第115話
塀の外では波香、汐海、美菜、そして谷が香織が出てくるのを待っていた。
「今日は皆さん香織の為に来ていただいてありがとう」
谷がそう言う。
「いいえ、谷さん。私の方からもお礼を言うわ。かおりんのこと待っててくれてありがとう」
涙を浮かべながら波香は香織に言う。
「俺には香織しかいませんから」
少し照れて谷はそう言った。やがて正門が開き少し大きめのバッグを持って香織はみんなの前に姿を現した。
「香織!」
「敬一郎さん!!」
香織は持っていたバッグを離し谷のもとへ駆け寄って抱きついた。
「ごめんなさい、5年もお待たせしちゃって」
「いいんだ。キミを想って5年......長くはなかったよ。キミが戻って来たら何しようって毎日毎日考えて暮らすのも悪くはなかった」
「敬一郎さん!!」
2人が抱き合う姿を見てその場にいる全員の瞳が潤んでいた。
「香織。改めて言うよ。俺と結婚してください」
「......はい」
谷はみんなの前でプロポーズをする。香織はそれを快諾した。それを見て汐海は拍手をする。
「おめでとう!!」
パチパチパチパチ......
汐海に続いてみんなも拍手をした。それが終わった時香織は谷から離れてみんなに挨拶をする。
「みなさん、今日は私の為にお越しいただいてありがとうございました。......会長」
「ん?」
「この度はご迷惑をおかけしました」
「いいのよ。やりすぎちゃっただけであなたは悪くない」
「......はい」
「会社にもあなたの籍はとってあるわ。出勤できるようになったらでいいので会社に来なさい」
「え?私はクビでは......?」
「誰もそんなこと言ってないでしょ?あなたには目一杯働いてもらうから」
「はい!」
「香織殿は我が製造部で目いっぱい働いてもらうとするかな」
汐海が上司面をして香織にそう言う。
「え?香織ちゃんには購買部に来て欲しいんだけど......」
美菜が指を咥えて汐海の話に異議を唱える。
「南汐海製造係長に北条美菜購買係長。あんたらにそんな権限はないのであしからず」
勝手な事を言っている2人に波香はクギを刺した。
「そうでありますか!残念!」「え~っ」
「え?汐海さんに美菜さんて係長になったんですか?」
「いかにも」「うんっ!」
「え~!それに南って......もしかして汐海さん、南さんと結婚したんですか?」
「いかにも。もう結婚して3年になる」
「え~!そうなんですか!おめでとうございます!」
「ありがとうであります!」
「そっか、私が5年も刑務所にいる間にいろいろあったんですね」
「そうね。その辺のお話もしたいし落ち着いたらウチで歓迎会やりましょう」
「いいですね。ぜひ」
波香の提案に香織は即答した。
◇
波哉香の通っている保育園では20人の生徒が4人の保母さんと1人の園長先生によって面倒を見られている。その4人の保母さんの中でも一番若いと思われる保母さんが20人の生徒を前に言う。
「今日はみんなの新しいお友達を紹介しま~す」
「は~い」
「いぶきちゃん、おいで~?」
「はい!」
若い保母さんに呼ばれてタッタッタと可愛らしい女の子はみんなの前で姿を現す。
「いまがわいぶきです!よろしくおねがいします!」
「はい、みんな拍手!」
ぱちぱちぱち......
「じゃあ、はやかちゃん、いぶきちゃんにいろいろと教えてあげてくれる?」
「はぁい」
今川伊吹と名乗ったその幼女は波哉香のところにてくてくと歩いて行く。
「はやかちゃん、おともだちになってくれる?」
「うん!いいよ!」
「......むかしみたいにやくそくはやぶらないでね?」
「え!?むかし?あったのはきょうがはじめてだよね?」
「......」
◇
香織の出所を見守った後、波香達は神崎電子工業に出社する。
「しおみんとみなりん。くれぐれもケガだけはしないでね」
これから夜勤に入る2人を波香は気遣った。
「大丈夫であります!」「気をつけてやるよっ」
「おはようございます」
間宮は波香達がこぞって出社してきた姿を見て挨拶をする。
「おはよう、しおりん。今日は社長は来るの?」
「社長は今日、M銀行の接待でゴルフです」
「あ、そうか。そう言えばそんなこと言ってたわ。私も誘われたけど断ったんだった」
「最近社長はメキメキとゴルフの腕前があがってるそうですよ」
「へえ、どのくらい?」
「いつも行っているコースならアンダーで回れる......とか。私にはそれが何を意味するのかわかりませんが」
「へえ、うふふ、ソフトボールの次はゴルフにハマっちゃったのかしらね」
「え?」
「あ、社長は高校の時ソフトボールをやっていたのよ」
「はあ、そうなんですか」
「社長は球を使うスポーツが好きなのかしらね」
「さあ、私にはわかりかねますが」
「ま、いいわ。仕事の話。今日、社長はいないけれど私達でこれからの方針を私とあなたと小西部長でちょっと話したいので午後3時くらいからあいてる?」
「私は大丈夫です。小西部長には私から話しておきます」
「うん。お願いね」
「はっ」
神崎電子工業株式会社の代表取締役社長には変わらず神崎恵美が就任していた。彼女は女子高生でありながら社長業をそつなくこなしその上、T大を現役合格し留年することなく卒業をしていた。世間にとってその話題性は抜群で宣伝費を使わなくてもマスコミが勝手に取材しそれを宣伝していた。おかげで神崎電子は過去最高の経常利益を今期は計上している。が、誇大した受注の前に深刻な人手不足と生産設備不足の問題がこの会社には現在おきているのだ。
午後3時の5分前に波香、間宮、一里塚は会長室に集合していた。
「えっと、2人とも忙しそうだから手短に私からの提案を言うわね」
「はい」「はい」
「そろそろ支社か子会社を設立してもいいんじゃないかと思って。というかそうしないとダメじゃない?」
「業務拡大......ですか」「いいんじゃないですかね」
「既に場所は抑えてあるの。大阪よ」
「まあ、全国規模で展開を考えるのなら西と東で拠点を持つのはいいことでしょう」
「まあ、物流面を考えるのはそうするのがセオリーだとは思うけどなんか自分では面白くないと思っている」
「面白くないですか」
「うん、かといって他に考えがあるわけでもないのよねえ」
「えと、あの会長」
「なに?小西さん?」
「今の話とは別方向の話になってしまうのですが良いでしょうか?」
「いいわよ」
「最近、ウチの会社の管理職が女性ばかりでやってられるかという話をよく社内で聞きます」
「なにそれ?面倒くさいわね」
「女性ばかりというのは会長の何か思惑があってのことでしょうか」
「別に何もない。社長や株主の喜一郎様と相談してたまたまそうなっただけ」
「そうですか......」
「男でも仕事の出来る人は昇進させるわよ。でも男性の従業員はほぼケニーさんからの応援出向社員じゃない?ケニーに戻るかもしれない人を昇進させてもねえ」
「ですね。それに新しく雇っても仕事内容が単純ではないから未経験者はすぐやめてしまうんですよ」
「そうね~」
「かといって単純な工程だけを設けるわけにはいかないし、そうすると生産工程が遅れてしまいますからね」
「さて、どうしたものか......」
「......」
「私達のクローン人間でも作るかしらね」
「え?」
「なんて冗談よ」
「会長」
今度は間宮が波香に何か言いたそうだった。
「なに?」
「細田ふみえを経理係長にさせたいのですが......」
「細田か」
「はい。彼女は学生の頃からアルバイトで経理の仕事をさせていましたしT大卒です。最近は1級試験も合格したようですし経理は細田に全部任せてもいいかと」
「そうか細田が簿記1級に合格したか。申し分ないわ。いいでしょう」
「ありがとうございます」
こんこん
そんな中ふいに会長室のドアをノックする音が聞こえる。
「入れ」
波香の声にその人物はギィとドアを開け中に入ってきた。その人物とは細田ふみえであった。
「どうした細田?」
「あの......大輔君がウチの会社に入りたいって言うのですけど......ダメですか?」
「品川が?なんでまたウチの会社に?あいつなら海外のH大卒だし他にも良いところが一杯あると思うが......」
「私が今のウチの会社の現状を話したんです。そしたらぜひ力になりたいって」
「ほう」
「それに会長と一緒に働きたいとも言ってました」
「私は別に構わんが......ウチの社の方針は去るものは追わず来るものは拒まずだからな。品川は私の教え子だし歓迎する。私の見たところ奴はクソじゃないからな」
「ありがとうございます!」
「それであいつは今、何をやっているんだ?」
「IBCという会社でSEやってます」
「ほぅ知名度もある一流会社じゃないか」
「自分の上司には内緒で既に周囲に自分の引継ぎは終わったとか言ってました」
「用意周到だな。......言っておくが会社ではいちゃいちゃするなよ?」
「し、しませんよ!」
「いつ結婚するんだ?」
「......来年の秋ごろって考えています」
「式には私は呼ばなくていいからな」
「そんな!冷たい!」
「あははは、冗談よ」
◇
「宗時様、お茶がはいりました」
「ありがとう、沙織」
「いいえ」
妻の葬儀の為、宗時は自分の家に帰っていた。伍代沙織も暇をもらい妻を亡くした宗時を支える為、宗時とともに宗時の家にいる。お暇乞いのさいメイド長にもう戻って来なくてもいいぞみたいな事を沙織は言われていた。
「......私って本家ではあまり必要とされない者なんですよね」
「どうして?」
「毎回、外出許可を求める際にすんなり許可されるしもう戻ってくるなみたいなことを言われます」
「ははは、気にしすぎだよ」
「そうでしょうか」
「それよりも葬儀の時、せっかくウチの息子に会ったのに全然話してなかったな」
「そうですね」
「ん?」
「......あの誤解されているようですが私は時哉様のことは特に何も......確かに憧れていた時期はありましたが......それよりも宗時様」
「なんだい?」
「宗時様と接するようになって宗時様の優しさに触れてみて......だいぶ前から私は宗時様の事をお慕いしておりました」
「なんだと?」
「でも宗時様には
「......すまないが私は妻を亡くしたばかりなので今はとてもそんな気になれない。今の話は聞かなかったことにして欲しい」
「す、すみません」
「......」
宗時は何か沙織に対して腹立しさを覚える。昔よりも今は2人の距離感は近い。近くなるにつれて相手のイヤなところが見えるものだと宗時は思い知る。こんなにデリカシーがなく非常識な娘だったのかと。
ずずずず......
宗時は沙織の淹れてくれたお茶を苦々しい顔で飲み干すのであった。
(続く)