(波香さん波香さん、あなたは幸せそうでいいわね)
「あなたダレ?」
(私はフランソワ)
「え?お母様?」
(ふふふ、あなたにそう呼ばれるのはなんだか変な気持ちね)
「え?だって私はあなたのお母様じゃ?」
(そうあなたは私の遺伝子から造られたクローンだったわね)
「......」
(ふふふ、波香さん。あなたは良き夫、可愛い子に恵まれて本当に幸せそうね)
「......お母様」
(私の分までどうか幸せになってくださいね)
「お母様!!」
ガバッ
午前2時。
波香は夢にうなされて飛び起きた。
「......夢か」
「んんんん.......」
隣では時哉が寝息を立てている。そんな時哉を見て起こしてしまわなくて波香はホッとする。
(お母様は幸せではなかったというの?)
そんな思いに心をめぐらせ、再び掛け布団をかぶり寝る波香。そして今までの自分の歩んできた人生を振りかえる。
(私は......お母様を写真でしか見たことがない。小さいころ気づいた時には北条の闘技場で私と同じ歳の子達と一緒に武芸に励んでいた。そこでは毎日が他の子達との模擬格闘試験だった。時が経つにつれ私より弱い周りの子は一人二人と減っていき1カ月が過ぎるころには私を含めて10人ほどしか闘技場に現れなくなった。やがて私は外の世界、学校へ行くことを許されほどなくしてトキヤと出会う。私の他に残った子は別の学校へ行ったらしく私の行っている学校で会うことはなかった)
すっかり目が覚めてしまった波香は時哉を起こさないようにベッドを抜け出しキッチンへと向かい、冷蔵庫から冷えたお茶のペットボトルを取り出しそれを口に含む。
(学校へ行くようになってからは毎日が勉強だった。勉強は特に本家から課題が出ているわけではなかったが戦いの毎日だった私には勉強がとても新鮮で面白く、のめりこみ次々と知識を自分の中に吸収していった。やればやるほど自分の中に吸収していくのが実感できていたので私の勉強に対する熱意は留まることを知らなかった。私は地球上で一番と言われる海外のH大に入学した。そしてそこを首席で卒業する。目的を失った私は一度本家に帰ることにした。そして......)
波香は飲み終わったペトボトルを無造作にゴミ箱に投げ捨てた。
(家を出た私は一人で生きていくためになんでもやった。窃盗、詐欺まがいの事、その度に身分を偽って......)
波香はここで重要なことを思い出す。自分が家を出た時に一番気に入っていたバックに複数の偽造された身分証が入っていたことに。最初はおっかなびっくりで使う機会に見舞われた時に使ってみたが信憑性は問題なかったのである。この偽造された身分証は一体誰が?
(その後、私はその身分証を使い働きはじめた。仕事はとても面白くいろいろな仕事を覚えていった。その中でも教師という仕事は生徒達を育て生徒達の喜ぶ姿を見るのが何事にも代えがたい快感だった)
「そしてメグミちゃんとトキヤと出会いメグミちゃんからトキヤを奪う......か」
波香は犯罪まがいのことをいろいろしてきたが記憶のないキーリアとの戦いの戦、刑期と示談を済ませ当事者達に謝罪し保釈金、示談金を支払っている。自分の中ではケジメをつけたつもりであるがメグミの件に対しては未だにシクシクと胸の上あたりに違和感を感じている。
(そして私はトキヤと結ばれ一女を授かり幸せに暮らしている。教師時代の教え子も供に協力して人生を歩んでくれて順風満帆だ)
「私は幸せだな......幸せなのか?私はこれを望んでいたのか?この今の状況を掴み取るために幼少時代から厳しい訓練に耐え、勉学に励んできたのか?」
波香は自問自答する。自分の最終目標とはなんなのかを。このまま目的もなく燃え尽き症候群のようにただ日常に流される日々を送るのか。それもいいなっと思った瞬間に波香に流れる血がそれを許さなかった。突然、波香の頭には2人の男性の顔が思い浮かぶ。自分の父と思える存在、北条繁一と神崎恵美の父、神崎喜一郎だ。
北条繁一。
先祖代々から伝わる北条家の流れを汲む跡取り。没落した名家を復活させ一大財閥を築きあげた。
神崎喜一郎。
彼はわずか一代で北条家には劣るものの彼もまた一大財閥を築き上げる。そのグループ事業は多種にわたる。神崎恵美の父でもある。
「ふっ......私は所詮、この2人の手の平で動かされているだけなのだな」
そう思い失意に見舞われそうになった時、波香の心臓はドクンと波を打つ。そして激しい衝動に駆られた。
(......越えなければならない。この2人を)
自分には自分の為に動いてくれる良き夫、同じクローンの仲間、昔の教え子、そして自分の
「やらなくちゃ。お母様の無念を晴らす為にも......」
直接には関わることがなかった写真でしか見たことのない母親の為に波香は決意を新たにする。
「ママーどうしたの?」
ふいに目をこすりながら波哉香は波香のいるキッチンへとやってきた。
「ちょっと眠れなくてね。ハヤカはどうしたの?」
「おしっこで起きたの」
「あら、そう。なら早く行ってきなさい」
「うん......ね、ママ」
「何?」
「ねむれないんだったらハヤカといっしょにねる?」
「え?......あはは」
「どうしたの?」
「なんか逆だなあっと思ってね。うん、じゃあ、ママと一緒に寝てくれる?」
「うん!いいよ!」
トイレから帰ってきた波哉香に手を取られ波哉香の部屋の4畳半に波香は連れられた。そこで波哉香のベッドに波香は入り波哉香と供に横になる。
「ママこわいゆめでも見たの?」
「え?......ううん、怖い夢じゃなくてすごく壮大でワクワクする夢を見たの」
「え?いいなあ」
「うふふ......ハヤカも協力してくれる?」
「え?わたし?」
「うん」
「うん!わたしママのやくにたちたい」
「そう。良かった」
「でもママ」
「なに?」
「わるいことはしないでね」
「!!......あはは、ナマ言っちゃって」
波香は波哉香の頭をそう言って撫でた。波哉香はそれを気持ち良さそうにしてやがてスヤスヤと眠る。
(私はそのうちにこの子も利用することになるのだろうか......)
そう思いつつもかすかな眠気に襲われ自身も眠りに落ちていくのであった。
◇
神崎電子工業の社長、神崎恵美と会長の波香が待つ社長室に香織が呼ばれていた。
「あのどういった事でしょうか?」
「香織さん、3カ月後に大阪支店が稼働します。知っていましたか?」
恵美は香織をじーっと見てそう言う。
「はい、噂で、なんとなく存じ上げておりました」
「そうですか。......あなたにはそこの支店長をお願いしたいと思っています」
「はい......えええーーー!!私がですか??」
「はい」
「え?え?え?どうして私が!?」
「あなたが適任だからです。筆頭株主である私の父も快諾してくれました」
「はー......」
呆然としている香織に波香は話す。
「......前科者であるあなたが支店長を任さられる。マスコミはまた勝手に取材してくれて宣伝費はタダ」
「で、でも叩かれるんじゃないでしょうか?前科があるものが会社の重要なポストに就くなんて......」
「『またまた神崎グループの奇をてらった人事』とか書かれるだけでしょ。それに叩く人がいたら叩かせておけばいい。企業にとって一番ダメなのは民衆にとって『関心がない』ってことなのよ」
「はあ」
「あなたの仕事ぶりは申し分ない。もっと自信を持ちなさい」
「......はあ」
「......結婚を控えているあなたにこの話はちょっと酷かな?と思ったけれど谷さんとよく相談してみて?」
「......わかりました」
すごすごと香織は社長室を出て行った。
「......なんか大丈夫でしょうか?香織さん?」
「大丈夫でしょ。出所したばかりでまだ自信というか感覚が取り戻せないだけだと思う」
元気なく出て行った香織を見て恵美は心配そうに波香にそう話すのであった。
◇
やりたかった仕事に就けて最初は意欲を前面に押し出してやる気マンマンだった保母、山崎遥だったが最近、自分は頭がおかしいのかと思うようになっていた。今日のトランプを使った遊びで北条波哉香と今井伊吹は一度めくったカードは絶対に忘れることがなく3人で遊んで山崎は一度も勝てなかったのである。10回戦やって波哉香と伊吹が勝ち星を半々に分けていた。
「せんせいってほんとうにせんせい?」
「またあ、いぶきちゃん、そういうこといっちゃダメだよお」
今井伊吹に軽くバカにされる始末である。
「ううう、先生、自信なくしちゃう......」
「だいじょうぶだよ!せんせい!じしんていうのはね、とりもどすためにあるの!」
「え?」
「それにね、がんばるためにもあるんだよ!だからもっとがんばろうよ!」
小学にあがる前の子供に言われるセリフではない。波哉香にそう言われてまたまた自信を無くしていく山崎であった。
「ね、いぶきちゃん、こんどのにちようび、うちにくる?」
「え?いいの?うん、いく」
「わかった。パパとママにはなしておくね」
「うん、たのしみ」
2人の楽しそうにしている様子を遠くから早瀬美樹は見ていた。
「はやかちゃん......」
◇
工場での立ち仕事を終え香織は急いで帰り支度をし谷敬一郎との待ち合わせ場所へと急ぐ。
「はあはあ、あ、敬一郎さん!」
すでに谷は待ち合わせ場所に来ていた。
「やあ、香織。おつかれさん」
「お疲れさまです!!」
香織は谷に駆け寄りすっと腕を組む。
「今日は相談したいことがあります」
「うん、なんだろう?」
「......」
2人は小洒落たレストランに入りオーダーをすると香織は一口、水を飲み話し始めた。
「実は私、社長から3カ月後に新設される大阪の支店長をやってくれと言われまして......」
「え?マジで?」
「はい」
「すごいね!」
「......どうしましょう?」
「やってみればいいんじゃないかな?俺だったら今の仕事やめるし、香織について俺も大阪に行くよ!」
「え?そんな簡単に......いいんですか?」
「いいよ。俺の人生にとって一番重要なのは香織。その次にゲーム、アニメだから」
「......そう言ってくれるのはとても嬉しいですけど」
「うん、それでいいんだ。一緒に行こう!大阪に!」
谷のその力強い言葉に香織の不安な気持ちは打ち消されパァッと表情は明るくなる。
「はい!」
(続く)