「はい、ゴール!!はやかちゃんといぶきちゃん同着~!ミキちゃんは2着ね!」
そう叫び山崎は手元にあるストップウオッチを見る。
「えっ......」
10メートル走。
ストップウオッチを見つめる山崎は黙り込んでしまった。速すぎるのだ。
「はあはあはあ、はやかちゃんといぶきちゃん、速すぎるよお」
波哉香と伊吹に遅れてゴールインした
「あなたがおそすぎるんでしょ?」
「ちょっ!いぶきちゃん!そういうこというのやめようよ」
美樹に対してぞんざいな口調の伊吹を波哉香は注意するが伊吹はなんとも思っていないようだった。
「はいはいはい、喧嘩しないでみんな仲良くね!」
3人の様子に気が付いた山崎はいち早く注意をする。
「はあい!」
その山崎に返事をしたのは波哉香のみ。伊吹と美樹はお互いにあらぬ方向を向いて無言のままだった。
「はあい、じゃあ今度はみんなで砂遊びをしましょう」
「はあい!」
幼児たちがそれぞれの仲の良い子達と固まって砂場へと向かう。
「さ、はやかちゃんいこ?」
伊吹は波哉香の手を取り砂場へ行こうとする。
「ミキちゃんもいこう?」
「......」
波哉香の言葉に美樹は俯いたままだった。
「わたし、よしこちゃんのとこに行くね。ごめんね、はやかちゃん」
しばらくして美樹は波哉香にそう告げると良子のほうに走っていった。
「あああ、ミキちゃん......」
「あのこはいいからわたしとすなあそびしようよ」
「いぶきちゃん......うん」
伊吹に言われるがまま波哉香は伊吹と遊ぶことにするが波哉香は複雑な心境であった。なぜなら波哉香は入園してしばらくの間、孤立していた。そんな波哉香に一番最初に声をかけてくれたのは美樹であったし一番仲良くなれたのも美樹だった。波哉香は伊吹とも美樹とも仲良くやりたかったのである。
「じゃあ、どっちがじょうずにおしろをつくれるかきょうそうしよ?」
「うん、いいよ......あの、いぶきちゃん」
「なに?」
「ミキちゃんともなかよくしてくれないかなあ?」
「なんで?」
「なんでってみんなとなかよくしたほうがたのしいじゃん?」
「わたしははやかちゃんといっしょにあそぶほうがたのしいよ?ほかのことはなんかあそんでてもつまらないの」
伊吹にしてみれば何をやらせても自分以下のことしかできない子達は退屈であった。波哉香も入園した当初はそう感じていたがそれを表に出すことはないように過ごしてきたつもりだったが周りの子にしてみれば波哉香は異質の存在で敬遠されていたのだ。なので波哉香は伊吹の気持ちはわからなくもなかった。
「きもちはわかるけどなるべくみんなとなかよくしたほうがいいよ」
「なんで?さっきもおなじしつもんしたけどなんでかほんとうにわからないの」
「なんでってみんなとなかよくしたほうがたのしいじゃん?」
「さっきもおんなじこたえだった」
「わたしがびょうきでやすんだらいぶきちゃんはどうするの?」
「そしたらわたしもやすむからいい」
「......」
「ねえ、はやかちゃん。こんど、はやかちゃんのおうちにあそびにいってもいい?」
「う~ん、ママにきいてみるよ。いままでにだれもあそびにきたことがないから」
「はやかちゃんのママってどんなひと?」
「おこるとこわいけどやさしいよ。きれいだし」
「へええ~......おこられたことあるの?」
「わたしはあまりないけどパパとなかよくしてるとたまにものすごいかおでパパをみてるときがある」
「へえ~それってやきもち?」
「かな?たぶんそう。でもしょうがないよ。わたしもパパのことだいすきだもん」
「はやかちゃんのパパってかっこいいの?」
「ちょーかっこいいよ!!やさしくておもしろいしそしてつよい!ほんきをだしたときのパパにはだれもかてないんじゃないかな!?」
今までのモヤモヤした気持ちは自分の父親の話になった途端、波哉香の頭の中からすこんと抜けていた。
「くまさんよりつよいの?」
「つよい!」
「おにさんより?」
「つよい!」
「じゃあ......おだのぶながは?」
「うちのパパのがつよいねっ!そのおだなんとかさんはしらないけどっ!」
「ふうん」
「じゃあ、いぶきちゃんのところのパパやママはどんなかんじ?」
「いないよ?」
「えっ?」
「わたしはうまれたときからひとりだった。パパやママはいないの」
「......ごめん」
「なんであやまるの?」
「えっ......なんとなく。じゃあいぶきちゃんはおうちにひとりですんでるの?」
「ううん、おじいちゃんとおばあちゃんとすんでるの」
「あ、そうなんだ」
「うん」
2人の幼児の様子を最初は遠目から微笑ましく見ていた山崎であったが時がたつにすれその表情はだんだんとこの世とは思えぬモノを見る目つきにかわっていく。波哉香はパルテノン神殿。伊吹はバッキンガム宮殿を話をしながら着々と砂で作っていたからだ。城にそれほど詳しくはない山崎でもそれとわかるくらいの精密さであった。
◇
「お久しぶりです!」
髪型が七三分けで黒縁眼鏡をかけてスーツを着たその青年は元気よく波香に挨拶をした。
「久しぶりだな黒崎」
「ははは、品川ですが何か?」
当人同士達しかわからない挨拶を交わし波香は品川を応接室の椅子へと誘う。
「元気そうだな」
「ええ、おかげ様で。先生はどうですか?ってあれ?名前が変わってますね?」
品川は波香のネームプレートを見てそう言う。ちなみにネームプレートには『会長 北条波香』と明記してあった。
「ええ、結婚したからね」
「......苗字どころか名前も変わってるのはそれは......」
「細かいことは気にしないの!」
「......ははは」
「それで品川。この会社で何ができる?いや、何がしたい?」
「細田から大体のことは聞いてます。今、この会社は人手不足で生産設備もお客さんの注文に対して全然、おいつかないそうで」
「うん、まあ、そうだ。その通りだ」
「僕は大学で主に機械工学を学んでおりました。なのでその知識を活かせればいいなと思います」
「......なるほど、それでできるか?......お前が考えていることはなんとなくわかるが......」
「さっき、工場をざっと見学してきたのですができると思いますよ」
「わかった。10億だす。その範囲内でやってみろ」
「わかりました。ちなみに会長」
「なんだ?」
「僕が考えている通りに事が進めば現状の3倍、生産効率があがります」
「ほうそれは楽しみだな」
がちゃ
ほどなくして応接室のドアが開く。神崎恵美社長のおでましである。
スッ
波香は席を立ち軽く恵美に会釈をした。
「品川センパイ。こんにちは」
メグミはにこっとかつての高校の先輩だった品川にそう話しかけた。品川も席を立ち軽く会釈をする。
「社長!自らお越しいただいて恐縮です」
いくら高校の後輩とはいえ礼節をそこなわないところもまた品川たる所為である。
「我が社、初のオートメーション化となったら結構、大がかりですからね。社長の私が責任者にならなくては示しがつきません」
「はい、ごもっともです」
「......お話を始めてください」
「はい!!」
品川の鼻息は荒くかつての後輩に自分のこれからのプランを話し始めるのであった。
◇
ちゃぽん......
仕事が終わり帰宅した時哉は娘と一緒にホカホカの風呂に入り娘に背中を流してもらい1日の疲れを癒す。
「ねえ、パパ」
「なんだい?」
「こんどほいくえんのおともだちをうちにつれてきてもいいかな?」
「いいよ」
「ママはなんて言うかな?」
「ママもいいって言うんじゃないかな」
「その子ね、ちょっと変わってるんだ。......まあ、わたしも変わってるとは思うけど」
「どう変わってるんだい?」
「えっとね。何をやってもすごいの」
「......」
そのフレーズに時哉はびくっとする。自分が昔、感じていた感覚を自分の娘も経験しているのかと。
「今までわたしと同じくらいできる子っていなかったんだけどその子は......いぶきちゃんって言うんだけどね、いぶきちゃんはわたしとおなじくらいできるの。きょうもかけっこしたら同着だった」
「そ、そうかハヤカと同着ね」
「うん」
「......ちなみにハヤカ達はそのクラスの中で何番なんだい?」
「あれ?言わなかったっけ?いつもダントツで1番だよ?」
「......そうなんだ」
ギィ.......
風呂の引き戸が開きそこから手ぬぐいを片手に波香も時哉達のいる風呂場に入ってきた。
「ママ参上!今日はママも一緒に入るわよ~」
「わ~ママだ!」
波哉香は波香の身体を隅々まで凝視する。30も半ばになったとはいえ相変わらずのプロポーションである。
「......おっきくなったらわたしもママみたいになれるかな?」
波哉香は自分の母親の身体を見、憧れてそう言った。
「なれるわよ。波哉香ならママ以上になれるのじゃないかしら?」
「ママ以上!?なれるかな~?」
「まあ、これからの波哉香の心がけ次第じゃないかしら」
「心がけ?」
「うん、努力を惜しまないことね」
「努力ってなに?」
「う~ん、そうね、がんばるってことかしら?」
「うん!ハヤカがんばるよ!」
「うふふ」
「あ、そうだ、ママ!」
「なに?」
「さっきパパにもはなしたんだけどね、うちにともだちをつれてきてもいい?」
「いいわよ」
「ほんと?やった!」
「なんていうお友達なの?」
「うん、いまがわいぶきちゃんって言うの」
「今川いぶきちゃん?」
「うん!」
「どんな子?」
「すごいんだよ!何をやってもわたしとおなじくらいできるんだ!」
「へぇ~」
娘からこの話を聞いた時、波香は少し違和感を覚える。もしかしたらその子も普通の子ではないのではないかと。そしてその子をこの目で見たいという欲求に駆られた。
「じゃあ、日曜日にしなさい。いぶきちゃんの都合の良い日曜日ね。ママが何か作ってあげるから」
「うん、わかった。パパもその日いるよね?」
「え?うん、日曜日なら家にいると思うよ」
「やった!わたしのじまんのパパとママ!いぶきちゃんにじまんしちゃおうっと!」
波哉香のその言葉に波香はジトっと時哉を見る。
「な、なんだろ?湯船の中で3人はきついかな?俺、出ようか?」
「パパ!でちゃダメ!あ、そうだ!でるなら頭を洗ってあげる。まだ洗ってなかったよね!?」
「じゃ、じゃあ、お願いしようかな。ハハハ」
そう言って時哉は波香を見るが波香はあらぬ方向をツーンと見つめていた。その様子を波哉香も感じ取る。
「ママ、ごめんね」
「え?なにが?」
「パパのことはだいすきだけどママからとることはしないのであんしんしてください!」
「は?......まったくこの子はナマ言っちゃって」
波香はコツンと波哉香の背中を軽く叩く。
「えへへ。ほんとハヤカはしあわせものだよ。さいきょうのパパにちょうぜつびじんなママがいる!」
「え?超絶美人って一体どこでそんな言葉......私はまあ、わかるけどパパが最強ってなんで?」
「え?ママ覚えてないの?」
「......覚えてないわよ」
波香はそう言って時哉の顔を見る。
「ハ、ハハハ、俺もまったく身に覚えがない」
時哉もまた波哉香の言葉に戸惑うばかりであった。
「じゃあ、ハヤカはもうさきにでるね!あとはパパとママごゆっくりどうぞ!」
「え?」「は?」
波哉香は2人を残しそそくさと風呂場を出て行く。
「まったく気を使ってるのかしら」
「すごいな。小学生前の子供のすることとは思えない」
「そうね」
「......ナミカちゃん、さっきハヤカが言ったことだけど」
「パパが最強って?」
「そう、まったくなんなんだかわからないんだが?」
「私もわからないわよ」
「......」
2人はしばらく沈黙するがやがて波香が口を開いた。
「今日、品川がウチの会社に入社してきたわ」
「品川ってキミが教えてた生徒の?」
「そう」
「ほう」
「ウチの会社のラインを自動化するって息巻いてた」
「へー、できそうなのかい?」
「できるでしょ」
「すごいな。それにしても細田といい小野寺といいキミを慕う生徒は多いね」
「そうかしら?私は別に普通にしてただけだけど」
「波香チルドレンってやつだな」
「あはは、そうなのかしらね」
「良い先生だったんだね」
「それはどうかな......言い方は悪いけど自分の為に彼ら......彼女らを利用していただけにすぎない気もするけど」
「そうなのかい?」
「ええ、ただ自分の株を上げるために......ね」
「そんなことないだろ」
浴槽の中で湯船につかっている2人であったがふとどこか遠くを見つめるような波香を後ろから時哉は抱きしめるのであった。
(続く)