よく晴れたある休日。
今川伊吹は波哉香の家に遊びにやってきた。波哉香の家では一家総出で伊吹を出迎えた。波哉香のお友達が初めて家に遊びに来たからである。
「こんにちは」
「いらっしゃい。伊吹ちゃん」
「こんにちは」
波香がまず歓迎の言葉を述べ時哉がそれに続いた。
「ほんとだあ。はやかちゃんのママとパパ。とてもすてきだね」
伊吹は波哉香の両親を見るなりそう言う。目を丸くしている辺り本当にそう思ったのだろう。
「えへへ。わたしのじまんだよ!さあ、わたしのへやにいこう!」
波哉香は勝ち誇り伊吹を自分の部屋に誘う。
「伊吹ちゃん、ゆっくりしていってね」
「ありがとうございます」
波哉香の後に伊吹はついていく。その姿を波香と時哉はじっと見送った。
「なんか小学生になる前の子供の割にはしっかりしているな」
「そうね......あの子、両親はいないみたいよ」
「そうなのか。なるほど。じゃあ、今は誰があの子の面倒を見ているんだい?」
「おじいちゃんとおばあちゃんだって。ハヤカが言ってたわよ」
「ほー。......可哀そうだな」
「まあ、うちのクソじじいみたいのだったらいないほうがいいかもね」
「......」
◇
波哉香の部屋にきょろきょろしながら伊吹は入って行く。
「へー。はやかちゃん、じぶんのへやあるんだね。いいなあ」
「え?いぶきちゃんはないの?じぶんのおへや?」
「ないよ。ごはんたべるところのへやのよこでねたり、べんきょうしたりしてる」
「そうなんだあ」
「うん」
「で、どうする?なにしてあそぼうか?」
「なんでもいいよ。はやかちゃんとならなにしてもたのしいし」
「うう~ん、なにがいいかな。いぶきちゃんTVげーむとかできる?」
「TVげーむ?やったことはないけどやりたい。おしえてくれる?」
「うん、じゃあやってみよっか」
波哉香は押入れのダンボール箱から据え置き型のTVゲーム機を取り出すが一瞬考えて一度は出したそれをしまい自分の机に置いてある波香から借りていたノートPCを起動させた。
「それがTVげーむ?」
「えっとね。さいしょはTVげーむきのやつをやろうかとおもったんだけどそれじゃかんたんすぎていぶきちゃんをバカにしてるとおもわれそうだからそれはやめて、ママのPCにはいっているげーむをやろうとおもうの」
「ぴーしーってなに?」
「ぱそこん」
「へー。それがぱそこんかあ。じっさいにみるのははじめて」
「そうなんだ。......ちょっとまってね。もうすこしじかんかかるみたい」
「......」
「......」
「あ、たちあがったね......じゃあ、とりあえずタイピングソフトでもやろうかな」
「いいよ」
「いぶきちゃんキーボードのばしょおぼえてね」
「うん」
波哉香に言われて伊吹はノートPCのキーボードを眺める。
「......うん、だいたいおぼえたよ」
「うん、じゃあ、わたしからいくね」
波哉香はマウスでスタートボタンをクリックする。
タタタタタタッ
画面の指示にしたがって出てきた文字を波哉香は素早く入力する。それは3分間続けられ、ゲームは終了し画面には96点のスコアが表示された。
「ふう、4こまちがえちゃった。つぎ、いぶきちゃんやってみる?」
「うん!」
タンッタンッタンッ......タンッ
伊吹は82点だった。
「いぶきちゃん、はじめてにしてはじょうずだね!」
「......もういっかいやっていい?」
「いいよ!」
ピッ.......シュバババババババッ!
1回目とは異なり完全にキーボードの位置を把握した伊吹の手はせわしなくノートPCのキーボードを叩く。ゲーム終了後、ノートPCの画面には波哉香のスコアを超える98点が表示された。
「やった!はやかちゃんにかったあ!!」
伊吹は両手を上げ万歳をし歓喜の声をあげる。
「......むぅ」
波哉香は悔しそうな顔をしていた。その波哉香の表情を見て伊吹はますます嬉しくなる。
「あはは、はやかちゃんのくやしそうなかお、はじめてみた!」
「え?べつにくやしくなんかないよ?いぶきちゃんすごいね!」
「うそだね!ぜったいくやしそうなかお、してたよ?」
「......むぅ。じゃあ、こんどはこっちやろうよ」
波哉香はタイピングソフトを終了させ別のソフトを立ち上げる。そのソフトは操作性の難しいソフトで敵を撃って倒すやつである。このソフトはオンラインソフトで協力プレイもしくは対戦プレイが可能なのだ。
「せんそうゲーム?」
「うん、まあ、そうかな?じゃあ、、ちゅーとりあるでれんしゅうしよう」
波哉香はノートPCを伊吹の前に置きなおした。この時伊吹は直感する。さきほどまでは自分にこのゲームを始めていいのか同意を求めていたが今回は半ば強引に始めようとしている。つまり波哉香はこのゲームに自信があるのだと。このゲームで自分を打ち負かしてタイピングソフトのリベンジを果たそうとしているのではないかと。
「くっ......ふふふ」
そう考えると伊吹は思わず笑いを漏らしてしまった。
「どうしたの?いぶきちゃん?」
「なんでもない。これってたいせんときょうりょくがえらべるね。どっちでやるの?」
「じゃあ、まずきょうりょくでやろっか」
「わかった」
波哉香は他のノートPCを部屋の隅っこから持ってきて自分のテーブルの前に置く。
「ぱそこんもう1だいあるの?」
「うん、これはパパの。むせんでねっとわーくにつなげておなじゲームができるよ」
「へー。すごいね」
「......わたしもきどうしたよ。さ、やろう」
「うん」
波哉香のキャラクターの後に伊吹のキャラは続く。伊吹の操作は最初こそおぼつかなかったが10分を過ぎるころにはそれなりにキャラクターを動かせるようになっていた。
やがて画面上には大きめのキャラクターが出現する。
「あ、ぼすだね」
「ぼす?」
「くらふとまんたいさだよ。これをたおせばすてーじ1くりあ」
「そうなんだ。よーし!」
ドババババババッ!!
波哉香と伊吹の操作するキャラから放たれたマシンガンの連射に画面上のクラフトマン大佐は無残にも爆発し消滅した。秒殺である。
「やった!!すてーじ1くりあだよ!」
「うん!」
ふと伊吹はノートPCの画面上の点数を見る。そこには9520点と表示されていた。
「はやかちゃん、このてんすうってなに?」
「うん、てきをおおくたおせばてんすうをかせげるの」
「......はやかちゃんはなんてんだったの?」
伊吹は波哉香のノートPCの画面を覗き込む。そこには12580点と表示されていた。同じように波哉香も伊吹のノートを覗き込む。
「あー、いぶきちゃんは9520点かあ、ま、はじめてにしてはすごいね!」
「......このゲームっていくつすてーじあるの?」
「12だよ」
「......わかった」
2人の幼児は5ステージくらいまでは協力してゲームを進めていたが6ステージ中盤あたりから雲行きが怪しくなる。
「!!ちょっとそれ!わたしがとろうとしてたんだけど!」
波哉香のキャラがアイテムを採ろうとしてたところを伊吹のキャラが横取りしたのだ。
「いいじゃん、いままでゆずってくれてたじゃん」
伊吹は涼しい顔をしてそう言う。今までゲームを進めて来た感覚としてはおそらく自分のほうが数多く敵を倒している。きっと波哉香もそう感じているはずだ。普段は焦らない波哉香がアイテムを横取りされて焦っている。
「むぅ」
画面上には違う音楽が流れ始めた。ステージ6のボスの登場である。
「きた!!」
2人は画面に集中する。
スタタタタッ!!
シュバババババッ!!
2人ともすばやくスペースキーを連打した。今回のボスも秒殺である。ステージクリアの画面が表示されると2人とも素早くお互いのノートPCの画面を覗き込んだ。
「やった!!かってる!!」
「......」
僅差で波哉香の方が勝っていた。伊吹は途端に無言になるがステージ7の開始とともにおびただしい数の敵兵士が現れると自分の感情をむき出しにしてスペースキーを連打しはじめる。
「.......しね!しね!しね!しね!」
「ちょ、ちょっといぶきちゃん?」
伊吹のその態度にちょっと怖くなった波哉香であったが画面上の敵を全て伊吹に倒されると恐怖感は無くなり闘争心がこみあがってくる。自分の得意なゲームで負けるわけにはいかない。ここで負けたら伊吹にまたどんな顔をされどんなことを言われるのか。
「......わあああああーーーー!!」
波哉香も叫びだした。
ぴちゅ!!
伊吹のキャラが撃った弾が波哉香のキャラに当たる。
「ちょっとなにするの!?」
「ごめん、てがすべった」
ぼかーーーん!!
波哉香のキャラが撃ったバズーカーの爆風に伊吹のキャラは巻き込まれて結構なダーメージを被ってしまう。
「あはは、ごめん。わたしもミスった」
「......」
ちゅど~~~ん!!
やがて伊吹はロケットランチャーを手に入れると躊躇なく波哉香のキャラクターの背後からそれを撃つ。が、波哉香はそれを事前に察知し避けた。
「......」
「ちょっといぶきちゃん、いま、わたしをねらったよね?」
「え?ねらってないよ?」
「うそだね!ぜったいねらってた!」
「......」
「いぶきちゃんがそういうつもりならいいよ。きょうりょくプレイはここでおわりにしてたいせんにしよう」
「いいよ」
お互いにソフトを一旦終了させ対戦プレイのボタンをクリックしゲームを再スタートさせる。
「......」
「ぜったいにいぶきちゃんにかつ!!」
伊吹は無言であったが波哉香は自分の決意を言葉にする。が、5分後に項垂れていたのは波哉香の方であった。
「あははは!!やった!はやかちゃんにかった!!やったやったやった!!」
「くそう~~~」
待ち伏せていた伊吹に勝ちに急ぐ波哉香はまんまと討ち取られてしまったのだ。
「だいたいいぶきちゃん、やりかたがきたないんだよ」
「え?やりかたが?だってこれゲームでしょ?かてばいいんじゃん?」
「ううう」
「じぶんがとくいなゲームでまけてくやしいのはわかるけどさ、まけおしみはよくないよ?」
「ううう、もう、いぶきちゃんとはあそばない!」
「あはは、まけてそれ?じぶんのかてないあいてとはあそばないんだ」
「ううう」
「けっきょく、はやかちゃんもそこらへんのひととおなじなんだね。いぶきがっかりだなあ」
「なにそれ?そんなこといってさ、わたしがあそんであげなかったらまたいぶきちゃんひとりぼっちだよ?」
「ぼっちでいいよ?わたしよりもおとってる子となかよくしてもしかたがない」
「また、そんなこといって!ひとはね、ひとりではいきていけないんだよ!」
「べつにひとりでいいよ?わたしはいままでひとりでいきてきたし」
「ちがうね。おじいちゃんとおばあちゃんがいるじゃん!」
「......でも、わたしははやかちゃんみたいにめぐまれてないもん!」
「え?なにそれ?はなしがちがうよ?」
「はやかちゃんよりわたしのほうがなんでもできるのにどうしてわたしにははやかちゃんみたいなパパやママがいないの!」
ボカッ!
伊吹は絶叫しながら波哉香の頭を殴る。
「いたっ!!なにするの?いぶきちゃん!?」
「はやかちゃんよりわたしのほうがつよいのに!!」
ボカッボカッボカッ!!
「いたいいたい!やめて!!」
ドゴッ!!
頭をボカボカと伊吹がいつまでも殴ってくるので波哉香は立ち上がり伊吹に膝蹴りを食らわせた。
「ウギャッ!!」
ごん!
伊吹は膝蹴りを食らった後、タンスにしたたかに後頭部を打ち付けた。
「ひどい。わたしはてかげんしてたのにはやかちゃんはほんきでやった!!」
「てかげんなんてしてないよね?そうとうわたしもいたかったよ?」
「はやかちゃんがやるきならわたしはかまわないよ?」
「わたしがやるきっていぶきちゃんからやってきたんでしょ!?」
伊吹が身構えたので波哉香も構える。
「からてのかまえ?」
「そうよ。わたしはからて7だん。はやかちゃんわたしにあやまるならいまのうちよ」
「あやまる?どうしてわたしが?わたしはなにもわるいことはしてないもん!」
シュッ!!シュッ!!
波哉香の言葉など聞いていないかのように伊吹は手刀を素早く繰り出してくる。
「はっはっ!!」
波哉香はそれを目前のところで交わしていくが頬をかすめた時、うっすらと血が出てきた。波哉香はそれを自分の手で確認するとこの手刀をまともに食らってはまずいことを察知する。次にタイミングが合った時伊吹の手を引き込み関節技に持ち込むことを決意する。
シュッ!!バシッ!!.......ズタァ~~ン!!
「えい!!」
「ギャアアアア!!!」
伊吹の右手を引き込みそのまま倒れこむ波哉香。このまま倒れこめばおそらく伊吹の右手は折れていたかもしれないが波哉香は咄嗟に倒れこむ瞬間、下にクッションを敷いてあげていた。
ミシミシミシ......
伊吹の右手を絞り上げる波哉香。
「どう?いぶきちゃん?まいったっていえばてをはなしてあげる」
「ううう......いわない。わたしはぜったいにいわない。......はやかちゃんにまいったっていうくらいならうでのいっぽんくらいどうってことない!」
「え!?なんで......」
一瞬、波哉香の手が緩まったので伊吹は空いている手で波哉香の腕のツボをうつ。
「いたッ!!あっ!!」
するりと波哉香から自分の腕を取り戻した伊吹は渾身の力を込めて波哉香を蹴飛ばす。
ドカッ!!
「ぐへっ!」
ドカッドカッドカッドカッ!!
「しねしねしねしね!!」
「ウッっつウッ!!」
連続で蹴りを繰り出してくる伊吹に成すすべがなかった波哉香だったがなんとかキックを食らい続けながらもよろよろと立ち上がり身体を投げ出して裏まわし蹴りを伊吹に向かって放つ。
ヒュン!!......ズガア~~~ン!!......ぼこん!!
伊吹は吹っ飛び本棚に激突する。
「ちょっと!なにしてんの!あなた達!!」
波哉香の部屋の騒々しさに気が付いたのかようやく波香が2人の様子を見に来たのだ。
「ママ!いぶきちゃんがおかしいの!こんなおかしい子だなんておもわなかった!うちによんじゃってごめんなさい」
「おじゃましてます」
波哉香は大分、興奮していたが伊吹は訪れた時と変わらぬ様子だったので波香はただ首を傾げるのみであった。
(続く)