」
「......その北条波香という人はいったいどんなことをやったのだ?」
「窃盗に暴行傷害だ。被害届が複数件出ている」
「なんだ。それくらいなら私が代わりに逮捕されてもいい」
「え!?そんなことはできません」
「いや、私も北条波香と同じようなものだからな」
「同じようなもの?それは一体どういうことですか?」
「ん?ま、まあ、名前も同じ北条だし姿形や顔もそっくりなのだろう?だからだ」
「??言っていることがわかりませんがとにかく違う人物を逮捕や拘留することはできません。もしあなたが北条波香を知っているなら速やかに自首するよう勧めてください」
「いや、知らないが見かけたらそう話しておこう。では私は失礼する」
そそくさと汐海は椅子を立ち上がるが肝心なことを話すのを忘れていた。どちらかというとこっちのほうが重大なのだ。
「私が交番に来たのは違う用件があったのだ」
再び汐海は椅子に座りなおす。
「どんなご用件ですか?」
「友人がある男性と別れたがっているのだが......その男性はたまに暴力を振るうのでな。それでその男性と知り合いらしき人達が友人に報復行為をしてきたのだ。それでそれを止めた私にも報復行為をしてきた。さっきは男性10人で私を襲ってきた。なんとかしてほしい」
「それはなんとまあ物騒ですね。わかりました。あなたに見張りを数人お付けしましょう。......警察も暇ではないんですけどね。ですが10人ともなると事は大事です。我々にお任せください」
宮里は自信たっぷりにそう言った。
「そ、そうか、それは助かる」
汐海は安堵の表情を浮かべるがそれはすぐに後悔の表情へと変わっていく。警察に尾行されたら家には帰れない。家には北条波香がいるのだ。
「どうかされましたか?」
「い、いや、なんでもない。それでは宜しく頼む」
今度こそ汐海はスクッと椅子から立ち上がり警察署を後にした。その姿を見送った新人警部は宮里に言う。
「警部、あの女怪しいですね」
「ああ、間違いなく北条波香を知っているな。しかし一体なんなんだ?双子なのだろうか?今の人が小学生に暴力を振るうなどとは思えないが......まあ、なんにせよ本人公認の上で尾行をすることができた。いずれ何かでてくるだろう」
宮里の命令により警察署から出てきた汐海に私服警官が2名ほど尾行についた。汐海はその気配をすぐに察知する。
「......ここは波香殿に相談するしかあるまい」
◇
料理中の波香に電話がかかる。波香はフライパンの火を止めて自分のスマフォのボタンを押した。
「しおみん?どうしたの?今日は南のところに泊まるって言ってなかった?え?うん.......うん......いいわよ、そんなの気にしないで......うん......うん、ウチに帰ってきなさい。私がなんとかする」
波香は電話を終えると小野寺のいる部屋へと向かう。
「小野寺。勉強中悪いんだけどちょっといい?」
「あ、はい!いいですよ、入ってきてください」
がらっ
「ちょっと警察署へ行ってくるわ。晩御飯の用意途中なんだけどいいかな?」
「え?何かあったんですか?」
「汐海が私のせいでピンチなの」
「え?汐海さんが?」
「うん、でもまあ、もうすぐ帰ってくると思うけど。美菜と汐海とトキヤの夕ご飯の支度をしてもらっていいかしら?」
「ええ、私は全然構いませんが......先生。またしばらく帰って来ないなんてことないですよね?」
「大丈夫よ。じゃあ、行ってくるわね」
「あ!赤ちゃんの面倒、見ましょうか?」
「ううん、背負ってくからいい」
「え?でも大変じゃないですか?」
「いいの。我が子と苦労を供にってね」
波香はスヤスヤと寝ている波哉香の顔を見るとにへっとなる。そしてすぐにキッとした眼差しで小野寺のいる部屋を出て行った。
波香は身支度を終え波哉香を背負ったままマンションの部屋を出る。エレベーターを降りてロビーのところでちょうど汐海と遭遇した。
「しおみん、お疲れ様」
「波香殿!もしかして行くのか?警察に?」
「うん、行ってくるわ」
「そうか。すまない」
「ううん、もともと私が撒いた種だもの。気にしないで」
「ううむ......そうだそれともう一つ厄介なことがある」
「何?」
「小野寺殿の件で元カレとその仲間らしき奴らに私と小野寺殿は狙われている。それを警察に頼んで協力を要請したら尾行をつけられてしまってな」
「うん、わかったわ」
「赤ん坊を背負ったまま行くのか?」
「うん」
「そうか、くれぐれも気を付けて」
「うん、大丈夫よ」
汐海と入れ替わり波香はマンションを出た。尾行している私服警官の2名は不思議に思う。
「なんだ?赤ん坊を背負って出てきたぞ?」
「どこへ行くんでしょうね?ていうか自分の部屋に戻って赤ちゃんを連れてくるまで早すぎません?」
「なんなんだ?」
波香はすぐに尾行の気配を感じ取っていて今頃赤ちゃんを背負った自分を見て尾行者は不思議に思っているだろう。そのことを考えると笑いが込み上げてくるのであった。
◇
「え~と、宮里警部はいるかしら?」
警察署の受付で波香は宮里警部への面会を求めた。その受付の婦人警官らしき人物はいぶかしげな眼で赤ん坊を背負った波香を見てこう答える。
「失礼ですがどちら様ですか?」
「北条波香です。自首しに来ました」
「はい、北条波香さんですね。少々お待ちください」
婦人警官は席を立つ。ふと波香は波哉香を見ると目はぱちっと開いていてどうやら起きているらしいことに気が付いた。
「ふふ、警察署が気になるのかしらね」
しばらくして宮里はやってきた。赤ん坊を背負った波香を見て少し驚いたが沈黙し席に座る。
「以前、お会いしましたよね?」
「さあ?私はあなたの顔を初めて見たけど?」
「......なぜ自首する気に?」
「私の似ている親戚に迷惑がかかるから」
「さっきお会いした女性はあなたのことは知らないと言っていましたが?」
「きっと私を気遣いそのように言ったのでしょう」
「なるほど......あなたの罪は窃盗罪5件、暴行傷害罪1件です」
「そうね、私がやったと思う」
「Mスーパーで3件、Oデパートで2件、後は小学生への暴行1件......間違いないですか?」
「ええ」
「......とりあえずの処分が決まるまであなたを拘束しなければなりません。最低1晩留置場へ泊っていかなければなりませんが......赤ちゃんは誰かお引き取りになってくれる人はいませんか?」
「いません、この子と供にすごします」
「そうですか......見たところあなたのような聡明な方がどうしてこんなことをしたんですか?」
「そうね、魔が差した......とでもいうのでしょうか」
「あ!肝心なことを忘れてました。身分証を見せていただけますか?」
「はい」
波香はスカートのポケットから免許証を取り出す。そして宮里に手渡した。
「......1晩お預かりしても良いですか?」
「どうぞ」
「ありがとうございます。では係の者に従って......いや、私がご案内しましょう」
宮里は席を立ち波香を留置場まで誘導する。
「......ここです」
「はい、ありがとうございます」
鉄格子のちっぽけな部屋に波香は案内され赤ん坊とともに入って行く。
「あ、最後にもうひとつだけ」
「なんでしょう?」
「あなたに似た人って他にもいるんですか?」
「......たくさんいると思いますよ」
◇
「時哉殿、申し訳ない!私が余計なことをしたばっかりに!」
「いや、いいんだよ、汐海。もともとはナミカちゃんが撒いた種でもあるんだから」
「私がもっとうまいやり方でやれば波香殿もこんなことには......」
「いや汐海、これは良い機会かもしれないんだ」
「??」
「自分のした罪を清算することでいちいち偽名を使ってこそこそとする必要もなくなる」
「罪?そういえば警察もそのようなことを言っていたが......」
「うん、まあ、大したことはしてないと思うけど......あ、ひとつだけ殺人未遂があったな」
「ふぁ!殺人!!」
「うん、崖から車ごと落としたやつ」
「おおお、それはまた......」
「でも、あれは事故で処理されたみたいだし......まあ、なんにせよ、大丈夫さ」
「随分と楽観的だな」
「ああ、警察署にいてくれたほうが逆に安心と思えるのはなんなんだろうな?ははっ」
「なんだそれは?意味がわからんな。こうして我が家にいたほうがよっぽどいいと思うが......」
「まあ、そうなんだけどね」
「できましたよ~」「おまたせっ!」
リビングで時哉と汐海が話しているところに小野寺と美菜が夕飯を持ってきた。
「おお!おいしそうだ」
汐海はホカホカの鍋を見て思わずそう言う。
「はあ~~~今日は疲れたぁ」
美菜も夕飯の準備が終わったところで今日一日の自分の仕事が終わったのだという脱力感からリビングのソファにうつ伏せにドサッと身を預ける。
「ははは、美菜お疲れ!」
そんな美菜の様子を見て汐海は労いの言葉をかけた。
「美菜、キミはゾンビか!!」
「え?ゾンビ?なんで?」
「リビングで死んでる。すなわちリビングデッド!!」
「......」
その場にはしばらくの間、冷たい空気が流れた。
「ささっ、アツアツのうちに食べましょう!」
「お!そうだな!」
小野寺がその冷たい雰囲気を打破しそう声をかけたところで皆が一斉に箸を持ち鍋に舌鼓をうつ。しばらくの間、皆、無言で食べていたがやがて小野寺が噴き出した。
「ぷっはっはっは!」
「な、なんだ?どうした小野寺殿?」
「さっきの時哉さんの......今頃、キました」
「ん?面白かったか?さっきの?私は実にくだらんと思ったが......」
「あはは、違うんです。時哉さんがギャグを言う。しばらく無言。食べるっていう流れが実に秀逸で......あははははは」
「......サムくて悪かったね」
ぶすっとした表情で時哉は箸をすすめる。
「本当にうまいなこれ!」
「ありがとうございます......時哉さん私、明日時間をみて警察署に行ってきますね」
「ん?どうして?」
「先生の様子をみてきます。何かあったら報告しますから」
「そうか、悪いね。小野寺さん」
「いえ、やっぱり先生がいないと寂しいですからね」
「ありがとう。そんなにナミカちゃんを好きでいてくれて」
「いいえ。お世話になってますから」
「私も波香殿の事好きだぞ!?」「私もっ!!」
汐海と美菜も負けじと声をあげる。
「ははっ、ありがとうありがとう」
(ナミカちゃん、キミの周りにはこんなにもキミのことを好きな人がたくさんいる。キミはただのクローン人間じゃない。しっかりと罪を清算して戻ってきてくれ。そして正々堂々と俺と結婚しよう)
___時哉はそんなことを思いながらひたすらにアツアツのフグちりを貪り食うのであった。
(続く)